72.金級上位
翌日は休息日に充てることにして、デリアとヴェラを伴って観光に出かけた。
大入口が発見されたのは一千年前。したがって、ハインスボーンには一千年の都市の歴史がある。大通りから外れたところにある旧市街地は、その多くが観光名所になっていた。
迷宮管理局の根拠地であるハインスボーンは、当然ながら財政も潤っている。街中には博物館や美術館も多く、一日やそこらで見て回れる広さではない。
一か月を観光だけに費やしたとしても、見るべきものはまだ残るだろう。
月に三日程度を、五人で外出する日と定めることにした。もちろん、レオたちが迷宮に潜っている間、デリアとヴェラには適宜、休暇を取ってもらっている。
城ならばともかく、多少広い程度の一個人の邸宅の手入れなど、デリアとヴェラの手際をもってすれば、毎日欠かさずやらずとも十分なのだ。
しかし、最近の二人はガーデニングにもこっているようで、せっかくの休暇も土いじりや庭作りに没頭してしまっているらしい。迷宮から帰ってくるたびに草花が増えていて目を楽しませてくれるのは結構なのだが、その手間を考えると二人の健康が心配になってしまう。
「そんなの気にしねーでください。あたしらが好きでやってることなんで」
「ご本を読んで、種を買い求めて、配置を決めて、並べていくのです。ガーデニングは本当に奥が深くて、時間がいくらあっても足りないくらいですわ」
「それが楽しいんだよなー」
「ええ、本当に」
本人たちはこの調子なので、レオも気にしないことにする。
庭は広い。二人は観光のさなかにも、あの区画にはあれを植えたらどうだの、今度こういう棚を作ろうだのと計画に余念がない。楽しんでいるならば、それに越したことはないだろう
たまの休息は、日々にメリハリを生む。十分にリフレッシュできたので、レオたちは翌日から予定通りに迷宮に潜ることにした。
* * *
アイテムを潤沢に使ったとしても、44層以下の攻略には時間がかかった。苦戦することはないにしても、エンカウントする魔物を一瞬で撃退できなくなってきたからだ。
とにかく体力に秀で、耐性が厄介で、物理防御も魔抵も高い魔物が揃っている。なんとか弱点属性を探ってダメージを蓄積していかないことには、なかなかすんなり倒せない。
特にドラゴン系統と、ゴーレム系統の敵が手ごわい。前者は各種耐性に加えて攻撃手段が多彩で、気を抜くと頭からかみ砕かれかねない。後者は圧倒的な体力と防御力、そして信じがたいほどの剛力で攻めてくる。幸い、動きは機敏ではないので回避するのは苦ではないが、とにかく倒しきるのに時間と体力を奪われる。
それほどの大物相手ではなくとも、イルザの炎熱魔法で一掃だとか、出会い頭にリタが両断、とか、そういうことはできなくなった。したがって戦闘に時間がかかり、索敵や回復にも手間を割かねばならない。
おまけに、罠も多い。探索にかかる時間は、単純計算で三倍にも五倍にも膨らんだ。
良いこともある。新規に取得したスキルのバランスはバッチリだったようで、現状の構成でもだいたいの敵に対して効果的に対処できている。
もしも戦闘系のスキルを伸ばすにしても、新しいものを取得するよりは基礎スキルのレベルを上げる方が良いだろう。
「時間はかかるようになったけど、一回の戦闘で収穫できる魔石ポイントが増えているから、魔石回収の効率は落ちてないよね」
「これ以上、戦闘で楽をしようとする方がおそらく間違っているのでしょう。時間はかかるものの、命の危険を感じるような相手はいませんから」
「そうだねー。前より色んなことを試せるから、戦闘は楽しくなったよ。他にも試したい技とかコンビネーションがいっぱいあるから、しばらくはスキルに身体を慣らしていく期間ってことでいいんじゃないかな」
「賛成。僕も、もう少し武器の扱いに慣れておきたいし」
武器を新調、改良したことのみならず、一気に数多くのスキルを取得した。それを使いこなすためには実戦での経験を積み重ねる必要がある。結果、敵を倒すことだけではなく、自分の持つスキルの特性を把握するために戦闘をこなすことになった。それが、戦闘時間を長引かせる原因のひとつだった。
スキルは取得するだけでは半分ほどの意味しかない。効果的に組み合わせてこそ、なのだ。自分なりの戦闘スタイルを見つけることで、同じスキルが二倍にも三倍にも効力を発揮することになる。
「戦闘は技量よりも慣れ、慣れよりもアイディア」
「お、レオ様、いいこと言いますね。そうそう、アタシもそう思いますよ」
「だってこれ、昔リタから教わったことだからね」
「あれ、そうでしたっけ?」
大事なことは、いかなる時も創意工夫を怠らないこと。最善の一手を模索し続けること。戦闘とは常に創作だ、というのはリタの信念だ。
より良い技のつながり、組み合わせ、意表を突くような身体の使い方。そういうものを生み出し続けることの方が、筋力を増すよりも重要なのだ。誰にも真似できない、誰も見たことのない技の連なりを生み出せば、格上相手にだって十分以上に戦える。
スキルが増えて使える選択肢が増えれば増えるほど、リタのその箴言の意味が響いてくる。教師の言うことは聞いておくものだ。
そんな迷宮探索を、レオたちは安全第一、慣れ第二、で進めた。
ルーティンは崩さずに、一週間潜って一日休息。このペースがどうやら自分たちにはあっているらしい。
そのルーティンの三周目で、レオたちは50層にたどり着いた。たった6層を攻略するのに、二週間以上かかったことを考えると、金級上位、特に46層以降の手強さは明らかだ。
特に往生したのは黒一角獣と水晶人形で、前者は目で追いきれもしないスピードに、後者は種類の多すぎるデバフにそれぞれ苦しめられた。それだけに、魔石や素材には高値が付く。迷宮での苦労は釣り合いが取れるのがいい。
「さて、50層の階層試験、どうしようか?」
6日ほどかけて、50層の攻略を終えた。目の前には、階層試験の間に続く通路がある。
普通にエンカウントする敵でさえ、かなり強力になっているのだ。もちろん、初見で討伐までたどり着くのは無理だろう。
「今日、様子見していく? それとも次回にする?」
「ねえイルザー、補助アイテムってどれくらい残ってるの?」
「残っているのは二割程度ですね」
「二割か。さっき、かなり使っちゃったもんね」
黒一角獣とまともに渡り合おうと思ったら、常にスピードポーションを摂取し続けなければならない。明らかにこの階層においてはけた違いの俊敏性を誇る魔物だった。倒せたのはいいが、魔力もアイテムもずいぶん消費させられた。まだ出現確率はレアだというのが幸いだった。あのクラスの魔物がしょっちゅう出現すると、探索がまったく進まなくなってしまう。
「よし、決めた。今回は様子見も見送ろう」
ハンナの話では、50層で足踏みしている金級パーティが多い、ということだった。であれば当然、この先の魔物には用心してかかるべきだ。
様子見とはいえ、前回のミノタウロスのように、逃げ道を塞がれる危険もないわけではない。アイテムが心もとない状態で挑むべきではないだろう。
「賛成です。急がなければならない理由もありません。ポイントフラッグを立てておけば、すぐに戻ってこれることですし」
「さすがにアタシも賛成かなー。勇み足で自爆したらつまんないし」
イルザもリタも、50層に近づくにつれて通常出現するモンスターたちまでが手強くなってきていることを痛感しているのだろう。階層試験の魔物を甘く見ると、それが命に直結することを理解している。
迷宮が手強くなってきている、と言っていたハンナの顔を思い出す。いくら用心しても、しすぎるということはないだろう。
ポイントフラッグを作動させて、1層に戻る。50層の奥に挑むのは、万全の態勢を整えてからだ。




