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22.イルザ・レングナー

 フラーク兄弟。

 迷宮管理局内では、新しい悪名として知られる。


 剣を得物にするのが弟のウド。魔法を使うのが兄のトビアス。

 コンビネーションと、迷宮内戦闘に特化したスキル構成で、登録から半年で銀級シルバーに上り詰めた。久しぶりに金級ゴールドも目指せるパーティだと、界隈の期待を一身に集めた時期もある。


 しかし、ふたりの快進撃は銀級シルバー最下層のひとつ手前、29層に到達したときに止まった。階層試験を突破することはできず、金級ゴールドは遠ざかった。

 なにが彼らをそうさせたのかは、本人以外の誰にもわからない。突然、彼らは管理局で、<階層違い>の討伐を受注するようになった。半年ほど前のことだ。


 以降、深部を目指していたことなど忘れたように、フラーク兄弟は29層以下にアタックすることをやめた。

 もともとが銀級シルバーにおいても指折りの戦闘力を持っていた猛者だ。銅級ブロンズの階層に出る程度の<階層違い>であれば、難なく仕留めた。


 みずからの限界を悟り、到達階レコードの更新をあきらめる冒険者は珍しくない。特に銀級シルバー上位にまで達せば、実力的に無理のない範囲で探索を続けても、暮らしていくには十分すぎる稼ぎになる。

 だから、フラーク兄弟の名が悪評に変わった理由は他にある。


 冒険者狩り。

 迷宮管理局がもっとも強く戒める禁忌タブー


 確たる証拠はない。あればとうに厳罰が下っている。しかし、フラーク兄弟が<階層違い>の討伐に赴いたときに限って、冒険者のデッド・リタイヤが増える。

 ただの不運な偶然か、巧妙に隠蔽された悪行か。


 判断はだれにもつけられない。

 迷宮管理局は内部協議の末、隠密に調査をはじめるとともに、フラーク兄弟に<階層違い>の討伐依頼が出ていることを強いて伝えないことにした。


*  *  *


 ウド・フラークの必勝パターンは決まっている。【縮地】で距離を詰め、手にした剣を相手の胸元に突き立てる。万が一の反撃を考慮して、一撃を加えたら、同様に【縮地】ですぐに離脱する。

 シンプル・イス・ベスト。ヒット・アンド・アウェイ。妙に凝った戦法に頼るより、極限まで無駄を削ぎ落したパターンを洗練させたほうが勝率が高いことを、ウドは知っている。


 しかし。


「ぐっ……がっ」


 この戦闘に限って彼の剣が斬ったのは空気のみであり、その腕に、いま、刃が突き立てられている。

 リタの短剣を振り払って、即座にウドが距離を取る。


「へへー。ざまーみろ。いくら迷宮ズルをしたって、あんたなんかが騎士団の隊長に勝てるわけないっての!」

「テメェ、なぜ……」


 ぽたりと、赤黒い血が滴った。迷宮の床を、血が汚す。浅い傷ではない。

 一瞬の交錯、予想外の反撃だったにもかかわらず、動作を膠着させることなく【縮地】で距離を取り直したことについては、ウドは腐っても銀級シルバー上位の冒険者だった。


 しかし、困惑は深い。

 こちらの攻撃が見えたはずはないのだ。敵は間違いなく迷宮初心者だ。【縮地】のスピードについてこれるようなスキルを身に着けているとは思えない。

 ウドの困惑に、赤毛の少女は、短剣を片手でもてあそびながら、笑顔で答えた。


「なぜって…んー、勘?」

「っざけんな!」

「だって、そうとしか言えないんだもーん。なんとなく、この辺に来るだろうなって」

「……なんだと?」


 ウドの脳裏に、ひとつの仮説が閃光のように飛来する。いやしかし、まさか。


「――【戦闘予測】か」

「あー、それね。いつの間に取得してたかわかんないけど、たしかにスキャンを受けた時、アタシのスキルリストに入ってたかも」


 馬鹿な、という呪詛は言葉にもならない。普段から冷静なトビアスも、口を開けて唖然としている。

 いや、しかし、いかにレアなスキルである【戦闘予測】であっても、普通はウドの奇襲を読み切れるものではない。


「その【戦闘予測】、まさかレベル2か……?」

「いや、たしかレベル4だった」

「……は?」


 あり得ない。【戦闘予測】は取得条件が定まっていない、きわめて偶然性の高いスキルだ。見たところまだ年若い女が、4つもレベルを重ねられるものではない。

 なにか、からくりがある。もしくはただのブラフ。ウドだけではなくトビアスもそう直観しているが、本人に何かを隠している様子はない。


 いったい、どういうことだ? こいつは何者なんだ?


「そっちからの攻撃は終わり? じゃあ、こっちから反撃だね」

「……っ!」


 笑ってやがる。戦意が炎のようになって立ち上っているのが見える。八重歯が、まるっきり悪魔の牙のようだ。

 ――これは、まずい。


 【戦闘予測】は長期戦に向いたスキルで、対峙している時間が長ければ長いほど、こちらの情報が読まれていく。ましてレベル4ともなると、もはや予測は予知の領域に踏み込む。

 すでに、序盤から何合も打ち合ってしまっている。ウドの動きは完全にリタの想定内におさまってしまう。本来であれば、初手の【縮地】で決めなければならない相手だった。


 舌打ちをして、剣を構える。ならば、ウドの役割はここで終わりだ。


「兄貴、頼むぞ!」

「イルザ、出番だよ!」


 ウドとリタが同時叫んだ。叫びに応えるように、氷の棘が飛来する。リタを狙うその凶器を、イルザが放った魔法が片っ端から蒸発させていく。


「どうして私があなたのサポートをしなければならないのでしょう」

「まあまあ、イルザ。いまは仲間なんだから」

「レオ様がそうおっしゃるのであれば、異存はありませんが……」


 異存しかなさそうな顔つきのまま、イルザは悪魔のように魔法を使い続ける。弾丸のように射出される雹弾は、誰に触れられるまでもなく大気へ帰っていく。炎すら見えない。精密な操作で、熱を発現させているのだ。

 神業に近いそれを、イルザは涼しい顔でこなしている。おぞけが走る。なんだこいつらは。


「剣士だけかと思ったら、魔法使いは魔法使いで化け物かよ」


 トビアスの氷魔法は決してレベルの低いものではない。質より量で勝負しているとはいえ、それを一瞬で蒸発させ続けるのであれば、あれはもう火魔法ではなく炎熱魔法だ。

 ウドは剣でリタに圧倒され、トビアスの魔法はイルザに完封される。打つ手なし。兄弟の敗北は決定的。


 と、敵は思っただろう。

 一瞬の油断が、ほんのわずか、しかし確実に、それぞれの攻撃の手を緩ませた。


「いまだ!」


 ばちん、と電気が走る。青白い燐光が散り、あたりが一瞬、昼のようになった。

 電流が渦を巻き、巨大な雷撃となって敵を襲う。


 降り注ぐ雷は、銀級シルバー下層の魔物でさえ一瞬にして炭屑に変えるほどの大魔法だ。


 トビアスの本来の得意属性は氷ではない。雷魔法だ。氷魔法を主に使うのは、奥の手を悟らせないため。氷に炎で対応していた敵は、この突然の属性変化に対応できない。

 おまけに、この雷は【合成魔法】のスキルで何重にも威力を増幅させたものだ。反動が大きく、一度の探索で一度くらいしか使えない技だが、引き換えにトビアスのレベルでは決して扱えない規模の雷を生成することができる。


「喰らえ!」


 光の後に音がやってくる。目がくらむような閃光が、耳を聾する爆音を生んだ。階層全体を鳴動させるような衝撃をもってたたきつけられた稲妻は、今度こそ敵の息の根を止める。

 はずだった。


「な、んで?」


 呻きは、トビアスのものだ。もはやウドは腰を抜かしている。

 その視線の先、青白い光を身にまとい、その女は立っていた。背後に、幾筋もの雷光を従えて。


「奥の手を隠し持っているのはわかっていましたが、この程度とは」


 心底がっかりしたように、大きく息を吐く。

 爆風の余韻をはらんで、リザードローブが翻る。全身から立ち上る魔力の渦が見えるようだ。


 ――ふたりは知らない。

 イルザ・レングナー。その気性ゆえに炎を愛したが、そもそも彼女がその身体に宿す適正はイレギュラー。氷だの雷だのという小細工は、彼女の前では何の意味も持たない。


 四大元素。

 あらゆる魔法体系に等しく秀でた特異体質。

 魔法を志すものであればだれにとっても垂涎の、ユニークスキルの持ち主である。

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