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見ちゃった

作者: 夏のホラー君2022

 俺の頭の中には魚が()んでいる。


 おかしな事を言っていると思うかもしれないが、これは本当の事だ。

 この魚は自分の意思を持っていて、いつも俺の中を悠々と泳ぎ、ぷかぷかと浮かび、縦横無尽に暴れまわったりする。

 もちろん、そんな事を脳味噌の中で物理的にやられた日には酷い事になるのだろうが、そこは心配ない。

 「頭の中に棲んでいる」というのはつまり、「意識の中に棲んでいる」という意味だ。

 空想? 妄想? そうかもしれない。

 だが、俺らすればこの魚は実際に、実感としてそこに居るのだから仕方が無いだろう。


 この魚の事は、これまで誰にも打ち明けた事はない。

 当然だ。

 誰かに打ち明けたところで、そいつが俺の事を「頭がおかしいヤツ」として認定するだけだからだ。利点が無い。

 医者に、か? 行こうと思った事はある。が、やめた。

 その理由は、まぁ、平たく言えば「実害が無い」からだ。

 イマジナリーフレンド? そういうのがあるのか。確かにそういったたぐいのものかもしれない。

 否定はしない。何しろ、この魚の事は自分でもよくわからんのだから。


 重ねて言うが、この魚は自分の意思を持っている。

 自分の意思を持って生きているんだ。


 それを実感した日の事は忘れられない。



-/-



 あれは、勤め始めて二年目の夏だ。

 確かその日は数年に一度の猛暑だった。気温は朝から三十度を軽く超え、いつもなら喧しい近所の主婦共の井戸端会議もなりを潜めて、いっそすがすがしく感じたのを覚えている。

 そんな日に真面目に働くのも嫌になった俺は、早速仕事をサボる算段をつけはじめた。

 晴天の夏の日といえば、海に行くのにあつらえ向きだ。誰に聞いても他の答えは無いだろう。だから、古くからの悪友と結託して休みを取り、ひと夏の思い出を求めて白浜に繰り出す事にした。

 働くつもりで起きていた朝だから少々早すぎたが、会社に連絡を入れた直後に悪友が車に乗ってやってきたので直ぐに出発する事になった。

 若い頃は勢いで行動するものだろう。

 その頃は、何の目的も無いのに悪友と夜の町をドライブして回る事が多かった。今思えば時間とガソリン代の無駄でしかない。無駄な遊びの誘いなど断れば良かったのだろうが、何も勢いで行動していた俺にはそんな選択肢は無かった。何より、悪友は随分ノリの良い男だったので、つるんでいると単純に楽しかったのもある。

 悪友、悪友と連呼するのも良くないか。じゃあ、仮に「伊藤」と呼ぶ事にしよう。

 まぁ、伊藤の事は大して重要じゃあない。

 気になるのはこの魚の事だろう。

 そういえば、この魚は伊藤が近くに来ると、いつもくるりと逆さになって背泳ぎをはじめたものだった。なぜそんな事をしていたのか、意味はわからないが。

 伊藤の顔は、上下を逆に見ると面白かったのかもしれない。有名な「だまし絵」に逆さにすると面白い顔になるヤツがあるだろう?

 冗談だ。


 さて、そんな訳で俺と伊藤は、連れ立って夏の浜辺に向かって旅立ったわけだ。

 何の問題も無かったね。

 伊藤が買った新車の調子は最高だし、天気も最高、仕事も問題なくサボれて最高、最高最高で最高尽くしの有頂天だった。

 途中で寄ったコンビニで酒とゴム製品を調達したのも最高だったし、海沿いの道が空いていたのも最高だった。カーステレオから流れてくるDJの声も夏らしさを強調して最高だったし、その後に流れてきた曲もテンション上げ上げの最高なものだった。

 頭の中の魚も、こころなしか楽しそうに泳いでいるような気がしたもんだ。


 極め付けに最高だったのは、海に向かっているまだ途中で、綺麗どころのお姉さん二人を車内へご招待出来た事だった。


 バス停の前に座り込んでいる二人組みを偶々みつけて、通りすがりに声をかけたのがきっかけだ。少し話したら目的地が一緒な事がわかったから、それならばと乗せていく事になった訳だ。

 二人は大学生で、一人は長髪黒髪の色白、つり目気味のキリッとした印象の子、もう一人は日焼けした茶髪に大きな目をした子だった。

 この時はもう、本当の意味で有頂天になっていた。魚も妙にテンションが上がったのか、今まで見た事も無い程跳ね回っていた。

 もちろん、俺と伊藤は紳士であるからして、存分に下心がある訳だ。二人が後部座席に乗り入るまでの間に、俺は茶髪の子を、伊藤が黒髪の子を狙う事を示し合わせた。

 いつも思っていたが、伊藤とは女の趣味が被らないのが有難かった。この時も何の話し合いもせずに済んだからな。


 面倒だから、その女の子二人の事は仮に「黒髪」、「茶髪」と呼ぶ事にしよう。

 途中で席を交代して、前の席に伊藤と黒髪が座って、俺と茶髪が後ろに座った。

 伊藤は運転手だから自動的にこの並びになる訳だ。

 横に座って他愛も無い話をしながら盗み見ると、茶髪は恐ろしくスタイルが良かった。出る所は充分に出ていて、引っ込むべき所は何の問題も無く引っ込んでいた。

 もはや、どこかのモデルどころの騒ぎじゃあない。絵に描いたような見事なプロポーションだった。

 あれだけは今でも惜しかったと思う。

 まぁ、それで既にマックスだと思っていたテンションが更に上がって、もはや魚もきりきり舞いを始める程だった。ひっきりなしに話しかけて笑っていたのだが、その内容なんて覚えてない。多分、しょうもない話、どうでもいい話をしていたと思う。ただその場で笑えれば良いという、それだけの中身の無い話だ。

 そんな中で、不意に耳に入ってきた言葉があった。


「見ちゃった」


 カーステレオから流れてきた言葉だった。出発した時点から、このカーステレオは地元のFM放送を垂れ流していて、その時はどうやらリスナーからのメールを読み上げるコーナーだったらしい。

 それが聞こえた途端、魚が大きく跳ねて物陰に隠れた。その時は少しだけ「おや?」と思ったかもしれないが、特に気にはしなかった。

 魚はいつも気まぐれで、思いもよらない動きをするものだったからな。

 しかし、思い返せば、魚が物陰に隠れるなんていう事はそれまでに一度も無かったように思う。

 魚はいつも悠々と泳いでいるものだった。魚は異変を伝えていたんだ。それに気付いていればと悔やむ事が多い。


 あのメールを投稿したのは、俺の妻だった。

いや、これはホラーなのか?

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