表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/78

03.迷宮管理局

 迷宮管理局の本部は大きい。小さい城ほどの威容がある。並の冒険者志望ならば、この構えにまず威圧される。


 という話がハインスボーンではよく聞かれるのだが、レオとイルザには何の関係もない。

 たしかに迷宮管理局本部の建物は立派だし綺麗だが、なにしろ実家の城のほうがデカい。威圧感どころか、懐かしささえ覚える。


 伊達に七大国の王子をやっていたわけではない。


 迷宮冒険者を志望する人間は掃いて捨てるほどいる、という。たしかに受け付けはシステマチックになっていて、届け出を出したら番号の書いてある木札を渡されて待合室に通された。

 しばらく待っていると番号を呼ばれたので、案内された部屋に入った。


 六畳ほどの、飾り気のない部屋の中心に長机が置いてあって、向かいには眼鏡をかけた女の人が座っていた。

 イルザより、少し年上くらいだろう。長い髪を後ろで束ねている。


「どうぞ、座ってください」


 促されて腰かける。なんだか面接みたいですね、とイルザは懐かしそうにつぶやいているが、もちろんレオは面接なんてものを受けたことはない。

 女の人は笑顔のまま手元の紙に視線を落とした。眼鏡の奥の目がものすごいスピードで動く。先ほど、レオたちが書いて提出した書類だろう。


「さて、面接をはじめる前に、ひとつお伝えしなければならないことがあります」

「はい、なんでしょうか」


 あ、やっぱり面接なんだ、というイルザの小声を無視して、先を促す。


「迷宮管理局はいかなる国家、いかなる宗教、いかなる勢力からも不可侵の独立機関です。ここであなた方が私に告げるすべての事柄は厳重に秘され、いかなる場合においても外部に漏れることはありません。ですから」


 と、試験官らしき女性はそこで一度言葉を切り、息を吐いた。


「あなた方も、ご自分と迷宮に誓って、私の質問には偽りなくお答えください。よろしいですね」

「はい」


 実のところ、先に釘を刺してもらって助かった、というのがレオの本音だった。

 身分を偽るべきか否か、直前まで迷っていたのだ。イルザも、レオの身分を告げるのは慎重になるべきだ、という意見だった。


 しかしここまではっきりと嘘を禁じられると、かえって悩む必要がなくなってすっきりする。軽くなった心のままに、レオは聞かれていないことまでぺらぺら喋った。


 自分が王子であること、王太子の側近に疎まれて排されたこと、そこからの過酷な旅路、イルザとの関係、そして昨日、命からがらようやくこのハインスボーンにたどり着いたこと。


 最初は驚きを隠しきれないまでも神妙に質問を重ねていた試験官も、レオの話が進むにつれて前のめりになっていき、何やら講談でも聞いているような気配になってきた。

 底なし沼に足を取られて二人とも沈みそうになったところを、怪我を手当てしてやった猪の親子に救われたくだりでは拍手喝采だった。


「あー、面白かった。すごいわね、王子様。あなたほど苦労している王族って、この世にひとりもいないんじゃない?」

「いやあ、それほどでも」

「別に褒めてないけどね」

「あ、そうなんですか。残念です」


 試験官はじっくりとレオの顔を見た後に、イルザに視線を投げ、イルザはその視線に応えて軽くうなずいた。

 このふたりの間で無言のうちに、


(この子、かわいい。本当にかわいい、すごいね)

(そうでしょうそうでしょう。レオ様は世界で一番です、でも手を出したら殺す)

(そんなことしないわよ、ほほほ)

(ほほほほ)

(ほほほほほほ)


 というアイコンタクトが成立していたことを、もちろんレオは知らない。


「さて、じゃあ最後の質問です。あなたはどうして、迷宮冒険者を志望するのですか?」

「なによりもまず、生きていくためです。この街を一歩出れば、僕を狙う刺客はまだいるでしょうから」

「他には?」

「他?」

「生きていくため。食べていくため。嘘をついているとは思わないけど、それが理由のすべてだとも思えないわ」


 いつの間にか、試験官の目が鋭く細められていた。朗らかに見えても迷宮管理局の局員、その眼力を侮ってはいけない、ということか。


 レオは、横目でイルザを見た。話したことはない。できればずっと、イルザには聞かれたくない本音だった。まあでも、と頭を切り替える。

 聞かれて困るような理由でもない。


「居場所がほしいんです」


 イルザが視線をこちらに向けるのがわかった。レオはイルザを見ない。試験官の顔も見ない。

 その目は遠い、故郷の空を見つめている。


「僕は国が好きでした。厄介者だったかもしれないけど、あそこには家族がいて、見知った人たちがいて、守りたい人たちがいた。騎士団にくっついて遠征に行っても、帰る場所があるから頑張れた。それがなくなってはじめて、自分の居場所があるっていうのは、心強いことなんだと思いました」

「うん」

「生きていくだけなら何とかなる。でも僕は、ちゃんと自分のための場所がほしい。できれば、僕だけじゃない。この世界で居場所を失くしてしまった人たちを受け入れる、そんな場所を作りたいんです」

「レオ君。それは、つまり――」

「はい」とレオは言った。「僕は、迷宮都市の主催者を目指します」


*  *  *


 世に、迷宮と呼ばれるものは一つしかない。この未踏破の世界への侵入口、ハインスボーンの中心にうがたれた大穴は、一般に大入口と呼ばれる。

 しかし、地下深くに続く、この広大無辺な大迷宮への入り口は、なにもここにしかない、というわけではない。


 世界各地にある。

 もちろん、やみくもに地面を掘っても迷宮にたどり着くことはない。迷宮の入り口を開くには"迷宮の種"と呼ばれるアイテムが不可欠とされる。種は迷宮内でしか手に入らず、特級の発掘品の扱いを受ける。


 迷宮は魔物の巣窟であると同時に資源の宝庫でもある。

 したがって、迷宮に新たな入り口が生まれると、その付近には人が集まる。人が集まれば商売になる。宿ができる。村になり、街になっていく。こうした、迷宮の入り口を中心にして栄える街のことを、迷宮都市と呼ぶ。


 迷宮都市は迷宮管理局によって認可を受けた迷宮冒険者のみが開くことができる。

 その確率は極小とすら呼べないものだが、迷宮冒険者の中には都市を開き、ついには国を起こした者もいる。


 迷宮都市の主催者になるほどの冒険者は、そうそう現れない。

 それでも一国の主になるという夢は、今もなお、多くの冒険者を惹きつけている。


*  *  *


「迷宮都市の主催者――険しい道よ?」

「らしいですね。気長にやります」


 気負わないレオの返答に、試験官はくすりと笑みを漏らした。


「立場上、あんまり肩入れするのは問題なんだけどね。応援するわ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、この後はレベルとスキルのスキャン、それから装備の確認と迷宮の説明、収納袋の支給に進みます。奥へどうぞ」


 通されると、あとの手続きは順調に進んだ。


 レベルとスキルのスキャンは言葉のまま、現時点でのステータスを測るものだ。

 スキャンの結果、レオとイルザは迷宮に潜るのに十分な実力を持っていると判断された。


 新調したおかげで装備についても問題なく、基本的な迷宮についての予備知識も手に入れることができた。

 唯一、スキャンの結果を見た試験官が眉を寄せたことだけが、気がかりと言えば気がかりだった。


――――――――――――――――


【名前】レオ

【レベル】12

【種族】人間

【性別】男性

【年齢】16

【保有スキル】剣技(2)、身体強化(1)、火魔法(1)、経験効率(7)、カリスマ(ユニーク)


――――――――――――――――


――――――――――――――――


【名前】イルザ

【レベル】17

【種族】人間

【性別】女性

【年齢】23

【保有スキル】炎熱魔法(6)、魔力運用(3)、魔力強化(5)、五大元素


――――――――――――――――


「カリスマ? これ、以前からですか?」


 試験官に問われて、レオは首を振った。


「いえ、これまでスキャンを受けたことがなかったので。そのスキルが、どうかしたんですか?」

「どう、というわけではないのですが……はじめて見たわ」

「はあ。それで、そのスキルってどういう効果があるのでしょう?」

「わかりません」

「え?」


 試験官はまっすぐにレオを見つめ、その瞳の奥にある何かを読み取ろうとするように目を細めた。


「迷宮管理局の管理データの中に、このスキルは記録されていません。あなたがこの一千年ではじめてのホルダー、ということになります」

「それって……」

「なんでしょう?」

「すごいことなのでは?」


 試験官は一瞬の沈黙ののち、真顔のまま、くいっと眼鏡を上げた。


「ものすごいことです、おそらく」


 と言われたところで、効果がわからないので実感はわかない。

 最後に収納袋とライセンスを受け取って、迷宮管理局本部でやるべきことは終わった。


 あとは迷宮にもぐるだけだ。


「じゃ、行こうか、イルザ」

「はい、レオ様」


 ここから、レオとイルザの新しい人生がはじまるのだ。

 はじける日差しの中、濃く落ちた影を強く踏んで、レオは記念すべき一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ