いつだって世界は
異世界転生。
逆行転生。
異世界召喚。
気づけばなんやかんやブームメントになってしまった物語の一体形。
それらに巻き込まれるのはいつだって、自分には関係ないと思っている普通の人だ。
明日自分が死ぬなんて誰も思ってないし、今日殺されると思ってないし、昨日こんなことになるなんて信じられないだろう。
いつだって同じ日常が変わらず続くと信じて疑わない。
私だって、それは変わらなかった。変わらないはずだった。
だからこそ、こう思うのだ。
――どうしてこうなった。
だって、そうでしょう?
私は普通の家に生まれて、普通に育って、普通に恋したり、普通に喧嘩したり、
普通に就職して普通にブラック企業に使い潰されて―いや、これは普通じゃないな?
とは言え、人生9割近く普通の一般的な人生のレールを歩いていたはずだ。
なのに今、私はゲームの世界に転生してしまっている。
何が原因? どこで間違えた? どうして私が? まったくもって意味が分からない。
理不尽過ぎて頭にくる。
憶えているのは末期の瞬間。
私が体調不良でかかった夜間外来からの帰り道。
十三連勤かつサビ残十三連続で疲れ切った体を引きづるようにして歩いていたその途中。
―確かに青信号だったはずよね。
夜中とは言え見通しもそう悪くない十字路を、お約束通りのトラックが突っ走ってきたのだ。
危機感を覚える前に、全身に衝撃がきた。直後に浮遊感。
次に来たのは混乱とコンクリートに転がり落ちる衝撃。
視界に見えるのは散らばった鞄の中身と私から流れ出したのだろう赤い血。
死にたくないと思った。まだ生きたいと思った。
死ねないと強く思った。
私は、死ねない。死んじゃいけない。
思えば思うほど、身体が冷えていったのを覚えている。
冷えていく全身に連なる様に、意識が消えかかっていく恐怖は忘れられない。
それでも、死ねないという思いだけは最後まで握りしめるように手放さなかった。
だって、私には――
「――ごめんね・・・」
誰にともなく言葉が漏れて、結局それが私の最期の言葉となった。
はずなのに。
自分の声で意識が目覚める、という感覚はとても奇妙なもので。
それが自分の産声だった、というのは如何ともし難い気味の悪さだった。
生まれて死ぬまで二十五年。
その人生を覚えたまま、私はこの世界に生まれ落ちたのだ。
本当に意味が分からない。なんなんだこれは。どういうことだ一体。
普通こういう展開は、神様的なポジションの存在に呼ばれたり、衝撃的な展開で思い出したりするものじゃないのだろうか。
死んだのだと自覚した瞬間、生まれたのだと実感するこの理不尽感。
目も明かない真っ暗な視界の中、周りからは私の誕生を喜ぶ声がする。
誰も彼もが祝福の声を上げるけれど、私だけが状況を飲みこめずに混乱していた。
何故なら―
「―おめでとうございます、ベルクハルト・フォンティーク侯爵様! 可愛い女の子ですよ」
「よく頑張りましたね、カレン様! ご息女は無事お生まれになりましたよ」
両親であろう名前が、私の知っているゲームと同一だったのだ。
それも、ゲーム中盤から登場し、気づけばEDまで出番のなかったサブキャラクター。
設定だけはいっちょまえの癖にストーリー進行を円滑にする為に配置されたであろう人物。
”獅子帝侯爵”ベルクハルト・フォンティーク。
”百合姫” カレン・フォンティーク。
本編では中盤以降、物語の裏で隣国からの横やりを防ぐため獅子奮迅の活躍をしてEDまでの間、国境を守り切ったという。
つまりは、主人公の邪魔になる要素を削る為に頑張っていた人代表的ポジション。
なお、EDとエピローグなどでそういった部分は全く触れられないので説得力の為だけに生まれたと思われる。
戦記物でよくある、こんな大変な事起こってたら他所の国黙ってねえだろ、的な部分を解消する不憫な役回りなのだ。
―という事は、私はそんなサブキャラクターの一人娘というサブキャラクターに生まれたのね。
理不尽過ぎて本当に頭にくる。
ゲームと同じ世界に転生だけでもお腹一杯なのに、生まれた先はサブキャラクター!
しかもチョイ役過ぎて本編介入とか夢のまた夢!
というか、そもそも私自分の最期だってまだ受け入れられてないんですけど!
はらわたが煮えくり返るとはこのことか。
怒髪天はそのまま泣き声となって、周囲の人をあわただしくさせた。
申し訳ないとは思うけど、そこはまだ生後10分とかそこらの赤ん坊だから許して欲しい。
だって赤ちゃんだもの!
中身二十五歳でも体は生まれたてほやほやだもの!
なんだこれ。ほんとなんだこれ。
怒りを込めて力いっぱい泣き散らかせば―
「―いらっしゃい私の可愛い娘。やっと出会えた私の子」
柔らかくて穏やかな声と共に、優しく抱きしめられる感覚が来た。
ぎゅ、と確かめるように、大事なものと示すように、カレンが私を抱いている。
今世の母という存在が、否応にもなく、私の中で滲むように確かなものとなっていく。
私を抱いているこの人が、お母さんなんだと、私という意識が認めていく。
怖くて、嬉しくて、どうしたらいいのだろう。
前世の母を私はまだ覚えているのに、今世の母を私は認めてしまっている。
どうしよう。どうしたらいい? 頭がどうにかなりそう。
前の母を忘れていいのか。忘れてしまうのか。
忘れたくないと言う不義理を今の母に働いていいのか。そんな私を今の母は愛してくれるのか。
葛藤はそのまま泣き声に代わり、カレンが私を抱きしめる手に力を込めた。
「いっぱい泣いていいのよ、可愛い子。生まれたくなかったとしても、生まれてよかったとしても、
貴女は私の所に来てくれたのだから、全部全部母様が受け止めてあげる」
貴女が泣いた以上に、私があなたを愛するわ。
そう言って、カレンが―カレン母様が私の額に口づけた。
続くようにして、もっと大きな、武骨な腕が私に触れる。
それは、父親―ベルクハルト父様のもので。
「カレンに頼まれて、ずっと考えていた。俺が考える名で良いのかと柄にもなく不安にもなったが、
それでも俺にしては珍しい事に飽きる事無く考え続け、この子の産声を聞いてこれだと決めた」
ユーリカ。
父の声が、私の名を告げる。
きっと私が知っている名前。
「そして体の弱いカレンがユーリカを愛する助けになるよう、加護としてイルンの聖名を与える。
ユーリカ・イルン・フォンティーク。それが、この子の名だ。カレン」
やっぱりなと思う。その名前が付けられるだろうと分かっていた。
だって、私だってゲームには登場していたのだ。
父様の副官として。
同時に、知らなかったな、と思う。
ユーリカ・イルン・フォンティークという名前を付けたのが父様だったなんて。
どんな思いでこの名を付けたのかなんて、設定資料集にも乗っていなかった。
私の名を何度も呼ぶ母様の声がとても幸せそうだったことも。
――キャラクターじゃないんだ・・・。
そんな思いが、素直に落ちてきた。
生きているんだな、ってそう思った。
この人たちは、生きていて、私の父様と母様で、二人は私に愛情を向けてくれて。
あぁ、私もキャラクターじゃないんだなと、そんな事を思う。
前世はOLとして生きたけれど、今世も私は生きていくんだなって、そう思えた。
ならば、私もいい加減覚悟を決めよう。
これは俗に言う異世界転生で、私はその当事者で、きっとこれから先ゲームと同じことが起こる。
私はサブキャラクターでしかなくて、ストーリーに絡む事は無くて、結局転生した意味というのは何処にも無いのだけれど。
それでも、私はこの世界の登場人物として、ちゃんと生きよう。
母様と父様に抱かれながら、私、ユーリカ・イルン・フォンティークはこの世界に産声を上げた。