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08.魔石交換

 外に出るとあたりはすっかり夜で、本当に迷宮から出てきたのかわからないほどだった。たしかに、迷宮に潜ったのが昼前だったのだから、12時間を足すとすっかり真夜中と言っていい刻限になる。

 空を見上げて、雲を染める月を認めると、ようやく地上に帰ってきたという実感がわいた。

 怪我もなく、窮地もなく、戦利品はそれなりに。

 なにより、十分に楽しめた。

 はじめての迷宮探索としては望外の結果と言っていいんじゃないだろうかと、レオは思った。


「冒険、お疲れ様でした、レオ様。その、なんというか、あれですね」

「あれ?」

「その、楽しかったですね」


 恥ずかしそうに目を伏せるイルザの手を取って、レオは笑った。


「うん。全部、イルザのおかげだよ。ここまでついてきてくれて、本当にありがとう」

「あ、レオ様、そんな……これはもう、結婚ですね?」

「結婚?」

「いえ、なんでもありません。少々取り乱しました」


 こほん、と軽く咳ばらいをして、イルザはローブをパンパンと払った。


「迷宮の中では気づきませんでしたが、お互い、それなりに汚れてしまっていますね」


 あれだけゴブリンたちを焼き殺して、岩を砕いたのだ。汚れていないはずがない。きっと、顔も泥だらけなのだろう。

 それでもまさか、昨日までの有様よりひどいということはないだろう。汚れ、空腹、ゲテモノ食いには、流浪の数か月ですっかり慣れてしまっている。


「さて、これからどうしようかな」


 迷宮監理局は24時間体制だというが、それならなおさら焦る必要はない。管理局は逃げないのだ。


「管理局に行っていろいろするのは明日にして、まずは今夜の宿を探そうか。それから、どこかで食事もしたいよね」

「そうしましょう。管理局からこちらへ向かう道すがら、何件か宿がありましたから、そちらを当たってみましょう」

「すごいね、抜かりなしだ」

「光栄です」


 二人して、すこし高いテンションのまま歩き出す。それから宿で部屋を押さえ、風呂で体を清めてから、終夜営業の店で食事を取った。アカタケだけではやっぱり満足できなかったので、普段より多めに食べる。

 膨満感に苦しみながら宿に戻り、部屋に入る。ちなみに、イルザは今夜も一部屋を主張したが、戦利品がいっぱいあるので今夜くらいは贅沢にやろう、と二部屋に押し切った。

 疲れ切っているから無用な心配かもしれないが、今朝のこともある。イルザが隣で眠っていると、かえって寝付けないんじゃないかと危惧したレオの本心は、もちろんイルザには伝えない。


 夜は静かにふける。ベッドにもぐりこむころには深夜の二時を回っていた。心は高ぶっていたが、昨日の宿よりはるかに上等なベッドの寝心地は、すぐに極上の眠気を連れてきた。


「おやすみ」


 誰にともなくつぶやいて、目を閉じる。流浪の生活、新米冒険者としての出発。すべてが国にいる頃には想像もできなかったことなのに、なぜか今、自分はいるべきところにたどり着いたのだという実感がある。


「明日も、いい日でありますように」


*  *  *


 夢も見ない深い眠りを越え、朝日とともに、レオは目覚めた。日課のストレッチをしながら、体に異常がないかを確認する。昨日の疲れはどこにも残っていない。睡眠時間は少ないくらいだったが、木の根を枕にして眠るのとは熟睡感が違う。


 簡単に身支度を済ませ、宿のロビーでイルザと合流する。

 どうせまた今夜も泊まることになるのだからと延泊の手続きをして、隣接する店で朝食を取り、その足で迷宮監理局へ。


「やっぱり来たのね。いらっしゃい、昨日の探索はどうだった?」

「楽しかったです!」

「そう。でも、本当のお楽しみはこれからだからね。今日は、迷宮探索から帰還した冒険者がするべきことを教えてあげるわ」


 管理局で受付をしてくれたのは、昨日の面接を受け持ってくれた女性だった。ハンナというのだと名前を教えてくれた。面接の縁もあってか、やけに親身になって優しくしてくれるのでありがたい。


「買い取りや鑑定なんかは別室でやることになってるの、こっちに来て」


 案内されるままに施設内を歩いて行く。後ろのほうで、「ほんとだ」「すっごい……」「はー、眼福」などと言いながら、こちらを盗み見ている女性職員が何人かいる。気になってハンナに尋ねてみたが、「気にしないで」の一言で片づけられてしまった。

 たどり着いた部屋は昨日の面接室と同じようなしつらえになっていた。いろんな用途で使われるのだろう。


「さあ、それじゃあまず、魔石の確認からはじめましょう。鉱石や植物なんかの戦利品は後で見るから、まずは魔石を全部出して」

「わかりました。イルザ、収納袋、貸してくれる?」


 イルザから収納袋を受け取って、ジャラジャラと魔石を取り出していく。実のところ、50を超えてからは正確に数えていなかったので、何個あるのかは自分でもわかっていない。

 机いっぱいに魔石を並べると、なかなか壮観だった。ゴブリンとコボルトの二種類分しかないのが、残念なところだ。もっとさまざまな色や形が集められれば、より綺麗に見えただろうに。

 とはいえ、新米ホワイトでこれだけの魔石を取ってくるのは珍しいのか、ハンナは「想像以上だわ……」とため息をついている。


「これで全部です。えっと、ゴブリンが40、コボルトが29、合計で69個です」

「いやー、すごいわね、大量だね。小物ばっかりとはいえ、ここまで集まると見応えあるわねえ」

「これ、全部管理局が買い取ってくれるんですか……?」


 ちょっと不安になって尋ねる。これがそれなりのお金になるだろうと踏んだから、昨夜は二部屋を取ったのだ。延泊を申し込んだ今日の宿代のこともある。

 いくつかの魔石を取り上げては状態を確認していたハンナは、眼鏡の奥からすっとレオを見据えた。


「買い取り、でもいいんだけど、どうせならメインは交換に回したほうがいいんじゃない? 全部お金に替えたらもったいないと思うけど」

「交換?」

「あ、そうか。交換システムについて説明してなかったっけ。じゃあ、魔石について簡単に教えるわね」


 ハンナが言うことには、魔石には大きさや希少性に応じてポイントがついているらしい。ゴブリンやコボルトは雑魚モンスターの代表格なので、魔石ひとつにつき1ポイント。深部に出てくる魔物なら、魔石一つにつき数十万、数百万ポイントになるものもいるらしい。

 そして、そのポイントに応じて換金レートも決まってくる。1ポイントで銅貨10枚。10ポイントで銀貨1枚。100ポイントで金貨1枚、というレートだそうだ。


 貨幣の交換レートは、金貨1枚で銀貨10枚、銅貨1000枚。

 レオの目標である迷宮都市を主催するためにかかる金は金貨10万枚だから、これをすべてゴブリンの魔石で賄おうとすると、一億匹狩る必要がある。お金が貯まる前にゴブリンが絶滅するだろう。


 まとめると、こうなる。

 金貨1枚=銀貨10枚=100ポイント=銅貨1000枚

 金貨10万枚=銀貨100万枚=1000万ポイント=銅貨1億枚

 ただし、ポイントは魔石からしか得られず、お金で買うことはできない。


 これが単純に金額にした場合のレート。交換、というのは、そのポイントを消費して、迷宮監理局が開発、販売しているアイテムやスキルロールを購入することを言うらしい。

 冒険者はまず、自分の探索スタイルに合ったスキルに魔石を投資するのがセオリーなのだという。有用なスキルが手に入ったらそれだけ探索も効率化できるのだから、考えてみれば当然のことだ。


「もちろん、スキルを使いこなすにはレベルが必要だから、いくら魔石をため込んでレアなスキルロールを手に入れても、意味ないんだけどね」

「知らなかった。そんな便利なものがあるんですね……」

「そんなわけで、私のおすすめはこれね」


 ハンナは、いつの間にかスキルロールの一覧が載っているカタログを準備していて、ページを開いて見せてくる。細くて白い指先が示しているのは、


「【鑑定】のスキル。必要ポイントは50。これがあるだけで、冒険はずいぶん楽になると思うよ?」


 にっこり笑いかけられる。それだけで、結論は出たようなものだった。

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