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21.双剣姫

 動いたのは男が先、されど、仕掛けたのはリタが先だった。


 男の足が踏み出されるや否や、リタが跳んだ。双剣を縦横に張ったかと思うと、そこから火の出るような打ち込みが繰り出される。

 音を置き去りにするほどの剣は、しかし火花を散らして防がれた。


「!」


 驚きはイルザのものだ。リタの初撃が防がれるなど、予想の埒外だった。想像以上に、できる。

 初撃で仕留められなかったことは、リタにとっても意外だったはずだ。しかし、動揺は見せない。リタの真骨頂はここからだからだ。


「いっくよー!」

「ぐっ……!」


 弾かれた衝撃を、リタの小柄な身体は、そのまま遠心力に変えた。体幹は微塵もぶれない。ぐるん、と大きく両腕を回転させて、双剣が再び繰り出される。残像を散らして上下左右から追い来る斬撃を、男は細剣一本でよく防いだ。


「すごい……」


 褒めるべきは、リタの音速の剣ではなく、むしろ初見で防いだ男の方だろう。あんな奇剣を前情報なくさばくなど、少なくとも、レオにできる芸当ではない。


「まだまだ、いっくよー!」

「この、ガキ!」

「ガキじゃない、アタシはもう二十歳だ!」


 軽い口調には似合わない、流れるような剣舞だった。

 攻撃の間に暇がない。弾かれれば弾かれるほど、防がれれば防がれるほど、勢いを増してリタの剣は回転する。相手の力を借りて勢いを増す。速さを増す。鋭さを増す。


 いよいよ一撃の重みが巨剣のそれに匹敵しようとするころ、男の手のしびれが限界を迎えたのか、顔が苦悶にゆがんだ。その頃合いを見計らっていたかのように、氷の刃がリタの喉元へ迫った。

 もう一方の男が動いたのだ。魔力によって左手で編まれた氷の矢だった。右手は抜かりなくイルザへ突き出されている。魔法使いは魔法使い同士、後方から牽制しあっていたのだ。


 氷の刃はおそるべき正確さでリタの喉を狙っていた。急所だ。直撃すれば重傷は免れない。間一髪、リタの双剣の一本がその防ぎに回ったのを見計らって、剣の男が刃圏から離脱する。


 数分ほどの攻防だった。距離を取り戻した一行が、緊迫の中で膠着状態を作る。

 このブレイクを望んだのは向こうかこちらか。いずれにしても、驚きを腹にのみ下すだけの時間が必要だった。


 汗を流し、詰めていた息をそれぞれが吐く。

 魔法使いの男はイルザに牽制されつつも隙を見せないまま精緻な氷魔法を行使した。剣の男は言うに及ばず、騎士団でも初見殺しで名高いリタの連撃を防ぎ切った。


 相当な手練れとは見えていた。しかし、彼らの実力は、高く見積もった想定すらもはるかに上回った。尋常一様の使い手では到底ない。ヴェックマン王国にいれば、騎士団がこぞってスカウトに来るはずだ。

 しかし、違和感がある。それはリタも同様だったようで、うーん、と納得いかないといった様子で大きく首をかしげていた。


「なんで? どう見ても、アタシの攻撃を防ぎきれるほどの剣には見えないんだけどなあ」


 リタの視線は男ではなく、抜身のまま下げられたその細剣に向かっていた。光加減によって金にも銀にも見えるその刃に、刃こぼれは見られない。

 そうだ、たしかにそれはおかしい。リタのごつい短剣とあれだけ打ち合って、あの細い鋼が耐えられるはずがない。


「……テメェらこそ、何者だよ。銅級ブロンズの腕じゃねえだろ」

「私たちは銅級ブロンズですよ。しかも、昨日昇級したばかりのね」


 ちっと大きな舌打ちが聞こえた。


「なるほど。外の世界じゃ一流の戦士だったが、身を持ち崩して迷宮冒険者の仲間入りって類か。厄介な奴らに先を越されたな」

「いや、先に襲い掛かってきたのはそっちじゃないですか。そもそも、どうして僕たちを襲うんです? 恨まれる筋合いはないと思うんですが」

「恨みなんてねえよ。魔石を譲れば今すぐにだって退いてやる。けどそうだな、強いていえば、お前は気に食わねえ」

「僕?」

「その年で、こんないい女ふたり引き連れて、いい身分だな、え? もともとはお大臣様の御曹司か?」


 いえ、王子です、とは言えない。


「どうだ。あんたたち、こんなガキ見限って、俺たちとパーティ組まないか? 四人になりゃ、金級ゴールドも夢じゃないぜ」

「ぺっ」


 聞くなり、イルザが唾を吐いた。そんなはしたいことをするイルザを見るのは初めてだった。レオが目を丸くしてイルザを見ると、恥ずかしそうに頬を染めている。

 恥ずかしいならやらなきゃいいのに……。


「げ、下卑た口を閉じなさい。その顔を見なきゃいけないだけでも私の目がかわいそうなのに、この上、豚の悲鳴のような声まで聞かせないで。耳が腐ってしまったらどうするの?」

「……言うじゃねえか」

「あなたたちと同道するくらいなら、ここで死んだ方がマシです。あ、これ比喩じゃないですよ。本気です。それくらい、あなたたち、生理的に無理です。きもい」


 半分、いや八割本音、二割挑発だろう。さすがにわかりやすく激昂してくれる相手ではない。こめかみをひくひくさせながらも、男たちは平静を装っている。

 ていうかイルザ、お嬢様だったはずなのに、なかなかに煽りスキル高いのだった。


「まあいいさ。さあ、おとなしくハイオークの魔石を差し出すなら、ここで収めてもいいぜ」

「馬鹿? なんでアタシより弱いやつに、アタシが降伏するの? 寝言は寝て言えば? 次はその細剣ごと、首をへし折るよ?」


 八重歯を牙のようにとがらせて、リタが笑う。

 声は歌うようだった。言葉とは裏腹に、リタの機嫌はどんどん良くなっていく。久しぶりに強敵と打ち合えて楽しいのだろう。


「なんだよ、戦闘狂の類か、お前? かわいい顔して、なんて業の深さだよ」


 男たちも笑いながら、もう一度腰を落とす。

 やはり、レオには違和感がある。隙はないが、威圧感のようなものもない。男たちの所作は、手練れではあるが猛者のものではない。

 それがなぜ、リタやイルザと伍する戦いができる?


 湧いて出た疑問には、親切なことに、敵自らが答えてくれた。


「外なら勝ち目はないだろうけどな、ここなら俺たちに分がある。迷宮内でのやり方ってやつを教えてやるぜ、銅級ブロンズ!」


 地面をけるのと、男の姿がリタの背後を取るのが、ほとんど同時だった。

 人間にできる移動速度ではない。


「――っ!」


 リタの行動は考えてのことではない。経験に裏打ちされた、ほとんど本能に近いものだろう。一瞬のためらいもなく、前方の地面に身を投げた。

 コンマ数秒遅れて、リタの腕があったところを刃が薙ぐ。わずかでもかわすのが遅れていたら、間違いなく斬り落とされていた。


「……なに、今の?」


 片膝をついて態勢を立て直しながら、リタがうめくように問う。余裕が消えている。背中には冷たいものが走っているだろう。


「迷宮初心者は【縮地】のスキルも知らねえか? じゃあ、これはどうだ」


 男が細剣を突き出す。単調な突きだ。リタの剣が弾く。

 それでも、刃はまだそこにあった。

 弾いたはずの刃が、空間を捻じ曲げて出現したとしか思えなかった。


「!」


 もう一本の剣で残った刃を弾きつつ、慌てて地面を蹴って後退する。しかし、弾いたはずの刃は、またしても消えない。ぎりぎりで首を振って、皮一枚切らせたところでなんとか距離を取る。


「おおー、よくかわしたな。ちなみに、今のが【三重突き】だ。あと、俺の武器には【武器強化】もかかってる。このレイピアはそうそう折れないぜ?」

「……スキル。迷宮限定の」


 うめくようにイルザが言う。信じられないものを見るように、リタの傷口を見ている。


「そうさ。迷宮冒険者は、迷宮内でのみ使用できるスキルを数多く取得している。今のもそれだ」


 スキルの中には迷宮内でしか発動しないものがある、とは聞いていた。しかしそれは、【高速探索】などのように、そもそも迷宮攻略のために編み出されたスキルがほとんどのはずだ。

 しかし、男はいま、戦闘のスキルを使用した。


「迷宮内の大気が特別製なのは知ってるだろ? こういうのはな、迷宮の大気に含まれる大量のマナを利用して使用するんだ。外の世界じゃ何の役にも立たねえ代わりに、迷宮内じゃ抜群の威力だぜ。この中であれば、騎士団の隊長クラスだって俺には勝てねえ」


 すっとリタの目が細められる。


「……ずいぶん親切に教えてくれるじゃん」

「実力の差がわかったら、諦めも付くだろ。さあ、死にたくなければ魔石を出せ。断れば、次は容赦しない」

「断る」

「そうかい。じゃあ、時間切れだ」


 男が酷薄な笑みを浮かべる。

 弱者をいたぶる、強者の笑みだ。


「迷宮初心者が銀級シルバーに逆らったこと、せいぜい後悔するんだなあ!」


 男が大地を蹴ると同時に、迷宮の床に、血の花が咲いた。

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