7話 夜明けと再開
「これから君たちはどうするつもりだ?」
セラフィムさんにそう聞かれ、私たちとエリーは数秒間目を見つめ合った。しかし、互いに答えは出ない。
「それは…… まだ……」
私はなんだか申し訳なくなりボソッとつぶやきながら俯く。
「まあ仕方ない。こんなことになれば誰だってどうしていいかわからなくなる。
しかし私の予定だけは伝えておこう。これから私はエリーに血液をもらい、ダンタリオンのワクチンを作ろうと思う。しかし、それには何年だってかかるし、研究している間にもダンタリオンが突然変異してしまいワクチンの実現は無理かもしれない。だが、エリー、君のことだけは救えるかもしれない」
私はその事実を聞いて嬉しく思う反面、この世界はどうなってしまうのだろうという不安はあった。
「私たちに何かできることはありませんか?」
咄嗟にそんな言葉が私の口から出てきた。しかし、セラフィムさんは表情を明るくするどころか少し悩んだ表情をする。
「こんなことを言うのは酷だが、ワクチン制作において君たちが直接できることはない。強いていえば、エリーに血の提供を願うぐらいな。しかし、別ルートでしてほしいことがある」
「それは……?」
エリーが尋ねるとセラフィムさんは再び悩んだ表情をした。
「君たちには他の地域の状況、そして天使について調べてもらいたい。もちろんエリーにはとても危険なことだろう。しかし天使だなんてそんな非科学的な存在は私には合わなくてな。頼めるか?」
私は容易には頷けなかった。もちろんこれほどまでによくしてくれたセラフィムさんの願いを聞き入れたい。しかし、エリーの命に危険があるなんて……
私は黙りながら下を見ていることしかできなかった。
「やります。やらせてください!」
エリーの声だった。私は驚きながらもエリーの顔を見る。
私の目には今までにないくらい真剣な顔をした エリーが映っていた。
なに、私はくよくよしているんだ。エリーがこれだけ強い心を持っているというのに……
エリーの身に危険が及ぶというなら私は絶対にエリーを守り抜くんだ。
私はギュッと両手に力を入れてセラフィムさんの真っ赤で惹きつけられるような目をじっと見る。
「私もやります」
「そうか。それならよかった。それとついでに、君たちのご両親の安否を確認してくるといい。いつ出発するかは君たちの心が落ち着いてからでいい。気が楽になるまでここに……」
セラフィムさんが突然黙り、唇に細くすらっとした人差し指を当てて私たちに合図をする。
”カッカッカッカッ……”
私たちが下ってきた階段の方向から足音らしき音が聞こえてきた。
「まずいかもしれない。君たちは早くそっちの裏口から逃げるんだ」
セラフィムさんは何もないただのコンクリートの壁を指さした。
するとセラフィムさんは白衣のポケットから手に収まるサイズのリモコンを取り出す。
セラフィムさんはあわててリモコンのボタンを押す。その数秒後に何もなかったはずのコンクリートの壁の一部分が両開きのドアのように手前に開いた。
すごすぎるシステムに圧倒されながらも、徐々に階段を下る足音は近づいてくる。
「よし。君たちならできると信じているぞ。必ず帰ってくるんだ。1週間以内は無理かもしれないがそれ以降ならいつでも帰ってきてくれて構わない。そうだ、それと……」
セラフィムさんは再び白衣のポケットに手を入れて、今度はスマートフォンを取り出した。
「これを君たちに渡そう。もし何かあればその中の連絡先に入ってある”地下研究室”に連絡してくれて構わない。暗証番号は円周率上10桁を逆にだ。それじゃあ検討を祈る」
セラフィムさんは少し早口になりながらも冷静に私たちに生きるすべを与えてくれた。
私とエリーはセラフィムさんに手を振ってコンクリートでできた隠し扉の奥へと足を勧める。ふと振り返ると徐々に閉まりゆく扉の隙間からセラフィムさんの親指を立てた右手がちらりと見えた。
それから数秒後にセラフィムが誰か男の人と話をする声が聞こえてきた。
私は心の中でありがとうと告げてエリーと一緒に前へ歩き出す。
扉の先に続いていたのは研究室へ来るときに通った道と同じような階段だった。
私たちは一段一段ゆっくりと上っていった。
「ソフィー、本当にありがと。ソフィーがいなかったら私絶対に死んじゃってた」
「ううん。私もエリーがいたからあきらめないで頑張れたんだよ」
私たちはまだ先のある階段の中腹でお互いを抱擁し合った。
ドクン、ドクンとエリーの心臓の動きが伝わってくる。ほら、ダンタリオンなんかに侵されていてもエリーはちゃんと生きてるんだから。
こうやって抱きしめ合っていると、少し照れ臭いけどとっても心が落ち着く。
私、エリーとなら絶対に生き抜いて見せる……
それから階段を上り切ると、研究室への階段を見つけたときのような一枚の鉄製の板がった。
私とエリーはその蓋を下から一緒に押し上げる。
少しできたその隙間からは日差しが差し込んできていた。
「研究室にいる間に朝になったんだ……」
私はそうつぶやきながらも鉄製の板を勢いよく押し上げて、扉を開けた。
ぱっと視界は明るくなり、思わず私たちは目を細める。
私たちはあたりをきょろきょろしながらもそこから地上へ上がり、開けた扉をもとの位置に戻した。その板には小麦の模型がたくさんついた布がマジックテープで張り付けられていた。おそらくこれはこの隠し扉をカムフラージュするためのもので、季節によって小麦の成長に合わせ、布を替えているのだろう。私はセラフィムの天才さに感心しながらも、セラフィムのことが心配になる。
しかし、早朝の気持ちい風が私たちの周囲を通り抜ける。それはまるでセラフィムが私たちに頑張れとエールを送ってくれているかのように感じられた。
「ソフィー! おはよう!」
私の目には笑顔のエリーが映っていた。
きっと、何かいいことがある。辛いこともあるかもしれないけど最後はきっとよくなるんだ。エリーと一緒なら……
「エリー、おはよう!」
私はエリーと同じくらいの笑顔でエリーに微笑みかけた。