それでも立ち向かうに値する―
雲一つない蒼空の下、白亜の宮殿がある。
【始まりと終わりのミィス】の舞台である聖王国北部に建てられた学園都市の心臓部。
聖ミリスティア学園。その高等学部が収まる本校舎だ。
元々は旧王家が治めていた城だったと言うが、首都が遷移したと同時に学園校舎に転用したらしい。
そんな歴史ある宮殿校舎の正門前は、朝だと言うのに珍しく人で溢れかえっていた。
奇しくも今日は卒業式。
当然、在学生総出のイベントであり、式典開始に合わせた登校時間は必然として全体的に同期する。
そんな中で一つの諍いが起きれば、大体数の目に留まる事となり、結果として大きな騒動へと発展するのだ。
つまり、
「―以上の証拠等から、ハウメア・リゼ・イルシュテンの悪行を断罪するものとする!
弁明も謝罪も一切不要! 最早君の侯爵令嬢という立場も地に落ちたものと知れ!」
第一部ラストイベント悪役令嬢の断罪が開始されたと言う事だ。
左右に分かれた群衆の中腹部最前列で、私は観客としてこの茶番劇を眺めていた。
生徒たちに挟まれるようにして立つのは、6人の主要人物たち。
正門を背にする5人と、それを真っ向から受け止める1人という構図。
かつて、スチルで見た光景とそっくりだった。
「・・・残念だハウメア。きっと君はいい王太子妃になれたはずなのに、こんなことになるなんて」
愛剣をハウメアと呼ばれた少女に突き付けながら言うのは、この国の第一王子。
王位継承権第一位であり、学園の生徒会長を三期続けた傑物であり、断罪者であるからしてヒロインが選んだパートナー。
これでもかと乙女好きする要素をぶち込まれたような完璧王子ヴェイン・レムド・フリーデンその人である。
そんな彼の背に庇われるようにして、怯えたような表情でハウメアを見る少女が居た。
イオリ・ヒダカ。正真正銘、この世界に召喚されたヒロイン。
日本人離れした美貌はこの世界のイケメン美女たちと遜色ないほどで、正直ほんとに前世の私と同じ日本人だったのか疑いたくなる。
栗色の髪は柔らかく宙を泳ぎ、その声は鈴のように可愛らしく、彼女の笑みは見る者を蕩けさせるくらいに甘い。
誰に対しても変わらない振舞いと、屈託のない性格で撃沈した異性は数知れず。
今も不安げに揺れる瞳は今にも泣きだしそうで、彼女の美しいかんばせは薄い青に色づいていた。
・・・びっくりするくらい猫の皮厚いわねあの子。
中身を知っている私としては嘆息するしかないけれど、知らない大多数は彼女に同情的な目を向けていた。
そんな二人を支え囲むようにして立つ4人。
”麗しき剣閃”キリー・リルゼンタール。
”雷鳴貴公子”ジェナス・ホーエンハイム。
”次期炎帝”ヒューリー・マクドガナル。
”絢爛舞踏”デュラン・シェイナ・シュナイゼン。
いずれも攻略対象であり、ヒーロー候補だった名門貴族男子たちだ。
そんな彼らは何も言わずしかし驚くほど冷めた目でハウメアを見据えていた。
やはり名門と言うべきか、しっかりと自分の生まれと立場を自覚してこの場に参戦しているらしい。
―流石に主要人物は格が違うわね・・・。
何となく、そんな事を見せつけられた気分になる。
メインキャラクターとサブキャラクター。そこには隔絶と言って良いほどの差を感じられて、少しだけ悲しくなった。
そんな事を思うのは、たぶんこの場で私だけ。
でも、すぐに仲間が増える事を私は知っている。
・・・そうよね、ハウメア。
メイン5人組から視線を一人の方に向ければ、彼らを真正面から受けて立ち気丈に佇む姿がある。
ハウメア・リゼ・イルシュテン。
【始まりと終わりのミィス】第一部ラストにて断罪される悪役令嬢。
きついウェーブがかった金の髪。人形染みた美しい容姿をなお目立たせる青の瞳。
華美な装飾をあしらえた真紅のドレスは、彼女の気品によく似合う。
睨むようにしてヴェイン王子を見る瞳は潤みながらも決して揺れず、口元は挑戦的とも言える笑みを形作っていた。
まさに物語に登場する悪役令嬢そのもの。
けれど、私は知っている。
・・・頑張って我慢して偉いわよハウメア。
たぶん視界は滲んで王子もイオリも見えてないし、今にも悲鳴を上げそうな口を何とかして縫い付けてるだけなのだと。
今にも決壊しそうなハウメアに、ヴェイン王子は突き付けた愛剣をそのまま、柄を握る手に力を込めた。
「独断ではあるがこの場にて宣言しよう! ハウメア・リゼ・イルシュテルン!
今日、この時をもって君との婚約を解消する――!!」
ヴェイン王子が高らかに宣言した内容に、場は一瞬鎮まり、次の一瞬で叫喚の坩堝となった。
誰も彼もが夢じゃないのか、本当なのか、これが現実の出来事かと口々に騒ぎ出す。
けれど、私は知っている。
この場で表向き戸惑いながら、心の内でガッツポーズしているだろう人物がいる事を。
敢えて彼女たちの内心を言葉にするなら、
”よっしゃ計画通り――っ!!”
十中八九、そんな事を思っているはずだ。
かくいう私も、肩の荷が下りた気もあり、やり切った達成感のせいでちょっとだけ高揚してる事は否めないけれど。
・・・・・・ほんと茶番よねこれ。
それでもやり切ったのだからと安堵の息をこぼした視線の先、ハウメアがカーテシーを一つ残して去っていく姿があった。
同時にヴェイン王子が解散の音頭を取り、4人のヒーローたちが群衆の生徒たちを誘導していく。
・・・え?
イオリから離れ、生徒たちに校舎に入るよう呼びかけるヴェイン王子と、一瞬目が遭った。・・・気がする。
この茶番にちょっとした仕込みをした後ろめたさから、ちょっと過敏になってただけかも知れない。
なにせ私は、ユーリア・イルン・フォンティークだ。
第一部時点では彼に認識すらされてないはずの一般生徒。それに、私の仕込みも目立つようなものじゃない。
だからきっと気のせいね、と結論づけて、私はそっとこの場を後にした。
急がなければならない。割と本気で。一秒でも早く彼女の所へ行かなければ。
だって彼女は絶対に傷ついている。
分かっていても、知っていても、それでもなお当事者として立ち会った事象は強烈に私たちを打ちのめすのだ。
それを私は知っている。思い知っていると言って良い。
だから、少しでも傷つく度合いが減ればいいと仕込みをしたし、今だって淑女らしさを捨てて全力で走り出している。
資質はあっても器が合っていなかった彼女の所へ。
本当はやりたくなかったはずなのに、それでも必要な事だからと決断した彼女の為に。
――私が、言わなきゃいけないのよ。
やっと泣いていい時間が来たのよ、と。
もう我慢する時間は終わったのよ、と。
そして、言ってあげなきゃいけない。
「よく頑張ったわね、悪役令嬢ハウメア」
転生の先輩として、泣き虫な後輩を見捨てるなんて出来やしないのだから。