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56.第36層

 迷宮管理局では、ひたすらに魔石ポイントをスキルに振り続けてきたレオたちである。よく考えると、交換したアイテムは【たいまつの宝玉】や【夢幻のフライパン】など、本当に最低限のものばかりだった。

 そのほか、状態異常対策の消費アイテムを余ったポイントで買うことはあったが、数万とか数十万という値のつくものは最初から無視していた。


「装備品だけでいうと、銅級ブロンズの、しかも下位って感じだよな」


 35層に踏み入った時、フラーク兄弟があきれたようにそう言った。


「えへへ、ひたすら潜っていたので、情報収集を怠ってました……。便利そうなアイテムをいっぱいお持ちみたいなので、地上に帰ったらレクチャーしてください」

「それは構わないけど……しかし、本当に参ったな。どうしてそんな装備で金級ゴールドにまで上がれたんだ?」


 どうして、と言われても困る。愚直に階段を下り続けたらいつの間にかここにいた、というだけの話だ。


「さっきからの戦闘の腕を見ていると、まあそれも不思議じゃないんだけどな……。魔物の弱点も知らずに力押しとか、末恐ろしいよ」

「なんだかお恥ずかしい限りです」


 フラーク兄弟は探索のために様々なアイテムを駆使していた。階段のある方角を示してくれるコンパスや、まだ歩いていない周辺の道情報が自動的に書き写される地図などだ。地図の方は消耗品だということだったのだが、惜しげもなく使ってくれた。

 これらのアイテムと、ウドの持つ探索系のスキルを効率的に併用して、彼らはこれまで探索活動を行っていたという。


 レオたちのように、稼いだ魔石ポイントのほとんどすべてを、そのままスキルに換えて蓄積できるケースは稀、ということだ。普通は迷宮を攻略するための消耗アイテムを大量に購入することになる。そうして手にしたアイテムを駆使して、また迷宮内を探索する。

 迷宮探索にも、本来であれば収支という概念があるのだ。消耗アイテムを購入する、という選択肢を持たなかったので、そんなことは考えたこともなかった。


 しかしそれだけに、アイテムの効果は絶大だった。


「いつもこんなに早く階段を見つけられるんですか?」

「まさか。今回は君たちが魔物を倒してくれているからな、特別だよ。俺たち二人だと、ワイバーンを倒すのだって一苦労なんだ。罠を仕掛けて毒や麻痺状態にして、十分に弱らせてからじゃないと倒せない。一匹倒すのに五時間くらいかかることだってある」


 リアクションに困って、レオは沈黙した。そのワイバーンを、先ほどレオとリタは出会いがしらに斬り捨てていた。


「手を組もうって誘って正解だった。実は戦闘の腕で劣る俺たちに役割があるか不安だったが、今の君たち相手なら、俺たちにも役に立てることがたくさんあるってわかったからな。持ちつ持たれつ、この調子でやっていこう」

「はい、よろしくお願いします!」


 その後も探索は順調に進んだ。8時間後に35層の攻略を終え、36層へ続く階段を下った。

 階段を出たところにちょうどいい小川が流れていたので、流れを追って下流に向かう。間もなく手ごろな袋小路に出た。時間的にも体力的にもちょうどよかったので、そこで初日のキャンプを張ることにした。


 キャンプの手際についても、フラーク兄弟はさすがだった。手早く通路に罠と警報をしかけ、簡易ベッドを組み立てる。火を起こして、ワイバーンの肉で食事をとると、交代で見張りを立てて眠る準備に移る。段取りに一切の無駄がない。

 ベッドを迷宮に持ち込む、などという発想は、当然レオにはなかった。二人組だから、キャンプの用意はより入念にしなきゃいけないんだ、とトビアスは言う。もちろん、今回は5人だからいつもよりは格段に楽なんだけどな、と。


 ベッドなどというかさばるものをわざわざ持ち込む理由は、レオたちにももうわかっていた。迷宮冒険者にとって、睡眠の質は、部外者が考えているよりもはるかに重要なファクターなのだ。

 短時間で良質の睡眠をとれるのであれば、その効能は計り知れない。特に、フラーク兄弟のように二人組のパーティであればなおさらだ。真似をして今度寝具を整えよう、とひそかに誓うレオであった。


 最後に眠りを取ったのがレオだったので、最後に目を覚ますのもレオになった。寝ぼけ眼をこすっていると、かぐわしい匂いが備考をくすぐった。何だろうと思う間もなく、ウドに木のカップを差し出される。

 中には黒々とした液体が入っていた。


「これ、コーヒーですか?」

「ベッドと違って、こっちは完全な贅沢品なんだけどね、俺も兄貴もコーヒーには目がなくて」

「ありがとうございます、いただきます」


 わざわざ淹れるために持ってきたのだという。普通、外から持ち込んだ食材は迷宮内の魔力マナにやられてダメになってしまうのだが、少量であれば管理局で売っている容器に入れることで持ち込めるのだそうだ。それもまた、初耳の情報だった。

 容量が小さいので、持ち込めるのはせいぜい粉末調味料などで、食材、とも言えない。兄弟は小川を汲んで湯を沸かし、フィルターで上手にドリップするのを趣味にしているらしい。


 迷宮で飲むコーヒーは、外で味わうよりもいっそう美味に思えた。過度な緊張がほどけていく。これもまた、迷宮内で心身を健康に保つためのコツなのだろう。ウドはああ言ったが、決して無駄な贅沢というわけではない。

 キャンプの跡を始末して、腰を上げる。36層に入ると、そろそろ目当ての黄金雷石が発掘できてもおかしくない。レオの武器の柄素材にしようと目論んでいる魔鋼青晶と龍水石も、このあたりなら採れる可能性が高い。


「よし、36層からは攻略だけじゃなくて、採掘も同時にしっかりやっていこう。レオ君たちは、きっとこの石含細棒も知らないんだよな?」


 そう言ってトビアスが見せてくれたのは、鉛筆ほどの棒の先に、たんぽぽの綿毛を付けたような奇妙な形状のアイテムだった。


「これはな、迷宮内でレアな鉱石が近くにあると、その微弱な魔素に反応して色が変わるっていうアイテムだ。消耗品だし、方角までは教えてくれないから、必ずしも使い勝手がいいわけじゃないが、ないよりははるかに採掘が楽になる」

「すごい便利なアイテムですね、これ一本でいくらなんでしょう?」

「1万ポイントだな」

「え、高い!」

銀級シルバーの階層あたりで使うならそうだろうな。けれど、このあたりの階層になれば、レアな鉱石はそれだけで結構な高値で売れるし、上質な武器の材料にもなる。それを考えれば、1万ポイントは妥当どころかちょっと安いくらいだと思うよ」

「はー、そうなんですね。そうか、使用する階層によってアイテムの重要度や相対的な価値は変わるのか……」


 知らないことだらけのレオである。

 黄金雷石と魔鋼青晶と龍水石の確保がまず第一の目的であることを確認して、再び探索をはじめる。36層からは少し魔物の種類や迷宮内植物の植生も変わったようで、勝手をつかむのに時間がかかった。

 特に手ごわかったのがストーンボールという魔物で、見た目は完全な岩石だ。一抱えほどもあるそれが、文字通りボールのように高速で飛んでくる。回避に失敗すれば全身の骨を粉々に砕くだろう速度と質量だ。


 しかも、元が岩石なので、やたらと魔抵が高い。特に炎系の魔法には耐性があるようで、命中を優先して威力を抑えた状態では、イルザの炎熱魔法ですら倒しきることができない。リタの双剣でも両断することはできず、わずかに削ることしかできなかった。

 ただでさえ面倒なそのストーンボールが、群れで出現した。まったくついてない。


 結局、それなりの長期戦をやって、レオとリタで仕留めることになった。怪我はなかったが、一撃も喰らえないという緊張感のせいで、やたらと気疲れした。


 が、苦労に見合った収穫はあった。これまで後方支援に徹していたフラーク兄弟が、やむを得ず戦闘に参加してくれたからだ。二人は熟練の冒険者であるから、当然レオ達の習得していないスキルを数多く使いこなす。

 盗んでいるようで気が引けたが、共闘する以上、動きを目に納めないわけにはいかない。否応なしに、二人のスキルをレオは記憶することになった。


 戦闘が長引けば長引くほど、フラーク兄弟が披露するスキルは増えていく。

 この探索が終わるころ、自分のスキル構成が見違えるほどのものになるだろうことを、レオはわずかな後ろめたさとともに予感していた。

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