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病院の広場で話した日を境に、白川さんは日中も眠っていることの方が多くなって、起きている時間はどんどん短くなっていった。
それでもわたしは、何とか白川さんに生きることを望んでもらおうと、必死に語りかけ続けた。
ある時は夢の中で甘い言葉を囁いて、またある時は切々と懇願するように。
けれども結局、白川さんはわたしの提案に乗ることはなく、そばに居る以上のことを望むことはなくて…。
そしてついに、その時はやってきた。
白川さんのベッドにもたれかかり眠っていたわたしは、不意に眩しさを感じた。
顔を顰めながら、眩しさの正体を確認しようと薄目を開ける。
「……っ!」
目に飛び込んできたのは、初めて白川さんを見つけた時と同じ、魂から発せられる眩い光だった。
白い光が目を灼いて、視界を奪う。
彼女の魂は、今まさに、白川ゆりという一人の人間の器から解放され、空高く飛び立とうとしている。
「だめ、まって……」
このまま魂が飛び立ってしまったら、きっと魔界ではなく天界へ昇ってしまう。
いくら白川さんが魂を対価にと言ったところで、実質的に何もしていない状態では契約は成立しない。
魂が天界へ昇ってしまえば、悪魔の自分に出来ることは何もない。
真っ白な視界の中、手探りでボタンを探してカチカチと押し込んだ。白川さんに初めて姿を見せた時、彼女が必死で押していたボタンだ。
枕元のスピーカーからどうしましたかと様子を確認する声が聞こえた。これでじきに人がやってくるだろう。
「白川さん、本当にこれがあなたが望んだ最期ですか?」
目を閉じたままの彼女は答えない。
代わりにガラッと音を立てて扉が開き、白衣の女性が入ってきた。
「白川さん聞こえますか?白川さん」
白衣の女性は近くのモニターを確認すると、慌てた様子で医者を呼び出しながらテキパキと救命処置に取り掛かった。
そうしている内に呼び出しを受けた医師達が駆けつけるが、状況が変わりそうな気配はない。
「だめ、そんなんじゃ助からない…!」
どうすればいい?
わたしは、どうしたい?
助けたい、だけど白川さんはそれを一度も望んでくれなかった。何度も繰り返されたやりとりが思い出されて、手を出すことを躊躇わせる。
頭の中を色んな考えがぐるぐると廻って動けないでいると、不意にキンと金属を打ち付けるような高い音が響いた。
よく知った声が頭上から降り注ぐ。
「バカ! ぼーっと突っ立ってんじゃないよ」
「レヴィ…! え、どうして?」
声がした方を振り返ってみると、先ほどまで誰もいなかった空間に見慣れた緑髪の同僚の姿があった。
どうしてレヴィがここに居るんだろうと考えている間に、白川さんを中心に魔法陣が浮かび上がり、みるみる内に部屋全体に広がった。
魔法陣が広がると同時に、心肺蘇生を行なっていた医師や看護師の動きがぴたりと止まる。
「困った時は頼れって言ったでしょ。あたしはアンタに消えて欲しくないのよ」
凛とした声を響かせるレヴィだが、その表情は固い。
時間を止める魔法は魔力の消耗が激しい。この小さな病室一部屋だけであっても、相当な負担がかかるはずだ。
「そんなことしたら、レヴィの魔力が保ちません」
レヴィが何故こんなことをしているのか、未だに状況が飲み込めないでいるわたしは、魔法陣に流れ続ける魔力を眺めながら、レヴィにどれぐらいの負荷がかかっているのかと焦りを感じていた。
「これぐらい、日頃からたっぷり魔力を蓄えてるあたしにはどうってことないわ。あたしは自分がやりたい事をやってるだけ。リリム、アンタはどうなの?自分のやりたいことが何なのか、本当は分かってるんでしょ?」
「それは……」
彼女の言う通りだった。
やりたいことなんて、端から決まっている。白川さんを助けたい、それ以外の答えなんて無い。
無意識の内に握りしめていた手のひらに、爪の先が食い込む。
白川さんを助けられる方法に一つだけ心当たりがあった。それには魔界へ行く必要がある。
さっきまでは病室を離れられなかったけれど、レヴィが時間を止めてくれている今なら魔界へ行くことができる。
「レヴィ、どれぐらい保ちますか?」
確かにレヴィは優秀な悪魔だ。いつも全身に魔力を漲らせているし、十分な蓄えがあるというのは嘘ではないだろう。それでも止めていられる時間には限りがあるはずだ。
「1時間、それ以上は約束できない」
「了解です。必ず戻ってきます」
長い間時間を止めることは、魔力の消費量はもちろん、時間を止められている人間への影響が大きくなりリスクを伴う。1時間という長さは、違和感を与えないギリギリいっぱいの時間だろう。
限界まで時間を止めると言ってくれたレヴィに心の中で感謝しつつ、魔界へと急行した。
◇ ◇
ゲートを通って魔界に入ったわたしは、どこまでも続く赤土色の荒野の上を猛スピードで飛んでいた。
白川さんを助けるためには、彼女の願いを少し変える必要があった。
悪魔が対象者の願いを恣意的に捻じ曲げることは禁忌とされている。悪魔は人間の願いを通じて大きな力を得ることができるため、悪魔側がその力を一方的に利用することがないように、契約という形で強固な制約を設けているのだ。
ただし、願いの本質を変えない範囲であれば、上級悪魔の承認を得た上で解釈の変更が許される。
何もない荒地にそびえ立つ歪な塔。魔力を集積している管理塔に到着する。
自分が出せる限界のスピードで飛ばしてきたため、魔力消費が激しく立ち止まると同時に頭痛と眩暈が襲ってきた。
少し休憩したいところではあるが、回復を待っている時間はない。
管理塔室長と書かれた部屋の扉をコンコンと叩くと、中から「入れ」と短く応じる声がした。
「ベルゼブブ様、突然の訪問で申し訳ございません。緊急にご承認いただきたい事案があり伺いました」
一息に捲し立てながら、がばりと頭を下げる。
好ましいとは言い難い上司の顔など、できれば拝みたくない。
「おや、珍しい。貴女が私の部屋を訪ねてくるなんて、一体どんな差し迫った要件なのでしょう。…まぁ、来るのが遅すぎたぐらいですが」
上司であるベルゼブブは相変わらずねっとりと嫌味な物言いをすると、目を細めてニヤリと口元を歪めた。
降格処分が迫っているわたしの動向については、全て把握済みなのだろう。
「あの…ある女性の願いについて、変更の承認をお願いしたいのです」
白川さんの願いは、命が尽きるまでわたしに側に居て欲しいというもの。
だけど彼女の本当の願いは、きっと違う。
ずっと一緒にいたいーーー。
それが白川さんの本当の願いのはずだ。
命が尽きるまで、という言葉の裏側にその言葉が隠されていると、わたしは信じている。
「契約内容の改変ねぇ。その人間の願いの代償は?」
自分の足先をじっと見つめていたわたしは、モノクルの奥で深緑色の瞳が値踏みをするようにギラつく気配を感じた。
目を合わせなくても感じる重い圧迫感は、さすが上級悪魔といったところか。
小さく息を吐き、気持ちを整える。
「彼女の、魂です」
頭を上げ、ベルゼブブの目を真っ直ぐ見据える。ここで気圧されてはいけない、と歯を食いしばった。
降格処分間近の役立たずな悪魔の要望なんて、上司の気分一つでいとも簡単に捻り潰されてしまう。白川さんがわたしに差し出してくれた魂というアドバンテージを、ここで最大限に活用しなければ彼女の命を救う道は開かれない。
「なるほど。この時代に魂を代償にするとは、珍しい人間がいたものですねぇ」
ベルゼブブはそう言うと、自身のデスクの奥から水鏡を取り出した。
どうやら興味を引くことには成功したらしい。
「どんな魂なのか、見せていただきましょうか。この水面に向けて魔力をゆっくり注いでください」
水鏡を覗き込むと、水面に映り込む自分の顔と目が合った。
初めて見る道具に少し緊張しながら、指示に従い魔力を注ぐと、わたしの指先から放たれた魔力は水鏡に吸い込まれるようにすーっと流れていった。
2、3秒魔力を注いだ頃、静かだった水面に中心から外側に向かって波紋が現れ淡く発光し始めた。
水面の揺れが収まると、そこには白川さんの病室の様子が映し出されていた。
「おやおや、これは珍しい。穢れなき純白の魂ではありませんか。それにあの優秀なレヴィまで巻き込んでしまうとは」
水鏡を覗き込むベルゼブブはぶつぶつと呟いた後、水面にふっと息を吹きかけた。白川さんの病室は掻き消え、水鏡はただの水へと戻る。
「さてリリム、彼女の願いの代償は魂だと言いましたね。それがどういう事か、分かっていますか?」
「……はい」
「それは安心しました。では純白の魂に免じて、あなたの願いを叶えてあげましょう」
ベルゼブブがキヒヒ、と不快な笑い声を漏らしながら短い詠唱を行うと、何もない空間に契約に関する文章が浮かび上がった。
「あの人間の願いに干渉する許可を与えました。ただし、術の発動を成功させるためには、対象の人間の願いの本質を正確に見極めることが必要になります。もしあなたの読みが外れていた場合は、術は失敗し、契約は不成立となります。貴女が降格処分を受けに戻ってこないことをお祈りしていますよ」
もちろん、それは覚悟の上だ。
レヴィと別れてからそろそろ1時間が経とうとしている。今はとにかく時間がなかった。
踵を返し人間界へ戻ろうとするわたしを「お待ちなさい」とベルゼブブが呼び止める。
「レヴィにこれを渡しておやりなさい、随分と無理をしている様子でした。ついでにあの人間の元まで送り届けてあげましょう」
「……え?」
赤く輝く手のひらサイズの魔石を押し付けられるや否や、足元に転移の魔法陣が現れお礼を言う間も無く視界が暗転した。
「優秀な友人を味方に付け、降格処分目前で珍しい魂を釣り上げてしまうとは、単なる偶然かあるいは…。この先が楽しみですねぇ」
ベルゼブブ1人になった部屋の中で、キヒヒヒと怪しい笑い声が響いていた。
◇ ◇
「レヴィ!!」
管理塔から転移してきたわたしは、レヴィの元へと駆け寄った。
前髪は汗でぐっしょりと濡れていて、表情からは明らかに疲労の色が窺える。
「もう、待ちくたびれたんだから…。そっちは上手く行ったんでしょうね?」
「時間かかっちゃってごめんなさい。大丈夫、だと思います。それとベルゼブブ様からレヴィにこれを」
別れ際に押しつけるように渡された魔石を、レヴィに渡す。
受け取ったレヴィがグッと握り込むと、魔石は赤い光の粒となりレヴィの体内へと取り込まれて消えた。
「…はぁ、生き返った。正直魔力がもう残ってなくて、立ってるのもやっとだったの」
そう言いながら手の甲で額の汗を拭うと、レヴィは疲れが残る顔で弱々しく笑った。
無理をさせていると分かってはいたけれど、弱っている姿を目の当たりにして、込み上げてくるものがあった。
「うぅ…ごめんなさい。私が無理させたから……」
「そんなのは良いから。リリムは自分がやるべき事をやる!」
レヴィに向かって頷くと、白川さんの下に広がっていた魔法陣が徐々に光を失い薄くなっていった。
時間停止の術が完全に切れる前に、白川さんの病を消さなくてはいけない。
わたしは静かに息を吸い込んだ。
『悪魔リリムの名の下に、白川ゆりの願いを解放する』
ぶわりと風が巻き起こり、白川さんの魂とわたしの間に新しい魔法陣が浮かび上がる。
(ゆりさん、ずっと一緒にいましょうーー)
『いずれ寿命が訪れるその日まで、彼女を蝕む病をその身体から消し去り、あらゆる禍事から遠ざけて』
魔法陣はするりと解けて文字列を作り、魂にぐるりと巻きつく。
彼女の魂がこの契約を受け入れれば、文字列は契約印となり魂に刻まれる。もし受け入れられなければ、契約の文言は弾け飛び失敗となる。
わたしとレヴィが固唾を飲んで見守る中、魂が一段と輝きを増した。眩しさに目を細めていると、やがて光は収束し、契約印が刻まれた魂が姿を見せた。
「…やった」
思わず安堵の声が漏れる。
ほんの1時間の出来事なのに、なんだか物凄く長い時間の出来事だったように感じた。
「おめでとう。これで降格処分も撤回でしょ」
わたし以上に頑張ってくれたレヴィからの労いの言葉にむず痒さを覚える。
思えば、降格処分を言い渡されて項垂れるわたしを励まし、背中を押して人間界に送り出してくれたのもレヴィだった。レヴィがいなければ、わたしは何も成せないまま存在を消されるのを待つのみだっただろう。
「レヴィ、本当にありがとうございました」
「この貸しは大きいわよ」
顔を見合わせて笑うと、心の奥がスッと軽くなっていくのを感じた。
病を消してしまったことに対して、白川さんが前向きに受け止めてくれるのか未だ分からないけれど、今はこの決断が間違いではなかったと思える。
「意識レベル回復しました!」
「バイタル、全て正常値です」
止められていた時間が動き出し、病室内がにわかに慌ただしい雰囲気になってきた。
白川さんももう間も無く目を覚ますだろう。
「しばらく白川さんの前から姿を消そうと思います」
自分のしたことが間違っているとは思わないけれど、今は彼女の前に現れない方が良いような気がした。
病が消えたということを、彼女自身で受け止め、受け入れて欲しい。勝手なことをしておいて我儘かもしれないけれど、この先生きていく上で必要なことのように思うから。
それにどんな顔をして彼女の前に立てば良いのか、やっぱり少し恐かった。
「ふーん?まぁ別に良いんじゃない。じゃ、そろそろあたしも帰るわ。そうだ、今後あたしからの飲みの誘いは断るの禁止だからね」
病室から外に出るわたしに続いて、レヴィも魔界へ戻ると言い上空へ消えていった。
目を覚ました白川さんは、変わらずわたしを受け入れてくれるだろうか?それとも、もう関わりたくないと拒絶されてしまうだろうか。
新しい不安が胸に広がる中、とうに限界を超えていた疲労がどっと押し寄せ、わたしは逃げるように眠りに落ちた。
それから一週間、わたしは気配を消したまま白川さんの様子を観察していた。
目を覚ました直後は取り乱している様子を見せた彼女も、日に日に落ち着きを取り戻し、自分が置かれた状況を少しずつ受け入れているように見えた。
どうして病は消えてしまったのか、きっと彼女は気付いているだろう。
すっかり健康な身体になった白川さんは、当然ながら病院を出て行くことになったようだ。
少ない荷物をまとめ、身支度を整えているのが見える。
「どうしましょう…。顔を出すタイミングがすっかり分からなくなってしまいました……」
今更どんな風に声をかければ良いのか。
調子はどうですか?なんて出て行く訳にもいかない。
ああでもないこうでもないを考えている内に、白川さんは退院の準備を進め、病院を出て行ってしまった。
「そういえばわたし、入院中の白川さん以外のことは何も知らないですね」
自宅に帰るであろう白川さんの後ろ姿を追いながら、ふとそんな事を思った。
どんな家に住んでいるんだろうとか、好きな食べ物は何だろうとか、もっともっと色んなこと知りたい。
そのためにも、勇気を出して声をかけなくては。
ところが、わたしの予想に反して白川さんは一向に家に帰る気配がなかった。
あちらこちらと歩く足取りはふらふらしていて、目的地が定まっていない様子に見える。
そうして暫く歩いてたどり着いたのは、人気のない静かな河原だった。
流石に疲れてしまったのか白川さんは川辺にしゃがみ込むと、何か独り言を呟きながら川に石を投げ入れ始めた。
ちゃぷん、と石が川を叩く音が聞こえる。
少しずつ近づきながら耳を澄ますと、白川さんの声が風に乗って耳に届いた。
「ーーーどうして私を生かしたのよ。こんなこと望んでいなかったのに」
ずしり、と胸の奥に重く響く。
それは多分、一番恐れていた言葉だった。
白川さんのために、白川さんの願いを、と言いながら結局のところ叶えたのは自分の我儘。
やっぱりわたしは自分勝手で誰のことも救えない、ただの悪魔でしかないのだ。
じわり、と涙が滲む。
初めは真っ白で綺麗な魂が珍しくて、ずっと近くで見ていたいと思った。
それから、キレイな心で寂しそうに笑う白川さんを見て、彼女にはもっと楽しそうに笑っていて欲しいと思った。
それなのにわたしのことを簡単に置いていこうとする白川さんに、今度は少し腹が立った。
この世に未練なんて無いような顔をして、だったらわたしとの出会いは何の意味もなかったのかと悲しくなった。
だから、彼女の問いかけに対する答えは決まっている。
「ーーそんなの、わたしがもっとゆりさんと一緒に居たかったからに決まってるじゃないですか」
後ろから強い風が吹いて、出会った頃より少し伸びた彼女の髪が流される。
気づけばわたしは姿を隠すことも忘れて、声をあげていた。
ゆっくりとこちらを振り返るゆりさんの姿が、息をすることも忘れさせる。
あぁ、やっと、やっと言えた。
お互いに出会った時から終わりを意識し過ぎていたのだと思う。
ゆりさんは死を受け入れていたし、わたしも同じようなものだった。
だからこそ"この先も一緒に居たい"という単純なことが言えなかった。
こちらに駆け寄ってきたゆりさんの足がもつれるのを見て、慌てて腕を伸ばす。
力一杯抱き寄せると、想像していたよりもずっと細くて、簡単に壊れてしまいそうだった。
「…もう、うぐっ、、会えないかと、思った」
「わたしをおいて死ぬことを選んでいた人が言うせりふですか?」
「ごめん…。リリム、ごめんね…」
泣きじゃくるゆりさんの背中をとんとんと叩いて宥める。
いつもゆりさんとの間に感じていた壁はいつの間にか消えていて、今は彼女のことをすごく近くに感じることができた。
「私を病気から助けてくれたのはリリムだよね?その、代償って…」
代償について遠慮がちに口に出すゆりさんに対して、何をどこまで伝えるべきかわたしは正直迷っていた。
確かに魂には契約印が刻まれているし、彼女がいつか再び死を迎える時に契約は履行されるだろう。つまり、普通の人間のように天界へ行くことはできずに、魂は魔界に囚われ輪廻の輪から外れてしまうということ。
だけど時間はまだまだある。大丈夫、わたしが何とかしてみせる。
「それは……ひみつです」
人差し指を口に当てて笑うと、それ以上追及されることはなかった。
わたしは内心ホッとしながら、大事なことを言い忘れていることに気付いた。
「ゆりさん…、その……勝手なことしちゃってごめんなさい」
わたしより僅かに背が高いゆりさんの目をじっと見つめると、ゆりさんは首を横に振って微笑んだ。
「ありがとう、リリム。せっかく助けてもらったんだから、一度死んだつもりで生き方を変えてみるよ。これからはもっと欲張りに生きてみようかな」
その笑顔は晴れやかで、もう寂しそうには見えない。
良かった、とわたしは今度こそ心から安堵していた。
ゆりさんに生きていて欲しいと願い行動したのはわたしの我儘に違いないけれど、こうして前を向く彼女の隣りに居られることが何よりも嬉しい。
「だから、私の命が尽きるまで、これからもそばに居てくれる?」
不安そうに揺れる瞳に、わたしは満面の笑みを浮かべてこう答えた。
「もちろんです。そういう契約ですから」
どちらからともなく手を繋いで歩き出す。
いつか契約に繋がれた関係が苦しくなる時が来るかもしれない。
だけど今は、この揺るぎない絆を頼りに、2人で一緒に歩いて行きたいと強く思った。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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そもそも白川ゆりってどんな人物なの?と興味を持っていただけましたら
前作に手を伸ばしていただけると嬉しいです↓↓↓
■余命宣告で入院中にやってきた悪魔が落ちこぼれだというので可哀想だから契約してあげたのに、なぜか悪魔が私の魂をとってくれない
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