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05.第1層

 楽勝だった。


 はじめての迷宮探索で緊張していたのも、最初のゴブリンとの遭遇までだった。相手の力量を測る目的で打ち込んだ最初の一撃で仕留められてしまったところで、ようやくレオは自分の力量を知った。


 どうも、1層や2層程度の魔物は、敵にもならないらしい。


「レオ様は日々の修練に励んでいただけでなく、騎士団に同道されて実戦の経験もありますから」


 そう言われると、追い出されてしまったとはいえ、故国での研鑽が無駄にはなっていないと実感されてうれしくなる。


「イルザ、なんだか思ってたより、迷宮も怖くなさそうだね」

「だからそう言っているじゃありませんか、レオ様。ひとまず今日のところは2層へ降りて、迷宮に慣れておきましょう。12時間ぎりぎりまで潜って、ゴブリンとコボルトの魔石を集められるだけ集めるのが良いかと思います」


 イルザは冷静にしゃべりながら、杖から放った火球でコボルトを焼き殺している。なかなか壮絶な光景ではあるが、実力で言えば当然なのだろう。

 なにしろイルザは魔法学院の首席だ。経歴を考えれば騎士団に主力候補で迎え入れられてもおかしくない。


「よし、じゃあ魔石を回収しよう」


 魔物の体内には、魔石と言われる魔力の結晶がある。レオはゴブリンの、イルザはコボルトの魔石を切り出し、収納袋に詰める。


 収納袋はライセンス支給時に管理局内で買った、というか、売りつけられたものだ。

 特殊な魔法糸で編まれたもので、ここに魔力を通すと実体積の数倍から数十倍、数百倍のモノを詰め込めるようになる。

 収納量は通わせる魔力量によって変動する。ふだんは懐に収まるくらいの巾着サイズにして持ち運ぶのが一般的だ。


 地下数十層にも進むような冒険者なら、ここに詰め込んだ物資と資源だけで数か月は迷宮に潜っていられるのだという。

 収納袋とライセンスは、迷宮冒険者の必需品と言われるだけのことはある。

 なかなかの優れモノであることに疑問の余地はない。しかし、それにしても値段は張った。おかげで懐が寒い。


「武器や防具のドロップはなし、か」


 この程度の雑魚モンスターだと、武器やアイテムの類は回収できないことが多い。事前に教えられた情報通りだ。

 魔石は売れば金になるが、ゴブリンやコボルトのものだと、ろくな値が付かない。


「でもまあ、塵も積もればっていうし、どうせ3層には進めないんだし、時間いっぱい、頑張ろうか」

「ええ、そうしましょう。あ、でも、討伐だけじゃなく、採掘や採集のほうも試してみたいですね」

「あ、たしかに。じゃあ、資源がありそうな場所を探してみようか」

「はい。じゃあ、レオ様、手を」

「え?」


 振り返ると、イルザがすごくいい笑顔で片手を差し出していた。


「手?」

「そうです。暗いですし、はぐれたら困りますから、手をつなぎましょう。固く、ぎゅっと。そう、二度と離れないように。さあ。さあ!」

「イルザ、ちょっと、ちょっと待って! こんな場所で手なんか繋いだら、かえって危ないよ。いつ魔物が襲ってくるかわからないし、バランスも崩すかもしれない。こまめに声をかけあって進んだほうがいいと思うけど」

「……はい、その通りです。いまのはレオ様を試しただけです、合格です、さあ進みましょう」


 合格だというならそんな不機嫌そうな声を出さないでほしい、と思いつつ、レオはさらに迷宮の奥に足を踏み出す。

 迷宮は暗く、湿っている。イルザの紅の杖ルビー・ロッドをたいまつ代わりにして進んでいく。

 狭い通路もあれば開けた広場もある。泉の湧く袋小路もあれば、壁面に生えるきのこもある。


「このきのこ、一応、採っておこうか。たぶん、アカタケだと思うんだけど」

「そうしましょう。高価なものではありませんが、栄養価は高いものです。万が一の際の非常食にもなります」

「おいしいの?」

「期待するだけ損、だそうです」

「了解」


 がりがりとロングソードで岩目をえぐってきのこを採取する。三本採れたので、これも収納袋に。


 途中で見つけた泉の場所はキャンプに使うこともあるので、マップにポイントしておく。

 このマップも管理局で手に入れたもので、魔力を通しておけば、通った道をあぶりだしのようにオートマッピングしてくれる。


 迷宮管理局は、こういう迷宮探索に役立つ独自の商品を多く扱っている。

 適正な報酬を準備すれば、他にもいろいろな道具を売ってもらえるらしい。


 もっとも、だいたいのアイテムは動力を魔力に頼ることになるので、扱うには相応の魔力量が必要になる。初心者が扱えるのはマップと収納袋がせいぜいだという話だ。

 その点、イルザがいれば、そうそう魔力切れになることはないので、レオは心安かった。


「あれ、イルザ。あそこ、ちょっと光ってない?」


 しばらく歩くと、先の地面がわずかな燐光を蓄えているように見えた。

 鉱石だ。


「本当ですね。採掘してみましょうか」

「でも、そういえば岩を掘るための道具って買ってなかったよね?」

「1層や2層の壁や地面程度であれば、ロングソードで十分に掘れるということでしたよ」

「あ、そうなんだ」


 試しにロングソードを地面にたたきつけてみると、手にわすかなしびれが走り、同時に岩が砕けた。

 露出した岩肌から、青い石がのぞいている。


「やっぱり、青鉱石だ」


 こちらも高い値はつかない。家のタイルなどに使われる、加工しやすい石だ。もろいので、武具に使用されることはほとんどない。熟練の冒険者なら収納袋のスペースを節約するために、あえて拾いもしない程度の鉱石だ。


 とはいえ、せっかく見つけたものだし、昇級の条件達成にもつながる。今のレオにとっては十分な品物だ。

 ごろごろっと出てきた鉱石を収納袋に入れる。


「レオ様」

「なに?」

「あちらを」


 促されて視線をやると、先の通路からぬっとゴブリンが姿を現した。


「あ、そっか。大きい音を立てたから。鉱石の採掘中は危険だって言ってたね」

「でも、どうせ狩らないといけないんですから、好都合ですね」

「今のうちはね」


 ギャギャ、と声を上げて襲ってきたゴブリンが、レオの間合いに入ると同時に両断された。

 抜かりなく魔石を採取して、アイテム袋に。


「今、収納袋に入ったのが、ゴブリンの魔石×2、コボルトの魔石、アカタケ、青鉱石か。潜ってどれくらい?」

「まだ三十分ほどですから、まずまずの出だしなのではないでしょうか」

「うーん、どれもこれも高いものじゃないんだけど……」


 収納袋を腰に括り付けて、ぐっと拳を握る。頬に手をやって、うん、とレオはうなずいた。


「レオ様、どうされました?」

「なんか、うれしいなって」


 レオは、笑った。自分でも意識しないうちに漏れた、屈託のない笑みだった。


「迷宮に来たなあ、冒険者になったなあって感じがするよね。イルザ、これから一緒に頑張っていこうね」

「……っ」

「イルザ? どうしたの?」

「なんでもありません。大丈夫です、あまりの尊さに一瞬死にかけただけですので」

「死!? それかなり深刻だよね!?」

「大丈夫です。ある意味で平常運転ですので」


 死にかけるのが平常運転ってどういうことなんだよ、と漏らしながら、レオはまたにやけてくる頬をおさえられない。


「じゃあ、当面は2層への階段を探しながら、魔物狩りと鉱石採掘と植物採取でいいね。どんどんやってこー!」

「おー!」


 洞窟内に場違いに明るい声を響かせて、ふたりの迷宮探索は続く。


*  *  *


 六時間後。

 2層に降りる階段を見つけた頃には、袋の中にはかなりの資源が詰め込まれていた。見つけた泉で適宜休憩を挟んでいたせいで、肉体的な疲れもほとんどない。


「2層に行く前に、戦利品の確認をしておこうか」


【現在の持ち物】

ゴブリンの魔石×12、コボルトの魔石×9、青鉱石×5、黒鉱石、アカタケ×4、オオガサタケ、ゴブリンソード


「この中だと、ゴブリンソードがちょっと高く売れる?」


 先ほど出くわした、ちょっとだけ手ごわいゴブリンが持っていたのだ。ゴブリンの骨を削りだして作られる剣で、見た目はよくないけど、軽さと強度がちょうどいいからと、愛用する冒険者も少なくない。


「そうですね、銀貨1枚くらいにはなるかもしれません。それより、おそらく黒鉱石が高くて、こちらは相場だと銀貨2枚といったところでしょうか。武器用の鋼に加工できる鉱石です」

「あ、黒鉱石ってそんなに高いんだ。この階層で採れるのはレアなのかな」

「そうかもしれません。どうしますか、この辺で一度引き返しましょうか? 時間もちょうど半分ですし」

「うーん。イルザは疲れてる?」

「私はレオ様が隣にいらっしゃる限り、いつでも元気です。何回戦でもできます」

「じゃあ、2層に進もうか」


 何回戦、の意味はまったくわからなかったものの、レオは朗らかに言って、2層に続く階段に足をかけた。

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