9話 友情と哭き声
私たちはまず、近い方のエリーの家から行くことにした。もちろん別々で別れて行ってもよいのだが、一人だと不安により心臓が張り裂けそうになる。
家が近づいていくにつれてエリーの表情が暗くなっていく。それもそうだろう。
エリーは私と同じように、両親が生きているかという不安があるに合わせて、感染してしまっているということを報告してしまったらどうなるかという不安もあるのだ。
「エリーは本当にダンタリオンのことを話すの?」
私は思わず聞いた。するとエリーはその場で立ち止まり私の目をじっと見る。
「うん。今の私を受け入れてもらえてなかったら結局だから……」
エリーのこういうところはつくづく肝が据わっているなと思う。
わたしならずっと悩んでしまうだろう。
それからしばらく荒れた街並みを歩いて、とうとうエリーの家の青い屋根が見えてきた。
「ねえ、ソフィー、ソフィーも一緒に家の中まで来てほしい。そうじゃないと私……」
そりゃそうだ。いくら肝が据わっているといってもそんな容易なことではない。
私は何も言わずにエリーの手を握りしめた。
エリーがインターホンを押す。それと同時に鳴り響く電子音が余計に私たちの緊張感を高めていく。木製の扉の向こうから誰かの足音が聞こえ、すりガラスに人影が写る、そして鍵がガチャリと開く音が聞こえた。
少しの音を立てながら開きゆく扉の奥には、目に涙をためたエリーの両親の姿があった。
エリーと目を合わせるやいなや両親たちはエリーを抱きしめる。エリーはお父さんとお母さんに包み込まれて緊張感から解き放たれているようだった。
「エリー、良かった。生きていてくれて本当に良かった。おかえり」
「ただいま!」
これほどまでに明るく感動的なエリーの笑顔は初めて見たかもしれない。そう言えるほどの笑顔だった。そんな光景を見ていて、私の心の中には期待と不安の二種類の気持ちが募るばかりだ。早く家族に会いたい。会って、今のエリーみたいに抱きしめられたい。だけど、会えないかもしれないんだ……
しばらくして家族の再会を喜ぶ抱擁は終わり、エリーが再び少し緊張した表情をしていた。
それから私たちはリビングに通され、エリーの両親とテーブルをはさんでソファーに座る。
十数分ほど話をした時だった。エリーは突然暗い顔をした。
「あのね、ママ、パパ、言わなきゃいけないことがあるの。実は……」
エリーはそれからウイルスに感染したこと、研究室へ行ったこと、これから旅をすることのすべてを伝えた。
もちろん、エリーの両親は驚いていた。それに旅をすることには少し反対したいようだった。だけど、エリーがすべてを話し終えた後、エリーの頭をなでて、もう一度抱きしめていた。
「もう少し居ておきたかったけど、これで私たち、出発するね。元気でねママ、パパ。行ってきます」
そのセリフを伝えるとき、エリーは少し泣いていた。私はそんなエリーの小さく華奢な背中を何度か擦る。
「受け入れてもらえてよかったね。それにちゃんと言えるなんてすごいと思う」
「うん。説明できたのはソフィーのおかげだよ。ソフィーがいなかったら私、怖くて言えなかったと思う」
それから私たちは私の家がある方を目指して歩いた。家が近づくにつれて私の拍動はどんどんペースを上げる。それと同時にお母さんとお父さん、そして弟の顔が思い浮かんだ。
私はただ生きてほしいと願いながら一歩一歩距離を縮めていく。
しばらくして家の前につき、ドアについてある金色のベルを何回か鳴らした。
しかし、さっきのエリーの家の時のように誰かが近づいてくる足音はしない。
私は一回深呼吸をしてからもう一度ベルを鳴らした。
それでも何の反応もない。嫌だ。嘘。そんなこと……
「嫌だ。誰か、誰か出てよ。お願いだから……」
私はひっきりなしにベルを鳴らし続ける。
チリン…
チリン……
それでもやっぱりなんの反応もなかった。
一気に体中から力がなくなっていく。今まで私を支えていた何かがなくなったようだった。心にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。私はそのまま地面にぺたりと座り込んだ。
泣いている感覚はないが、頬を大量の涙が伝っているのはよくわかる。
するとエリーが私の背中に触れた。そして私があの時やったようにエリーは私の背中を擦ってくれた。
その瞬間何か心のリミッターが外れたようだった。
無音だった涙が、嗚咽とともにあふれ出る涙に変わる。
そしてそんな私をエリーが背後から包み込むように抱きしめる。
気が付けば私は小さい子のように大きな声で哭いていた。
あれだけ会いたい、そして抱きしめられたいと願ったのに会えなかった悲しみは計り知れない。これほどの悲しみを味わうのはもちろん初めてだ。私だけが生き残って私以外は死んでしまっているだなんて……
しばらくして、私は哭き疲れてしまい声も涙も枯れてしまった。