プロローグ 転職先、異世界
ヤベ・・・俺、死んだ。
瞬時にそう思った。だってそうだろう?俺は今、電車に轢かれそうになっているのだ。十中八九、死ぬだろう。何で俺が線路の上に居るのかは、この際どうだっていい。
けたたましいブレーキの音と共に耳をつんざく悲鳴が聞こえる。その音と共に目の前に迫る鉄の塊がゆっくりと近づいてくる。
死の瞬間って、こんな感じなんだなぁ・・・感慨に耽っているとこれまでの人生の光景が頭に浮かんできた。走馬灯まで出てきたよ。
思えば、産まれた瞬間から俺の人生はロクなものじゃなかったのかもしれない。両親の顔なんて知らない。血縁者なんているのかさえ分からない。施設育ちというハンデを背負って生きていくことがどれほど大変なものか、嫌と言うほど骨身に染み付いてしまっている。
だからこそ、そんな俺を拾ってくれた恩人との出会いはかけがえのないものだった。この人の恩に報いたいと思いひたすらに努力し勉強し、人生の絶頂と呼べる所まで登り詰めることも出来た。
だが人間は山を登りきったら降りなければならない。ひたすら尽くした恩人がこの世を去ったところから俺の人生は再びロクでもないものへと逆戻りしてしまった。それでもやり直そうと第二の人生へと歩き出した矢先に『コレ』だ・・・
まあ、俺らしいのかもしれない。恩人と出会うまでの俺は本当にロクでもない生き方をしてきたのだから。そのツケを今、支払う事になっただけだ。あきらめに近い感情が俺を包み込む。
せめて最期は苦しむ事の無いように―――俺は目を閉じ『その時』を待った・・・
・・・随分と長い時間に感じる。一向に痛みどころか衝撃すら感じない。もしかして、それすら感じないくらい一瞬の出来事で終わってしまったのだろうか?そんな事を考えていると、なにやら話し声が聞こえてきた。
「本当にコイツで間違い無いのか?」
「ああ、間違いない。コイツが――だ」
「しかし、どう見ても・・・」
何やら揉めているように聞こえるその会話に俺は首を傾げる。あの世の会話にしてはおかしい。いや、そもそも『あの世』なんて今はじめて来たのだが。
とりあえず今の状況を確認しようと目を開けると、『そこ』は俺が想像していた所とはかけ離れた場所であった。
まず最初に石畳の床に魔法陣と思しき模様が描かれており、俺はその魔法陣の中央にへたりこんでいた。そしてその周りにはローブを来た複数人の人物が等間隔で取り囲んでいる。そのほとんどがフードを被っており、顔を見る事が出来ない。おそらくコイツ等は何かの儀式でもしていたのではなかろうか。
そして何より俺が目を離せなかったのは、その人物達の中でフードを外していた二人の人物の顔だ。
「術式には問題はなかった!間違いなくコイツは――だ!」
「しかし、これでは―――は納得しないだろう!」
一人は犬、もう一人は鷲の頭をしており、会話からしてさらに揉めているようだ。少なくとも、彼らは俺の知る常識の外にいる生物であり、おそらく彼らがさっき会話していた声の主達だろうと推察することが出来た。
この、普通ではありえない状況に俺は一つの結論を導き出した。
にわかには信じがたいが、どうやら俺は今、巷で話題の異世界に転生したらしい。いや、転移と言った方が正しいのか?それはさておき、まさか自分がその当事者になるとは思わなかったが、状況からして信じざるおえないだろう。
次に俺は自分の身体の状況を確認した。見た感じだが、どこも異常は無いようだ。少なくとも幼女やスライム、骸骨にはなっていないようだ。
そうと分かれば話は早い!まずは自分の今のステータスを確認しようと思う。しかしどれだけ念じても、どこからともなく現れる俺にだけ分かるステータス画面は現れず、そして、俺にだけ聞こえてくるチュートリアル説明の声も聞こえやしない。なんと言う不親切設計!これじゃ、俺にだけ備わった最強スキルや強力魔法の確認すら出来ないじゃないか!
だったら、何か役に立つ物はないだろうか。しかし今の俺は丸腰も同然。唯一持っていた鞄はどこにも見当たらない。どうやら向こうの世界に置いてきてしまったようだ。財布やスマホが入っていたのに・・・。もっとも、持っていたとしても、こっちの世界じゃ役に立たないだろうが。せめて何か武器になる物は無いだろうかと思ったが、完全に手詰まりだ。せめて『ヒノキの棒』くらい装備させてくれや異世界!
そう自問自答している俺に先程の二人が近づいてくる。近くで見るとリアルないで立ちに引いてしまいそうだ。
「・・・ついてこい」
そう言う犬面の男(←性別不明なのだが)に鷲面の男(←これまた性別不明)が詰め寄る。
「連れていく気か、『あのお方』のもとに!?」
「それしかあるまい!召喚術式に間違いがない以上、この男が異世界の『勇者』である事は疑いようがないんだ!」
そう断言した犬面に鷲面が押し黙った。
「・・・仕方ないか。あとは『あのお方』に委ねるとしよう」
そう呟くのが聞こえたが、俺にはそれよりも気になる発言があった。
「あの、すんません。さっき言ってた『異世界の勇者』って、もしかして俺の事っスか?」
思い切って尋ねると目の前の二人が少し驚いた様子でこっちを見る。話し方がフランク過ぎただろうか。いやいや、それよりも俺はどうやら『異世界の勇者』としてこの世界に召喚されたらしいことの方が重要だ。しかし―――
「貴様以外に誰がいるんだ。もっとも、我々の目にはそうは見えないがな」
「見たところ剣が使えそうには見えないし、魔力の欠片も感じない。貴様、本当に勇者なのか?」
俺の疑問に答えるかのように犬面と鷲面が答える。
「そんな事、言われても・・・」
こっちが聞きたいというのが俺の本音だ。そもそも俺自身、自分が『勇者』だなんて思ってないんだ。それ以前にそっちが勝手に俺を召喚したんだろうが。
本音はそこら辺をもっと突き詰めたいところだが、生産性の無い議論をこれ以上するのは無駄だ。ここは議題を変えるのが得策だ。長年培ってきた経験から俺は論点を変える事を試みた。
「ていうか、俺はどこへ連れていかれるんですかねぇ?もしかして、さっき言ってた『あのお方』のところなのかなぁ?・・・なんて」
相手を刺激することなく、かつ油断を誘うように言葉を選びながら尋ねると、目の前の二人は不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「察しが良いな。そうだ。貴様はこれから我らの王のもとへと連れていく」
「そうだ。ここ、魔界を統べる偉大なる王、我らが魔王様のもとへだ!」
ドヤ顔で胸を張る二人の言葉に俺はフリーズした。
えっ、魔界?魔王?俺、魔王のところに連れてかれるの?なんで?俺が勇者だから?いや、知らんし!
内心パニックになりながらも俺は再び自分の置かれた状況を頭の中で箇条書きで整理した。
1.俺は何故か『異世界の勇者』として異世界に召喚された。
2.しかし俺には勇者としての技術なりスキルが備わっている感じがしない。(それは目の前にいる犬面と鷲面の発言で確認済み)
3.そんな俺に対して二人は俺を魔王のところへ連れていくと言った。
4.俺は文字通り魔王のところへと連れていかれるのだろう。なんのスキルも技も魔法すら使えない凡庸なるこの俺が!
例えるなら、RPGの主人公が序盤の村でなんの準備も無くいきなりラスボス戦を強いられるようなものか。成程ね!
以上の事を踏まえて、自分の現状を分かりやすくまとめると、
もうダメだ。俺、100%死んだ・・・
その結論に至り、俺、竹中明は乾いた笑いしか上げられなかった。