55.第34層
正午。
大入口に赴くと、約束通りフラーク兄弟が待っていた。
「やあ。昨日は見苦しいところを見せたな。一日待たせて悪かった」
「おかげ様でいい休日を過ごせました、むしろお礼を言いたいくらいです。昨日がお休みにならなかったら、大事なことにも気づけないままでした」
「そうかい? なんのことかわからないけど、結果、迷惑がかかっていないのならよかった」
年長者らしく微笑んで、トビアスが大入口の下り階段に足をかける。
「君たちのポイントフラッグは何層に立ててある?」
「34層です、最初のアタックで潜れたのがそこまでだったので」
「最初のアタックで34層、か。迷宮内キャンプは何泊?」
「三泊四日です」
「さすがだねえ」
深いため息をついている。決して嫌味な感じはしないけれど、諦念のようなものが滲んでいた。
「俺たちが34層までたどり着くには二週間はかかったよ。探索というより、魔物に往生してね。それが、たった三泊で、とはな。格の違いを見せつけられた気分だ」
言葉面に比して、ウドの顔は晴れやかだった。
「ひがんでるわけじゃないぜ。純粋に感嘆してるんだ。そして、うれしいとも思ってる」
「うれしい、ですか?」
「ナックラヴィーの一件があるまでは、俺たちだっていつかは迷宮冒険者の頂点に立つんだって気持ちを持ってた。でも、月欠けの夜や君たちに出会って、考え方が少し変わったよ」
第一層への入り口に足を踏み入れる。あたりはひんやりと、迷宮の大気だ。
「必ずしも、頂点にならなくていい。それは、選ばれた人間だけが挑める領域だ。最強を目指すだけが冒険者じゃない、そうだろ?」
「はい、そう思います」
「そのことに気づいたら気が楽になってさ、これまでよりもずっと、周りの成功を喜べるようになった。誰かのために力を尽くしたいなって思えるようになった。呪いの件は本当にきつかったけど、そのことに気づけただけで、あの経験には意味があった」
もちろん、割り切るのは難しいけどさ、とウドは恥ずかしそうに笑った。でも、そうとでも思わないとやってられないから、と。
どうであれ、あれだけの悲劇を、そうやって腹に収めようとしている男たちの姿は、レオにはとてもまぶしく映った。
「お二人は、強いんですね」
「強くないから強くないなりに生きていこうって話をしてたつもりなんだけどな?」
笑い話にされてしまう。その貫禄に、イルザが少し笑った。
「とても素敵な考え方だと思います。実際、そういうあなた方に、我々は助けていただいています」
「ありがとう、イルザさんのお墨付きをもらえると、自信が湧くよ。さあ、じゃあポイントフラッグを作動させてくれ」
「え、僕たちのポイントフラッグでいいんですか?」
先ほどの口ぶりからすれば、フラーク兄弟のポイントフラッグはより下層に立ててあるはずだ。そちらを起動した方が、ショートカットにはなるはずだが。
「これが、手を組んで迷宮を攻略するときの条件のひとつでね。ポイントフラッグは、より上層に近いところに立ててあるパーティのものを作動させないといけないんだ」
「いくら手を組んでいるとはいえ、いきなり実力に見合わない下層に飛んだら、その時点で罠にかかって死んじまうかもしれないからな」
口々に説明してくれる。なるほど、確かに言われてみれば道理だ。
「ねーねー。そういうのは、管理局が決めることなの? 破ったらペナルティがある、とか」
「そうだよリタ。ちなみに、俺たちのポイントフラッグは40層に立ててある。階層試験の魔物を突破するのが難しくてね、しばらくそこで足踏みの予定」
言いながら、トビアスは肩をすくめている。その仕草には、気持ちの余裕が感じられた。
上を目指すだけが冒険者じゃない。自分のペースで探索を楽しむこと。忘れそうになるけれども、きっととても大切なことだ。
戦闘の実力ではたしかに自分たちより劣るかもしれない。それでも、レオの胸にはフラーク兄弟に対する尊敬の念が湧いている。
先輩冒険者の存在というのは、かくもありがたい。
「ほかに、手を組むにあたっての注意事項があれば教えていただきたいんですが……」
「大きなところでは、魔石と戦利品の分け方だな。これは当人同士で決めていいことになってるが、一応、推奨とされているルールはある。パーティの構成人数比に従って割りあてるってやつだな」
つまり、今回のように3人パーティと2人パーティが手を組んでいる際に、10ポイント相当の魔石が手に入ると、3人パーティに6ポイント、2人パーティに4ポイントを割り当てる、というわけだ。
戦利品や採掘物についても、同様に金額に加算した際の価値を基準にして割り当てる、ということらしい。
「もちろん、そうそう簡単に割り切れるものじゃないから、あとはコミュニケーションの領域になってくる。揉め事の原因になるから、このあたりについてはあらかじめ決めておくのがセオリーだし、だからこそ、顔見知り以外のパーティと手を組むことを管理局は推奨していない」
たしかに、聞けば聞くほど揉めそうな要素ばかりだ。大人数で攻略できるのだからメリットが多いと思っていたが、実際には衝突の危険が大きいのだろう。だからこそ、手を組むパーティは珍しい、ということだ。
「今回、僕たちはクエストを攻略できればいいと思っています。それ以外の戦利品や魔石はすべてお渡ししてもいいくらいですけど」
「それはいくら何でも気前が良すぎるよ、レオ君。君の無欲さは美徳だけど、人によっては疑われる理由にもなりかねない」
からりと笑って、ウドが手を振る。
「酒場で言った通り、戦利品を優先的に選ばせてくれればいい。装備の強化にあたって、黒雷繊維とワイバーンの爪が大量に必要でさ。それから、毒性質を持った魔物の皮膚が手に入ったら、それも優先的に分けてくれるとありがたい」
「それはもちろんですが、今回に限り、魔石の稼ぎも半々にしましょう。いかがですか、レオ様」
「いいアイディアだね、ぜひそうしよう!」
イルザの提案は妥当なところに思われた。人数比に従えば、魔石の取り分はこちらが6、あちらが4というのが相場だが、それを5対5で分配しようというのだ。
「いいのか? ずいぶん、俺たちに有利な条件だが」
「親切には親切で答えるのが人の道というものでしょう。あなた方に再会できなかったら、我々はどのクエストを受注すればいいかもわからなかった。その恩を考えれば、足りないくらいです」
酒場での話もあわせて聞く限り、フラーク兄弟は金級の層の魔物を倒すのになかなか難儀しているようだった。であれば、戦利品だけではなく魔石の割り当てが増えるのはうれしいはずだ。
「それじゃあ、そこはお言葉に甘えようかな。さて、34層だ」
ポイントフラッグが正常に作動して、5人は34層に立った。肌に触れる大気に、魔力の気配が濃くなる。
すう、と深呼吸をして、あたりを見回す。さしあたり、異常はなさそうだった。
「クエストの達成に必要なのは、黄金雷石とワイバーンの牙と鱗だったな。ともに、34層よりは36層以下の方がよく見つかる。まずは下層に向かう階段を探そう」
「はい!」
35層への階段は、6時間程度で見つかった。31層以下は、一つのフロアの攻略に毎回一日程度かかっていたことを考えると、破格のスピードだった。
それはすべて、フラーク兄弟の熟練の技によるものだった。フラーク兄弟が探索をリードし、戦闘は主にレオ達が請け負った。幸いなことに、ワイバーンと遭遇したので、きっちり素材も回収しておく。
ほかにも、コカトリスやハイオーガ、珍しいところで言うとマッドフロッグなどと遭遇した。フラーク兄弟は魔物の性質に詳しく、それぞれの弱点属性をすべて完璧に把握していたので、戦闘はいつもよりも格段に楽だった。
「驚きました。探索を効率化するアイテムがこんなに豊富だなんて。それに、魔物にもこんなに細かい特性があったんですね」
感心のため息を漏らすイルザに対して、フラーク兄弟は苦笑いを返した。
「いや、驚いたのはこっちの方だ。まさか、アイテムも知識もなく、ここまで潜ってきてたなんて……」




