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フィリス達が属する特別機動部隊はひとまず戦場の刃も銃弾も届かない後方に置かれることとなった。
彼らの目的はひとえに〝暴れ槍〟の討伐のみだ。しかし、のみ、などと言ってそれが何より難しいことなのだが、ともかくそれに注力するため暴れ槍の出現までは後方に待機。然るべき時に出陣し、遊撃するというのが手筈だった。
総勢十三人が相乗りなどしつつ十機のガウゼルに乗り込み、フィリス達はじっとその時を待った。
戦闘は既に始まっている。砲弾が地面を抉る音、銃弾が魔術合金の鎧を掠める音、そして兵士たちの叫びと呻きがこちらまで届く。
その生々しさと、そして自分たちは時が来るまで何も出来ないという焦燥は重い。炎天下の太陽に焼かれるようなじりじりとした瞬間が刻一刻と流れていく。
永遠にも思えた時間の先。ようやく待ち望んでいた合図がその目に映る。
フィリス達が待機していた木立の狭間から見えた、春の青空に立ち上る赤い狼煙。フィリス達出撃の命令だ。
「出るぞッ!」
フィリスがそう言うまでもなく、全員の準備は滞りなく完了していた。各々がフィリスの声に返答を寄越す。あるいはそれは自らを鼓舞するような掛け声でもあった。
そして切り込み隊長たるフィリスのガウゼル、その魔術機構に因子が流れ込み、緩やかな前進を始める。それを皮切りに他の隊員達もガウゼルに火を入れた。
そしてゆっくりとした初速を抜け、一気にぐんと身体を押しのけるような強い加速。フィリスは姿勢を低くして行く手を阻む風の守りを切り裂き進む。高速を維持しつつ巧みな操縦手腕でぎりぎり木立をすり抜け、やがて開けた場所に出た。
真っ先に感じたものは濃密な血と鉄の臭い。そして目に入る交錯する剣と剣。鎧と鎧。
戦場では〝ガラアマ〟と呼ばれる神聖樹の一枝が描かれた王国軍の青い軍旗と連合国軍の金獅子の描かれた赤い軍旗が入り乱れている。初手の砲術戦を終え、近接戦闘に移行しているらしい。
「暴れ槍はあの奥側だ!!」
近くにいた味方軍の一人にそう声をかけられる。その人物が指さす方向を見やれば、確かに巨大な塔のようにも見える槍が人混みの中見えている。
フィリスは機体に再加速をかけ、その機動力を活かし戦場を大きく迂回するように走る。
だが精鋭たる黒兜を先鋒に据え、くさび形の陣形で疾走する彼らを連合国軍が見逃すはずも無かった。
「敵の増援だッ!! 迎え撃て!!」
いずこからか届くそんな叫びと共に、敵の機動部隊が迎撃に打って出る。ぶつかり合う戦線から飛び出てきたガウゼルたちはフィリス達の行く手を阻むように進行する。
だがその連合国のガウゼルに対し、突出し敢然と前へ出る者があった。巨漢グランと操縦者のシュピーを乗せたガウゼルである。
これが敵の間近に寄ると、グランは速度の乗るガウゼルから地面に落着、そして捻転と慣性を用いて大斧を振るった。
「ぜぁぁッ!」
掛け声と共に振るわれた一閃は、破壊力も凄まじく軽々と敵の一騎を切り裂き、鉄くずに仕上げた。
「ははッ!! 見たかッ!!」
快哉を叫ぶ中、足を失ったグランを狙い敵が殺到する。そこへ剽軽者のエピの乗るガウゼルが近づき、敵を返す刃で刺し葬りながらもグランを回収した。
「もう無茶し過ぎだって~」
「これぐらい何ともねぇ!」
そんな二人のやり取りを他所に、フィリス率いる手勢はより深くへと進んでいく。
それを阻むように幾度となく敵は追いすがってくるが、しかし事前に想定していた程に、向かってくる敵の数は多くない。どうやら本軍がフィリス達への攻撃をしっかりと食い止めてくれているらしかった。
今また再び、隊長のフィリス目掛け接近してくる一騎、片手でガウゼルを駆りながら、その片方の手には剣を構えこちらへと突撃を仕掛けてくる。フィリスは腰に据えた自分の剣を片方の手で触れ、抜剣しようとしたその時だった。
先を行く隊長よりも前に出て、剣戟を受けたのは蒼白な顔をさせた副隊長、ラミだ。
「隊長、ここは俺が……」
その言葉に小さく頷くとフィリスは更に速度を上げ、なだらかな丘陵地帯を駆けていく。
戦いの中散り散りとなってフィリスを含め五騎となった特別機動部隊は、天を突くように伸びた槍を目印に、いよいよ敵陣中央へとまで辿り着いていた。
そして――
「……見えたわ、あれが暴れ槍ね」
随伴して走っていたペリルが思わずと言った風に呟く。フィリスにもその姿がはっきりと目視出来た。
暴れ槍は人混みの中に居るように見えたが違った。その周囲には敵軍はおろか味方さえもいない。転がっているのは王国軍の亡骸のみ。
その法外な長大さの武器に巻き込まないため、そして間合いまで近づいた敵を即座に討ち滅ぼしているが為、その付近に誰一人としていない。
かろうじて連合国軍兵士が間合いのぎりぎりで構えているのみ。
孤高の戦士。その外見は当然、全身鎧姿である。またその鎧だが、反りのある丸みを帯びた面と鋭利な面とで綺麗に分かれている特殊なものだ。特に足甲はすねの部分が尖っているが、それを補う周辺部分は曲面となっている。
しかし、何より特徴的なのは言うまでも無く、その武装だ。
異名の由来たる巨槍は中心にまず一本の分厚い芯である馬上槍が。そしてその一面にこれまた巨大な刃が据え付けられている。近づけば見上げるほどの大きさであり、湛える迫力は常軌を逸する。
この規格外の得物の途轍もない威容は、まさしく剛毅、まさしく怪奇、まさしく豪壮。
噂に聞くことと、実際にその目で見るところは違う。
生物というものは皆全て、直感的に、己よりも巨体である物に対し畏敬を覚える。
それは生命の本能に基づく感覚であり、拭いがたい感性である。居合わせた特殊機動部隊の面々はそれぞれにたじろいだ。彼らとて百戦錬磨の戦士達であり、あるいは魔術師との戦いを経てきた人間も居る。だというのに、そんな彼らでさえ一様に息を呑む鮮烈すぎる姿。
もしかするとそこの屍のように無様に無惨に地に伏すのは自分の番かと、そこはかとない脅威を感じるのだ。
無論その恐怖心はフィリスとて無縁のものではない。いやむしろ第一に直接剣を交えるのだから誰より強烈だ。
しかしここで呑まれてしまっては万に一つの勝機も失う。仲間の恐れも、自らの恐れも全てを喝破する様にフィリスは叫んだ。
「全員散開し目標周囲の敵軍を抑えろ! 俺はあいつを落とす!」
「「「了解!」」」
張り裂けん程の掛け声と共に、心中生まれた恐怖を払い落とし、残った隊員達はそれぞれ外縁にあった連合国軍の元へと向かった。
フィリスは一騎、その円の中心にある暴れ槍の元へ猛然と直進する。
これを見咎めた暴れ槍は愚直な突進を打ち倒す薙ぎ払いを放つ。あの巨体から想像も出来ない素早さの打ち込みに、対応する暇はなかった。難無くフィリスの騎乗するガウゼルを直撃し、大破の轟音を響かせた。
だがフィリス本人は咄嗟のところでガウゼルから飛び出し、辛くも難を逃れた。
そのまま軽やかに着地すると、敵の得物たる破城槍の間合いの外、ぎりぎりの狭間で互いに向き合う。
すると次第に戦場全体が静止したかのような、一時の静寂が訪れた。
片や、連合国軍圧倒的優勢の戦況を押し返す一大要因ともなった勇猛果敢、凄腕の戦士で死神とも恐れられる〝黒兜〟
もう一方、連合国軍内部で軍神とも崇め奉られ、いかなる苦境とあってもその豪腕で勝機を切り拓く、屈強なる戦士、〝暴れ槍〟
この二つの星がぶつかり合うとなれば、それは以後のこの地での戦況とその趨勢を占う決闘だ。ことによると自分たちは歴史の転換点に身を置いているのやもしれない。そんな認識と予感に周り取り囲んだ兵達の剣を動かす手も止まる。
その上、戦場に集った人間たちもそれぞれが一人の戦士なのだ。今まで運良く、あるいは運悪く、この二人はぶつかり合うことがなく、その戦う様を覗いた者はいない。ひいき目なしに一体どちらが強いのか。そういう単純でありながら強い疑問を、言葉にせずとも胸の内に皆抱いていたのだ。
草原をやおら吹き荒れた風。背の低い群草を巻き上げる強風だった。それは二人の英雄とその対峙を祝福するが如く。あるいは剣呑な闘気のぶつかり合いに弾けるが如く。
それを合図にして、二人の決闘の火蓋が切って落とされた。