第5話 深い森の奥で 3 - そして、少女は剣士を想う -
王国が用意した見たこともない器具。
信じられないことに、わたくしたちの神力を封印するものでした。
そのようなものを、いつ開発していたのでしょうか?
誰が、何の目的で開発したのでしょうか?
正確には、術の構成は可能ですが、発動が一切不可能になるものでした。
構成した攻撃術式を発動しようとすますと、身体の内に釜茹でのような猛烈な熱が発生してしまうのです。
炎とは明らかに違う性質の何か…。
恐ろしい感覚でした。
外から身を焼かれることに対しては、防御できます。人間よりも遥かに高い耐性も持っております。
しかし、自らの力により自らの身体を体内から焼く。防ぐことも対象に攻撃することもかないません。
その場でなにも分からないまま、力を持ちながら何一つ放出できなくなったわたくしたちは、なす術もなく、意味も分からず拘束されました。
あとで気付きました。
あれは、魔族の侵攻からわたくしたちの拘束まで、すべて王国の筋書き通りだったのでしょう。
筋書き通りに事が運べば、魔族は放逐でき、神の力も手に入れられる。
そのような醜い、悪魔の描く物語のような台本が、人間の手によって描かれ且つ、内密に実行に移されたわけです。
わたくしたち種族が魔族を駆逐することが大前提ではありましたが、概ね王国が考えた筋書き通りに事が運びました。
それはそれは、鮮やかな展開でした。
拍手で称賛しても良いくらいに、鮮やかでした。
もちろん、皮肉ですわよ?
わたくしたちは、考える間もなく次々発生する状況に対応するのみでした。
お人よし過ぎた。今ではそう思います。人間を相手に、このようなお人好しでは、生きることすらままならないのですね。
その後。
思い出したくもない出来事が次々と起こりました。
拘束された種族の皆が、人間に利用され、裏切られ、実験道具とされ、蹂躙されました。
わたくしたちの力の源を探り、それを手に入れる。
そう。それは、始祖・狭姫様のお母様が、天界にて受けた仕打ちと同じものです。
狭姫様のお母様は、豊穣の女神でした。
穀物の豊穣を司る女神であり、しかしそれ以外の力、特に武力非常に弱く、身を守る力も持ち合わせておりませんでした。
すべての力を、穀物を生み出す力にされていたのです。
ある時、ある邪な心を持った神より、穀物を生み出す力の源を興味本位で探るため、解体する、と遊び半分で迫られました。
武力を持たぬ母神様は、なすすべなく解体されお亡くなりになったのです。
ただ一握りの稲穂を、忘れ形見として狭姫様に託されて。
わたくしたちは、狭姫様のお母様と同じ道を、人間によって辿ることになってしまったのですわ。
狭姫様は、あのたった一握り忘れ形見、大切な大切な稲穂を地に植え、豊穣を願われたのですよ?
その稲穂が地に満ち、人間たちは豊かになったのですよ?
その人間たちの手によって!
しかしその中で、魔族の来襲以後たった一人、ずっとわたくしのそばに居続けてくださった人間がおりました。
そのお方が、ユウヤさまと仰る、剣士のお方でした。
彼は、はじめこそ人間の指揮官に命じられ、わたくしたちと行動を共にしておりました。わたくしたちも、しばらくは距離を置き、戦線の維持と作戦を打ち合わせるだけに留めておりました。
しかし、一緒に行動するうち、彼の人となりが次第に分かってきました。
なんと言いますか、剣士とは思えない、戦いではなく平和を心から欲するお心を持ったお方でした。
ご提案される作戦も、如何に犠牲を出さず、且つ殺さずに済むか。
必ず撤退の道、そして補給の道を確保しながら戦う。且つ、負傷者は必ず連れ帰る。
魔族も、皆の戦意が高かったわけではありません。
それぞれの事情や逆らえない命令により、仕方なく参戦している者もおりました。
そういった者は、不利な状況になると捕虜として投降してきます。
ユウヤさまは、そのような捕虜の扱いも丁寧でした。時に、捕虜を保護するための戦闘すら行っておりました。
「私のいた世界…いや、母国では、捕虜の虐待は厳しく禁じられています。そして、捕虜には十分な衣類や食料を与え、保護しなければならないのです。私個人の価値観ではなく、わたしのいた世界の誰かが決め皆が支持した考え方ですから、私が格別道義的な行動を心掛けている、などというわけではありません。私の世界で決められたルールを、そのまま生かしているだけでございます」
そう仰いながら。
ご当人はそのように仰いますが、この世界の人間には無い決め事です。これを信念、誇りと言わずして、なんと言いましょうか?
対する魔族軍にも、捕虜の扱いが非道なものではないことが伝わったらしく、非道な攻撃をすることは次第に減り、正々堂々とした戦いを挑んできました。
わたくしたちが勝利を収められ、魔族軍も納得の上撤退しその身を隠し、後腐れの無い形でこの戦いを終えられたのも、ユウヤさまがいらしたから、と言えましょう。
さて、そのユウヤさまですが、当然人間軍が引いた時、ユウヤさまも撤退の命も受けておりました。
… けれども。彼は残りました。
「私の務めは、至近戦の備えが薄いあなた方を護衛することにあります。また、あちらの人間軍と主従や雇用の関係を持っているわけではありません。義勇兵として参戦しております。ですから、例え彼らが撤退しても私には直接の関りはございません。存分にお使いくださいませ」
それが、わたくしたちへの答えでした。
実際は部隊構成員であることには変わりありませんから、これは明確な命令違反でございます。
ところが彼は、どこか人間軍に対して不信を抱いていたようです。少し距離を置く必要がある、そう感じていたようです。
あとで二人だけの時、仰ったのです。
その戦い方。狭姫族との連携。進撃速度。どこか鈍い。壊滅の報についても、撤退しなければならないほど人間軍が消耗しているようには見えない、と。
この戦いには、何か裏があるのではないか…。
まさに、ユウヤさまの仰るとおりでした。
人間はわたくしたちを、一人残らず捕らえました。
ユウヤさまは必死にわたくしたちを守ろうとしてくださいましたが、大挙して押し寄せる軍に一人でどうにかなるものでもありません。
ユウヤさまも、裏切り者として捕らえられ、わたしたちは離れ離れとなってしまったのです。
その後、どのように抜け出したのかはわかりませんが…
ユウヤさまは、脱獄に成功いたしました。
そして、生き残った狭姫族皆を救おうとされましたが、やはりそこまでは不可能でした。
狭姫族の皆は、わたくしだけでもユウヤさまと共に逃げなさいと言いました。
しかし、わたくしは皆の命を預かる者。まず皆を救うべき。と説得いたしました。
ですが、魔力奪われも体力も限界だったため、ユウヤさまの当身に気を失い、その隙にわたくしだけ救い出されたのです。
「安全なティエンコ山脈の向こう、まだ人間が入植していない旧魔族領に無事辿り着いたら、再び戻り皆を助ける。もちろん、ティエンコ山脈を越えることは、脱出の際伝えてある。それまでに皆の力が戻っていれば、自力で脱出し向かうのも良かろう」
ユウヤさまは、そのように皆に告げ、王城を抜け出し王都を抜けました。
こうして、北の、ティエンコ山脈の向うへと二人の逃避行が始まったのです。
逃げる道々、様々に語り、共に敵を倒し、心の絆が深まりました。
特に、戦いのあとの労いのひととき。とても暖かいお時間でございましたわ。仲間と過ごした時間…いえ、それよりも心安らぐお時間でした。
ユウヤさまは、多くを語らぬお方です。
しかし、安心させようと、少しでも楽しい時間を過ごそうと、たくさんの笑い話をしてくださいました。
食事時も、楽しいひと時でした。
乾いた木々を集め、火をおこし、道中で駆った動物の肉や川の魚を焼く。
道々集めた、食べられる草や葉、植物の芽をユウヤさまがお持ちだった小さな鍋で煮炊きし、スープを作る。
とても質素な食卓でしたが、これほど温かい食卓は初めてでした。
…もちろん、体にいいと分かっていても、特に草の芽や木の実はエグみきつさで食べられない物も多くございました。
「レイラさまは、好き嫌いが少々多くございますね。ご自身を律する姿ばかり見ていたので、少々意外です。」
「ええ…この植物の芽、香りきつく苦みもかなりのものですわね…でも、食べた方が良いのですね…」
「はい。疲労回復に効くものでございます。その苦みが効くのですよ。疲労を抜かなければ明日の行動に支障が出ます。それは命にかかわる問題ですから…そうですね、これを食べるまでは、そこの肉はおあずけですよ」
「ええー、そんな! もう、ユウヤさま意地が悪い!」
このようは会話は、とても心温まるものでした。
もちろん、苦手なものがある度にいろいろと理由をつけられ、「おあずけですよ」と好きなお肉やお魚を隠されるのが、ちょっとだけ不満ではございましたが。
ただ、ユウヤさまは野生の植物や動物、魚の何が食べられ、何が食べられないかをよくご存じでした。
ですから、あまり食べ物に困ることはありませんでした。
そんな逃避行の中で、ユウヤさまが転生者であることも知りました。
元の世界のご様子は、あまりお伺いできませんでしたが…
とても平和な世界、いえ、世界は戦が絶えないけれど、ユウヤさまのいらした国はとても平和だった、と仰っておりましたね。
平和であり、ユウヤさまが身に付けられた剣術…ケンドウと仰ってましたが…は、精神と肉体の修練の為だけに存在し、実際に真剣で戦うことはない、と。実際に戦の修練としていた時代もあるそうですが、その頃であっても、殺し合いではなく命を守る、救うことを目的としていたそうです。剣を握る以前に精神の修練が重要視され、殺すことを目的とするものは剣を握る資格もない、と。
「もちろんそれは、理想論ですよ。如何に精神を鍛えようとも、なかなか理想どうりの人間ばかり、とは行かないものです」
とも仰っておりましたが…指針としてそのようなものを奉っている世界でしたら、わたくしたちがこのようになることはなかったかもしれませんね。
このようなお話で納得しました。転生者であり、元いらした国がそのような国であることが、彼がこの世界の人間と大きく価値観を異にしている原点なのだ、と。
ですが…。