51.レオの武器計画
レオがハンナに提示したのは、【水魔法】と【魔力増量】だ。
444600ポイントで、未習得だった水魔法を一気にレベル8に。
311150ポイントでレベル4だった魔力増量をレベル8に。
これで755750ポイントを消費したことになる。
「レオ君がいまさら水魔法と魔力量にポイントを全振りするのは、効率悪いと思うんだけど……魔法を覚えるなら、むしろ四大元素の適正があるイルザさんでしょ。あれ、実は結構な壊れスキルなのよ?」
「知ってます。僕も水魔法を攻撃手段として使うつもりはありません。必要なのは、大量の水を作り出す手段なので」
「え、あ。レオ君、まさか?」
「はい。あとは、魔力を増幅させる鉱石で柄を作れれば、うまくいくと思うんですけど……」
なるほど、としきりに納得しているハンナである。イルザはいまさらのことなのでことさらにリアクションはしない。
不愉快なのは、リタだった。
「え、なに。なんなの。みんなして急に「思わせぶりにしゃべる選手権」とかはじめたの?」
「そんなことはないけど」
「じゃあなんなの。なんなんですか。アタシだけ仲間はずれにするのはやめてほしいんですけどー」
このままだと拗ねて家に帰りかねない勢いである。そんな子供っぽいリタもかわいいのだが、傷つけるのは本意ではない。
ちょっと笑いをこらえながら、レオはリタに向き合った。
「これはね、スキルじゃなくて武器の話なんだ。ほら、僕がカリスマで覚えたスキルのうち、面白いものが一つあったでしょ?」
「一つどころか、いっぱいありましたけど……」
「その中でも特に珍しかったものは?」
「えっと……【武器創造:水】、ですか?」
「大当たり。で、僕がいま手に入れたスキルは水魔法と魔力増量。つまり?」
あっ、といまさら合点がいったというように手を打ち合わせる。イルザとハンナもあきれ半分に笑みを浮かべる。
「つまりレオ様、自給自足をしようってこと? 水魔法で水をいっぱい出して、そこから武器を作る……」
「そう。それだけだと水量が不足しそうだから魔力増量もセットで。30層で【武器創造:水】を使ってみた時に思ったんだ。これ、もしかしてカリスマとすごく相性のいいスキルなんじゃないかって」
そこで、机の向こうからハンナが身を乗り出してきた。興味津々といった様子だ。
「レオ君、そこは私もわからないわ。どういうこと?」
「カリスマを持ってると、僕の剣技だけじゃなくて、リタの双剣技のスキルも習得できるじゃないですか。それだけじゃない。ローザさんの格闘術だって習得できたし、たぶんもっとよく見ていればウド・フラークさんの細剣技だって習得できた」
イルザはこの時点で言わんとすることを完全に理解したようで、なるほど、と小さく得心の声を漏らした。が、残りのふたりはそうもいかない。
「僕は「どの武器を極めようか」でずっと悩んでました。でもカリスマと【武器創造:水】を合わせると、その必要がないってことに気づいたんです。むしろ、一つの武器にとらわれない、必要に応じた戦闘スタイルを取ることが僕の強みになるかもしれないって」
「ああ、なるほど。そういうこと」
「なるほどねー」
今度はハンナだけではなく、リタも追いついて理解している。いや、むしろ戦闘面の話なので、レオの言わんとしていることを感覚としてもっとも深く理解しているのはリタだっただろう。
それがいかに破格なことであるのかも。
「つまりレオ様、カリスマでいろんな武器のスキルを習得して、相手によって【武器創造:水】で適した武器を生成するってことを考えてる?」
「欲張りだけど、このスキルの活かし方なら、僕もイルザやリタと肩を並べて戦えるようになるかもって」
「いや、それたぶん、実現したら肩を並べるどころか……」
絶句しているリタである。レオはその意味がわからずに、困惑する。
「じゃあ、迷宮内で魔鋼青晶と龍水石を集めたいって言ってたのは……」
「毎回ゼロから武器を作ってるとロスが大きいから、柄というか、取っ手のところに当たるものだけ、魔力運用のアシストになりつつ水属性の攻撃の威力を高める素材で作れればいいのかなって思って」
「魔法剣、みたいな発想ってこと?」
「そう、まさに」
「ほえー、レオ様、すごいこと考えますね。あー、なるほどー、それ、めちゃくちゃ強いですね!」
魔法剣、というのは、柄を物質で作り、刀身を魔力で編み上げる武器のことだ。名前には剣がついているが、べつに剣に限らない。莫大な魔力を消費する代わりに武器の劣化を気にする必要がなく、形状にも融通が利く。
魔力の消費を抑えるために柄には魔力効率を上げる素材を使うのが一般的だ。それでも十分に武器の強度を保つのは簡単なことではなく、前衛の戦士で使っているものはいない。たいていが、後衛の魔法使いなどが護身用に持ち歩く、というものだ。
レオの目論見はそれにヒントを得たものだ。ナックラヴィーが扱っていた剣は、使用される水が多ければ多いほど強度を増していたように思われる。あれくらいの強度があれば、前衛としてレオが振るっても問題はない。
そして、形状はもちろん出し入れも自由。魔法剣よりもはるかに使い勝手のいい武器になる、と踏んだのだ。
「水魔法と魔力増量の両方がレベル8になったら、材料にする水量を作り出すことはできると思うんだよね。だからあとは、柄を作るだけってことになるけど」
ちらり、とハンナに目をやる。言わんとしたことに気づいたのか、ハンナは難しそうな顔をして腕を組んだ。
「でもレオ君、それは相当に変な依頼だから、そこら辺の鍛冶師だとうまくいかないわよ? アテはあるの?」
「それなんです、困ってるのは。材料の鉱石を発掘できてからでいいかなとは思ってたんですけど……」
「今から探しておくに越したことはないってわけね」
「はい」
こちらも難題ではあるが、根気強く潜っていればいつか材料は集まるだろう。しかし、計画と素材だけ揃っても、それを具体化してくれる職人がいなければいつまでたっても絵にかいた餅だ。
用途が特殊だから、典型的な武器ばかりを打っている鍛冶師だとうまくはいかない。自分自身にアイディアがあり、柔軟性があり、そして見たこともないものを打てるだけの技術を併せ持っていなければならない。
「ここはハインスボーンだから腕のいい鍛冶師はたくさんいるけど、そういう人はみんな予約待ちだからねえ。ちょうど手が空いてる人を見つけるのは難しいかも」
「やっぱり、そうですよね。どうせなら一番腕のいい人に頼むことにして、半年でも1年でも順番待ちするしかないのかなって」
本当は明日にも試してみたいことだから、半年でも十分に気の長い話なのだが、悲しそうにハンナは首を振った。
「レオ君、残念だけど、本当に腕のいい工房は、1年や2年じゃ空かないわよ……。5年待ちだってザラなんだから」
「ご、5年!? それ、いくらなんでも長すぎじゃないですか?」
「そういう鍛冶師への依頼主は冒険者じゃなくてお金持ちばっかりだからね。実用的な武器を打ってもらうんじゃなくて、家宝として秘蔵するためのものを注文するの」
なるほど、とうなずいてしまう。実戦で使うことが目的ではないのなら、それはたしかに時間がかかっても問題ないだろう。そのために実用的に使われるはずの武器の製造が滞るというのは釈然としない話ではあるが。
「でもそれ、困りますね。うーん、どうしよう。とりあえず、柄を作るのはあきらめようかな……」
「あきらめる必要はないでしょ。だってレオ君はたちはもう金級の冒険者なんだから、方法はほかにもあるもの」
「方法、ですか?」
首をかしげる。金級だからできるとこと、と言われても、金級に上がった実感も自覚もないのだからピンとは来ない。
「クエストボードを見ればいいのよ。鍛冶師からの依頼は結構あるわよ。鉱石の合成は迷宮の下層の魔力環境が必要なものが多いから、難しい鉱石を扱う腕のいい職人ほど、金級にクエスト依頼を出すことが多いの」
「あ、じゃあ報酬条件のところで……」
「そう、依頼報酬の代わりに、自分の武器を打ってくれって交渉するの。金級冒険者の依頼なら、って引き受けてくれる鍛冶師は結構いると思うけど」
それなら希望がある。ハンナにお礼を言って、その足ですぐにクエストボードのところへ向かう。
その途中、リタがあたりをきょろきょろしながら、感慨深そうにつぶやいた。
「実感なんて全然なかったけど、金級ってやっぱりこの街だと特別なんですねえ」
まったく同感だ、とレオはうなずき、クエストボードへと足を急がせる。そこに、思いがけない出会いが待っているとも知らずに。




