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王国軍の危機を救うべく表れた応援は黒兜だけでは無かった。
続々と後ろからガウゼルに乗った機動部隊が出現する。そしてそのまま混乱する人混みの隙間をすり抜けながら、死をばらまいていく。
奇しくもつい今し方連合国軍が王国軍側へと為していた展開をそっくりそのまま同じように味わう羽目となっていた。
形勢逆転した戦況を見つめるレリルは苦い思いだった。
だが敗走を始める自軍に手を貸すよりまず、打ち倒さねばならない障害が眼前に存在する。奴を打ち倒せば、まだ勝利の目は存在する。
レリルが見据えた先、――返り血に塗れた黒兜は屍の山の中心で一人佇んでいた。その周囲には敵も味方も存在しない。敵はその畏怖によって排除され、味方は逃げる獲物の背を追って駆けている。仕掛けるには丁度良い塩梅だ。
レリルは黒兜の近くでガウゼルを降りてそちらを見据える。するとゆっくりと緩慢な動作で黒兜もレリルへと向き直る。その右手には血に濡れた黒い剣。
その立ち姿から発せられる覇気夥しく、心臓から震え上がるような思いだったが、それを懸命に諫め口を開く。
「貴殿の腕前恐れ入った。我が名はレリル・ガザブランが長子、レリル・クレッサード。貴殿の名を、」
レリルが口舌を広げる最中、黒兜は走り出した。そして目にも留まらぬ速さで剣を振り抜く。その思わぬ不意打ちに面喰ったレリルだが、ぎりぎり初撃は受け太刀出来た。
いや出来た、と言って良いのか。レリルは受けた衝撃に吹き飛ばされ、地面を転がったのだ。
信じられぬほどの膂力だった。レリルと言えば、日常に行う稽古でも余程で無ければ打ち負けない程の筋力を持っている。
それに加え因子による自らの強化も同僚の内では抜きんでている。だというのにこの力の差だ。どれ程の因子を内在させ、それを肉体に注ぎ込んでいるのか。分かったものでは無い。その上、剣にも罅が入っている。
剣というのは因子を貫通させ、その性能、……すなわち切れ味や固さなどが強化されている。
また基本的に鎧よりも強固であるようにと使用者は大量の因子を流し込む。であるからこそ打ち合いで壊れないのだが、そんな自らの愛剣にただの一撃で罅を入れてくる。
そんなことは当然、今までに一度もないような経験だった。
敵の実力を己の剣で直に受けて感じ、レリルは射貫かれたような驚愕を覚えていた。
しかしながら驚きよりも何よりも、まず彼が抱いたのは〝怒り〟だった。
「口上を受けぬとは、貴様には騎士としての誇りも無いのかッ!!」
騎士の口上を邪魔しての不意打ちなど普通では考えられないような話だ。
こうした一対一の決闘では基本的にお互いが名乗りを上げて始まるもの。そうでなくとも、相手が名乗りを上げれば自分もそうするというのが戦場における常識だ。
であるにも関わらず、容赦無用の剣戟。断じて許しがたい不敬だ。
しかしそんなことにはかかずらわない黒兜はレリルの言葉を無視して再び間合いを詰める。
身構え、黒兜の横なぎの剣をかろうじて受けた。だがその力の差が簡単に覆るはずもない。黒い閃光のような煌めきは圧倒的に無慈悲だった。
激しい衝撃に身体を仰け反らせるレリル。その隙は戦闘の中、絶望的でありレリルはすぐに死を悟った。
胴を貫く突きの一撃が放たれた。
身体の中に冷たい何かが差し込まれる感覚。そして間もなく頭の中に濃い靄がかかった。
自らの身体へ剣をより深く刺し貫くように黒兜へと近づくレリル。浅い息を繰り返しながら進む。
そして彼は見た。兜の奥に覗く、二つの瞳。
泥のように濁った色をさせている。
戦場で摩耗し、擦り切れていったのだろう光無く、意思が失われた黒々としている瞳。
自分の血に濡れた手を黒兜の肩に置く。黒兜もそれを振り払おうとはしなかった。
「お前に、光ある、未来は、ない……」
途絶え途絶えに伝えるその言葉が、騎士レリル・クレッサードの生涯最後の一言となった。黒兜が剣を引き抜くと支えを失ったレリルはばたりと地面に倒れ込む。そしてまたその亡骸も、折り重なるようにしてあった屍の一つと化した。
戦場を俯瞰すれば、勝ち鬨が聞こえる。
無事王国軍はあの劣勢を覆し勝利したようだ。そのことに特別な感慨を得ることもないまま、黒兜と称されるフィリス・ステイプティアはゆっくりと街へと歩み帰っていった。