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68.再戦

 ミノタウロス。

 広く世界に分布する、手ごわい魔物として知られる。亜種が多く、戦闘力や知性に著しい個体差がある。そのことがこの魔物の厄介さを助長している。


 同じミノタウロスでも、生育環境や天稟によって天地ほどの力の差があるのだ。共通しているのは斧を武器とする怪力の持ち主ということくらいで、たとえば身のこなしや頑丈さ、魔力量などにも共通点はない。

 階層試験に出てきたミノタウロスは、中でも特異な部類に入るだろう。あれだけ奇妙な耐性を身に着けている個体は多くないはずだ。濃密な魔力マナに満たされた迷宮という環境が生み出した、文字通りの怪異というわけだ。


 初戦では、後れをとった。が、今や恐れるに足りない。まずは新調した武具の具合を確かめる意味でも、レオ達はポイントをスキルに割り振る前にリベンジに挑むことにした。

 連日泊まり込んだせいで、もはや慣れっこになっている40層である。あっという間に階層試験の間に続く通路を抜けて、懐かしい広間に出た。


「お待たせ、牛面。約束通り、再戦に来たよ!」


 魔物にどれだけの知性があるかわからない。それでも、ミノタウロスはリタの挑発に、わずかに反応した。

 今回は奇襲はなかった。広間の中央に仁王立ちしている。遠目で見ても相当な迫力である。盛り上がった筋肉がこちらを威圧してくる。


「今回は前回のようにはいかないぞ」

「まずは、レオ様からお試しですね」


 集中して呼吸を整える。一瞬だけ瞑目し、魔力を柄に流し込むと、爆発的な量の水流が生み出された。しかし、それが怒涛を生むことはない。形なきものが凝り、やがて鋭い刀身となった。


「レオ様、それ、工房で見たやつよりずっと……」

「あそこで全力を出す必要はなかったからね」


 強度は水量に比例する。今回は全力で水を流しこんだ。そのせいで、すでに魔力が空に近い。長い探索に用いるなら、この八分程度に抑えないと危ないかもしれない。

 が、いまは眼前の敵を屠ることだけを考えればいい。温存の必要はない。


「ずいぶん薄い刃だけど大丈夫ですか? 砕けたりしない?」

「うん、わざとそう作ったんだ。今ならたぶん、斬れるだろうと思ったから」

「斬れる?」

「よし、いくぞ!」


 縮地で距離を詰める。並みの魔物であれば、その動きに反応することもできず、一瞬で斬り伏せられただろう。しかし、敵はミノタウロスである。

 咄嗟に距離を取りつつ、怪力無双の魔物は、巨大な斧を天に向かって振り上げた。ごう、と音を立てて風が舞い上がる。その爆風を貫いて、レオの青い刃が走った。


「……っ!」


 ミノタウロスが紙一重で刃圏を逃れる。レオはさらに一歩を踏み込んで、懐に潜ろうとする。体格差は二倍ではきかない。それでも、小さき者に恐れはない。

 しつこく追いすがってくるレオに、ミノタウロスの目はしっかり照準を合わせていた。みしり、とその上腕が盛り上がる。空気の振動があった。裂ぱくの咆哮とともに、人間の肉体など粉みじんに引き潰すほどの怪力が振るわれる。


 迫る斧。それはもはや、ひとつの隕石のようだった。触れれば死ぬだろう。それがわかっていて、レオはなお一歩を踏み込んだ。同時に、刃を振り上げる。


「ガアアアアアアアアアア!」

「――っやあ!」


 互いの全力を込めた鋼が接触する。それは、あまりに無謀な打ち合いだった。ミノタウロスの怪力は、人間の腕力で受け止められるものでは決してない。武器など関係ない。いかなるスキルをもってしても、人体が人体の構造を持つ以上、この一撃は止められない。

 この魔物と打ち合うのであれば、徹底した回避を前提にしなければならなかったのだ。止めることのできない暴力は、いなすしかない。レオの新たな刃を持ってしても、力比べには勝ち目がない。


 だからこそ。

 レオの判断は正解だった。


「ア、アア!?」


 するりと、空間に青い線が走る。鋼は接触したが、打ち合わない。水中に糸を通すように、細い鋼は空間を引き裂いた。なんの抵抗もない。力をぶつけ合う必要はない。力を比べる必要はない。いかなる怪力をも跳ね返す一撃というのならば、解決策は簡単だ。

 そんなもの、斬ってしまえばいい・・・・・・・・


 がらん、と斧の半分が地面に落ちる。

 小山のようなミノタウロスと、華奢なレオとの最初で最後の打ち合いは、レオに軍配が上がる。いや、それは打ち合いではなかった。荒々しい岩石をそのまま研いだようなミノタウロスの斧は、レオの剣によって絹を割くように両断されてしまったからだ。


 そのままレオの剣はミノタウロスの顔面を襲った。属性は水。その肉体は、打撃と四大属性について、一つずつの耐性を持つ。いかなる剣をもってしても、鋼鉄の肌を傷つけることは叶わない。

 そう理解していてなお、ミノタウロスは顔をのけぞらせて、斬撃を回避することを選んだ。獣としての本能だろう。空間を裂いて走る刃は、怪異の右目を斜めに斬って空転した。直撃したとしても、命には届かない刃だった。


 それでも、獣は慄いた。


「ギャアアアアアア!」


 剛腕を薙ぐ。当たれば即死だ。新しい鎧など関係がない。内臓をまとめて破裂させるほどの一撃。

 攻撃態勢にあったレオは、ぎりぎりのところで回避に移った。足の筋肉が限界まで膨張する。けり出したつま先でミノタウロスの腹を押して、紙一重で離脱した。


「あ、危なかった……。かすってたらまずかった」


 冷や汗が背中を伝っていく。一瞬の交錯で、何度死の淵を覗いたかわからない。やはり、図に乗るべきではないなと己を戒めるレオの横で、イルザとリタが驚愕の表情を浮かべていた。


「い、いま、いまのは、お、斧ごと斬った、ということですか……?」

「すっごい斬れ味。さ、さすがに牛さんに同情しちゃうな……。武器を斬られるなんて、誰も想像しないじゃん」

「そうか、だから刃をあんなに薄く形成したのですね。初めから打ち合うのではなく、武器ごと斬るつもりだったから……」


 武器を斬る。

 発想としては、そんなに奇妙なことでもないはずだ。しかし、おそらくできるだろう、と思っていたのはレオだけだったらしい。


「どうしてそんなこと思いつくかなあ、レオ様」

「そう? だって、一流の鍛冶師が打った鋼ならまだしも、あのミノタウロスが持ってた斧って岩石を削り出した程度のものでしょ。重いけど、用途は斬るよりも押しつぶす方だ。だったら、原理的には岩を斬るのと変わらないはずじゃん」

「普通、鋼で岩って斬れないけど……」

「でも、この剣なら斬れる」


 にこりと告げると、話すだけ無駄だと言わんばかりに、リタはため息をついてしまった。どうもあきれられてしまったらしい。


「ま、でももう、これで格付けは済んだも同然ですね。アタシも加わっていいかな?」

「もちろん。イルザ、バックアップを頼むよ」

「承知しました」


 言うが早いか、火球と氷弾がミノタウロスに殺到する。明らかに、前回戦った時よりも威力が上がっていた。


「ローブと指輪の力でしょうか。魔力のコントロールがいつもより格段に楽です」


 言いながら、笑っている。今度はアタシの番、とリタが駆けだす。右手に風、左に雷をまとっての突進だ。イルザの炎と氷を合わせると、四属性の乱れ打ちになる。

 もはや、ミノタウロスの耐性などなんの効力も持たなかった。リタの双剣が確実にダメージを与えていく。身のこなしはレオよりはるかに上だ。暴風と表現するべきミノタウロスの連撃を、鼻歌でも歌い出しそうな余裕でかわし続けては新たな傷を敵に与えている。


「ゴオオオオオオオオオオ!」


 危機感を募らせたミノタウロスが、憤怒の表情をむき出しにして声を上げた。声それ自体に質量があるかのような迫力だった。鼓膜がびりびりと震える。三半規管に異常が生じる。リタがわずかにバランスを崩したところを、渾身の一撃が襲った。


「アタシばっかり気にしちゃって、バッカだなあ」


 そのリタの微笑みを視界に納めた時、ミノタウロスの命は尽きた。


「とどめは、主役が刺すに決まってるじゃん」


 音さえしなかった。縮地でミノタウロスの頭上に現れたレオの振るった一撃が、輝くような軌跡を曳いた。

 一秒ののち、一抱えもありそうな頭部が、ごとり、と落ちた。


 ミノタウロスの、それが最期だった。

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