53.同盟
時間を待って酒場に行くと、すでにフラーク兄弟は席に着いていた。
「おおー、来てくれたか。こっちこっち」
「ありがとうございます。いいお店ですね」
「だろ。気取ってないけど、居心地は悪くない。味も保証するぜ。今日は俺たちのおごりだ。つっても、お互い金には困ってないだろうけどさ」
さすがに金級冒険者ともなると、酒場の支払いで困ることはない。このレベルになると、会計をどちらが持つかというのは、単に礼儀以上の意味を持たなくなってくる。
フラーク兄弟は、一度風呂を浴びて汚れを落としてきているようだった。そうすると、先ほどよりもさらに顔色がいい。元気そうだった。それが何より、レオにはうれしい。
エールが運ばれてきて、それぞれの手に配られるのを待って、ジョッキを合わせる。
「じゃあ、昇級おめでとう、これからもよろしく!」
「ありがとうございます、こちらこそ、よろしくお願いします!」
飲み食いを始めると、周囲の席からちらちらと視線を感じた。フラーク兄弟もレオたちも、いまや街では知られた顔だ。まして迷宮冒険者たちに、彼らを知らないものはほとんどない。それが揃って酒を酌み交わしているのだから、嫌でも注目は集まる。
が、生まれた時から注目されることには慣れているレオである。フラーク兄弟も金級に上がってからはこれが日常だったのだろう。特に視線を気にしている様子はない。
ひとしきり、あれ以降のお互いの冒険について語り合う。驚きも喜びもあったはずなのだが、やはりナックラヴィーの一件のインパクトが強すぎて、お互いの話に刺激が足りない。
「そういえば、ローザさんたちはあれからどうしてるんでしょう?」
「相変わらず99層に入り浸ってるって話だよ。俺たちもあれ以降は顔を合わせてないけど、領主クラスにしては珍しく、二週間に一度くらいは管理局にも顔を出すそうだぜ」
「そうなんですね。もう一度会ったら、改めてお礼をしたいなって思ってるんですけど」
「ははっ、あの人は有名な面食いだからなあ。レオ君が酒場に誘ってあげるのが、一番のお礼になるんじゃないか」
トビアスの軽口に、イルザとリタが鋭敏に反応する。その一瞬の殺気に総毛だったのか、トビアスがむせてエールを吐き出してしまった。
「こら、イルザ、リタ」
「す、すみません。つい」
「トビアスさんも大丈夫ですか?」
トビアスは咳き込みながらも、ひらひらと手を振ってこたえた。
「ぜんぜん平気さ。それにしてもレオ君も大変だな。こんなに優秀で強力な護衛に囲まれていたんじゃ、うっかり羽も伸ばせない」
「どういう意味でしょう、トビアスさん?」
イルザの流し目に、トビアスが慌てて顔を振る。首から上が吹っ飛んでしまいそうな勢いだ。
「いやいや、変な意味じゃないよ。うらやましいなって話さ。俺も、お二人みたいな美女に囲まれてみたかったって話」
「それならば構いませんが」
美人、という言葉にことさらに反応しないのが、さすがのイルザである。ひとり、周囲の倍のペースでジョッキを空けている。それでいて顔色一つ変えないという、相変わらずのうわばみぶりだ。金級でなければ、財布の中身が心配になってくるほどの飲みっぷりだった。
そのイルザの目を盗んで、ウドがこっそりレオの耳に口を寄せる。
「本当に、羽を伸ばしたくなったら言ってくれ。いつでも付き合うから」
「あ、ありがとうございます?」
「はは、まだ意味がわからないか。まあ、こんな贅沢な環境で文句を言ってたら、罰が当たるかもな」
お互いの近況を伝えあい、健闘をたたえ合い、良い具合に場が温まったところで、ウドが切り出した。
「それで、何か相談があったんだろ? 酔っぱらう前に話しちゃってくれよ」
「あ、それがですね」
腕の良い鍛冶師を探していること、クエストの報酬と交換で早めに武器を打ってほしいと交渉する予定であること、そのために受注するのに適切なクエストに悩んでいること、などを手短に話す。もちろんカリスマのことは伏せたまま。
「なるほどな。たしかに君たちが依頼状を吟味してた工房は、二つとも折り紙付きだよ。値段は張るし順番待ちは数年だけど、出来上がりに文句を言っている奴は見たことない。俺たちも専用で打ってもらったことはないが、店頭に並んでるナイフくらいは買ったことがある。両方、顔くらいは覚えてくれているだろう」
「じゃあ、どちらを選んでもいいんですかね」
「そうだな。そんで、クエストの難度も条件を聞く限り、大差がない。こうなると時の運としか言いようがない」
「そうですか。じゃあ、思い切ってどっちかに決めちゃいますね」
「うん、それなんだが」
つまみに出てきた鶏肉を口の中に放り込んで、ウドは考える間を取るためにそれを咀嚼した。のみ下してしまう頃には、決心が固まったようだった。
「どちらかを君たちが受注して、他方を俺たちが受注するってのはどうだろう?」
「ウドさんたちが? もちろん構いませんが、どうしてそんなことを?」
「いやなに、時の運を少しでも引き寄せるための悪あがきさ。二組でそれぞれ受注すれば、どちらかが依頼を達成する確率は高くなる。要するに一方でも交渉がまとまればいいんだから、そっちの方が合理的だろ? 手を組んで一緒に探索して、めぐりが良かった方のクエストを達成しちゃう」
つまり、フラーク兄弟が受注を達成できた時も、その報酬はレオ達に譲る、という意味だろう。
「でもそれは、ウドさんたちにメリットがないですよね?」
「ただの恩返しだって言っても受け取ってはくれなさそうだな。じゃあ、その探索で手に入れた戦利品のうち、俺たちが欲しいものがあったら優先的に譲ってもらう、っていうことでどう?」
「もちろんそれは構いませんけど、それだけだとつり合いが取れていないような……」
戸惑うレオを前に、フラーク兄弟は顔を見合わせて笑った。
「いや、十分釣り合ってるんだよ。君たちはどうか知らないけど、やっぱり俺たちにはまだまだ金級は荷が重くてな。潜っても苦戦続きで、なかなか戦利品が集まらないってことが続いてるんだ」
「そうなんですか?」
「そこで、君たちみたいな強力なパーティと手を組んで潜ることで、普段なら歯が立たない魔物を倒し、戦利品を効率よく集めたいってわけだ。十分理にかなってるだろ?」
そういうことなら、とレオが納得しかけたところに、リタが割り込んでくる。
「そういうのは、管理局のルール違反にはならないの?」
「ならないし、金級の間じゃよく行われてることだよ。複数のパーティが手を組んで迷宮を攻略するんだ。もちろん、階層試験の魔物討伐だけはそういうわけにはいかないけどな」
「あ、それはダメなんですね」
「あれは一応、管理局がパーティ単体の実力を測るための指標にもなってるからな、合同パーティで倒すとペナルティを食らう。他にも細かい制約や注意事項はあるが、どうだ、お互いにとっていい話だと思うが?」
実際、これで依頼を二つ受注することができれば、レオの特注武器へ近づくことになる。短い付き合いだが、命のかかった局面をともにした仲だ。フラーク兄弟の人となりもよく知っているつもりだった。
断る理由は思いつかなかった。
「よいと思います、レオ様。ここはお言葉に甘えましょう」
「いいかな、イルザ?」
「もちろんです。我々がいま最優先にすべきは、レオ様にふさわしい武器を手に入れることです。そのためには、この提案は渡りに船です」
「話が分かるね、イルザさんは。じゃあ、契約成立ってことでいいかな?」
一応、リタの顔色を窺って、レオはトビアスに向かって手を差し出した。
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
「よし来た、じゃあ今日は同盟結成の祝いの席も兼ねるとしよう。アタックの前に、鍛冶師に交渉する必要もあるよな。明日はその交渉にあてようか。正午に管理局に集合して、それぞれの鍛冶師に交渉に行く、OK?」
「その交渉次第では作戦の見直しですね」
「そうなるな。けど、おそらくうまくいくだろう。君たちの見立て通り、古い依頼にはそれなりの理由がある。順番飛ばしの交渉くらいには応じてくれるさ。そこでうまくまとまったら、アタックは明後日の昼でどうだ? 正午に大入口に集合で」
「わかりました」
「よーし決まりだ! そういうことなら、今日は痛飲しちまおうかな!」
ウドが手を上げて、店員に追加を頼む。届く端からジョッキを空にしていくイルザの体の不思議に、フラーク兄弟が腰を抜かすのも間もなくだろう。その時の光景を思い浮かべて、レオはちょっと笑った。
迷宮には出会いがあり、助け合いがある。そんな当たり前のことを改めて思い知って、今日のエールは、いつもよりも苦みが少なく思えた。




