04.大入口
「イルザ、そんなにくっつくと歩きにくいよ」
「いえ、これも用心のためです。我慢してください」
街中から、大入口へ移動するさなかである。
冒険者は迷宮管理局によってランク付けされる。
迷宮内での事故や事件については自己責任論を振りかざしてなんの補償もしない迷宮管理局であるが、彼らとていたずらに死者を増やしたいわけではないからだ。
原則的に、迷宮は深ければ深いほど貴重な資源が採れるが、比例して危険も増す。
迷宮管理局によるランク付けによって、潜ることが許される階層が決まっているのはそのためだ。
したがって、一攫千金を夢見る冒険者たちは、まずは管理局によるランクを上げることを目指すことになる。
新米 ~2階層
銅級 ~10階層
銀級 ~30階層
金級 ~50階層
領主 ~制限なし
君主
この階層制限に違反したことが露見すると、ライセンス剥奪となる。
なお、30階層より下は資源が豊富で競合相手も少なく、一回の採掘で莫大な利益を得ることができるといわれている。
もちろんその一方で道は複雑さを増し、出現する魔物も強くしぶとくなる。
現在、活動が確認されている迷宮冒険者のうち、金級以上に在籍するものは1%に満たない。
迷宮都市の主催者となることを認められるのは、領主以上。加えて、都市を開くには金貨十万枚を準備する必要があるという。
軽い気持ちで掲げた目標ではなかったが、現実的に考えると道のりが遠すぎてめまいがする。
「覚悟してたけど、新米にかかる制限は多いなあ」
前途の長さを思いやって、レオは嘆息した。
実力にかかわらず、新たにライセンスを得た迷宮冒険者はみな新米のランクからキャリアをスタートさせることになる。
銅級以上には存在しない細かい縛りが課されるのは、迷宮探索のルールを叩きこむ役割も兼ねているからだ。
「進めるのは2層までで、連続で迷宮に潜っていられるのは12時間まで。再び潜るには12時間のインターバルが必要、か」
2層で遭遇する魔物は、ゴブリンやコボルトばかりだという。
採掘できる資源にも、めぼしいものはない。
要するに、さっさとランクを上げないと食べていけない、ということだ。
その銅級に上がるための条件は、明確に設定されている。
・迷宮内での総活動時間が120時間を超える
・ゴブリン、もしくはコボルトを合計で50匹以上討伐する
・迷宮内の植物を5種類以上採取する
・迷宮内の鉱物を3種類以上採取する
ひとつ目の項目の時点で、どれだけ早くても、昇級には十日かかることが確定する。
いや、聞いた話では、結局、新米のままリタイアする冒険者は半数に上るということだから、そもそも時間の問題でもないのかもしれない。
「大丈夫ですよ、レオ様。管理局の方も、レオ様ならあっという間に銅級に上がれるっておっしゃっていたじゃないですか」
「そう、なのかな」
迷宮初心者のレオには、そこら辺の感覚がわからない。簡単な条件だと言われればそんな気もするし、難しいと思えば難しい。
「ま、でも悩んでても仕方ないか。とりあえず、やってみるに越したことはないね」
「そうです。さあ、大入口が見えてきましたよ」
促されて視線を前に向けると、ロープが張り巡らされた街の中央広場に、ぽっかりと大穴が開いていた。
あたりには歩哨が立ち、部外者を寄せ付けない。
支給されたばかりのライセンスを見せてロープの中に入る。
直径数十メートルはある大穴の円周に沿って設えられた階段を下りていくと、横穴に看板が立っていた。
<ここから一層>
いまさら怖気づいてもはじまらない。
とにかくやるだけやってみよう。
自分に向けて呟き、ロングソードを握りしめ、レオとイルザははじめての迷宮探索に足を踏み出した。
* * *
ハンナは、迷宮管理局局員になってもう十年になる。離職率の高い職場だから、十分に古株で通用する。
そのハンナにして、レオのスキャンデータは、驚愕に値するものだった。
「ねえ、ハンナ。さっきから何を見てるの?」
同僚が声をかけてくる。まともな返事が浮かんでこなかったので、ふたりのスキャンデータを書き写したものを、そのまま渡してやった。
「これ、今日ハンナが面接した志望者のデータ? わお、すごいね。最近見た新米の中じゃ、ぶっちぎりでレベルが高い」
「そうね。まずそのことにも驚いたわ。新米のレベルじゃない」
レオが12、イルザに至っては17という高レベル。新米どころか、銀級にいてもおかしくない実力だ。
一般人が街の道場で鍛えた程度では決してたどり着けないレベルだが、ふたりの出自を聞いたハンナにしてみれば意外でも何でもない。
だから、本当に驚いたのは、レベルではなくて――。
「……なに、このスキル構成?」
「信じられないわよね。私だって、何度も検査しなおしたわよ。でも、そうやって出ているの」
千人にひとりしかいないとされる【経験効率】のスキルを所持していることにも驚くが、さらにそのスキルレベルは7。
ハンナがこれまで見たことがある中でも最高は3だったというのに、倍以上の数字が出ている。
しかしそれすらも、スキル【カリスマ】の前では大したものに見えてこない。
「……未知のスキルって、この十年、ひとつも発見されてなかったよね?」
「正確には十三年だって。効果はまだ不明だけど……」
「カリスマ、ねえ。大げさな名前だけど、どうだった? このレオって子、素質ありそう?」
ハンナは無言で首を振る。
十年続けている仕事ではあるが、冒険者の素質なんていまだにまったく見抜けない。
「素質は知らない。でも、ものすごい美少年だった」
「え、なに、顔の話?」
「どっちかっていうと、子犬系? ちょっと自信なさそうで、それもまた愛嬌っていうか?」
「ほほう?」
「あ、受け答えはしっかりしてたし、頭の回転は相当早そう。あと、着やせするタイプだけど体つきは意外とがっしりしてて、そこもギャップ萌えっていうか? なにより、なんていうのかな、好感度高いの。かわいい。超かわいい」
なんだか余計なお目付け役がいたことは言わない。
ふむふむ、と興味深そうに相槌を打ったあと、同僚はぐいっと顔を寄せて、
「今度来たら、教えて」
「オッケー。たぶん、明日には来るんじゃないかな。魔石の交換とかあるから」
「あー、なるほどね。今日は様子見のつもりで潜ったんだろうけど」
同僚はレベルスキャンの結果をもう一度だけ見て、鼻で笑った。
「このレベルで2層なんて、楽勝もいいとこだろうからねえ」