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イリアの幻想旅日記  作者: 空宮海苔
最初の大陸、最初の旅路
3/40

第三話:海空の遺跡と銀級冒険者

 本日のお話は、一話と少し毛色の似ている遺跡巡りです。

 冒険者としてのイリアの立場がどんなもんなのか、フィルは何者か、等も少し分かりやすくなる回かな、とも思います。

 ガタコト揺れる馬車の中。

 俺の座る荷台には布が被せられており、少々薄暗くなっているが、その隙間から漏れる光を見れば今はまだ真っ昼間であることが分かる。


 そして、俺は目の前の光景に思案する。


 いかにも魔法使い、といったローブと帽子を着ている白髪の少女と、その上で丸くなる黒猫。


 これは、恐らくどこかの金持ちのボンボンが、適当な理由で『冒険』にでも来たのだろう。

 外の世界は、そんなに安全ではないんだがな。


 俺は高額、かつ簡単な『ただとある遺跡にあるアイテムを持ってくるだけ』という依頼を、その報酬を理由にある老人から受けただけだったが、面倒そうなものを見つけてしまったな。


 さて、起きたら少し諭して、帰してやろう。


「ん……ふぁーあ」


 と、どうやら起きたようだ、じゃあ――


「えーっと、そこのお兄さん、ずっと見てたけど何かご用ですか?」


 ――まさか、気づいていたのか?

 睡眠中でも周りに気を遣うことができるのは銀級かそれ以上のランクの冒険者くらいだ。

 つまり、目の前の少女は冒険の経験はある程度ある、ということになる。


「あ、ああ。すまない。その……年齢の割に、冒険に出ているようで大丈夫かと心配になってな」


 俺は相手の気分を害さないよう言葉を選びつつも、そう口にした。


「ああ、なるほど。まあ私、まだ十八ですからね」


 ポンと、手を叩いてそう言う少女。どうやら気分を害したことはないようで、安心する。


 そして、十八歳。

 予想通りではあるが、やはり若いな。少し心配が残る。


「でも白金級の冒険者ですから、安心してください!」


 そう言って彼女がポケットから取り出したのは、布の隙間から差し込む太陽の光をキラキラと反射し、美しく輝く純白のプレート。首にかけられるよう紐がついているそれは、銀級のプレートの輝きとは異なるものだった。


「はっき……!? す、すまない。凄い冒険者だったんだな。誤解していた」


 一瞬偽造や窃盗、という言葉が思い浮かぶが、こんなに簡単に見せびらかしては、すぐに冒険者協会にバレて、罰則を受けるだろう。

 もちろんその線がないわけではないが、今は信じるのが妥当だ。


「いえいえ、全然」


「……なんだ? 海空の遺跡の最寄り街にでもついたのか?」


 と、横の黒猫が大きなあくびをした後に、人の言葉でそう発言した。

 ――猫が、人の言葉を? 理解の追いつかない頭をよそに、彼女らは会話をする。


「いや、なんか見られてたから。まだつかないよ」


 あの黒猫は……いや、もう考えないのが良いだろう。

 そう思って俺は一度黒猫のことは頭から外す。


「そ、そうだ、敬語は不要だ。俺は敬語が得意ではないし、白金級の冒険者に敬語を使わせるほど偉くはないからな」


 俺は思って、彼女にそう提案した。


「そうです……そう? 白金級もそんな偉くはないと思うけど、じゃあお言葉に甘えて」


 簡単に受け入れた彼女を尻目に、俺は先程の言葉を思い出す。


「――なぁ、さっき海空の遺跡、って言ってたよな?」


「……? うん、フィルが言ってたね。私達の目的地」


 不思議そうにしつつも、彼女は俺の質問に答えた。


「奇遇だな。俺も実は同じところに行く予定だったんだ」


 俺はペラ、とポケットから冒険者協会で手に入れた依頼書を二人に見せた。


 ◇


「ここが海空(うみぞら)の遺跡かー。意外と見た目は普通だね。中は凄いことになってるって聞いたけど」


 私は体に当たるそよ風を感じながら、目の前の門を眺めながら呟いた。

 その建造物のサイズはそこまで大きくはない。

 入り口の大きさがだいたい幅十メートル、高さが七メートルくらいだろうか。

 大理石をメインとした建造物で、ところどころに青空を想起させる透き通った空色をした宝石が嵌め込まれていたり、青や白のラインが入っていたりと、名前の通り海と空を想起させるデザインになっている。


 これが、海空の遺跡と命名された理由だ。

 発見者は危険を予期して帰ったようだが、そのデザインからレインの遺跡ということは予想されていた。

 警戒する必要はないだろう。レインの遺跡は、大抵危険はほとんどないのだ。

 問題は、ここが本当にレインの遺跡か、というところだが。


 私がいるのは平原の上。その真ん中に、遺跡への入り口があった。

 すぐ向こうには森があるが、今回の目的地はこの門の奥だ。


「そうなのか? 俺はレインの遺跡なんて探索したことがないからわからないな」


 そして、今回は同行者が一人いる。

 冒険者のレルガくんです! ……いや、多分歳は九つぐらい上なんだけど。


 ともかく、彼は冒険者教会でとある依頼を受けてきた、私と同じ冒険者だ。

 どうやら依頼ブッキング、ということもないらしく、普通に同行することになった。


「マスター――レインの遺跡は、変なのが多い。初めてならなおさら気をつけた方がいいだろう」


 また私の肩に乗っているフィルがそう言った。


 フィルは自身の魔法で色々と細工はしてるからそこまで重いことはなく、肩に乗るのは大した問題ではない。


「マスター……? 分かった。忠告感謝する」


 レルガはフィルのマスターという発言に違和感を覚えつつも、そう答えた。


「さて、レルガさんも、行きますよー!」


 私はそう言って、目の前の門へと歩き出した。


「……今から遺跡探索なのにやけにテンションが高いんだな。分かった、行こう」


 レルガはそう不思議に思いつつも、私について来た。


 今回の目的は、冒険者教会で受注したこの遺跡の調査と、あとは綺麗なものを見に行くこと――!


 ◇


 その門の中に入ると、左右にろうそくの刺された燭台が壁のくぼみに設置されており、真っ暗な建物の中を薄暗く照らしていた。

 等間隔に配置された揺らめくろうそくの炎と、無限に続くかのように見える階段が、なんだか少し不気味な様相を醸し出していた。


 ……こういった演出は、レインが好むものだ。

 ここはレインの遺跡で、間違いないだろう。


「……いつになったら明るい場所に出るんだろうな。海も空もないぞ?」


 周囲を警戒しながら進むレルガ。

 レインの遺跡は、実害を持つようなギミックがないことを知らないのだろう。


「うーん、私も詳しくは知らないけど……フィルなら知ってる?」


 私は初めてきたところだから、ここの詳しい構造は知らない。

 だけど、フィルなら知っているかもしれない。そう思って私は聞いてみた。


「――そうだな、もうすぐ、出るぞ」


 フィルは、一拍置いてから、前を向いてそう発現した。


「まだ終わりそうには見えないが――っ!? 火が消えたぞ!」


 と、燭台の火が、一斉に消えた。

 辺りは暗闇に包まれ、足元すら見えない中レルガは構えを取っているようだ。


 私は足を踏み外さないように、その場で止まった。


「だーいじょぶだって。レインの遺跡は、そんなに危ないトラップとかはないから」


「そうかもしれないが……」


 不安がるレルガをよそに、私は冷静に待っていた。

 すると、キィン、という甲高い音が鳴り響くと同時に、左右の燭台が順番に灯っていく。

 今度は、先程とは違って青色の炎を灯していた。


 そして、その奥に目を見やると、先程まではなかった出口のようなものが見えた。

 そこからはまるで外に繋がっているかのような、日の光が漏れ出ていた。


「さ、明るくなったみたいだし、行こっか」


「あ、ああ……」


 レルガは、慣れないレインの遺跡の探索に翻弄されているようだ。

 無理もない。レインの遺跡は、こういった意味のないギミックが多いのだ。


 スタスタと階段を降りていくと、光が近づいてくる。


 階段を降りきると、暖かな日の光に包まれるような感覚に陥る。先程までいた暗闇から一転、辺りは明るく照らされている。いきなり明るさが変わったせいか、少し眩しく感じながらも、辺りを見渡す。


 そこにあったのは、どこまでも広がる広大な海。上には、羊雲が点々と存在する空があった。その隙間からは、存在しない太陽の光が差し込んでいる。

 そして、その海と空は、どこまで言っても出会うことがなかった。

 私はそれに違和感を覚えつつも、他の場所に目を移す。


 私達が立っているのは、その上に浮遊する土の道。

 踏みならされた道に、脇にはまるで廃墟のようにところどころかけた大理石の大きな柱が点在しており、他にも同じ大理石の建物や、はたまた壊れた木製の家屋のようなものまで存在している。


「……もしかして、さっきのはこれのための演出か?」


「そうだな。随分面白い反応をしてくれて、助かるぞ」


 なんだか楽しそうにしているフィルに対して、レルガは呆れたような顔をしていた。


「全く、大賢者じゃなくて、演出家を名乗ったほうがいいんじゃないか?」


 レルガは、肩をすくめ、至極真っ当な意見を口にした。


「ま、まあ大賢者としての実力がないとこんな壮大な演出もできないし……」


 私は大賢者(・・・)レインのフォローをしつつ、道の先を眺めていた。


 すると、レルガはスタスタと前の方へと歩いていっている様子だった。


 私はそれを見て、レルガについていく。


「……なんだこれは。謎解きか?」


 と、レルガは途切れた浮遊する足場の横、大きな石碑を見て呟いた。

 そしてその近くには、コの字の左の部分が床に刺さったような見た目をしている、細長い岩があった。

 それは周りの壊れかけの柱と比べると、やけに形が保たれていた。


 私もそれを覗き込むと、そこに書いてあるのは――


「えーっと何々? ……『この場所は偽りに満ちている。ここの全ては一切曲がることなく創られている。その偽りを隠蔽せよ。考えてみよ、我々のいる本来の世界は、一体どんな形をしている?』」


 隠蔽、というのが具体的にどんな行為を指しているのかは分からないが、この隣の岩を使うんだろうか?


 レルガはこれを見て、非常に険しい表情をしていた。


「……レインの遺跡はこんなのばっかりなのか?」


「まあ、そんなところだ。しかし、この世界をよく知り、その上で考えれば答えは出る」


 フィルは、まるで出題者側かのような物言いだった。

 ……まあ事実そっち側であるのは間違いないんだけど。


「この世界そのものの話なんて、考えたことがないな……っていうかお前、なんでそんな出題者みたいな感じで話すんだ? 答えを知ってるなら教えてくれよ」


 不思議そうに聞くレルガ。


「……いや、なんでもない。私も答えはわからないが、そこは分かっていた」


 と、フィルはどうやら今回ははぐらかすことにしたようだ。

 謎解きを楽しんでほしいってことかな?


 ……正直、私も答えは分かっていない。多分フィルは教えてくれないだろうし、自分で考える必要があるはず。


「……一体なんだってんだ? まあいいか。とりあえず『我々のいる世界はどんな形か』っていうのが大事そうだな」


「我々のいる世界。どんな形か……私達のいる世界は、球状、っていうのが一般的だね」


「え? 平らじゃないのか? ていうか、丸だったら下にいるやつが落ちちゃうだろ」


 レルガの言う通り、昔は平らだって言われてたけど、とある測量士が、ずっと同じ方向に進んで世界一周をして確かめたらしい。それに加え、魔法による測量によっても、球状であるという説が補強されている。

 ……と言っても、誰にでもその情報が行き渡っているわけではなさそうだけど。


「いんや、ずーっと同じ方向に進んだ人がいたんだけど、それで出発したところと同じところについたから、球体ってこと。まあ細かい話は自分で調べてみてくれっ!」


 私は投げやりにそう言って、レルガを指さした。


「は、はあ……そうか。まあいいだろう、別にそこまで気になるわけでもない」


 そういうレルガをよそに、私は考える。


 つまり、この世界は『曲がっている』ということだ。『曲がっていない』この空間との差を見つけ、それをどうにか看破しなきゃいけない、ということだろうか。


 曲がっていない……あ、水平線。

 そういえば、世界は球状でなければ水平線ができない、と聞いたことがある。

 確かに、空と海がずっと平行なら、水平線なんてできないはずだ。


 私は振り返って、先程の違和感を確かめる。

 やはり、水平線はない。


「……ほう?」


 興味深い、と言いたげな声を出すフィル。


 水平線がない、つまり――


「この岩で、遠くの空と海の間を埋めれば……」


 海と空の隙間、つまりこの世界が平行であることの副産物、それを隠蔽することになる――


「……? 何か分かったのか?」


 不思議そうに問うてくるレルガをよそに、私は思いついたことを試す。


 岩を覗き込んで、遠くに空いた、小さな空と海の隙間。

 その真っ白な空間と、この岩を合わせる――


「うぉっ! なんだ!?」


 後ろで海から巨大な何かが飛び出てくるような、大きな音が聞こえた。

 さらに、ゴロゴロと岩が擦れるような音が聞こえる。

 大地が唸るような地響きによろめきそうになるのを抑えながら、私は後ろを振り返る。


 成功したようだ。私はそれに対して喜びを覚えつつ、しっかりと前を見る。


 振り返ったそこには、浮遊する道が海から浮かび上がってきていた。


「流石だな、イリア。ヒントもなしで解いてしまうとは」


 フィルは、私の肩からひょいと降り、顔だけ私の方を向いて、そう褒めてきた。


「そりゃあ何個か解いてきたからね」


 そう、私は今までも何回か同じようなものを解いてきたのだ。

 と言っても、どれも初めてみるものばかりで、流用しているのは一つもない。

 レインの謎解きの引き出しは一体いくつあるんだ、と気になるところではあるが。


「さて、行こうか」


 完全に浮かび上がった道の上を、フィルは歩いていく。

 その道にはまだ水が滴り落ちており、ところどころサンゴのようなものがくっついているが、歩くのに支障はないだろう。


「お、おう。あんた頭いいんだな」


 驚いている様子のレルガ。


「まあ一応、天才だからねっ」


 私はレルガの方を振り向いて、わざとらしく笑ってみせた。


 ◇


「……ここが最奥なのか? 案外あっさりだな」


 先程の謎解きに加え、簡単な謎解きを何個か解いた後、私達はその最奥へとたどり着いていた。

 謎解き、といっても本当に簡単なもので、ヒントに合わせて足場を踏むものとか、そんな程度だ。


 頭を使うような謎解きは最初のあれ以降なかった。


 そして、目の前にあるのは、幾本もの浮遊するボロボロになった大理石の柱と、その柱を繋ぐアーチ。そのアーチ部分には、青色の石がまるで蔦がまとわりついているような、しかし規則的な様子で模様を作り出していた。

 そして、良く見ると大理石の柱には、その一部に青色の宝石が埋め込まれていた。


 それらが私達を囲むように存在している。同時に、威圧的にも感じるそれらは、ここをまるで神聖な場所かのようにしていた。


 少し先には少し高いところに、同じく大理石の台座らしきものが置かれていた。

 そこにあるのは一冊の本と、青い宝石が埋め込まれたしおり。


「そうだな。この遺跡は、謎解きよりも周囲の観察をして欲しいのかもしれん……私はよく知らないが」


 と、逆に気になってしまうような言葉をフィルは付け足した。


 普段は飄々としてるくせに、こういうときはポンコツになるんだから……


「そうなのか? まあいいだろう。じいさんが言っていたのは、ここにあるんだろうな?」


 レルガは、そう呟いて辺りを見渡す。


「レルガさんが受けた依頼のこと? ……というか、その人はなんで中にあるもの知ってるんですか?」


 私は気になって、聞いてみた。


「さぁな。そこは聞いていない。聞くと面倒事が舞い込んでくるかもしれないし、何事もなく高額な報酬が貰えるんだったら、そっちの方がいい、だろ?」


 レルガは、当然、と言いたげな表情で私に聞いた。

 ……うーん、少し同意しかねる、という部分は伏せておこう。


 当然、お金はあるだけ便利ではあるが、それだけを見ていればいいわけではない、と私は思っている。

 まあ結局は、その好奇心とお金への欲、それを天秤にかけて、どちらを取るか、という問題に過ぎない。


 それに、その人の生き方はその人が決めるから、それでもいいんだけどね。


「……ま、まあそうだね。とりあえず探そっか」


 私も、目的の品がある。

 もっとも、受けた依頼は調査のみだが、それとは別、フィルの目的だ。


「このしおりか……? おい、これ取って良いんだよな?」


 台座の上に移動して、その本の上にあるしおりを見て、そう私に聞いてくるレルガ。


「あ、ちょっと待って。何が起こるか分からないし、先に本の中身を見ておきたくて」


 私は急いで近くに寄ると、その本には触れずに、開いているページを読んだ。

 そこには、こう書いてあった。


 ――この本を読んでいるということは、ここの謎解き、試練を全て終わらせたものだろう。最後の方は簡単だっただろうが、最初の試練は中々難しかっただろう。何、どれも君たちの成長のために用意したものだ。世界の知識を集め、その上で世界を理解する。我々の理解している世界とは、ほんの表面のものでしかない。世界を追求し、理解せよ。そして、その美しさに感嘆せよ。


 ――そしてここにもう一つ、ここを作ったくれた私の仲間への感謝を記しておく。


 ――大賢者レイン


「……へぇ、なんだか噂に違わない変人みたいだな。試練といいつつ、危ないことはなにもないしな」


 顎に手を当て、興味深そうに呟くレルガ。


「確かにそうだね。でも、私はこういうの好きだな……」


 私は、後ろを振り返り、そう呟いた。

 ただ無駄に壮大に見える遺跡だが、ここには彼自身が持っていた多くのメッセージがあるのかもしれない。


 ――美しさに感嘆せよ。

 嫌なことなんて沢山世に溢れているけど、良いことは探さないと見つからない。

 そんな世界でも美しさにフォーカスできるのは、幸せなことだ。私も、運良くそれができている。


 ヒュウ、風が吹いた。

 それに飛ばされそうになる帽子を抑えて、私は小さく笑った。


「――そうか。俺には、分からないことだな」


 レルガは、少し悲しげに、そう呟いた。


「さて、じゃあこのしおり、貰っていいよな?」


 と、切り替えて私にそう質問した。


「うん、もちろん!」


 断る理由もないため、私はそう返す。

 レルガは小さくうなずき、しおりを取った。


 すると、台座はゴゴゴと音を立てながら横にずれ始めた。


「うぉっ! やっぱり仕掛けのキーになってたのか!」


 急に動いた足場に対し、体勢を崩すレルガ。


「おおっと、そうみたいだね」


 私も少しバランスを崩してしまい、転ばないように踏ん張る。


 少し待つと、それは収まり、台座の下には少しの空間があった。

 下にあるのは――魔法陣のように見える。一体なんの魔法陣だろうか?


「ん? あれは魔法陣か?」


「だね、見てみよっか」


 私は台座の下にできた階段を降りる。同時に、フィルとレルガの二人もついてくる。

 そして、下にあったのはやはりそれは魔法陣だった。

 この空間は円形状で、これを置くためだけにできたスペースのようだ。

 人が五人くらい入れそうなサイズの魔法陣がぽつりと真ん中に置かれており、それ以外のものはなにもない。

 魔法陣は、紫色の粉のようなもので描かれていた。


 壁には何やら良く分からない文字の羅列が、ライン状に壁を囲っている。


 と、何やら奥の壁に文字が刻まれているようだ。

 近づいて、読んでみる。


 ――帰還用転移魔法陣。台座が開けられると起動する。しかし、初回は転移の準備に少し時間がかかるため、しばし待て。十分もすれば終わるだろう。


「――なるほどな。帰還用のものまでご丁寧に用意されているのか。本当にレインってやつは何を考えてるんだ?」


 肩をすくめるレルガ。


「……最初の問題といい、文字通り『試練』なんじゃないのかな? これを通して、色んな経験をして、知ってもらう。その途中で死んだら意味ないからいらないよね、みたいな」


「へぇ、なるほどな。確かにそれはありそうだ」


 私が軽く予想を立てると、レルガはそう同意した。


 予想、というのは、私だって別にレインに会ったことがあるわけではないからだ。

 ただ、私と似ている部分はあるんだろう。


「さて、それではしばし休憩だな? 待てば起動するようだし、わざわざ戻ることはないだろう」


 フィルはそう提案した。


「だね。待とうか」


「ああ」


 ◇


 パチパチという音を立てながら、目の前の焚き火は暖かな炎の光を発している。


 辺りはもう暗くなっていた。私の知る星空とは違う、また別の星空がそこにはあった。

 焚き火を焚いているせいで全部は見えないが、それでも空を覆い尽くすほどの星が存在していた。


 そして、周囲の大理石の柱やアーチは、その青色の部分が淡く光り、私達を少しだけ照らしていた。


 恐らく、台座の起動がトリガーとなって、夜になったのだろう。

 これがどのくらい続くのかは分からないが、今は堪能しておこう。


 そういえば、本は回収しておいた。

 フィルが大賢者レインからコールドスリープとやらをされる前に頼まれた、レインの遺跡巡り。

 その内容は、色んな遺跡にある遺物やらなんやらを入手すること。それはフィルが持っていた本にリスト化されていたから、何を持っていけばいいのかは分かっている。

 そして、今回はあの本だった。


「……なぁ、聞きたいことがあるんだが、いいか? そこの、黒猫……フィルだったか? が気になってな」


 私にそう問いかけてきたのは、焚き火の向こうで膝を立てて座っていたレルガだった。


「それは、フィルに聞いたほうがいいんじゃない?」


「猫に聞くのは――いや、喋る猫なら、人として扱うのが妥当か」


 話題に上げられているにも関わらず、無言で焚き火を見るフィル。

 聞こえていないのか、無視しているのか、それとも聞こえた上で無反応なのか、良く分からない。


 フィルは、いつもこういう感じだ。猫だからかな?


「なあ、あんたのこと聞いてもいいか? 特に、なんで喋れるのか、とかさ」


 レルガは今まで一切それを聞いてこなかったが、どうやらどうしても気になったようだ。


「……いいだろう。なぜ喋れるのか、と問われれば、ただの魔物だった私が、理性を持つ猫に治療、まあ改造と言っても差し支えないか。ともかく、それをされたのだ」


 フィルは一拍置いて、語り出した。


「魔物の、治療? そんなの、できるのか?」


 怪訝な表情を浮かべるレルガ。


「ああ、昔にできる人物がいたのだ。それを、その人物にしてもらった。だから、私は魔力を持った猫になった」


「だから、喋れるってことか? その魔力を使って」


「いや、少し違うな。魔力を持ったことで、私の体は変化していた。そこで、レイ――私を助けた人物に、喋れるようになる魔法をかけてもらったのだ。本来なら不可能なことだが、魔力を持った私には可能だったようだ」


 フィルは、質問に対してそう説明した。


「……へぇ、聞いたことない魔法だな。そんなのものあるのか」


「ああ、それで――いや、ここは喋らないでおこう」


「……あんたの『マスター』が誰なのか、俺は聞かないほうがいいよな?」


 レルガは、まるで『俺にはそれが誰か分かっている』と言いたげな様子だった。


「……ふん、勘の良い奴め。説明が面倒だから、やめてくれると助かるのだが」


 フィルは、そっけなく言った。


「はは、じゃあやめとこう。すまんな、怒らせるつもりはなかったんだ」


 レルガはふっ、と笑って言った。


「いやいや、フィルも別に怒ってるわけじゃないから、大丈夫だよ。ねっ?」


 私は、フィルをフォローしつつ、フィルにそう聞いた。


「……まあな。怒っているわけではない。しかし、バレると本当に面倒だからな」


 フィルは、疲れているような声色でそう言った。


「そうか。まあ冒険者同士は本来詮索不要だ。今のは、俺の問題だ。すまんな」


 レルガは、そう言ってもう一度謝罪をした。


「いや、問題ない」


 一件落着のようで安心だ。


 と、私はフィルの発言の数々を思い出した。

 『出題者フィル』な発言とか、レインって言いかけてたところとか……


「……ふふっ」


 思わず、笑いが溢れた。


「イリア、やめてくれ」


 フィルは切実な声色でそう言った。


 それで、そんな声なものだから、私の笑いはさらにこみ上げてくる。


「ご、ごめんごめん。でもあれはもうバレるよ、普通。これでもよく耐えた方だよ……」


 私は必死に笑いを堪えながら、そう言った。


「はっはっは、本当に面白いな、お前たちは」


 面白そうに笑うレルガ。


「別に面白がってもらうためにやっているのではないのだがな?」


 と、下の方から、キュイイン、という音が鳴った。

 もしや、魔法陣の準備ができたのだろうか?


「あ、今の音って、もしかして魔法陣の準備ができたのかな?」


「そのようだな。行くか」


「了解だ」


 ◇


 私達は火を消して、魔法陣のところへ向かっていた。


 そして魔法陣は、先程とは違い、紫色の淡い光を放っていた。


「おっ、起動してるみたいだね」


 それは魔法陣に魔力が通っているということを意味する。

 つまり起動の証だ。


「では行くか」


「――あ、ちょっと待って。一回、星を撮りたいから」


 私はレルガとフィルにそう言って、足早に階段を駆け上る。


「取る? 星をか?」


 信じられない、といった表情を浮かべるレルガ。


「ああ、それはな――」


 レルガに説明をしているフィルをよそに、私は準備をする。


 スタンドと写真機を次元収納魔法から取り出して、スタンドを立て、そこに写真機をセット、露光時間とか諸々を調整して――

 しばらく待つ。


 ――一分ほど待つと、パシャリ、と音がした。


 画面に表示されている写真を見ると、よく撮れていた。本当はもう少し撮りたいけど、今はいいだろう。

 これは、後で魔法で印刷するものだ。このままだと画面が小さすぎるしね。


「おい、そんな時間がかかることなのか?」


 少し大きな声で私に聞くレルガ。


「今終わったから、今行く!」


 私は急いでそれらを次元収納魔法にしまい、足早にそこを去った。


 ◇


「っ……これが転移か。なんだか変な感覚だな」


 気がつくと、俺たちは、最初の門の外に出ていた。

 遺跡の中は暗かったが、どうやら外はまだ明るいようで、少しその明るさに目が眩む。


 転移、すごい技術だな。


「だろうな。私も始めは違和感があった」


 そう言う黒猫――フィル。


「まあねー。結構凄いことやってるからね」


 なんだか晴れ晴れしたような表情を浮かべているのは、少女イリア。

 と言っても、少女とは言えないくらいの実力者のようだが。


「……さて、じゃあここでお別れだな。今回は本当に助かった。謎解きも俺だけじゃ無理だっただろうしな」


 俺はそう言ってフッと笑った。


「全然! 私も楽しかったし!」


 彼女は、良く分からない魔法らしきものから、綺麗に装飾された箒を取り出した。


 へぇ、魔法使い、というか魔女って本当に箒で空を飛ぶんだな。


「それじゃ、私も帰るね。バイバイ!」


 そう言って箒にまたがる彼女の肩に、フィルはひょいと乗っかった。


「ああ、ありがとな!」


 俺が手を降ると、向こうも手を振った。

 そして、次の瞬間には、遠くへと飛び立っていっていた。


 そして、それと同時に強く吹く風は、周りの草木を揺らした。


「……なんだか、初めてのことばかりだったな」


 レインの遺跡も、あんな二人組も、それに――あんな景色も。


「まあ、少しくらいは金以外のことを考えてやってもいいかもな……」


 俺は、一人そう呟いて帰路についた。

 帰ったら、少しだけあのじいさんのことも聞いてみよう。


 ◇


「――おお! これがあのレインの遺物か! ……ん? なんで遺跡の中身を知っていたのかだって? いや、知らないさ。ただ、レインの遺跡には綺麗なもんが多いって聞いてな。はっはっは!」


「……なんだか聞いて損した気分だ」


 俺は肩をすくめた。

 今回は少し長めになってしまいましたが、いかがだったでしょうか。

 前回でも言っていた、イリアの考え方、というものが色濃く出ている回なのではないでしょうか。

 ……出てたらいいな。


 フィルくん、過去がだいぶ凄いようですが、意外とお茶目でしたね。

 それにレルガくんはなんだか不憫枠な雰囲気が漂っていました。


 ちなみに、一話では写真機……もといカメラの描写が適当だったのに、急にカメラ描写が丁寧になりだしたのは、私に身近に写真についてそこそこ詳しい人がいるんですよね。

 そして私はその様子を何度か見たことがありまして「そういえば写真使ってる人に聞けばええやん!」と思い立ち、それを思い出しつつ、軽く聞いてみたところ、星を取るときは露光時間が云々、とのことでしたのでああなったわけですね。

 ……じゃあ最初から丁寧にしろよ、と言われたらぐうの音も出ません。申し訳ない。


 さて、ここからはいつも通りのお願いになります。


「面白かった!」、「続きが見たい!」


 と感じてくださった方は、下の「☆☆☆☆☆」のマークから付けることのできる評価や、ブックマークもしてくださると、私自身の励みになりますので、してくださると非常にありがたいです!

 同時に、ポイントの増加により人目に晒されることで、客観的な意見を貰える機会も増えますので、できれば、そちらの方もよければよろしくお願いします!


「ここはこういうところが面白かったな」と言った詳細な感想や、

「ここはよくなかったな」、「ここ変だな」


 と思ったり、そういった違和感や矛盾等を見つけた場合は、上の感想欄やレビュー欄から、それらについて書いてくださると今後の改善に役立ちますので、してくださると非常に嬉しい限りです。

※作者はガラスのハートの持ち主なので、言い方だけはオブラートに包んでいただけると助かるなぁ、なんて……思います、ハハ。


 ご感想や評価、ブックマーク等をしてくださった皆様には、味噌汁用のわかめを自宅にお届けいたします。味噌汁のわかめ、美味しいですよ。

 ……もちろん嘘です。

 あ、味噌汁に入っているわかめが美味しいのは本当ですよ?

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