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いつか総ては大切だったのだと知る

 泣き虫な後輩は、それでもまだ泣いていなかった。

 学園へ続く並木道の途中、彼女は1本の木に背を預けるようにして、或いはその身を木立に隠すようにして、私を待っていた。

 ・・・・・・予定通りとはいえ、心細かったでしょうに。

 仕方ない子ね、と思い、だから放っておけないのよ、とハウメアを抱きしめる。


「もういいのよ、ハウメア」


「ユーリ・・・」


「泣きなさい、ハウメア。貴女はもう十分頑張ったのだから。一杯泣いて、その後自分を褒めてあげなさい」


「・・・ユーリィ・・・」


 いいから、と彼女の顔を隠すように胸に押し付ければ、たちまちハウメアから嗚咽の声が漏れだした。

 ハンカチはお互い持っているけれど、きっと無駄だ。

 たった2枚では、ハウメアが抱えてきた1年分の頑張りを受け止めきれない。

 ハンカチを渡してしまえば、2枚分使い切って、そこで自分を抑えてしまうのは目に見えている。

 だから、このままでいい。

 ハウメアが気の済むまで泣けるのならば、私のドレス1枚おつりがくる。

 それに、どうせもう一人来るのだ。

 婚約破棄の後、ゲームでは混乱が起き、あれよあれよという間に場面転換して第二部に移ったけれど、その行間を埋めるならばどう考えても卒業式なんてやってる場合じゃないでしょう。

 そうなれば式典は中止になるはずだし、ある程度落ち着くまでは学園で生徒たちを拘束して、目途が建った頃に帰宅となるはずだ。

 現実は、ゲームみたいに暗転すれば次に進むわけじゃない。

 そこには時間があり、日々があり、そこで生きる人達がいて、その重なりがやがて次を呼ぶのだ。

 今は、その移ろいが始まった最初の一瞬。

 どうせ学園は、事態収拾に手いっぱいで生徒全員を見ていられないだろう。

 抜け出す隙などいくらでもある訳で、だとするならば、


「―ユーリカ・・・」


 ・・・・・・どうしてもう泣きそうになってるのよこの子は。


「来なさい、イオリ」


 左の手でこっちよと示せば、イオリが勢いよく私の胸に飛び込んできた。

 ちょっと勢い良すぎてふらつきそうになったけれど、私だってベルク父様の娘なのだ。

 意地で耐えきってやった。

 ベルク父様譲りの体格で良かったな、と何となく思う。

 ユーリカ・イルン・フォンティークの立ち絵と設定は、女性キャラクターの中で一番身長が高いのだ。

 それはきっとベルク父様の遺伝であり、けれど女性らしいスタイルなのはカレン母様の血のお陰だろう。

 二人の娘だからこそ、今、私は泣きじゃくるハウメアとイオリの顔を胸に沈めて、二人毎すっぽり抱きしめられるのだ。


「わたくし・・・っ、頑張りました! やってやったのですユーリ! 最後まで、逃げませんでした!」

「見てたから知ってる」


「私も! 頑張って、我慢した! それは違うって、言いたくて・・・っ、でも言っちゃいけなくて!

 ハウメアが泣きそうなの分かってて! それでもっ私何も言わなかった!」

「それも見てたからちゃんと知ってる」


 本当に、二人とも頑張ったと思う。そして、本当に申し訳ない事をさせたな、と胸が締め付けられる。

 そもそも今日の断罪イベント、どんな形になったとしてもこの二人には耐えきれる訳が無いのだ。

 ハウメアは泣き虫でちょっとだけ人見知りで甘いものに目がなくて悪役令嬢には中身が向いてないし、イオリは一年前に召喚されたばかりのただの女子高生でしかない。

 よく考えるまでもなく、この二人のメンタルが断罪イベントと致命的に相性が悪すぎる。

 ・・・・・・それに、ハウメアの中身はもうゲーム通りのハウメアとは言いづらいしね。

 三年前の入学式の日、どうやら逆行転生してしまったらしい。

 断罪されたショックで前世の記憶を思い出し、気づけば一年生の入学式の日だったと言う。

 二年間、ハウメアとして振舞いつつも何だかんだ攻略対象との接触を避けていたのを、私は何度かみかけた事もあった。

 だからこそ、もしやと思い、去年から仕込みを始めて今日に繋がった訳なのだけど。


「・・・本当は、っ笑ってやろうって、思ってたのです。全部全部終わって、願った通りの結果になって! どうだみたかって笑ってやろうと、その為にっ、一年頑張って・・・わたくしのせいにされても、何も言わず・・・イオリにわたくしの教わった事、あんな形ですけど、ちゃんと伝えて!」


「ハウメアが私と顔合わせる度に、ひどい事になって・・・私がいなければこんなことにならなかったのにって、ずっと思ってて。ごめんって言いたくてもっ・・・言っちゃいけなくて、ハウメアが教えてくれた事が無ければ私、あの人の隣に立てないから、それが無性に、辛くて・・・」


「全部分かってて、そうなるように私が運んだのだから、全部私が悪いのよ」


【始まりと終わりのミィス】がフリーゲームなのに何故、完成度を褒められるのかという理由の一つに、感情値でのルート分岐とED分岐が豊富と言う点がある。

 各攻略対象には愛情と友情のマスクデータが搭載されていて、どちらか一方が高い状態で断罪イベントに入る事でどちらかを参照にした個別ルートが確定する仕様があった。

 そして、ルートごとにラスボスである邪神に対する切り札が変わるのだ。

 愛情ルートなら主人公とパートナーの愛情が、友情ルートなら二人の友情が切り札を発動させるカギとなる。

 つまり、イオリが誰のどのルートに乗ってるのか確定させる為にも断罪イベントは必然として起こさなければいけないイベントだった。

 ちなみにこの断罪イベント、ゲーム通りならばイルシュテン家は没落して一家離散、ハウメアは行方不明のままゲームから退場する。というか、たぶん自分で死ぬ。そういった展開を示唆する流れだった。

 それ故に、ハウメアにとってもヴェイン王子との婚約は最早トラウマでしかなく、そもそも逆行転生した今となってはヴェイン王子は好意を向ける対象外らしい。

 とは言え、王家と侯爵令嬢の結婚は政治的な思惑が強く、そう簡単に解消できるものでもなかった。

 ・・・・・・だから、イオリの本命がヴェイン王子で、渡りに船ではあったのよ。

 ヴェイン王子の愛情ルートはあの場での婚約解消宣言をもって確定する。

 他の候補者ルートだと断罪後、二部に入った頃には婚約解消となり、同じような流れで結局退場。

 ハウメアが救われるには、婚約解消した上で、出来るだけイルシュテン家のダメージを抑えなければならなかった。

 そこで、私の仕込みである。

 目論見通りに行けば、近いうちにハウメアの悪評は晴れるだろう。イルシュテン家は無傷で存続できるはずだ。

 ハウメアの名誉は雪がれ、残るのは婚約解消したと言う事実だけ。

 晴れて悪役令嬢の願いとヒロインの恋は両方叶う事となる。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった二人の顔を見ながら、けれど、と思わずにいられない。

 もっとやりようがあったんじゃないかしら。

 二人に協力するのが私じゃなかったら、こんなに我慢させず、頑張らせず、もっといい過程が用意できたんじゃないかしら。


「それでも・・・ユーリカに頼ったのは私たちだから・・・。きっと辛い目に遭うって、一杯我慢しなきゃいけないって、ユーリカ、初めから私たちに教えてくれてた!」


「わたくし、ちゃんと覚えてますのよ・・・? サブキャラクターのユーリカに出来る事は、こんなひどい手しかないって、困ったように笑った事、わたくし、覚えています。それでもいいから助けて、ってお願いしたのはわたくし達で、それで、ユーリはしょうがないわねって、やっぱり困ったように笑って・・・」


「私が、安心してEDまでたどり着けるように、出来るだけシナリオに影響させないようにって、ユーリカが一生懸命動いてくれた事、私、知ってるよ・・・? たぶん、これが一番いい結果なんだって、なんとなくだけど、そう思うの。そう思えるの。ユーリカのお陰で、私、心おきなく二部に行けるの」


「二人がそう言ってくれるなら、私も・・・少しだけ、救われた気がするわ・・・」


 ありがとう、と二人をもっと強く抱きしめれば、ハウメアとイオリが揃って顔を歪ませた。

 同時に、私の胸に強く顔を押し付けて、


「ユーリ」

「なぁに、ハウメア」


「ユーリカ」

「どうしたの、イオリ」


「わたくしが泣いている間、名前を呼んでくださいまし」

「私が泣いてる間、名前を呼んで欲しいの」


 いつかの私みたいな事を、涙をにじませた声で二人が言った。

 それが何だかおかしくて。


「しょうがない子たちね・・・」


 社交界にもいい加減慣れてきた年齢で、本来なら今日学園から卒業するはずだったのに。

 急に甘えん坊染みた事を言い出すハウメアとイオリも、そんな二人に甘えられてうれしいと感じる私も。

 ほんと、しょうがない。

 抱きしめる腕はそのまま、二人の背をトントン、と叩く。


「ハウメア。イオリ」


 名を呼んだ瞬間、二人が決壊した。

 二人が泣き止むまで私は、彼女達の名前を呼び続けて。

 それからどれくらい時間が経ったのだろうか。

 いつの間にかハウメアもイオリも泣き止んでいて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、私に笑ってみせた。

 ・・・・・・しょうがないわね。

 ハンカチで涙と鼻水をぬぐってやれば、ふにゃっと相好を崩して、


「ねえ、ユーリカ。私、頑張るね」


 何を、とは聞かなかった。


「ハッピーエンド、ちゃんと手に入れてくる。ユーリカが手伝ってくれて、ハウメアがちゃんと幕を引いてくれたから。今度は私の番」


 だからね。


「私がラスボスやっつけて、めでたしめでたしって物語ちゃんと締めるから、信じて待っててね!」


 そう言い残して、イオリは二部の旅に出た。


 二年後。


 シナリオ通り。あるいは、イオリが約束した通り。

 ラスボスは見事うち倒され世界は平和を取り戻して、ハッピーエンドを迎えた。


 けれど、イオリとヴェイン王子はゲームのED通りに帰っては来なかった。


 そして、


 私たちの本当の物語が動き出すのは、一年経った頃。


 ―私、ユーリカ・イルン・フォンティークが21歳の誕生日を迎えたその日。


 EDを迎えたはずの世界で、私たちは初めて世界と向き合う事になるのだ――。











プロローグ終了。

1日で書き切ったのでまーひっでえ構成ですが暇つぶしとして読めればいいやと言う方が残ってくれたら幸いです

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