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07.黒鉱石

 迷宮に入って11時間後、レオとイルザはいつでも地上に戻れるように、1層にいた。探索可能な残り時間は、1時間。

 すでに採るべきものは採っていたのでのんびりしていても良かったのだが、ただ待機しているのでは退屈すぎる。相変わらずあちらこちらを動き回り、採掘や採取、魔物の討伐にいそしんでいた。

 採れば採るだけ自分のものになる、というのは、たとえそれが大した値のつかないものであっても、なかなか楽しい。


 そんな時だった。ふたりが、はじめて自分たち以外の冒険者に出会ったのは。

 先に怒声を聞いたのはレオだった。いぶかしんで声のするほうへ進んでいくと、どうやら二組の冒険者たちが言い争いをしているようだった。


「だから、これは俺たちが先に見つけたって言ってんだろうが!」

「先に見つけたなんて関係ないでしょ。あたしたちが先に手をつけたんだから」


 争いの種は、どうやら地面に埋まっている黒鉱石のようだった。レオたちも発見したものだが、たしかに1層ではレアな鉱物に属する。所有権を主張したい気持ちもわからないではなかった。

 先に見つけたと主張しているのは、二十代前半くらいの男性ふたり組で、それに反論しているのが女性ふたり組だった。ひとりは二十代中盤、もうひとりはまだ少女と言ってもいいくらいの様子で、ややもすればレオよりも年下にさえ見える。

 小柄で、目も覚めるような美しい顔立ちだった。


「レオ様。関わり合いに合うと面倒かもしれません。ここは」

「うん。でも、見て見ぬふりはできないよ。このまま続いたら、どっちかにけが人が出るかもしれない」

「……そう、おっしゃられると思っていました」


 1層にいる程度の冒険者であれば、仮に争いになったところで大事に至るとは思えない。イルザは肩をすくめて、レオのやりたいようにすればいい、と微笑した。


「あのー、ちょっといいですか?」


 過熱する言い争いに割って入る。レオたちが近づいていたことに今の今まで気づいていなかったのか、両者が驚いた顔でこちらを見た。

 ……そんなに争いに集中して、モンスターが現れたらどうするつもりだったのだろう、と頭の片隅で考える。


「なんだよ、部外者は引っ込んでろよ」

「そうよ、これはあたしたちの問題なんだから」


 先ほどまで激しくののしりあっていたのに、すぐさま同調してこちらを攻撃にかかる。そんなに息が合うなら喧嘩なんてしなければいいのに、と思いつつ、これは仲裁する側からすれば悪くない傾向だ。こうなると、かえって言葉が通じやすくなることを、レオは経験的に知っている。


「そうは言っても、あんまり騒がしくすると魔物も寄ってきますし、話し合いで解決できればそれに越したことはないですよね、ね?」


 人懐こい笑顔を浮かべて距離を詰めていく。笑顔で朗らかに話しかけられると、人間の警戒心は緩む。

 これも、王子時代に培ったテクニックだ。


「争いの原因になっているのは、その黒鉱石、ですか?」

「そうよ、あたしが先に手を付けたのに、あとから来たこいつらがそれは自分たちのものだって言い始めて」

「よく言うぜ、俺たちが見つけたものを、お前が横取りしようとしたんだろうが」


 管理局の定めたルールによれば、いかなる採掘物も、最初に手を付けた冒険者に所有権がある。それを鑑みれば女性のほうに分があるが、1層にいるような新米ホワイトだからこそ、ルールになじみがないのだろう。男性二人組には納得する気配がない。


「あたし、三か月もかけてようやく銅級ブロンズに上がれるチャンスなの。悪いけどこれは絶対に譲れないわ」

「俺たちだって何か月も2層をうろうろしてんだ、それがあれば銅級ブロンズに上がれる。いいから寄こせよ」


 一触即発、次の瞬間に互いが武器を抜いていてもおかしくない。レオはわざとらしく手を打って、自分の収納袋を開けた。


「おふたりとも、銅級ブロンズがかかってるんですね。それだったら」

「レオ様、それは」

「いいから」


 止めに入ったイルザを制して、先ほど採掘した黒鉱石を差し出す。


「これで、黒鉱石は二つです。ひとつずつ分け合う、ということでどうでしょう?」

「は?」

「でもこれ、アンタのじゃないの……?」

「いいんです、僕らはどうせまだ、滞在時間が足りなくて銅級ブロンズには上がれません。いますぐにこれが必要、というわけではないので」


 そもそも、青鉱石と赤鉱石に加えて銅の欠片を採掘してある。黒鉱石を譲っても、昇級の条件は満たしているのだ。

 しかし、何かの罠だと疑ったのか、単純に起きている出来事に頭がついていっていないのか、二組の冒険者は互いに牽制しあって、レオの差し出す黒鉱石に手を伸ばさない。

 悩んだ末にか、男性二人組みの片割れが、剣の柄に手をかけてレオに向き直った。その瞬間、レオにだけわかるほどわずかにイルザから殺気が放たれた。


「イルザ」

「しかし、レオ様」

「いいから」


 小声で制して、男性冒険者に向き直る。まっすぐに目を見つめられて、彼は眉を寄せた。


「わかんねえな。そんなことして、あんたの何の得がある? なにか企んでるとしか思えねえが」


 無言で女も同意を示す。思う壺にはまったようだったので、レオはにっこりと、極上の笑みを浮かべた。


「得ならあります。恩が売れます」

「……は?」

「黒鉱石はこの階層では貴重なものですが、もっと深部に行けばさほど珍しいものではないと聞きました。だったら、あなた方にお譲りして恩を売ったほうが、長い目で見た時には得になります」

「長い目って、あんた……」

「人に恩を売れるっていうのは、お金じゃ買えない大事な価値なんです。少なくとも、僕はそう信じています。出会いの縁と、小さな貸し。それに比べれば、黒鉱石なんて安いものです。それになにより、この瞬間は二倍ボーナスチャンスなんです」

「あ?」

「ふつう、ひとつのアイテムで恩を売れる相手は一組だけです。でも、このケースなら僕の持ち出しは黒鉱石ひとつ。それで、双方に恩が売れる。こんなに得なことなんてないですよね?」


 半分は詭弁だが、半分は本音だった。実際、そうしてレオはこれまで生きてきたし、その生き方が間違っていたとは思っていない。

 男が剣の柄から手を放し、気まずそうに女の顔を見る。女もなにやら態度を決めかねてもじもじしている。もちろん、イルザからはとっくに殺気が消えていた。

 ダメ押しがいるかな、と考えていると、急に、女が笑い出した。


「参った。あなた、面白い考え方するのね。気に入っちゃった。いいわ、今回は私が退く。私の分の黒鉱石はいらないわ」

「いや、そういうわけにはいかねえな。たしかに、この黒鉱石は姉ちゃんが先に手に入れたもんだし、こんなガキから施しを受けるのも癪に障る。今回は俺たちが退く」

「それじゃあ話がまとまらなくなっちゃいます。いいから受け取ってください、ね、僕を助けると思って」


 今度は譲り合いになってしまった。頑固な性格なのだろう。もはや黒鉱石の押し付け合いになっている。救いを求めてイルザを見ると、楽しそうに笑っていた。

 困ったな、とレオは思う。もうそんなに時間がない、こんな押し問答をしていたら間に合わなくなってしまう。


「レオ様、それより、あちらから」

「あ。あーあ、やっぱ来ちゃったか」


 振り返ると、数体のゴブリンが徒党を組んでこちらにやってくるところだった。これだけ大声で騒いでいれば当然のことだ。


「げ、ゴブリン。しかも4、5匹もいやがる!」

「ひとまず逃げましょう。――あ、ちょっと、君!」


 背後からかけられた女の声など一顧だにせず、レオはすらりとロングソードを抜き放つ。

 きん、と高い金属音が鳴ったと思うと、先頭のゴブリンが真っ二つに割れた。返す刀でもう一匹の首を飛ばす。一瞬、魔物が戸惑いを見せた隙に、イルザが放った炎が走り、3匹がまとめて灰になった。

 すべて合わせても、数秒に満たない。今日だけで、ずいぶん迷宮内での戦闘にも慣れた。魔石の回収を後に回して、レオは向き直る。


「さあ、話の続きをしましょう。僕の黒鉱石、受け取っていただけますよね?」


 にっこりと先ほどまでと変わらない笑顔を浮かべたはずなのだが、頬についた返り血が効いたのか、冒険者たちはひくりと頬を持ち上げて、


「ありがたく頂戴します」


 と、おとなしく引き下がってくれた。

 男二人組のほうがレオの黒鉱石を受け取り、挨拶をして去っていく。地面に埋まっているものは女が採掘することになったので、その間、魔物に襲われないように待機する。

 結果、脅したような形になってちょっと釈然としないものは残ったものの、無事に場を収められたので良しとする。倒したゴブリンから魔石を回収するのも忘れない。


「じゃあ、僕たちはもうそろそろ出ないといけない時間なので、ここで失礼しますね」

「時間って……君、12時間もぐってたってこと……?」

「? そうですが」

「……なんでこんなのが新米ホワイトに残ってるのよ。まあいいわ。あたしはアンゲラ。ソロでずっとやってる。また、縁があったら会いましょう」

「え、ソロ? だって、こっちに……」


 アンゲラとペアだと思っていた少女を探して首を振る。さっきまでたしかに近くに立っていたはずなのに、その姿がない。

 見間違いかと思ったが、それにしてはやけに鮮明な幻だった。美しい顔の造作、多すぎるほどの髪の毛で覆われた瞳の大きさまではっきりと覚えているのに。


「あれ、ど、どこに行ったんだろう?」

「レオ様? 私にも、最初からアンゲラさんはおひとりでいらっしゃったように見えておりましたが」

「なによ、気味悪いわね。とにかく、今回は助かったわ。必要ないと思うけど、あたしの力が必要になったら、また声をかけて」


 挨拶を残して去っていくアンゲラを見送って、今度こそ出口に足を向ける。幻の記憶に後ろ髪をひかれながら、外へと続く階段に足をかけた時、


(あ、ありがとう)


 鼓膜に直接響くような不思議な声を、レオはたしかに聞いたのだった。

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