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浮気の支援はお断り

作者: 三里 灸

「この子、魔法のある世界の聖女希望なんだって。君の管理する世界がピッタリだと思うんだよね~」

「……。 ■≠、●₸∀□○◆」

「女神くん、通訳魔法を忘れてるよ。相変わらずうっかり屋さんだね!」

「……。地球でいう聖女は、現在募集していません。普通に記憶を消して転生して来るのは常時受け付けていますが、聖女は女神である私が地上と話すための『器』です。私自身で探しますので」

「いつも同じような子ばかり選んでるじゃないか。たまには視野を広げるのも大事だよ!」

「通信しやすく、信頼できる人間を選んでいるのです。その少女は」

「じゃ、俺は他の仕事があるから!」

受け取り拒否したはずの少女を置いて、現場の負担無視のクソ上司は逃げた。


聖女。それは女神の器となるべく、異世界(地球)から招かれた清らかな乙女。

神の愛し子でもある彼女は健気で、誰にでも分け隔てなく優しい。聖女の力を目当てに近づいた男たちも、彼女自身を知って愛するようになる――。

というのが地球での少女向けラノベのテンプレの1つだ。逆に男性向けでも、一緒に地球から転移した同級生聖女や、現地(魔法世界)の聖女が大人気。

そんな聖女という概念だが、とある異世界では呼び方こそ違うけれど、役職として実在している。


その世界を管理する女神は、 数多の世界を流転する魂のなかから、これはと見込んだ者を聖女(現地ではべつの呼び方)に任命していた。

ある少女は交通事故で死ぬ間際、惜しんだ女神によって異世界に連れ去られて聖女になり。

べつの女性は死後、女神の御告げとともに異世界転生して聖女になった。

カルチャーショックや聖女を巡っての動乱は当然発生したが、それを差し引いても女神の力や異世界の知識を適切にもたらすことができる人材は貴重だ。

聖女たちは活躍し、報酬として事故死の運命を覆して地球に帰ったり、愛しあった現地人と結婚したりしている。

女神はこのシステムを千年以上安定して運用していた。

そこに上司からの「この子を聖女にしなよ(キラーン)」の横車だ。


押しつけられた少女から事情聴取するため、女神はとりあえず通訳魔法をかけた。

同時に少女の思考が伝わってくる。

『え~、このオバサンが女神? 勝ったわ! だって私の方が若くてカワイイもの、聖女じゃなくて本物の女神様って崇められたりして!』

「……」

「あなたあのオジサンの部下なんでしょ? かしこまらなくて良いから、お喋りしてよ」

女神は少女の転送先を心に決めて、ニッコリ笑った。


数分後。

「ふざけんじゃないわよ、クソ女神!」

『どうかしましたか?』

異世界のとある国。女神の神殿の中心で、少女が口汚く女神を罵っている。

青ざめた神官たちが右往左往するなか、女神は何食わぬ声で応答した。

「とぼけないでよ、あんたの嫌がらせでしょ! バグらせた通訳スキル、さっさと直しなさい!」

『地球語との翻訳は合っているはずです。あなたの目の前にいる神官や王子たちも、困ってはいますが友好的ですし。何が問題なんですか?』

「なんで!聖女である私を!『ゴキ様』なんて呼んでるのよぉおおお!!??」


聖女志望の少女が転移した先は、女神が管理する世界のとある神殿だった。

その国では過去の聖女が嫁いだ王家から、女神と通信する才を持った王子や王女が生まれている。ちなみに一般人と結婚した聖女の子孫もいるが、こちらは地方に散っているから今回は召集しない。

現在はよほどの人材でない限り、異世界の聖女を招く必要は無いのだ。

女神の頼みを受信した王子主導で、神殿は密かに少女を預かった。

祭壇の前に現れた少女は、美形王子の笑顔に期待を膨らませ、

「女神様より伺っております、『ゴキ』様」

聖女でなく、この世界独自の呼び方に反射的に女神へ怒鳴り始めた。


「ゴキ様、どうぞお鎮まりください」

止めに入った王子を少女は睨みつけた。今さら猫をかぶる気はないらしい。

「ゴキは地球語で『器』を意味します。女神の『器』様、を丁寧に呼んで御器(ごき)様です」

『日本には御器って苗字もありますよ。害虫は、食べ物狙いで御器につきまとうから呼び名がついたんです。ロリータにつきまとう変態がロリコンと呼ばれるみたいなものですね。御器にもロリにも迷惑な』

「女神様?」

『なんでもありません』

王子たちがロリコンという地球語を知っているかは不明だ。不明だ。

「じゃあ、今から改めなさいよ!本人が嫌がってるんだから、これからは『聖女様』って呼びなさい!」

「せいじょ様?……しかし女神様の体代わりとなるお役目ですし、うつわ様ではどうでしょうか?」

「はあ!?」

やはりあの上司、ちゃんと説明しなかったらしい。


「誰があんたみたいなオバサンの身体になんかなるもんか!!!!!!」

私もあなたみたいな器は嫌ですよ。


『ホホホ、そなたはこの世界を拒んだ。わらわの世界で回収しよう』

『陛下、この度は……』

『おもてを上げよ。あの人の悪戯に巻き込んですまなんだな』

玲瓏とした、しかし威厳に満ちた声が新たに響いた。

神々の会話が聞こえるのは少女だけだ。

女神の上司のさらに上、神界の女王のお出ましだ。

凄まじい閃光が走り、少女の悲鳴が響いたかと思ったら掻き消えた。

何一つ残らない祭壇の前。

少女が神界によって消え去ったのを見届けた王子たちは、静かに女神への神酒を供えた。


「無事に済んで良かったぁああ! 今夜は飲むぞ!」

女王の怒りを買わずに済んだ、面倒な少女も女王が引き取ってくれた、万歳!

安堵のあまり座り込んだ女神は、少女の今後など一切知らないし知りたくない。

無責任上司はしばらく謹慎になるのが確定だ。

悪足掻きや逆恨みに巻き込まれたくないから着信拒否した。

何を隠そう、あの上司は女王の婚約者だ。今後どうなるかは知らないけど。

あの上司は好みの美人なら神だろうが人間だろうが気楽に遊んだり、女王に隠れて囲うため異世界にお持ち帰りしてしまう悪癖持ちだ。

今回の少女もその一人。ただの騙された被害者なら匿っても良いかと思ったが、あまりの言動にすぐさま女王に通報した。

女王は婚約者の浮気が発覚する度に、婚約者自身の武器をぶんどって雷を落とすのだが本人は一向に改善しなかった。

「聖女とかこっちが呼んでもないのに知るか!ましてや浮気の手伝いなんか!」

この女神が管理する世界の定義では、聖女に該当するのはあくまで女神本人の器だ。

その女神の器を称して、勝手なことをされてはたまらない。

特に上司とのイチャイチャを勝手に広められた日には、こっちの社会的地位が死亡する。


器を称する少女が「私、あの人の恋人(実質は愛人)なの♥️」とペラペラ喋る。

→器と女神の違いを分かっていない人間やよその神が、女神本人が愛人だとデマを広める。(私はまだ独身だし清いわよ!)

→見境がない上司が、外堀を埋めたとばかりにセクハラしてくる。(以前から断ってるのにしつこかった)

→女王に、上司の共犯者どころか浮気相手と勘違いされて処罰される。


これが最悪のルートだった。

どれだけ物申したくても上司命令は厄介で、あの少女のほうから女神の世界を拒否しない限りは放り出せなかった。

だから転移先には地球語の定着がちょうど良さそうなあの国を選び、御器を聖女と意訳せずそのまま伝えた。

あとはくだんの如しだ。

「同僚の男神に聞いた話みたいに長引かなくて良かった」

管理者が男神の世界だと、聖女は神の母か娘、もしくは「神の嫁」の意味を持つことが多い。どれになるかは世界による。

だがどれも逆説的に、聖女を娶ったものこそ神や王、という理屈が発生しやすい。何故だろう。娘をまっとうに娶るならまだしも、人妻や母親の略奪も有りとは恐ろしい。

そんな傾向のせいだろうか。あの上司が、部下の男神が統べる世界に愛人の美女を囲ったものだから神も人間も入り乱れての大乱闘になることが何度もあった。

ある時は兵士たちが巨大木馬を作っていたような気がする。知らんけど。

管轄を無断で隠し場所にされた部下の男神たちが、色ボケどもが下剋上しようと俺(神)殺しを企むわ、世界破壊規模の魔法を研究して自滅しやがったわ、とか、自分もあの女を囲ってたんじゃないかと奥さんに疑われてエライ目に遇ったとか愚痴っていた。

ちなみに本当に囲ったり、自分も大乱闘に加わった男神は、もちろん女王や自分の奥さん女神にしばき倒された。


「よし、上司の謹慎乾杯の会で愚痴ろう」

女神仲間にこの件を知らせよう。

あと出来れば自称聖女ズによろめかない独身男神たちの情報もほしい。皆そうだろうけど、好みの多様性に賭けよう。


これはごく平凡な女神の愚痴。

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― 新着の感想 ―
[一言] ギリシア神話の神様みたいだな、と思って読んでいたら、トロイの木馬が出てきて笑いました。 面白かったです。
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