第6話 深い森の奥で 4 - そして、少女は決意した -
たった二週間でした。
たったの二週で、ユウヤさまとの旅は、突如終わりました。
ある時、追っ手に追いつかれてしまいました。
ユウヤさまは、例え王国精鋭の騎士を集めたとしても、同時に十人はお相手できるでしょう。
基本的な魔術は復活しましたが、未だ僅かばかりのサポートしかできないわたくし。を、ユウヤさまは、わたくしを背に隠し、命を懸けて守ってくださいました。
しかしその時わたくしたちを追ってきたのは…
王国騎士だけではありませんでした。
周辺国や、その他各地の腕利きが集められた、混成の騎士団でした。
一旦は逃げ延び、身を隠しました。
ユウヤさまは、しつこく追ってきた敵の騎士の一人を捕え、その混成騎士団の素性を問い質しました。
…驚きました。まさかそんなことになっていようとは…。
その者曰く、王国は魔族との戦に於いて、わたくしたちが想像を上回る苦戦をし、また、王国軍を守ることさえできなかったことを根拠に、私たちは狭姫族としての力を持っていない、元来の狭姫族ではく、どこかで狭姫族を排除して入れ替わり、神の名を騙り、特権を享受し続けてきた簒奪者、と各国に伝達していたのです。
排除せねばならない危険分子と宣伝していたのです。
その伝達に、これまで人間同士の戦に、わたくしたちの力を得られなかった国々が呼応し、一時的な同盟が結ばれ、そのような混成軍が結成されていたのです。
呆然としました。
もうこれで、山脈を越えるまで、一刻たりとも心休まる時はない。
旧魔族領以外はすべて、わたくしたちの敵。
それでも逃げ延びねばならない。皆のために、新しい土地へ行かねばならない。
わたくしたちはその者を殺し、すぐにその場を発ちました。
しかし、そこからしばらくは、森とは言え平坦な土地。木々以外に隠れる場所はございません。
駆け足で抜けようとするも、やはり…
あっさりと、混成軍に発見されてしまいました。
例えユウヤさまがあれだけの腕を持っていたとしても数さえいれば何とでもなる条件…。
わたくしたちには、最悪の条件しかありませんでした。
ユウヤさまの奮闘も徐々に押され。
わたくしも僅かに戻っていた力を何とか絞り出し、補佐を致しましたが…。
とうとう断崖までに追い詰められました。
その時、ユウヤさまはわたくしの耳元で、囁くように仰いました。
「レイラさま。崖下に逃げて。捕まれば私は討たれ貴女は実験台にされる」
「そんな…イヤです!最期まで共に、一緒にいた…」
「 落とすぞ! 体を丸めろ!…必ず再会を…!」
そして、ユウヤさまはわたくしを崖下の川に突き落としました。
万に一つの可能性にかけて。
その直後、落ちている最中にユウヤさまの最後の叫びが、谷間に響きました。
共に落ちれば、あるいは…。
いえ、それは無理なお話でございますね。
ユウヤさまは生身の人間。
対し、わたくしは神の筋。
わたくしは無事でも、ユウヤさまが無事でいられる筈もありません。
でも、それでも!
ユウヤさまの最後を看取ることも許されないのですか?
共に討たれることさえ許されないのでしょうか?
ユウヤさまもいない。
同族の仲間もいない。
家族も。
それだけではありません。
わたくしは皆のそばにいたかった。
たとえどんな最期であっても、皆を看取りたかった!
愛するものを看取ることすら許されないのですか?
皆を奪ったのは、誰?
看取る瞬間を奪ったのは、誰?
王国?周辺国?兵士?それだけ?本当にそれだけ?
人間の中で、ユウヤさまの他にだれか守ってくださった方がいましたか?
手を下すことは出来ずとも、心だけでも寄せてくださった方がいましたか?
人間そのものが、人間の社会というものが、わたくしたちを勝手に畏れ、しかし利用し、排除しようとした。
そういうことでございましょう?
そもそも神々は?
神々の皆は何をしているの?
彼らも一柱たりとも、このような惨状に至ってなお、一向に姿を見せぬではありませんか!
くだらない。
すべて、くだらない。
千年ほど前から、神々はその声をわたくしたちに届けなくなっておりました。
原因は分かりません。探りましたが、原因の手掛かりすら掴めませんでした。
ならばもう、天界と切り離されたのであれば、人間を守るなどという使命を後生大事に抱える必要もないのではありませんか?
人間に、このどうにもならない、真っ黒に心を染めるこの感情をぶつけてもよいのではないですか?
… くだらない一人語りでしたね。穏やかな日和なのに、このようなお話、お気分を害したでしょう。すみません。
ただ一つ、お礼申し上げます。
…話しているうちに、心が決まりました。
今後、世界が大きく動くことになるでしょう。
地獄の業火がこの世を覆い、人間は壊滅するでしょう。
けれども。
助けていただき、最後までお話を聞いていただき、暖かな暖炉の温もりを頂きました。
そしてこの、染み入る薬膳茶と卵の蒸し物。
薬膳茶は苦かったですが、身体の弱った部分を癒してくれました。
卵の蒸し物。こんなの美味しい療養食は初めてです。心が少し晴れました。
体力もだいぶ回復しました。
そのお礼として、この森だけは手を出さず、豊穣を捧げることをお約束致しましょう。
… さようなら。ちょっと変り者ですが、暖かな心の魔術師さん。
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やはり、神の血統であったか。
なるほど、それなら納得だ。
鮮やかで美しく心地よいが、威力は凄まじい魔術だ。
そう思いながら、狸寝入りを決め込み耳を傾けていた。
眠気は、暖炉の温もりでも疲労でもなかった。
彼女は、意識を失いながらも私に睡眠魔術をかけ、自分の身の安全を確保していたのだ。
なんと言えばいいのか…心地よく、美しく、流れるような魔術だ。
…いや、神であるからして、神力か。
これだけ心地よいにもかかわらず、力が及ぶ範囲が洒落にならない。
柔らかい神力は概して圧が弱く、拡散力が低い。
並の人間はおろか、より力の強い亜人種であっても、この部屋すべてをカバーすることも難しいだろう。それだけ空気に溶けやすい。
ところが、だ。
庭の薬草だけでなく、森の木々、川の魚まで眠りについている気配がある。
精霊たちも寝入っている。
パンを奪ったハードメイプルの精霊など、イビキをかいて寝ている…うるさい奴だ。あとで叩き起こしてやろう。
意識を失ってなお、これほど美しく凄まじい力の魔術を発動させられるのか。
これが、神の血統を持つ者の力なのか。
だが、私の一族も数百年の昔、神と勝負し勝っただけの力を持っている。
その折は目立ち過ぎたのか、それからというもの、人間に利用され続けた。
人間に愛想をつかした一族は、この森に逃げ結界で覆い、人間との交流を断った。
末席とは言え、私もそれくらいの力を持つ一族の一人だ。
魔術をかけられた体を擬装をし、一人語りに耳を傾けるなど、さほど難しい話ではない。
しかし。
相変わらず人間は何をやっておるのだろうか?
これは、神に喧嘩を売ったのと変わらぬぞ?そんなことをすれば、どんな厄災が降りかかるか分かったものではない。私にしても、身を守ねばならぬやもしれぬな。
さて、と。
まずはこの娘を、この後どのように扱えば良いのだろうか。
ユウヤ、と申していたな。
その「ユウヤ」なる者、あの剣士・ユウヤ・モロズミであろうか?
だとすると、また思いもかけないところで人の縁が繋がったものだ。
なれば、もし生きておるのならば引き渡したいが…引き渡しにこの娘が同意するかは甚だ疑問ではあるが…どうであろう。
さしものユウヤと言えど、その状況ではまた同じ結果となるやもしれぬし、これは悩ましいぞ…
我自身も信じられぬが、他人が理不尽に討たれることに腹が立っている。
いや。他人ではないな。唯一の生涯の友だ。再会まで誓った仲であるのだ。