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「殿下、毒殺はお断りいたします」シリーズ

遠き日の思い出

作者: 石里 唯

お立ち寄り下さりありがとうございます。

まだもう一話追加する予定ですが、シリーズとして繋げました。

本編と主人公たちの性格が異なっています(あまり異なっていない人もいます)。

前世で苦労して変わってしまったのですが、イメージが崩れてしまいましたら、

誠に申し訳ございません。

2020.11.28追記 

もう一話追加するにあたって、連載形式に変更することにしました。

こちらとは別に投稿しました。

悪い癖が出まして、つい、話を付け加え、

こちらと同じものではなくなっています。申し訳ございません。

「僕の妹がね、――」


 ――また始まった

 

 直信は母方の親戚で歳も近く、人の好い性格だと思っているけれど、これだけはいただけない。

 彼と話すときに妹の話が出なかったことはないのだ。

 高直は、もうその先を聞く気を無くしたが、表には出さないだけの分別は身につき始めていた。

 元服してもいない7歳の自分にしては上出来だろうと、自画自賛する。

 そんな高直の胸中に気づくこともなく、直信は頬を緩ませて、自分の妹の可愛らしさをいつものようにとくとくと語っている。

 

 高直には妹も姉も兄弟すらいない。

 見たこともない直信の妹の可愛らしさを語られて、ついていけるはずもなかった。

 

 そもそも、今日はどんな話にもついていける気がしない。

 

「どうしたの?今日は沈んでいるね」


 直信はすぐに高直の様子に気が付き、妹の話を打ち切った。

 直信のいいところは、相手が自分の話に興味がないと分かると、あっさり話を終える所だ。そして加えるなら、直信はそういった他人の気配を読み取ることに恐ろしく長けていた。

 そのため、直信の妹の話は今までで最短の時間で終わりを迎え、高直は少し恥ずかしさを覚えて俯いてしまった。

 表に出していないつもりだったが、それは思い上がりだったようだ。


 ばれてしまったのなら、もう仕方のないことだと、高直は素直に告白する。


「ああ。ごめん。母上が飼いならしていた雀を、僕がうっかり逃がしてしまったんだ」


 母は高直を責めることなど特にしなかったが、籠から飛び立っていった雀を眺め続けた母の様子は、高直の気持ちを沈ませるには十分だった。


「雀…」


 直信がゆっくりと呟く。


「家では猫も飼っているから、もう食べられているかもしれない」


 自分で言葉にしながら、高直の胸に鋭い痛みが走った。

 自分のしてしまったことへの逃れられない罪悪感に打ちひしがれた。

 せめて猫が痛みのないような襲い方をしてほしいと、目に涙をためて考えていると、衣擦れの音がして直信がこちらに近寄ったのを感じた。


「悲しむ前に、少し試してみようか」


 直信の優しい声につられて、目を瞬かせて向き直ると、彼はその優しい面立ちに似あうにこりとしたほほ笑みを浮かべて、こちらを見ていた。



 半刻ほどたった式部卿の宮邸で――、

 桜や梅、橘など様々な木が植えられた庭が、見る者を和ませる空間になっていたが、高直には全くその庭を愛でる余裕はなかった。

 

 高直は心の臓が壊れるのではないかと思うほどに強い自分の鼓動を感じながら、直信と彼が連れてきた「女童」と共に、庭に面した階に腰を下ろした。

 直信が屋敷に来たことは初めてではなかったが、「女童」を連れてくるということは初めてのことだし、あり得ないことだった。

 実際、誰かに少女のことを訊かれた場合は、「母上付きの新しい女童」と答えることになっている。


 御簾から自分付きの女房達の視線を痛いほど感じていたが、何の説明もせず無視を決め込む。

 直信が何を試すのか教えてもらっていない高直に、説明などできなかったのだ。

 

 むしろ、僕に説明してほしい――


 高直は、扇で顔を隠した「女童」にちらりと視線を向けた。どうみても高直の胸ほどまでしか背丈のない、本当の童だ。何か仕事ができるとは思えない。

 いったいどうしてこの「女童」を連れてきたのだろう?

 

 疑問が頭に溢れかえっている高直をそのままにして、直信は優しく「女童」の頭を撫でた。


「僕はだれかこちらに来ないか見ているよ」

 

 直信は階を上り、簀子に腰を掛けた。

 残された「女童」はかざしていた扇を閉じて、こちらを向いた。


――!

 

 高直は自分の世界が変わった気がした。

 雀も、御簾の内の女房も、直信のことも消し飛んでいた。自分の世界の中にあるものは、目の前の少女だけだった。

 にこりと笑いかけてくれたその少女に、高直の目は、高直のすべてが奪われた。

 透けるような白い肌、照り輝くような艶やかな髪、紅など必要のない薄桃色の唇、何より目を引いたのは、直信とよく似た優しい雰囲気を湛えた瞳が、直信にはない愛嬌を備えているところだろう。

 高直の頭に、一つの言葉が浮かんだ。


 可愛い――


 直信の気持ちがはっきりと分かった。

 こんな可愛らしい小さな妹が自分に微笑んでくれれば、自慢したくなるはずだ。

 現に、高直は今自慢したくて仕方がなかった。


 先ほどとは違う鼓動を感じながら、高直は彼女の瞳を一秒でも長く自分に向け続けてもらうために、話かけた。


「名前は何というの?」


 彼女はちらりと直信に視線をやってから、人差し指を口に当て、首を振った。


「お兄様が名乗ってはいけないとおっしゃったの」


 やはり家人ではなく、直信の妹なのだ。確か、直信の「直」の字を名前に入れたから、お揃いなんだと、彼が訳の分からぬ自慢をしていたのを思い出していた。

 

 自分にも「直」の字がある。僕ともお揃いになるじゃないか

 高直は自分の名前が突如素晴らしいものに思えた。


 「直子」というお揃いになる名前を教えてくれないなら、なんと呼び掛けていいかと声をかけあぐねていると、少女はつと高直の後ろに回った。

 彼女の衣が触れるほどの近い距離に、高直の鼓動は一段と跳ねた。


「目を閉じていてね」


 小さな手が高直の目を塞いだ。

 温かな小さな手の感触が心地よく、高直はその手に頬ずりしたいと思ったとき、高直の頭の上で、雀の鳴き声がし始めた。


――!


 その鳴き声は、先ほどの愛らしい少女の声でもあった。

 先に少女の声を聞いていなければ、雀の鳴き声としか思わなかったであろう程の、見事な鳴き声の真似だった。

 

 彼女がその小さな可愛い手で自分に目隠しをして、見られることを防いだように、確かに鳴き声をまねて鳥寄せをするなど、決して貴族の姫のすることではない。

 けれど、高直には愛らしい少女が愛らしい雀の鳴き声を出すことは、抱きしめてしまいたいほど可愛らしいと感じるものだった。


 高直がその愛らしい鳴き声に聞きほれていると、やがて、その愛らしさに応えるように鳴き声が加わった。

 雀が、少女の鳴き声に誘われて、やってきたのだ。

 それは素晴らしいことであり、そもそもの目的であったことだが、高直は雀に少女の鳴き声を邪魔された気がして、心持ち雀を憎らしく思っていると、小さな指に留まった雀をそっと差し出された。


「この雀?」


 正直なところ、高直には雀を見分けることなどできなかった。

 それでも、彼女の協力を無駄にしたくはなくて、母上も見分けることはできないことを祈りつつ、彼は頷いた。

 その途端、直子は顔を輝かせて喜びを露わにした。その輝きは高直の胸まで照らすようだった。


 この笑顔を見られるなら、何度でも雀を逃がしたい――


 高直はうっとりと笑顔に見惚れながら、半ば本気でそんな思いを抱いていた。



◇◇

 何よりも愛らしい笑顔と出会ってから、5年も過ぎたころ――


「高直。少し落ち着いてくれないかな」


 直信は溜息を付きながら、高直に話しかける。

 今、牛車は直信の屋敷に向かっているところだ。車中は二人しかいないため、高直が絶えず扇を開いては閉じている動きが、直信の視野にどうしても入ってしまうのだ。


「今日は牛の歩みが遅いと思わないか?」


 だから、落ち着かなくても当然だと堂々と答える高直のその態度に、直信は再び諦めの溜息を零し、牛車の窓を開け視線を逸らすことに決めた。

 高直は堰を切ったように話し始めた。


「もう1か月も顔を見ていない。1か月! こんなに会えないなんて、世の中おかしいと思わないか?」


 直信は窓から見える立ち並ぶ屋敷の木に意識を集中することに決めた。

 ――馬――、いや、何とかにつける薬はないのだ。

 大納言邸の桃の木の素晴らしい枝ぶりを見て感心し、意識がようやく落ち着きそうだったところに、高直の声が直信の平穏をかき乱してきた。


「こんなことになるなら、元服などしたくなかった。僕の大事な妹はどれだけ寂しがっているだろう」

「直子は僕の妹だよ」


 疲れた思いで直信は訂正を挟んだ。しかし、それは意味がなかったと彼は即座に思い知る。

 高直は眼差しと声に力を込めて、直信に反論をし始めた。


「何を言う。直子も僕のことを『高直兄さま』と呼んでいるではないか。直子がそう呼んでくれているのだから、僕は彼女の兄だ。第一、僕の方が直子のことを可愛がっている。彼女に初めての手習いを教えたのも、琴を教えたのも僕だ」


 口元を扇で隠したまま、直信はどこから返していいのか逡巡してしまった。

 

「貝合わせだって、偏つぎだって、僕は直子と遊んだんだ」


 高直の主張は止まる様子を見せないため、結局、聞き流せないところだけは、言葉にすることにした。


「僕は妹を可愛がっているよ」

 

 君に負けないぐらいにね、と声に出さずにしっかりと付け加える。

 高直は丁寧に熱意をもって直子に教えてくれたが、まだ幼いため、手習いも琴も教えられたことを上手くできなかった。

 悄然とする直子を励まし、高直が屋敷に戻っていった後に一緒に練習して妹の笑顔を取り戻したのは直信だ。

 楽しんだ貝合わせの時間が高直の帰宅のために終わってしまい、寂しそうな表情を隠せない直子と、もう一度遊んで彼女の瞳に輝きを戻したのも直信だ。

 妹への愛は負けるつもりはない。


 それに、これからはもっと自分が頑張らなければ――


 直信が決意を固めた時に、牛車はようやく屋敷についた。


 牛車から降りると、高直は直信よりも早く、直子の部屋へ向かう。

 いつものように御簾を上げようとした高直に、直信は溜息を付きながら、その腕を抑えた。


「高直。君はもう元服したのだから」


 高直は打たれたように立ち尽くした。

 1か月前、高直と直信は元服した。その日を境として大人として扱われることになったのだ。出仕が始まっただけでなく、出仕後も挨拶をかねて、様々な屋敷の宴に顔を出すことが始まった。そのために、高直は一月の間、こちらに来ることができなかった。

 ともあれ、もう世間は二人を大人として見なしている。いかに幼くとも建前では。


 そして、大人の男性を今までのように直子の部屋の御簾の内に入れることはできなかった。

 いくら自分にとって愛らしい妹であっても、直子は血のつながりのない少女なのだ。

 世間の常識であるしきたりを突き付けられて、高直は心が冷えていくような感覚にとらわれる。

 呆然と立ち尽くしたままの彼を置いて、直信は静かに御簾の内に入っていった。

 中で愛らしい声がしているのを耳にしながら、高直は廂の間に崩れ落ちるように座り込んだ。薄い御簾が、はっきりと自分と兄妹を隔てていた。

 自分にとって二人は自分の兄妹のように思っていたけれど、隔てを置かれたことがその絆を薄いものだと言われた気がして、哀しかった。

 そして、何より――、

 もう、あの愛らしい顔をこの目で見ることができない。

 自分に寄ってきてくれる直子の髪を撫でることもできない。

 もう、あの可愛らしい声を直接聞くことができない――


 取り上げられた幸せな時間を思い、高直が俯いてしまうと、聞きなれた愛らしい声が近くで響いた。


「高直兄さま。元服おめでとうございます」


 弾かれたように頭を上げると、御簾越しに小さな姿がうっすらと見えた。

 御簾近くに直子がいざり寄り、女房を介さず声をかけてくれたのだ。

 苦しい思いを笑顔で隠し、高直は頷いた。


「ありがとう。久しぶりだね。元気にしていたかい?」


 まったくめでたい気分ではなくなっていた高直は、話を直子に向けることにした。

 しかし、すぐに帰ってくると思った返事はなかった。

 御簾の内が少し騒めいている。

 何事かと高直が首を傾げると、御簾がそっと上げられ、苦虫を噛みつぶしたような顔の直信が立っていた。


「裳着を迎えるまでだよ。いいね」

「高直兄さまですから。お入りください」


 しきたりを破って隔てを取り除いてくれた兄妹の言葉がじわりと高直の心を温める。

 高直は、自分の頬が緩むのを感じた。

 そんな彼を見て、直子は辺りを照らすような笑顔を浮かべてくれた。


ああ、僕の妹は最高に可愛い。


 高直の思いが聞こえたかのように、直信が「裳着を迎えるまでだからね」と再度念押しするのを聞き流して、部屋に入り込み、高直は目を見張った。

 香木や、鉢といったこの部屋では今まで見たことのなかった道具が置かれていた。


「お香を作っているのかい?」


 直子は小さく頷き、目を輝かせた。

「お兄様とお父様、お母様の香は、作れるようになったので、今度は自分の香を作りたいと思っているのです」

 

 可愛い妹はもう自分で香を作るようになっていたのか。


 その事実は少なからず高直に衝撃を与えた。

 香を作り、楽しむことは、大人の嗜みだ。

 高直は今まで気づいていなかったことに初めて向き合った。

 彼女ももうすぐ裳着を迎え、大人の仲間入りをするのだろうということに。

 今日とは違ってその時はこのように彼女の近くにいられないということに。

 ――そして、愛しい妹は、もう少女から女性へと成長し始めたことに。

 気づいたばかりの事実は、よく分からない思いを沸き上がらせた。

 

 寂しさなのだろうか?いや、それだけではない気がするけれど――、


 高直はひとまず分からない思いに蓋をして、愛らしくこちらを向いてくれる直子の髪をそっと撫でた。

 今は、この貴重な時間を心に刻み付けよう。


「どんな香になるのかな。できたら僕にも分けてくれる?」


 直子の笑顔が一段と輝くのを、高直は目を細めて眺めていた。


 


お読み下さりありがとうございました。

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