5話 地下と白衣
よろしくお願いします!
「そういえばまだ自己紹介をしていなかったな。私はセラフィムだ。気安く呼んでくれていい」
セラフィムというそのアルビノの女性は赤い目で私のことをじっと見つてくる。埃っぽく薄暗いこの部屋の中で私たちは話を続ける。セラフィムという言葉は私やソフィーが入っている宗教の中で最高位の天使を表す言葉だった。このきれいな顔立ちと妖艶さからしてその名前は彼女にぴったりだろう。しかし、今の私にとって天使を連想させるものは少し怖かった。
「す、素敵な名前ですね。私はエリーって言います」
「そうか?こんな大げさな名前私には似合わないだろう。ところで今だに扉の向こうで寝ている少女は何という名だ?」
私があえて口に出さなかったのにも関わらずセラフィムはソフィーのことを訪ねてきた。
これが不審に思えてしまうのは、度重なる不遇な出来事のせいだろうか。
「彼女は私の親友で、名前は……」
私がソフィーの名を言おうとした時だった。
「エリー‼ どこにいるの!?」
扉の向こうから突然ソフィーの声が聞こえてきた。
「おや、起きたようだな。あの扉はさび付いていて君たちじゃ開けられないだろうから私が開けてこよう」
そう言うとセラフィムは一拍置いて深く沈みこんだソファーから立ち上がり、戸の方へ向かう。
ぎしぎしと音を立てながらドアが開かれると同時にちらりとソフィーの顔が見える。
二人は部屋の中に入り、再びさび付いた扉が音を鳴らしながら閉じた。
「あっ、あなたは誰ですか!? エリーになにかしたんですか!?」
のどがかすれて、震えるほどにソフィーは叫んでいた。ソフィーは突然セラフィムから離れてポケットに手を入れる。しかし次の瞬間ソフィーの表情が驚いた表情に変わった。
私は一瞬でソフィーが何をしようとしていたか理解した。
ソフィーは銃をセラフィムに向けようとしたんだ……、私を守るために……
「ソフィー‼‼ 大丈夫! 私は何もされてないし、その人は良い人かはわからないけど悪い人じゃないから……」
私はおびえた獣のような目になっていたソフィーのもとに駆け寄った。
「あぁ、私はセラフィムだ。彼女の言う通り良い人でも悪い人でもない」
セラフィムの自己紹介を聞き、エリーは突如目の色を変えた。
「セラフィム…… て、天使はダメ! エリー、逃げよ!」
「そ、ソフィー! 待ってこの人は別に天使ってわけじゃ……」
私とソフィーの隣からすさまじい視線を感じる。それは彼女の特徴的な赤い目のせいかもしれないし、私が少しの不信感を未だに抱いていたかもしれない。
「どうした? 天使は君たちを狂ってしまった人々から守ってくれる存在だろう。なぜ私が天使だったならば逃げようとする」
セラフィムは腕を組みいかにも考えているかのようなポーズで私たちのことをまじまじと見つめてきていた。
「エリー! いいから!」
ソフィーが私の手首をギュッとつかみ扉の方へと引き寄せる。
私はソフィーと一緒にその扉を押したが、ギシギシと音が鳴るだけでびくともしない。
「その扉を開けるには少しコツがいるんだ。ほら、私は何もしないから話してくれないか?」
「ソフィー、大丈夫だから……」
それから私たちは先ほどまで座っていたソファーに腰掛けた。
しかし、今回は私の隣にソフィーがいるおかげか心臓の拍動がゆっくりと落ち着いている。
「じゃあ、話を聞こうか」
私はゆっくり全部を話した。お祭りにいて突然目の前の人が倒れて起き上がったと思えば人を殺し始めたこと。そしてその人の血を少しだけ浴びてしまったこと。
天使が現れてみんなを殺し始めたこと。そしてそこから逃げてきたこと。
鮮明に思い出せば出すほど心臓が痛む。
実際、私が狂いかけてしまったことに関してセラフィムは驚いていた。しかし私に敵意を見せるようなことはなかった。
「エリーにソフィーか…… とってもつらかっただろうな。でもこれからもっとつらいことが起きるかもしれない。それは覚悟しておいてほしい。そして強く生きてもらいたい」
言葉の一つ一つが重くて私たちはこくりこくりとうなづくことしかできなかった。
ただそれが心に染みていないというわけではない。むしろ強く心の中に刻まれたようだった。
「エリー、あとで血液を少しもらえるか? もしかすると対処できるワクチンや血清を作れるかもしれないからな」
「ほ、ほんとですか!? エリーも元通りになれるんですか!?」
ソフィーが目を大きく見開いてセラフィムに話しかける。それに若干驚きながらもセラフィムは頷いた。正直私としてもとっても嬉しい。
だけどソフィーが自分自身のことかのように大きく喜んでいるのを見るととても嬉しかった。
「さて、じゃあ。今度は私が話をしよう…… と思ったがコーヒーでも飲んでからにしようか。客人にコーヒーやお茶の一杯も出さないだなんて失礼だからな」
そういうとセラフィムはソファーから再び立ち上がり部屋の奥まで歩いて行った。
暗がりの中でぼんやりと白衣が見えるだけになったころちょうどその方向でセラフィムがスタンドライトをつけてかすかに明るくなる。
次に私を刺激したのはコーヒーの香ばしい香りだった。
セラフィムはもしかすると私たちを落ち着かせようとしてくれているのかもしれないと思った。あぁ、良い人かわからないかもなんて失礼なこと言っちゃったけど、すっごく良い人だ……
数分後セラフィムはトレーに、コーヒーの注がれたマグカわップ3つとコーヒーフレッシュ、ガムシロップをいくつか乗せてソファーのところまでやってきた。
「さて、私が持っているだけの情報を教えてあげよう……」