第一話:世界樹と恋する少年
あらすじにも書いてあるとおり、一話完結型のゆるい物語です。
至らぬ点も多いかと思われますが、それぞれのお話だけで良いので、最後まで見てくださると嬉しい限りです。
岩だらけの、少しジメジメとした洞窟の中。
頭上には「世界樹」のものであろう木の根っこが一部露出していた。
「……くそっ! あと一歩なのに! こんな岩野郎なんかに……!」
目の前の岩でできた巨大なゴーレムの攻撃を盾で受け流しながら悪態をつく。
手に持つ盾が軋み、その端が欠ける。今まで堪えてきたこれも、もう限界が近づいている。
さらに先程から剣で攻撃しているが、全くダメージが通っている気配がない。
僕の実力がもっとあればあの腕も断ち切れたのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
あの胸のあたりにあるオレンジ色に光るコアに当たれば倒せるかもしれないが、意外にこいつの動きは俊敏で、僕じゃそれも無理だ。
「これでも喰らえ!」
コアを狙って剣を刺そうとするが、腕で防がれてしまう。
向こうが構えを取ったので、こちらも盾を構えて攻撃を防ぐ――!
が、しかし、上手く衝撃を流せず、気づいたときには僕の盾は僕のはるか後ろへと吹っ飛んでいた。
息をつく間もなく前を向くと、眼前には岩の巨大な拳――
「あ――」
僕はその光景に唖然とする。
もうすぐ死ぬ、そう思った瞬間、世界全体が遅くなるような感覚に陥った。
僕、死ぬのかな。
僕はただ世界樹の雫で、レニルの病気を直して、助けたかっただけなのに――
――あれ? 僕、最初は彼女が僕のこと好きになってくれるかもって思ってただけのはずなのに。もしかして、僕って意外と本気だったのかな?
……まあ、もう考えてもしょうがないか――
諦め、目を瞑ったその時、目の前から、大きな衝撃音がした。
がしかし、僕の体には一切その衝撃が伝わらない。
そして、その衝撃によって砂埃が舞い上がり、体に降りかかる。
何事かと思い、ゆっくりと目を開けると――
「おーっと、危ない。君、一人でここまで来るなんて大したもんだね。しかも剣と盾だけで」
目の前には、だいたい僕と同じくらいの年齢、十代後半程度に見える女性がいた。
その少女はミドルヘアーの白色の髪に、緑色のメッシュが入った髪をしており、頭にはいかにも魔法使い、といった尖ったラベンダー色の帽子を被っていた。上着には同じくラベンダー色のローブを羽織っており、下は紺色のスカートを履いていた。
横からちらりと覗くその瞳は、髪のメッシュと同じ緑色をしていた。
そして、驚くべきことに彼女は、緑色の宝石? が嵌め込まれた銀色の指輪のついた右手で魔法障壁を発動しつつ、ゴーレムの攻撃を受け止めていた。
魔法のことはよく知らないけど、普通は制御しやすくするために、杖とかで発動するはずだ。
……もしかして、あの指輪がその役割を果たしているのだろうか?
それに、彼女は僕と同い年くらいに見える。
「確かに魔法がなくては、一人での攻略は厳しいものになるだろうな」
そして、もう一つ声がした。
その声の出処は、彼女の肩に乗った黒い猫のように思える。
赤色の首輪をつけた真っ黒な猫だ。
――まさか、あの肩に乗ってる黒猫が? 肩に乗ってバランス取ってるのも驚きだけど、猫が喋ってる?
「そうそう。まあ、とりあえずこいつを倒してあげよっか」
僕が苦戦していた相手にも関わらず、彼女らは余裕の様子で雑談をしていた。
「そうだな。そのへんの石と仲良くさせてやるのがいいだろう」
黒猫? がそう言うと、途端にゴーレムがその岩の隙間から、異様な光を放出し出した。
直後、ゴーレムはバン、という破裂音とともにそのまま地面にバラバラになって崩れ去っていった。
それは奇妙なことに破裂音がしたのに、辺りにその破片が飛び散ることはなかった。
「さーてと。大丈夫? 随分疲弊してるようだけど。とりあえずこれ飲んで」
彼女は虚空に手を突っ込むと、そこが歪んで、手首から先が消える。
次の瞬間、彼女の手には瓶に入った赤色の液体があった。
そして、彼女はポイとそれを渡してきた。
僕は慌ててそれを掴み取る。
今のは――まさか次元魔法? 相当高度な魔法だって聞いてたけど、あの年齢で使えるのか?
渡してきたのは回復ポーションだろう……あっ、お礼はちゃんとしなきゃな。
「あ、ありがとうございます。じゃあいただきます……」
「全然いいよー。流石に助けられる人を見殺しにするほど悪人じゃないからね」
彼女は胸を張ってそう言った。
そして僕は渡されたポーションに口をつける。
ポーション自体は至って普通のもので、特に変わったところはなかった。
……これで高級ポーションを渡されていたら、腰が抜けているところだった。
僕は一度立ってから体のホコリを払い、彼女に頭を下げた。
「危ないところを助けていただき本当にありがとうございました。恩に着ます」
「おお、礼儀正しいね。こちらこそどういたしまして。まあ私ってば人助けが趣味みたなところあるしね?」
彼女はおどけた様子でそう言い放った。
「そうなんですね」
「……真面目に返さないで、ツッコミどころだよ?」
僕が返すと、彼女はちょっと困ったように笑いながら言った。
「す、すいません……」
「まあ別にいいけどねー。さて、じゃあ私にも目的があるから行ってくる。気をつけてね」
彼女はその後すぐに身を翻し、奥にあるリーフのシンボルが掘られた木製の巨大な扉の方へと向かっていった。
そこで僕ははたと気づく。彼女も世界樹の雫を取りに来たのだ。いや、ここに来たのだから当然ではある。
世界樹の雫は最高級の回復アイテム。あって損はない。彼女ほどの実力であれば、欲しがるのも無理はないはずだ。
だけど、僕にも目的がある。
――厚かましいかもしれないけれど、ここは譲れない、どうにか頼み込もう。
「イリア、あの少年が何か言いたげだぞ? ……あの少年もここに来た理由がある、と考えてみてはどうだ?」
も、もしかして顔に出てた? というか随分察しがいい猫なんだな……
あと、今黒猫が少女を「イリア」と呼んでいた。
あの人は「イリア」という名前なのかな?
だとするとイリアさんって呼ぶのが合ってるかな。年齢は同じくらいに見えるけど、助けられたし、敬語は必要かな。
「え? ああ、そっか。そりゃここに来るからにはね……んーじゃあしょうがないか」
一体何がしょうがないんだろうか。
わからない。ともかく、一度お願いしてみよう。
「あ、あの! 僕、とある人の病気を助けたくて、ここまで来たんです。厚かましいかもしれませんが、世界樹の雫を僕にくれませんか?」
「いいよ」
イリアさんは即答でそう言った。
――あれ? 思ったよりもずっと軽く了承してくれた。
「え? い、いいんですか?」
「そりゃあもうじゃんじゃんあげちゃうよ。そんな身の上話聞かされた上で持ってくのは酷でしょうよ」
腕を組んで、うんうんと頷きながらイリアさんはそう言った。
「で、でも僕が嘘をついてる可能性だって……」
正直、いきなりこんな話をしたところで譲ってくれるとは思っていなかった。
なぜならここに来るということはそれぞれ目的があるはずで、当然世界樹の雫が欲しいはずだ。
僕だって幼馴染みを助けたくて、ここまで来た。
僕は騎士としての訓練を積んできたから、行けると思ったんだけど……この有様だ。
いつもの鎧を着ていたら突破できただろうか。
いや、恐らく重くて逆に駄目だったのだろう。結局、実力不足ということだ。
ともかく、世界樹の雫だ。
それは、一度に多くの量が取れず、一度溜まった後は数ヶ月ほど待つ必要がある。
わざわざ譲る、なんて選択肢を取る人は多くないだろう。
「んー、まあ別に嘘つかれてても正直いいかな。別にそんな急いでないし。その時はまた数カ月後にでも来ようかなー。ねっ、フィル」
指を顎に当て、考え込むイリアさん。
「そうだな。我がマスターの遺跡巡りについては、その先に何があるのかすら定かではない。好きにするといい」
横の黒猫――フィルというらしい、がそう答えた。
――普通に口開けて人の言葉を喋ってる。一体どうなってるんだろう。
「ってことだから。大丈夫だよ」
「へ、へぇ。そうなんですね……っと、じゃあくれるってことですね!? 本当にありがとうございます!」
僕は理解が追いつかなかったが、とりあえずくれる、ということを思い出し、頭を下げて感謝の言葉を述べた。
「全然、いいよ。ま、写真は撮らせてもらうけどね」
イリアさんは何やらよく分からない魔道具らしきものを取り出してそう言った。
「写真?」
◇
何十メートルはあろう高い天井からは二本の木の根が互いに絡まりながらねじれ、それは下へと行くに連れててつれて細くなっていき、その先端からはポタポタと澄んだ透明な水が雫となって滴り落ちている。
その落ちた先を見ると、よく分からない模様が刻まれた、あまり見慣れない、しかし人工物のように見える台座の上に溜まっていた。
そう、これが世界樹の雫。ここにあるのは、その雫の滴り落ちる静かな音と、その景色――に加え、それを色んな角度からさっきの機械で何かをしまくっているイリアさんがいた。
「あ、あの、それは一体……」
「ん? これはね、目の前にある景色を撮って、それを保存しておける魔道具だよ、最近レインの遺跡で見つけたの」
「景色を保存……って、レインの遺跡ですか?」
大賢者レイン、大昔に『魔法革命』と呼ばれる、魔法に大きな発展をもたらした人物だ。
そして、彼の遺跡といえば、意味不明でよく分からないものが多いらしい。
有用なものも度々見つかるが、大規模な遺跡が多く、あまり探索は割に合わないとも聞くけど……
「そーそー。『あの』レインのね。写真機って言うんだけど、かなりいい感じだよ! こうやって撮って、沢山保存しておく。そしたらまた後で見れるからね」
イリアさんはそう説明した。
たまにその辺でスケッチをしている人と同じ感じだろうか。そのスパンが凄く短くて早く終わるっていう違いはありそうだけど。
「あとこうやっていろんな角度とか、いろんな撮り方で撮るのも、普通の視点とは違った見方ができて楽しいからね」
「写真機」とやらをひらひらとこちらに見せながら、イリアさんはそう言った。
「それに私、綺麗なものが好きだからね――」
イリアさんは頭上から伸びる木の根を眺めながら、なんだか感慨深そうにそう言った。
「綺麗なものは僕も好きですね。宝石とか、まあ嫌いっていう人は中々いないんじゃないですか?」
僕はそう思ったことをありのまま口にした。
すると、一瞬ハッとしたような表情をして、イリアさんはこう言った。
「いや、そういう意味ではないんだけど……まあ細かいことはどうでもいいね!」
と、そう言ってイリアさんは露骨に話を切り上げた。
「じゃあとりあえずこれ上げるから待ってて」
イリアさんはそう切り上げ、台座のあたりを探るように触りだした。
「……? あ、それは自分で取るので――」
「お、あった」
と、イリアさんが何かを押し、カチッと音がなった。
すると目の前の台座が小さな音とともに動き出し、台座の上の世界樹の雫が乗っている部分が動き出した。
「え、ええ!? 一体何が? って危ないから止めて!」
「大丈夫だってー、すぐ終わるから」
僕が焦ってそう言うと、イリアさんは口元に笑みを浮かべながら、冷静な様子でそれを見つめていた。
そんなこと言っている場合か! あれが溢れたら――あれ?
それを見ていると、何やら台座の下から瓶が出てきて、世界樹の雫をそこに丁寧に入れ、さらにコルクで瓶の蓋を締めて、ゆっくりと台座の橋にそれを置いた。
「驚いた? いやー、意外とこれ知らない人多いんだよね〜」
そう言ってイリアさんは笑った。
「し、知らなかったですね。すごい便利だし、丁寧ですね……あ、もしかして何か効能が違ったりします?」
僕は少しの期待を込めて、そう聞いた。
「いや? ないよ? だってただの便利機能にわざわざそんなのつけなくない?」
「そ、そうですか……」
確かに、僕達はつい古代都市、とか考えると全てに意味があるように考えてしまうけど、よく考えれば、その昔に作られただけで同じ人が作ったものだし、便利になるだけの機能もあるか……
「ともかく、ありがとうございます。これで僕の幼馴染を助けられます」
「あ、助けたい人って幼馴染だったんだ……あれ? もしかしてその子って女の子?」
「あ、はい。そうですね」
「……またそういうことかい!」
と、イリアさんは急にそう叫んだ。
「……え?」
「いや、そりゃ別にいいけどさ、だって何人も何人もやってたらやんなってくるよぉ! なんでみんな幸せそうな顔して私に見せびらかしてくるんだよー!」
イリアさんはそう言って声高に叫んだ。
何やら深い事情があるような気がする……多分。
「えっいやあの……す、すいません」
「まあそう謝るな少年よ。イリアも本気で言っているわけではない。存分に幸せになってくれ」
と、いつの間にかそばに来ていたフィルさんがそう言った。
そういうフィルさんの顔は心なしか笑っているようにも見えた……猫にも表情ってあったんだ。
「フィル! 今の私は冗談だけど冗談じゃないからね! やんなってるのは本当だよ!」
「だ、そうだ。謙虚にはなりたまえよ?」
フィルさんは僕にそう話を流した。
「ちょっと! そらさない!」
その二人を見ていると、なんだか少し面白くなってしまった。
猫と人間だけど、まるで親友みたいだ。
「あ、あはは……お二人は仲がいいんですね。付き合いは長いんですか?」
「ふっふっふ、確かに仲はいいね。なんてったって相棒ですから。あ、ちなみに会ってから、確か一年も経ってないくらいだよ」
イリアさんは帽子のつばを掴みながら、ニヤリと笑ってそう言った。
「えーっと、それはどう突っ込めば……」
「……私も詳細は覚えていないが、流石に一年は経っていた気がするぞ?」
「……そ、そうだったかも」
頬をぽりぽりと掻きながらイリアさんは言った。
「……さらにどう突っ込めばいいんですか?」
◇
私達は、世界樹の遺跡を出た。いや、ダンジョンって言ってもいいかな?
私達が入ったときには夕方だったため、外はもう真っ暗だ。
この遺跡は、もともとレインが作った遺跡だ。世界樹、と呼ばれるこの巨大な樹木には、世界樹の雫、と呼ばれる高度な治療の効果を持った雫が生成されていた。
だから、最奥にはレインの作った世界樹の雫の精製装置がある――ま、これは知らない人が多いらしいけど。だけど、フィルなら知っていることだった。
そして、さらに後にレインとはまた違う人物が試練を作った。
なんだか簡単に世界樹の雫が手に入れられるのはよくないとか考えたらしい。全く、変な人の考えることはよく分からないね。私も人のこと言えないけど!
ともかく、その試練は、ゴーレムを沢山倒して最奥にたどり着け、という簡単なものだった。
そして、ゴーレムだから当然作らなきゃいけない。何やら内部にはゴーレムを作る装置があって、そこで無限にゴーレムが作られてるらしい、だけど、その放出には一定のスパンがある。
だから一度誰かが通った後はガラガラになって、簡単に通れるし、帰り道も何もいないただ歩くだけの道になる。
実は、私が通ったときは何もいなかったのだが、それはベイルが倒していた、ということだ。
後ろを振り向くと、世界樹の根本に、大きな穴が空いており、そこは樹木や木材を整形して作られたであろう門が取り付けられている。
さらに奥には、私達が通ってきた大理石で舗装された道が続いていた。上には、青く光るのにもかかわらず、辺りに太陽の下のような明るさをもたらす不思議なランタンが取り付けられていた。
――と、そのランタンが、何やら消灯していく。
「……? イリアさん、どうしたんですか?」
「いや? ただ、あのランタンが消えてるなーって思ってね」
ランタンは完全に消灯され、辺りは真っ暗になってしまった。
私は無詠唱で光の基本魔法、ライトを発動して辺りを照らす。
ベイルはそれに少し驚いたようで、一歩後退りをした。
「え? あのランタン、消えるんですか?」
ベイルが、不思議そうに聞いてきた。
「ああ、あそこのランタンは、世界樹が吸収した光エネルギーを使っているからな。夜になってからしばらくすると消えるんだ」
と、フィルがそう説明してくれた。
私は既に聞いていたことで、驚くことはない。
「そうなんですね……」
辺りを見ると、数々の廃墟が並んでいた。
月明かりの下に淡く照らされた、ずらりと並ぶそれらは、何故か少しの哀愁を感じさせる。
これらは、世界樹の下に建造物を作ろうとした先人たちのものだ。
しかし、それらは叶わなかった。明確な障害があったわけではないのだが、そのどれもが一年のうちに崩壊し、上手く行かなかった。次第に、世界樹の下に建造物を作ろうとする人はいなくなっていった。
と、私は写真機を取り出し、角度や設定を調整して、一枚、二枚とパシャリ。
「夜の世界樹の廃墟の写真撮影か。前にも言っていたな」
そう、実は夜の廃墟は昔から撮ってみたかったのだ。
ちょっと怖いけどなんだかいい雰囲気だよね!
……街中の廃墟は、やべー人たちがいたりするからあんまり近寄りたくないけど。
先程まで後ろを向いていたベイルは、その音を聞いて何やらハッとしたような表情をして、言った。
「そうだ、イリアさん、ここまでありがとうございました。それでは、僕はデランの街の方へ帰りたいと思います。本当に恩に着ます」
ベイルは、どうやらここから一番近くにある街、デランに帰るようだ、しかしもう夜も更けている。
歩くのは少し危険な気がする――というか、なんでベイルくん、キミはこんな時間に来たんだね。
……まあいいや! とりあえず、私には安全に送ってあげられる手段がある。
「おーっと、一人で帰って大丈夫かい?」
私は、次元収納魔法を発動して、よくある魔法使いが使ってそうな箒を取り出した。
しっかり整形された真っ直ぐな木の棒の持ち手の先には、宝石――制御用の魔石だ。それが嵌め込まれた留め具があり、さらにそこから先に、箒の穂がついている。
次元収納魔法は、私が相当頑張って、その場でパッと使えるくらいになった魔法だ。
――これをできる人は中々いないんじゃないかな?
さて、この箒はそう、空を飛ぶやつだ。
本来ならもっと安全な形にするのがいいのだが、こちらの方がコストは安いし、長時間使用には耐えられる……それにこちらのほうがロマンがある!
「えっと、それは空飛ぶほうき、的なやつでしょうか? 送ってくれるということですか?」
「どうやら、そうらしい。乗ると良い。遠慮するな」
箒の上に跨った私の肩の上にフィルが乗っかる。
フィルは、自分の体を軽くする魔法を使っているし、しっかりと飛んでいる中でも落っこちないように、自分で魔法を使ったりで耐えることができる。
「そーそー。ここでわざわざさよならするより、そのまんまお届けする方がスッキリするってもんよ」
私はそう言って、ちょいちょいと手招きをする。
「乗ってきな!」
私は親指を立て、こちら側を指さすと、決め顔でそう言い放った。
「そ、そうですか……では、お言葉に甘えます」
ベイルは、そろそろ言っても無駄なんだろう、ということを理解した表情で、後ろに乗った。
「それじゃ! いっくよー!」
「えっあの初めて乗るので遅めだと助か――」
ベイルのその抗議も虚しく、魔法の箒は全速力でデランの方角へと飛んでいった。
◇
デランへと着いた私は、ゆっくりと箒を街の路地裏の地面へと下ろしていった。
私は軽い足取りで箒から降りて、箒をしまった。
フィルも同じく、地面に降りた。
一方ベイルは、息も絶え絶えと言った様子で、膝に手を当てていた。
「ふむ、イリア。流石に飛ばしすぎたのではないか?」
ベイルを眺めていたフィルがそう私に言った。
――ええっと……確かにそれは、否めないかも。
「あーっと、ごめんね〜? と、とりあえず、街にはついたから!」
この路地裏のすぐ向こうからは、人々が行き交う大通りがあり、そこからオレンジ色の街灯の光が漏れている。
「……流石に、やばいです、あれは」
「あ、あはは……ごめん」
「いや……助けてもらった恩もあるので構わないんですが、あんまりはしゃぎすぎないほうがいいかと」
ベイルに、そんなことを言って叱られてしまった。
――落ちないように魔法を使って配慮していたとは言え、今回ばかりは反論できない!
「そ、そうだね〜……ともかく! これで私の仕事は終わったかな? それじゃあ解散!」
私が無理やり切り上げるようにそう言い放つと、ベイルはなんだか何かを言いたげな表情をしていた。
――も、もしかしてまだ何かある感じでしょうか?
「あの、これ、本当に僕が使って良いんですか? 僕が自力で取ったものではないですし、レニルにも使って良いのかどうか……」
そう言う彼の表情は、あまり優れたものではなかった。
どうやらさっきの話ではないようで、安心だ。
「元々、僕はその……幼馴染みに、助けたら、まあ好きになってくれるかな、みたいな感じで最初は行ったんです。それなのに人からもらったこんなの使っちゃって良いのかなって……」
ベイルは、言いよどみながらも、そう自分の心情を吐露した。
「えっと、レニルってのは幼馴染みの名前かな。まあ別に全然いいよ。そもそも、君は一人で助けようとしてあそこまでいったわけだ。それで、私に助けられた」
「はい。理由は不純ですが……」
と、申し訳無さげに言うベイル。
「と、理由が不純って自分で分かってて、さらにその理由をちゃんと私に言ってきた、さらにいえば、元より命をかけてあのダンジョンに言ったわけだ。じゃあもう使っちゃ駄目な理由はないでしょ? まあ人からもらったもの、って言ったほうがいいかもしれないけどね?」
「……確かに、そうかもしれません」
「あとは、私の善意の押し売りだから。私の座右の銘は一期一会! その時あった出会いを大事にして、自分がしたいと思ったことを、そのまんまやる。そうすれば……楽しいからね!」
私はそう言ってニッと笑った。
「まあ、イリアの座右の銘はしょっちゅう変わるがな」
先程から黙っていたフィルが、いきなりそんな横やりを入れてきた。
「ちょっとー! 今いい感じだったのに!」
「……ふふっ、じゃあ、大丈夫そうですね。本当にありがとうございました。なんだか、同い年なはずなのに、凄い年上みたいに感じました」
ベイルはそう言って笑った。
「ああー……ま、よく言われるからね! それじゃあまた!」
年上みたい、とは実際何回か言われてきた。
……まあ、私の宿命みたいなものかな?
「はい! ありがとうございした!」
そう言ってベイルは元気そうに走り出していった。
と、一つ言い忘れていたことがあった。
使用方法だが、世界樹の雫は病気に対しては精製せずにそのまま使用するほうが効能を発揮する。
というのも、実はあの機械で世界樹の雫は既に精製されているから、なのだが。
「あ! 世界樹の雫はそのまま飲ませた方が病気には効くからそうしてねー!」
「わかりました!」
しっかりと聞こえたようで、ベイルは大きな声でそう返事をして、街明かりの煌めく街路へと消えていった。
――
――――
「しっかりと、いい話で終わったな」
「まあね〜」
「……準備をしているな? 今度は何をするんだ?」
「いやいや、折角だから覗き見でもしてやろうとね」
「性格が悪いな」
「失敬な〜。そんな変なことはしないよ。ちょっとしたサプライズをね。面白そうだからねっ」
◇
僕は病院の扉を急いで、しかしなるべく音を立てないように丁寧に開けた。
すると、そこに変わらずに居たのは幼馴染みのレニル。具合は悪そうだが、起きている。
「……ベイル? どうしたの? 急いでるみたいだけど」
僕はここまで走ってきていた。
気がつくと、僕は肩で息をしていた。
呼吸を落ち着けるために一度深呼吸して、話し出す。
「あの……レニル。これ、持ってきたんだ。世界樹の雫」
「せっ!? 世界樹の……!? ごほっ」
驚いた様子で言って、咳き込んでしまうレニル。
「だ、大丈夫!? 落ち着いて、レニル」
僕はそれを見て慌てて介抱した。
「ど、どうやって取ってきたの? こんなもの」
驚愕の抜けない表情で僕に問うレニル。
「その……魔法使いの子が助けてくれたんだよ。凄く強くて……それで、これを譲ってくれた。使っていいよって」
と、起きたことをそのまま正直に僕は言った。
「そうなんだ……危ないところに行ったのに、生きててよかった。その人には感謝しなきゃね」
そう言って、レニルは笑った。
「っ……うん。これ、飲んで」
なんだか少し頬が熱くなるのを感じながら、僕は世界樹の雫を渡した。
「えっと……いいのかな」
レニルは少し遠慮しているのか、受け取るのをためらった。
「せっかく取ってきたんだし、飲まなきゃ」
「分かった……」
僕がそう言うと、レニルは世界樹の雫を飲んだ。
少し待ってみるが、よくなる気配はない。
「ごほっごほっ……」
「……あ、あれ? 治らないの? もしかして何かが間違ってて……」
僕の頭にそんな考えがよぎった。
「ちゃんと使い方聞いとけばよかった……!」
と、すぐ近くの窓際から、パシャリと音がした。
今のは、イリアさんの写真機の音?
なんで今さら――
「あ、ちょっとまってて……」
そう思って窓際に言ってみると――
レニルの笑った表情と、その隣にいる僕が写った写真があった。
「え、い、いつの間に……」
裏をめくると、紙が貼られていた。
これは、魔法で描かれた文字?
――少年よ、焦るでない。いや、普通薬の効能って時間かかるでしょ? まあでも、明日になったらよくなってるよ! グッバイ!
薬の効能は……時間がかかる……
確かに、ごく当たり前だった。
その事実に気づくと、なんだか顔が熱くなってきた。
「っていうか、本当になんでこんなのが――もしかして、見てたってこと?」
さらに、恥ずかしさが押し寄せてきた。
イリアさん! なんでわざわざ見に来たんですか!――
◇
私は、私の作った魔法の箒に跨って、星の瞬く夜空をかけていた。地上はもう随分下にあり、人が米粒に見えるくらいの上空を私は飛んでいる。
高い標高に加え、吹き抜ける風が私の体に当たり、体が薄ら寒くなる。
でも、私はこの感覚も、景色も全部が好きだ。
「いやー、面白いもん見れたな〜」
私は面白く思って、そう言った。
「わざわざ偽のシャッター音まで用意してな。実際に撮ったのはあの瞬間ではないのに」
「いーのいーの。ああいうのは雰囲気だよ!」
そう、シャッター音と写真がズレていたのは、そういうことだ。やっぱり、雰囲気って大事だよね!
「最初怒っていた割にはもうノリノリではないか」
「まああんまり見せびらかされるとイラつくけど……あれくらい初だと見ていて面白いからねー!」
他人の恋路ほど見ていてエントゥアーテエィンメントゥになるものはないからね!
「ふむ、それにしても流石にあれは『キモい』のではないか」
フィルが一拍置いてから、そう言った。
「そんなこと……あるか。ちょっと……キモいかも」
私は自身の行動を思い返してみて、そう言った。
一応、二人を覗き見したというわけだから……
「――まあでも、助けてあげたしチャラということに……しといて」
私は言葉尻が弱くなりながらも、そう言った。
「はいよ」
フィルは、なんだか面白そうにそう返事をした。
「……ま、実際助けたわけだし!」
そう言って私は笑った。
「さーて、今日も楽しかった!」
箒の上で両手を上げ、落っこちそうになりながらも、私はニッと笑った。
「それは重畳だな」
少しだけ嬉しそうなフィルがそう言った。
私達は、今日もこの世界を渡り歩く。
さーて、次の目的地はどこかなー?
最後までお読みいただき本当にありがとうございます!
今後も作品自体は更新していく予定で、次回はイリアやフィルの過去等がちょっとお話できたらな、程度に思っております。
ここからは作者からのお願いになります!
「面白かった!」、「続きが見たい!」
と感じてくださった方は、下の「☆☆☆☆☆」のマークから付けることのできる評価や、ブックマークもしてくださると、私自身の励みになりますので、してくださると非常にありがたいです!
同時に、ポイントの増加により人目に晒されることで、客観的な意見を貰える機会も増えますので、できれば、そちらの方もよければよろしくお願いします!
「ここはこういうところが面白かったな」と言った詳細な感想や、
「ここはよくなかったな」、「ここ変だな」
と思ったり、そういった違和感や矛盾等を見つけた場合は、上の感想欄やレビュー欄から、それらについて書いてくださると今後の改善に役立ちますので、してくださると非常に嬉しい限りです。
※作者はガラスのハートの持ち主なので、言い方だけはオブラートに包んでいただけると助かるなぁ、なんて……思います、ハハ。
それに加え、注意書きのようなものになりますが、この作品は、悪い点があれば随時修正していこうと思っています。あまり大きな改変はしませんが、細かい部分は変化している場合がありますのでご了承ください。
ついでに、私は結構おしゃべりなもので、活動報告はそこそこ動いております。
気になった方は是非見ていただければなと。
ご感想を書いてくださった皆様には、感謝の気持ちを込めてご自宅に焼きのりをプレゼントいたします。
……もちろん嘘です。