66.レオの剣
翌日から、レオたちはまた迷宮に潜った。
ミノタウロスとの再戦は、新たな装備が整ってからと決めた。それまでは40層付近で魔石と戦利品を稼ぎ続ける。すべての迷宮冒険者が同意してくれるに違いないことだが、とにかく魔石ポイントというのはいくらあっても足りることがない。
あくまで稼ぎが目的だから、せっかく購入したが、消耗アイテムは使用しないことにする。それでも、恒常的に使用できる探索アイテムや寝具のおかげで、探索の快適さはこれまでとは比べ物にならない。
「もっと早く買ってればよかったですね」
「そうすると、スキルに割り振るポイントが足りなかったから、戦闘がこんなに楽じゃなかったかもしれないね」
「あ、そっか。じゃあ結果オーライ?」
「そういうことにしておこう。後悔しても、何にもならないから」
大切なのは、これからのことだ。
当たり前だが、リタは代用品の双剣にずいぶん苦労していた。曰く、これまで自分がどれだけ武器に助けられていた未熟者だったかよくわかった、だそうだ。己の現在地を知った。これもまた、明日への糧になるだろう。
リタの戦闘力の減退は痛手だったが、フラーク兄弟に教えてもらったおかげで、出現する魔物の特性を把握できているのは大きい。さらにレオの成長も込みで考えると、稼ぎの効率は覚悟していたほどは落ちなかった。
水魔法を習得したおかげで、川を見つけずとも水浴びができるようになったのも収穫だった。もっとも、迷宮内河川の数は決して少なくない。これまでもキャンプは水辺で張ることにしていたから、こちらの恩恵はさほどではない。
一週間を探索にあてて、間に休息を一日挟む。そういうペースで落ち着かせることにした。休息日にはデリアとヴェラを連れて、ハインスボーンの観光地をめぐることにした。緊張と緩和。日々は穏やかに過ぎていく。
二週間後にはリタの双剣と鎧が返ってきた。鎧はぴかぴかに輝いて美しく、属性を宿した双剣はわずかに鋼が色を持った。
「右が風、左が雷属性だ。お嬢ちゃんの魔力だと、追加ダメージはほとんど期待できないが、弱点属性のやつにはよく効くようになってるはずだ。属性剣技のスキルを習得すれば、特に風はいろいろ便利になるはずだから、今後の参考にしてくれや」
引き取った時に、鍛冶師がそうアドバイスしてくれた。同時にレオの柄の進捗を聞くと、不敵に笑って「せいぜい出来上がりを楽しみにしていろ」と言われた。否が応でも期待が高まる。
「属性剣技かー。考えてもいいかもね。たぶん、スキルロールであたしの双剣技のレベルを上げようと思ったら、ものすごいポイントが必要になるし、下手したらロールのストックがないかもしれないでしょ。次からのポイントの振り先は考えどころだよね」
たしかに、レオにしろイルザにしろリタにしろ、基本的なスキルはそろそろ限界近くまで育っている。ここからより少ないポイントで効果を得ようと思ったら、自分なりの戦闘スタイルに合わせた特化が必要になってくるだろう。
そのためには、もちろん武器との相性が大事になる。身体能力に特に優れるリタの唯一の弱点は、ほとんど魔力の貯蔵量がないことだ。物理抵抗が高い敵が相手だと、いきなり打つ手がなくなってしまう。属性剣技を覚えれば、それをカバーすることもできるだろう。
ともあれ、まずは試し斬りを兼ねて、と迷宮に再び潜る。久しぶりに愛剣を振るえるのがよほどうれしかったのか、この探索ではリタが異常な働きをしてくれた。
いくつか、見たことのないレアな鉱石も発見できたので、次の休息日にはモルガーヌのところへ持って行って見てもらった。使える素材を数個見繕って、それぞれに加工してもらうことを約束する。時間はあまりかからないということで、来週、防具と一緒に引き渡してくれるという。
最後の一週間は気合を入れて探索を続けた。スキルセットの見直しは、防具や装飾品、新たな剣を手に入れてからにしようと考えていたので、この三週間あまり、一切の支出がない。保有する魔石ポイントはこの時点ですでに600万に近かった。
目標を800万に定めて、とにかく魔物を狩り続ける。アイテムの使い方の習熟も進み、カリスマで手に入れたスキルへの理解も深くなってきている。無理な数字ではないはずだった。
一週間で、おおよその目標は達成した。戦利品は片っ端から売り払ったので、無駄遣いさえしなければ一生暮らしていくのに困らないのでは、というほどの量の金貨がたまった。さすがに金級冒険者、といったところか。ただ、普段はさほど市場に出回らないはずの素材をレオ達が一気に売り払ったせいで、一部の魔物の素材が値崩れを起こしたとも聞いた。
「さて、じゃあ引き取りに行こうか」
「はい!」
もちろん、武具のことである。ルーティンを組んで日々を過ごすと、張り合いがありすぎて時がたつのは一瞬だ。意気揚々と、まずはレオの剣を引き取りに行く。
「おお、待ってたぜ。ちゃんとできてる。おかげ様で、自信作ができたよ。そら」
包みを解いて、その場で渡してくれる。それは、数十センチほどの、ただの円筒だった。見た目にも美しく、これが武器であるとひと目で見破れるものはいないだろう。
色合いは、素材のままに青である。場所によって濃淡があり、吸い込まれそうな味わいがある。光の当たり具合によって水が波打つように紋様が変化する。まるで生きているようだ、とレオは思った。
「きれい……真っ青な柄……」
「素晴らしい輝きですね……」
「なんか、ずっと見ていたくなるね」
リタとイルザがのぞき込む。磨き抜かれた合成物質は、二人の顔を写すほどだ。
武器、と呼ぶには、それはあまりにも美しかった。装飾に優れ、大海の青を称えて深い。握ってみると、不思議なぬくもりがあった。ぴったりと手のひらに吸い付くようだ。生まれた時から握っていたような安心感がある。
レオの武器だった。この世界でただ一人、レオのために打たれた、武器。
「どうだ、握り心地は」
「すごい……これを持って生まれてきたような気さえします……」
はは、と鍛冶屋は笑った。実際、彼にとっても会心の仕事だったのだろう。何事かをやり遂げたものだけが浮かべる、達成感に満ち溢れた微笑みだ。
「そういってもらえると、鍛冶師冥利に尽きるな。専用の武器ってのは、多かれ少なかれ、そんなもんさ。プロテクトはかけてないから誰でも使えるが、特にお前さんの魔力に反応するようには仕込んである。他の誰が使うより、真の持ち主が振るった時に真価を発揮するってわけだ」
「………」
レオは、呆然として言葉もない。
「見とれてくれるのはうれしいが、ここでちょっとテストをしていった方がいい。何しろ用途が特殊な武器だ。万が一にもしくじりはねえと思うが、迷宮で誤作動なんか起こしたら目も当てられねえ。人払いは済んでいる、お前さんの特殊なスキルが人目に触れることはないから安心してくれ」
「は、はい」
「柄を握って、まずは水魔法を柄から出すように放ってみろ」
「それだと、店が水浸しに……」
「ならんよ。柄を起点に発動した水魔法は、周囲に飛ばずにむしろ収束するように設計してある。十分な量の水がたまったら、それで刀身が形成される。形状は自在だが、完全な想像で物を再現するのは難しい。まずはそのブロードソードと同じ形状をイメージしてみろ」
「はい!」
ぐっと構えて、柄に魔力を通わせる。ぼう、と柄が発光したかと思うと、その先から水が膨らんだ。そこに見えない球体があるかのように、波打ってあふれる。
「刃をイメージしろ。水を支配して、刀身に押し込めるんだ」
「はい!」
ぐるん、と水が回って、やがてまっすぐに伸びた。水流のわななきが、わずかの時間を待って収まっていく。やがてそこに、剣ができた。しかもそれは、水や魔力で形成されたとは到底思えない、物質の体を成している。
その様子をじっと見守っていたイルザとリタの口から、感嘆の息が漏れる。
「青い……刃」
「吸い込まれそうなくらい、深い青……」
刀身を掲げ、明り取りの窓から漏れてくる陽光に照らす。刃は光を弾くことなく、そのぬくもりを内部に閉じ込めた。
「これが……僕の剣……」




