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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

進路希望:専業主婦(百合)

作者: ねこのぬいぐるみ

 「将来の夢は?」と聞かれて「お嫁さん」と答えることができるのはせいぜい中学生くらいまでだと思います。


 では高校生になり進路希望調査票を渡された私は「就職」の二文字に丸をつけた上で、その下の解答欄にどう答えるべきなのでしょうか。


 答えは簡単です。


「専業主婦」


 私はその空欄に、シャーペンでそう書き込みました。



 ◇◇◇◇◇



『三年一組、砂白(すなしろ)透花(とうか)さん。三年一組、砂白透花さん。至急、職員室の長谷川のところまで来てください』


 呼び出されました。


「砂白さん。この前提出してもらった進路希望調査についてですが……」


「はい」


「まず確認したいのですが、これは砂白さんが書いたもので間違いありませんか?」


 そう言って、担任の長谷川先生が私の前に差し出したのは一枚の紙でした。


 見たところ、最初に私のクラスと出席番号、そして名前があり、下の方に「専業主婦」の文字が記されている進路希望調査票でした。


 私のですね。


「はい、私が書いて提出したもので間違いありません」


「そうですか……。それでは、この……専業主婦、というのも……砂白さんが書いたということですね」


「そういうことですね」


「……」


 閉口しています。先生が、です。こんな先生は初めて見ました。


 いえ、分かっています。その原因が私であることは。なりたい職業が専業主婦だなんて、巫山戯(ふざけ)ているとしか思えませんよね。普通ならそうです。


 そこのところ、私はちゃんと理解しています。


 本当ですよ。


「……まさか、砂白さんにこんなことを言う日が来るとは思ってもみませんでしたが──」


 長谷川先生がそこまで言うとは、一体なんでしょう?


「──真面目に書いてください」


 白紙の進路希望調査票を渡されて、私は職員室を後にしました。



 ◇◇◇◇◇



「大真面目なんですけどね……」


 たとえ白紙の調査票を渡されたところで、私の考えまでもが白紙に戻る訳ではありません。私の将来の夢はお嫁さんであり、高校卒業後の私の仕事は専業主婦です。


 まだ確定ではありませんが、多分そうなります。そうなる予定です。


 まだ予定の段階で立ち止まっているのは、これまで彼女と将来の話をしてこなかったのが原因なのですが……。


 だって恥ずかしいじゃないですか。


「もしもし」


 彼女のことを考えていたら話がしたくなったので電話をかけてみたところ、すぐに繋がりました。


『どーしたの?』


「あのさ……」


 結婚しよ。なんて、言えるわけがありません。


 切りました。


 電話、切りました。


 恥ずかしかったので。


「……」


 ヴィーー、ヴィーー。


 スマホが鳴っています。一秒ほど迷ってから、通話ボタンを押しました。


『どーしたの?』


「あのさ……」


『うん』


「あの……」


『うん』


「あ……」


『うん』


「あ……あし、明日……」


『うん』


「……明日、会いたい」


『ふふっ、あはは、なんでそんなに噛み噛みなの?うん、いいよ。どこで?』


「えっと、じゃあ、私の家で」


『分かった。私も話したいことがあったの。あと三十分したら行くね』


「うん……え?」


『じゃーねー』


 電話、切られました。


 三十分?


 疑問に思って時計を見ると、現在時刻は23時30分でした。


 あと三十分で明日ですね。


 なるほど。


 あと三十分で明日じゃないですか。



 ◇◇◇◇◇



 インターフォンは鳴りませんでした。夜ですから。深夜ですから。彼女も、その程度の常識は持ち合わせていたようです。


 その程度の常識しか持ち合わせていなかったようです。


「おはよう!」


「こんばんは」


 エクスクラメーションマーク付きのTPOを無視した非常識な挨拶を繰り出したのが、彼女こと大宮雪葉(おおみやゆきは)。TPOを弁えた常識的な挨拶をしたのが私です。


 雪葉ちゃんはインターフォンを押さずに玄関を通り、我が物顔でこの家の中を突っ切って私の部屋に一直線に来たようです。


 彼女にとって私の家が勝手知ったる場所であるということは語るべくもない事実ですが、だからと言ってこんな真夜中に平然と私の部屋に扉から入ってきた時は、流石に驚きました。


 しかし、彼女の突拍子もない言動は今に始まったことではありません。


 慣れたもので、最近は大袈裟に驚くこともなくなりました。


 それが少し寂しくもあるのですが……。


「話があります」


 自然と、強ばった声が出ていました。


 しかしそんな私の言葉を無視して、雪葉ちゃんが私に聞いてきました。


「ねえ、結婚したい?」


「うん……は?え?……えっ!?」


「私と」


「う、うう、うううんうんんううんうんっ、うん」


 ガクブルしています。私です。


 私の顔が小刻みに何度も首肯しています。首しにそう。


「透花」


 名前を呼ばれた瞬間、私のガクブルはピタッと止まりました。首は生きています。


「……なんでしょう」


「高校卒業したら、一緒に暮らす?」


「も、もちろん!」


 なにそれめっちゃ嬉しいんだけど!!!


 ……こほん、失礼。言葉が乱れました。


「じゃあ結婚しよう」


 ついでみたいなノリでプロポーズされました。


「……いいの?」


 私は恐る恐る尋ねました。


 なにせ私達は二人とも女性です。近頃は同性婚も認められつつあるらしいですけど、現実はそんなに優しくはないでしょう。少なくとも私の親はそんなに優しくありません。


「今更そんなこと聞くの?」


「……ごめん」


 怒られてしまいました。


 そうですね。今のは私が悪かったです。雪葉ちゃんの気持ちを疑っているわけでは無いのですが。


「大丈夫だよ」


 俯いた私の手を、雪葉ちゃんの手が寄り添うように包み込みました。そしたら不安が嘘のように消えていきます。本当に、大丈夫って気持ちになれます。


「答え、聞かせて。私と結婚してくれる?」


「……はい、喜んで」


 幸せです。ロマンチックさの欠片もないプロポーズでしたが、不満はありません。最高です。


 そんな感極まっている私に、雪葉ちゃんはとある紙を差し出しました。このところ紙を渡されることが多い私ですが、この紙は一体何でしょうか?


「よし。じゃあこれ、婚姻届。書いて」


 婚姻届ですか。


 ……え?


「こ、これ、本物!?」


「うん、そうだよ」


 よく見ると、所々文字が埋まっていますね。雪葉ちゃんの名前とか。


 用意周到過ぎませんか。


「なんでこんなもの持ってるんですか?」


「そろそろそういう話をする頃合いだと思って、昨日市役所に行ってもらってきた」


 まじですか。


 私もそういう話をしようと思って、だから雪葉ちゃんを呼んだのです。こういうのを以心伝心というのでしょうか。ちょっと嬉しいですね。


 もっとも、雪葉ちゃんのお話は私が話そうと思っていた内容の数段上を行っていましたけど……。


 そうでした。私も雪葉ちゃんに話があるのでした。


「雪葉ちゃん。婚姻届を書く前に、私には書かなくてはいけないものがあるんです」


「?それは、婚姻届よりも大切なものなの?」


「いえ、そっちの方が遥かに重要度が高いですが、しかしこっちのは提出期限があるので優先したいです。特に私のような、優等生という肩書きに優越感を覚えている人間にとっては割と緊急の案件です」


「というと?」


「これです」


 私が取り出したのは他でもありません。例のプリントです。


「進路……これがどうしたの?」


「専業主婦と書いたら、再提出と言われてしまいました。けど、私は一年後には雪葉ちゃんと同棲して、雪葉ちゃん専用の主婦になっているはずなんです。雪葉ちゃん、私は何と書けば良いのでしょう?」


「……え、ちょっと待って。色々言いたいことはあるけど……透花、大学行かないの?」


「そうですけど?」


「……いつも散々私のことを非常識呼ばわりしてるけどさ、透花も大概だよね。……透花は、やりたいこととかないの?」


「やりたいこと?」


「うん」


 なるほど。


「雪葉ちゃんの主婦が、私のやりたいことです」


「それ以外で」


 ……ダメなんですか。


「じゃあ、雪葉ちゃんの奴隷でもいいです」


「奴隷でもいいってなに!?」


「つまり私は雪葉ちゃんのものになるということです。私は道具なので、雪葉ちゃんは私に何をしても問題ありません。何でもやりたい放題です」


「……」


「今、ちょっと良いかもって思いました?」


「お、思ってないからっ!」


「どんな妄想してたんですか?えっちなことですか?そういえば、雪葉ちゃんがこの前書いてたイラストって、ちょっとえっちでしたよね」


「あっ、あれは仕事だから仕方ないでしょっ!っていうかなんで知ってるの!?」


「秘密です」


 仕事。


 そう、雪葉ちゃんは仕事をしています。絵を描いたり、漫画を描いたりしています。メインは絵の方なので、イラストレーターということになるのでしょうか。ですが、半年ほど前に出した漫画も人気が出て既に重版が決まっているので、今では漫画家を名乗ることも出来ますね。


 雪葉ちゃんは本当にすごい人です。そういうところは尊敬しています。


 ですが、そんな雪葉ちゃんにも欠点があります。


 彼女は生活能力が著しく低いのです。一昨年に高校を卒業して以来一人暮らしをしている雪葉ちゃんですが、月に一度私が掃除に行かないと、それはもう大変なことになるのです。


 そういうこともあって、私は雪葉ちゃんと同棲して主婦業に専念しようと思っているのです。


「でも透花、進学できるなら、した方がいいんじゃない?」


「嫌です。勉強はもう飽きました」


「いやさ、冗談じゃなくって……」


「私も冗談を言っているわけではありません。私が雪葉ちゃんと一緒に暮らして私が家事に専念すれば、雪葉ちゃんの仕事ももっと捗ると思います。そして何より、私と雪葉ちゃんが一緒にいられる時間が増えます。私もちゃんと考えた上で雪葉ちゃんの専業主婦になると言っているんです」


 いつになく真剣に言うと、雪葉ちゃんもまた真剣な表情で言いました。


「透花がそう言ってくれることは嬉しいよ。凄く嬉しいんだけど、でもやっぱり私は、透花は進学して安定した仕事先を見つけるのがいいと思う。私はまだイラストレーターとして新人で、いつ仕事がなくなるかも分からないの。さっきは勢いで結婚の話とかしたけど、私はまだ自分の収入だけで透花をずっと養えるなんて言えない。だから」


「分かりました──」


 私は雪葉ちゃんの言葉を遮って、言います。


「──でも、考えは変えません。もう決めたので」


「……はぁ」


 私の意思が固いことを悟ったのか、雪葉ちゃんはため息をついて頭をがしがしと乱暴にかき乱し、もう一度ため息をつきました。ただでさえボサボサな彼女のショートヘアが、さらにボサボサになりました。


「分かった」


「ほんと!?」


「でも、条件がある」


 そう言って、雪葉ちゃんは以下の条件を私に課しました。


 1.高校生の間は受験勉強をして、受験もし、どこかの大学には合格しておくこと。

 2.一年後も雪葉ちゃんが仕事をして収入を得ていること。

 3.私が両親から許可を得ること。

 4.上記の条件を満たした上で、一年後も私の意思が変わっていないこと。


 これらの条件を満たしたならば、私は一年後に雪葉ちゃんの専業主婦になってもいいそうです。


 ちなみに3番の「両親の許可」には、結婚のことも含まれるそうです。多分これが最難関ですね。


「分かった?」


「分かった」


「ほんとに?」


「うん。この条件をクリアしたら、私は晴れて雪葉ちゃんの専業主婦になれるってことでいいんですよね?」


 自分で口にしてみると夢が現実に近づいているのが実感できて、幸せな気分になりました。


「まあ、そういうことだね。……ところでさ、今更言うことじゃないと思うけど、私の家から通える大学に行けば同時に主婦もできるんじゃない?」


「…………………………………………………………………………………………ほんとだっ!!雪葉ちゃん頭良い!!」


 雪葉ちゃんは何故か呆れていました。



 ◇◇◇◇◇



「じゃあ、私は帰ろうかな」


「え?」


 用は済んだから、と雪葉ちゃんは私の部屋を出ていこうとします。


「ん?」


 雪葉ちゃんが立ち止まりました。私が彼女の服を掴んだからです。


「どーしたの?」


 仕方ないな、とでも言うように、雪葉ちゃんは私に優しく尋ねてきました。


「もう少し、いて」


「明日も学校あるでしょ。もう寝た方がいいんじゃない?」


「じゃあ、一緒に寝て」


「……」


「……?」


 どうしたのでしょう?急に黙ってしまいました。


 先程から恥ずかしくて下を向いている私には彼女の顔が見えていないのですが……。


「ひゃっ!」


 私の口から小さく悲鳴が漏れました。突然体が押されたせいです。


 押されて、そのまま後ろに倒れると思い目を瞑っていたのですが、しかし私が床や壁とぶつかることはありませんでした。


 倒れる途中で私の背中に手が回され、私の体はゆっくりとベッドに下ろされました。


 犯人は当然ながら、雪葉ちゃん以外にありえません。


「なんですか、いきな……り……」


 私の口から出た非難の言葉は、しかし最後まで出てくることはありませんでした。


 なぜなら雪葉ちゃんの顔が予想以上に近くにあったからです。雪葉ちゃんは私に覆い被さるように、私の上で四つん這いになっていました。


「私、普段はこういうこと言わないから、分かりにくいかもしれないけどさ……」


 その姿勢のまま、雪葉ちゃんは喋り始めました。一方私はというと、彼女の顔が近すぎて喋っている内容が全然頭に入ってこないです。


 心臓がドキドキしています。やばいです。


「私、ちゃんと透花のこと好きなの」


 少し落ち着いてきたところで、雪葉ちゃんが爆弾を投下しました。そんなこと言われたら、こっちは赤面必至です。両手で顔を覆いたくなります。


「だからさ、一緒に寝て、とか言われると、そういう気にもなるの。……分かる?」


「……っ!」


 雪葉ちゃんの手が私のパジャマの中に入ってきました。私のお腹を、雪葉ちゃんの手がさわさわしています。言葉では理解しきれていなかった私も、ここまで来れば流石に彼女の言いたいことが理解できます。 


 顔が熱いです。


 言葉が出てきません。


 ちょっと泣きそうです。


「……ふふ。ちょっとからかい過ぎたかな」


 これまた突然に、雪葉ちゃんは私から体を離しました。


 私の混乱は未だ収まっていませんが、ひとまず体を起こし、ベッドの縁に座ります。


「でも、またああいうこと言ったら、次は本気にするからね?」


 こくこくと、私は頷きます。


 雪葉ちゃんは満足気に笑みを浮かべました。


「分かればよろしい。そういうことだから、今日は──」


 雪葉ちゃんはそう言って、再び私に接近してきました。結構勢いよく近づいてきたので、私は思わず目を閉じてしまいます。


 目を閉じた直後、雪葉ちゃんのシャンプーの香りが漂ってきました。いつも同じ香りなのでよく覚えています。


 そして、目を開ける──その直前のことです。


 唇に柔らかい感触が当たりました。


「──これで、許してあげる」


 ゆっくりと目を開けると、してやったりという顔をして笑っている雪葉ちゃんがいました。


 私はというと、多分顔を真っ赤にして呆けた表情でもしているのでしょう。


「それじゃあね」


 雪葉ちゃんは、今度こそ私の部屋を去って行きました。


 それを見届けてから、私は体を後ろに傾け、音を立ててベッドに仰向けに倒れ込みました。


 しばらく、眠れそうにありませんでした。



 ◇◇◇◇◇



 後日、私は雪葉ちゃんの家から近い順に存在する三つの大学の名前を進路希望調査票に書き連ね、それを長谷川先生に提出しました。


 これで私の将来の夢は叶ったも同然です。


 それから、雪葉ちゃんの家で同棲してそこから大学に通うという案を採用しましたが、その前に言われた条件付きの話も無くなったわけではありません。


 勉強に飽きたというのもまた私の紛れもない本心なので、条件を達成した暁には、大学には通わず雪葉ちゃんの家で主婦に専念したいところですね。

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