張り裂けそうなほど苦しくて
剣と魔法の世界とは言え、命は呆気なく消えてしまう。
ゲームの中でもSRPGという仕様上、復活可能な戦闘不能はあっても、シナリオでの死亡はそのまま世界からの退場だった。
死んだ者は生き返らない。
セーブ&ロードでも覆らない。
どうやら現実もゲームもそれが共通にして絶対のルールであるらしい。
たとえラスボスを倒しても、途中で失ってしまったものはハッピーエンドを迎えても帰っては来ないのだ。
転生してから4歳の誕生日を迎えて、その半年後、カレン母様は安らかに息を引き取った。
不治の病だった。
そして、私はカレン母様が亡くなることを知っていた。
知っていて、覚悟していて、けれど、どこかでストーリーがハッピーエンドを迎えたら何となく救われるのではないか、と思っていた。
カレン母様の病死は、第二部で起こるサブイベントの伏線だ。
とある攻略対象ルートでのサブイベントで、道中の村に母様と同じ不治の病の少女が居たのだ。
そんな彼女と友達になった主人公は、やがて病が獅子帝の妻の死因と同じであると突き止める。
情報を得る為、主人公一向が私たちを訪れるのが、フォンティーク親子の出番だった。
一連のサブイベントの末、主人公たちは特効薬を作り出し少女を救う。
その結果として、不治の病は不治でなくなる――というのが結末だ。
つまり、カレン母様を助ける薬は主人公が居ないと存在しなくて、主人公はまだ召喚されてないから、カレン母様は結局設定通りに亡くなった。
――覚悟はしていたのよ。
設定を知っていても、解法が分かっていても、時代が違うからどうにもならない。
転生物特有のストーリーに介入して改変する隙間すらない。
だから、死ぬほど甘えた。失っても大丈夫なように。
けれど、死ぬほど泣いた。失ったらもう駄目だった。
母様が眠るお墓の前で、父様に抱かれながら私は声を上げて泣き続けた。
開いた口は言葉を作れず、濁ったあ、の連音がただただ絞り出されるだけで。
肉親を亡くすのはこんなに辛いのかと、初めて知った。
私はこの辛さを、前世の家族に与えてしまったのだと、思い知らされた。
辛い。苦しい。切ない。胸が今にも張り裂けそう。
会いたい。もう一度会いたい。たった一度で良いからまた名前を呼んで欲しい。
4歳の私が切実なまでに祈る。
25歳の私がそれは叶わないのだと、現実を観る。
――覚悟していたはずなのに…。
どうして、私はこんなにも泣くことを止められないのだろう。
「思う存分泣いておけ、ユーリカ。そして二度とカレンの事で泣くな、ユーリカ」
もうお前の涙を愛情で補填する母はどこにも居ないのだから。
そう言って、父様は私を抱く腕に力を込めた。
「覚えておけ、ユーリカ。カレンは最期までお前のお母様だった。ユーリの母である事を誇りながら満足を得て逝った。カレンは残念を残さずに、死ねた。今は分からずとも、いつか分かれユーリカ」
カレン母様は私たちを置いて逝ったのではない。先に逝っただけだと父様は言う。
「カレンの最期は幸せだったのだ。幸せのまま逝けたのは、ユーリカが居たからだ。そんな最期を迎えられた者は、世界でもきっと少ない。だから、カレンの死を、お前の傷にするなユーリカ」
それを最後に、父様は二度とカレン母様の事を口にしなくなったのを覚えている。
私は、何て答えたか覚えていないけれど、それ以来泣いた記憶はない。
泣く暇があるなら、その分勉強に時間を費やした。
覚える事は腐る程あったのは、たぶん幸運だったと思う。
父様は獅子帝と呼ばれて居るけど、ついでに侯爵でもあって、私は将来令嬢と呼ばれるのだ。
だから、知識を付け、マナーを学び、魔法を鍛え、技を磨いた。
振舞いの参考は当然のようにカレン母様にして、自分の身に叩き込んだ。
たとえ勝てなくとも負けないようにと、必死に。
何に、と聞かれても具体的な答えは出てこないけど。
きっと、運命とやらに。
サブキャラクターでしかない私ではどうにもならないメインストーリーとやらに。
負けてやるものか、と父様の腕で泣きじゃくった日に誓った。
――たぶん、あの日が私の始まり。
転生した私が、本当の意味でユーリカ・イルン・フォンティークとなったのだ。
”獅子帝の一人娘”ユーリカ・イルン・フォンティーク。
ゲームでは、父様に付き従っていただけのチョイ役サブキャラクター。
けれど、私が今生きているのは現実で、私はこの世界に生きる一人の人間だ。
「設定なんてくそくらえだわ」
だってそうでしょう?
カレン母様は確かに死んでしまったけれど、私を確かに愛してくれたのよ。
設定資料集にも載ってないし、サブイベントでも明記されてない。
けれど、私への愛はちゃんとあったのだ。母様が大好きだと言う私の想いもしっかりある。
それだけで、この世界に立つに足る勇気だって覚悟だって湧いてくる。
馬鹿にしないで頂戴な異世界転生。
サブキャラクターだからって舐めないで欲しいわテンプレ展開。
サブにはサブの意地ってものがあるのよ。
とりあえず定められたレールには乗ってやる。
でも、
――乗り方は、私が決めるわ。
それくらいは寛容に受け入れて欲しいわ、運命さん?