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6話 天才と過去

村野です

よろしくお願いします

まだ出会ったばかりだからだろう。私には セラフィムという女性がどういう人なのか分からない。でも、エリーの言う通り悪い人ではない気がしてきた。

セラフィムがコーヒーを注いで戻ってくる。


 「さて、私が持っているだけの情報を教えてあげよう……」


私は息を飲む。多分エリーもそうだろう。

突然、日常を壊したこの悪夢について少しでも知りたい。そんな私たちの思いにやっと答えが出るかもしれないからだ。

ただセラフィムは私たちと対照的に自然体だった。

そういえば座るところがなかった、ソファに三人並んでするような話でもないだろうとセラフィムはトレーを置くと椅子を並べる。いや、椅子と呼べる代物ではなかった。 床に散らばった本を積んでどこからか取り出した紐でくくっただけ。それにも関わらず、セラフィムは特に悪びれた様子もなく、これこそ椅子だと目で語っていた。

私たちは思わず顔を見合わせた。


「あ、テーブルもいるか。ちょっと待っててくれ」


テーブルはちゃんとあったようで、セラフィムは部屋の隅からそれを引っ張ってきた。ただその上に書類の山ができていてカップの置き場などなかった。セラフィムは無理やり書類を退かしてスペースを作る。床に紙が散らばっても気にした様子はない。

ああ、だからこんなに散らかってるんだなと納得した私は苦笑いをする。なんだか変わった人だ。


「これは私が豆からこだわったやつだぞ。どうぞ、味わってくれ」


などと言いながらセラフィムは自分のカップに白衣の内側から取り出した追加のフレッシュとガムシロップを大量に入れていた。

こだわってるんじゃないの!?という言葉は飲み込み、私はマグカップに口をつける。そして、驚く。想像に反して美味しかったからだ。こだわっているという話は本当らしい。自分は飲めないのに淹れるのは上手いとは変な話だけど。


 「どうやら口にあったようで何よりだ。じゃあ、まずは私のことを話そうか。」


セラフィムは優しく微笑む。そして、ポツポツと話し始めた。


セラフィムの声は透き通っていて聞き取りやすく、話し方も理路整然としている。だけど、語られる内容はあまりに残酷なものだった。


セラフィムは孤児院で育てられたらしい。親の顔は覚えていない。物心つく前に孤児院に押し付けられるように預けられたからだ。理由は今も分からないようだ。ただ両親はかなりの金持ちだったらしい。だからこそ、特に事情を聞くこともなく二つ返事で孤児院はセラフィムを受け入れた。


「まあ、ありふれた場所だった。だからこそ、私は気味悪がられたんだが」


孤児院という子供の小さな閉鎖社会においては、些細な差異であろうが問答無用に差別される。アルビノのセラフィムは周りから気味悪がられた。彼女の子供らしからぬ聡明さもそれに拍車を掛けた。

セラフィムは次第に直接的にいじめられるようになった。食事を奪われたり、暴力を振るわれたり。孤児院の職員、大人もそれを黙認し、セラフィムは名前すら与えられることはなかった。

彼女は次第に感情を封じ込め、無表情を貼り付けるようになった。それが彼女なりの防衛策だった。


「一番キツかったのは真夏に孤児院から放り出された時だな。文字通り陽射しに焼かれたよ」


セラフィムは笑いながらそう語る。

私はどんな表情をすればいいのか分からず、ただ俯いた。


「しかし、私が13歳ぐらいのとき、ああ、丁度君たちと同じくらいだな。突然、そこから解放される時がやってきた」


孤児院に見知らぬ大人がやってくることはたまにある。いわゆる里親となろうとする人だ。ただその日ふらっと訪れた男は毛色が違っていた。養子を探そうとするわけでもなく、全ての子供達を集めてテストを受けさせた。セラフィムはその時もお前には関係ないと一人だけ孤児院内の掃除を押し付けられていた。しかし、たまたま誰かが捨てた問題用紙を拾い何となく解いてみた。

結果、彼女に与えられたのが、セラフィムという名前と白衣だった。


「私を拾ったのは国がバックについたとある研究所だった。そこで色々仕込まれ、私は研究室に入れられた」


控えめに言っても天才だったわけだ、私は。前から分かっていたがね。セラフィムは冗談っぽく言って、コーヒーをすする。


「まあ、専門的な話になるから簡単に話すが、そこで研究されてたのは細菌とかウイルスだ。そして、ワクチンを開発したりしていたのだが、突然方針が変わっていってな。研究を軍事転用し始めた」


それは突然の暴走だった。研究所は国際法で禁止されている生物兵器を開発し始める。


「付き合ってられなくて私は抜けた。もちろんそこまで腐った組織は私を口封じでもするだろうから、こうして地下で息を潜めていたわけだ。私の体質的にも合ってるしな」


諸々の資金は貯めた給料を投資に突っ込み作ったらしい。私は何となくどれだけ儲けたのか尋ねて卒倒した。全く現実味がないほど大きな数字だったからだ。


「まあ、ここまでが私の身の上話だ。それが君達とどう繋がるかだが、奴らの研究の中でこの事態を引き起こせそうなものが一つあってな」


セラフィムは続ける。


「あれは奴らにも制御できていない代物だった。奴らはそのウイルスをダンタリオンと名付けた。人の心を読み取り操る悪魔のことだ」


ダンタリオンは感染者に何ら直接的な危害は与えない。ただ驚異的な速度で増殖し、血管を流れて脳へと向かう。そして、どういうメカニズムなのか脳を乗っ取り感染者の体を自在に動かす。もっと同胞を広げるため。ただそれだけの為に存在している。


「天使の方は分からないが、狂った人々というのは十中八九ダンタリオンの感染者だろう。事故か意図的に放ったのか、分からんが恐らく後者だろう。この街には研究所の表向きの拠点がない。そうやってシラを切るつもりだろう」


わたしは唖然とした。国がバックに付いている研究所がこの惨劇を起こしたというのか。何の目的かは分からないが守るべき国民を犠牲にする国に怒りを抱いた。


「ダンタリオンは奇妙なウイルスだ。進化の速度も異常で研究のしようがない。そういうわけでは一番興味深いのはエリー、君だな。普通、ダンタリオンに感染すれば数秒で自我を失うはずだ。しかし、君はまだこうして自分を保っている。良いサンプルとなるだろう」


私は思わず身構える。エリーは渡さない。

だけど、セラフィムはそんな私を見て違うと言わんばかりに手を振る。


「奴らに気をつけろという話だ。奴らはこの国にあらゆるところに根を張っているからな。重要なのは先のことだ。次はこれからの話でもしよう」


セラフィムは尚も落ち着いている。

本当にすごい人だ……。セラフィム、いやセラフィムさんの話なら信用できる気がする。きっとエリーもそうなんじゃないかな。









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