87:希望の未来へ、レディ・ゴーーーーーーーーー!
「えっ、ちょっ、父上……ええええええええ……?」
オリオン帝国軍のうめき声が響く中、ヴィンセントくんが何とも言えない反応をした。
それはそうだろう。第一王子がトンチキになって第二王子がそのパシリになって国王が死んだとなれば、これからは自分が頑張るしかないと男として覚悟を決めた状況だったのだから。生きていたのは嬉しいだろうけど、まぁ複雑だろうね。
結局、「おかえりなさい、父上」と泣き笑いのような表情を浮かべるのだった。
「フッ、ただいまヴィンス。少し見ない間にずいぶん成長したようだ。……だがその様子だと、玉座に座り損ねたことがちょっぴり残念といったところかね?」
「えッ、いえいえいえいえいえっ、そんなことは!?」
「安心したまえ。一度玉座を追い出された身で出戻りするほど、私も恥知らずじゃないさ。それに……」
瞬間、国王から放たれていた凄絶な魔力が薄れ、彼の身体がぐらりと傾いた。
何やらこちらに倒れこんできたので、咄嗟に私が抱き留めてあげようとしたところで――ウォルフくんとウェイバーさんがロンゲの金髪を引っ張って無理やり支え、ついでにシンくんが胸元をどついて姿勢を戻す。
「テメェこのクソジークフリートッ! どさくさに紛れてソフィアに抱きつこうとしてんじゃねぇ!」
「どうして生きているのかは知りませんが、お疲れのようですねぇ国王陛下? ここは土に還って休んでは?」
「何だか知らんが貴様のアホ顔を見ていると殺意が沸いて仕方ないんだが……!」
……三方向から罵詈雑言を食らうジークフリート。最強の国王陛下もずいぶんと扱いが軽くなったものである。
と、そこへ。
「――なるほど。どれだけ権力を持ったパワハラ上司だろうが、職を失えばただの性格の悪い無職のオッサンというわけか。これは勉強になったな」
突如聞こえてきた抑揚のない声に私たちは一斉にそちらを向く。
そこにはニーベルングと共に国を裏切ったはずの第二王子、バルムンクのヤツがいた!
「ア、アナタ、今までどこで何をやっていたのよッ!?」
「決まっているだろう、そこの性格の悪い無職のオッサンを蘇らせていたんだよ」
なっ、死んでいた性格の悪い無職のオッサンを蘇らせる!? 銀髪の王子は無表情のままとんでもないことを言い切った。
っていやいやいや……死人を蘇らせるなんて……あっ、
「そっか……ハオの人体改造技術を、ジークフリートに……!」
「フフッ、そういうことだよソフィアくん。まぁニーベルングのように生きている内に施術したのならともかく、死体は流石に厳しいらしくてね……。鮮度の落ちた細胞では魔物の因子が適合しきれず、再生力も実に中途半端なものさ……」
そう言ってジークフリートが袖をまくると、彼の手首には死斑が浮かび上がっていた……!
よく見れば肌色もひどいものだ。真っ白を通り越して少し青ざめている。それこそまるで、死んでいるように……。
「理解したかね、今の私は生きているだけの死体に過ぎないというわけだ。重力魔法を応用して血液は循環させているが、わずかにでもリズムが乱れれば先ほどのように倒れこみ、もしも解除しようものなら……私の身体はたちまち腐り果て、今度こそあの世行きというわけさ……」
本当にやられたものだと弱々しく笑う元国王。
う~ん、私だったら生きているだけ儲けモノって感じだけど、病人同然の身となったことは戦争大好きな彼にとってかなり堪えているらしい。傷心している彼の姿は、とても自ら戦場に突撃して十数か国を侵略してきた大王様には見えなかった。
――ともかく彼が生きていた理由はわかった。だとすれば残る疑問は、どうしてバルムンクが暴走したニーベルングに従ったかだ。
最強の国王を蘇らせたということは、最初からニーベルングに逆らう気だったということなのに。
そんな私の疑問を、弟であるヴィンセントくんが代弁する。
「バルムンク兄様……一体どういうことなのですか? 僕と斬り結んだ時には、『考えるのも面倒だから上司の指示に従うだけだ』と言っていたのに、ニーベルング兄様を裏切って父上を蘇らせるなんて。あれは演技だったのですか?」
「いいや、演技ではないさ弟よ。ただその上司というのが、兄者ではなく父上だったというだけだ。
……私はかねてからこう言われていたんだよ。『あれこれ考えるのが面倒だというのならそれでいい。ただしお前は王族だ。民衆の平和も家族の命も二の次でいいから、国を守ることだけ考えていろ』とな」
「なっ、そ、それならば、最初からニーベルング兄様になどは従わず、僕たちに味方してくれればよかったんじゃ……!?」
当然の問いを投げるヴィンセントくん。そんな弟の言葉に対し――バルムンク王子はわずかに口角を吊り上げて、地面に横たわったオリオン帝国の皇子を見下した。
「おかげで釣ることが出来たじゃないか、国家に仇なす蛆虫が」
「――ッ!?」
冷たく放たれたその一言によって、全ての疑問は氷解した。
えええええええ……まさかこの人、敵国が好機と見て飛んできたところを横からブン殴るために、あえてニーベルングの反逆を許したの!? そのために内戦が起きるのを許したわけ!?
ぎょっとする私たちをよそに、バルムンク王子は相変わらずの平坦な声で言葉を続ける。
「ニーベルングの反乱から数万人の帝国軍が飛んでくるまで一晩もかからなかっただろう? そう、コイツらは王国のあちこちに兵士とスパイを忍び込ませていたんだよ。そこの腐りかけた無職のオッサン……ジークフリートがワンマン決定でいくつもの国を侵略しまくっていたからな、国境線の拡大と繰り返される民族の混合に紛れ込むのは容易だっただろうさ。なぁ父上よ?」
「……スパイくらいは当たり前にいると思っていたさ。だが私が生きている間は敵も手を出さないと考えてだな……」
「世界最強の父上よ、『病気』や『事故』という言葉を知っているか? おそらく五歳程度で覚えるはずだが」
「……」
“人間なんていつ死ぬかわからないのだからそのへんの対策はしっかりしておけ”と暗に言い放つバルムンク。そんな息子の言葉にジークフリートはもうだんまりだ。
かつてだったら最強オーラを放ちながら言い返すなりしていただろうが、今のこの人は子育てに失敗して息子一号に玉座から追い出された無職の一般人である。それで内戦が巻き起こって敵国に侵略する機会を与えてしまったのだから、もはや何も語れまい。
あんまりにも可哀想になったので、とりあえず私は背中を撫でてあげた。
「ソフィアくん……キミはやはり聖女のようだね。ところで今、私には妻がいないのだが」
「あ、ごめんなさい、収入がないおじ様とはちょっと……」
「収入がない……!?」
改めて自分がどんな立場か気付かされ、ショックを受ける元国王様。そんな彼は置いておいて、私は思わず溜め息を吐いた。
はぁ……正直言って怖すぎでしょうバルムンク王子ッ!!!
今回の騒動って全部この人の手の上だったみたいなものじゃない!? この人ぶっちゃけ黒幕じゃんかーーーー!
仲間たちも同じ気持ちだったらしく、何とも言えない視線を送る私たちに対し、バルムンクは無表情のままプクッと頬を膨らませた。え、なにその感情表現。
「文句を言うな……どうせ私では暴走したニーベルングには勝てなかっただろうから、これが最適解だろうが。あの馬鹿魔王にキラキラとした目で『さぁ弟よ、未来に向かって共に行こう! 行かなければ焼き殺すッ!』と言われた時の私の恐怖を考えろ」
「いや、まぁ、そりゃ怖かっただろうけどね、うん……」
その馬鹿魔王の暴走を平気で利用したアンタも十分怖いっての……!
――そう私たちがツッコもうとした時だった。周囲で倒れ込んでいたオリオン帝国兵たちが、必死に身体を起こし始めたのだ。
ああそうか、ジークフリートが弱っているせいで、重力魔法が解けかけてるんだ……!
「ぐぅうう……やってくれたな貴様ら……! だが我ら誇り高き帝国軍人は、貴様らのような下賤な輩には決して負けることなど……」
そう言いながら兵士が立ち上がろうとしていた時だ。
そんな彼の無防備な顎を、どこにでもいるような一人の少年が蹴り砕いた――ッ!
「ぐぎゃぁああーーーーッ!?」
「黙って死ぬがいい侵略者どもッ! 我が聖女への想いに懸けて王国の未来は奪わせんッ!」
凛とした声で叫ぶ少年……よく見れば彼、死にかけの母親と一緒にキマイラたちに殺されそうになっていたところを私が助けてあげた子だった。
そんな彼を皮切りに、つい先ほどまで人質と化していた民衆たちが次々と帝国兵に押しかかり、全員でボッコボコに殴り倒していく!
「あぁよく言ったぞ少年よ! 我らはもはや守られるだけの群衆にあらずッ!」
「聖女様とその仲間たちが救ってくれた我らの命、今こそ光を放つときッッッ!」
「覚醒の時はやってきた! さぁみんな、拳を握って戦うんだ! 共に希望の未来を掴もう!」
ああぁあああぁぁあああぁぁ……なんということだろうか……!
どっかの馬鹿みたいに妙に仰々しい口調で叫ぶ人々の瞳は、どっかの馬鹿みたいに『太陽』のごとく輝いていた――!
本当に、魔王ニーベルングは恐ろしい男だ。
私を女王にするという思惑は外れども、人々の心に炎を宿すという目的はしっかり果たして散っていったのだから……!
ゆえに、もはや彼らは群衆にあらず。一人一人が未来への希望を持った戦士として次々と敵軍に襲い掛かっていったのだった。
そんな馬鹿みたいな光景を前に、私は馬鹿魔王のお父さんに呟く。
「よかったですね、お父様。アナタが最強ではなくなった代わりに、王国民は最強の民になったみたいですよ?」
「フッ……あぁまったく、その通りだな。どこかの馬鹿息子はとんでもないことをして死んだものだ」
皮肉げに口角を上げるジークフリート。
……彼の微笑にわずかに寂しさが混ざっているように見えたのは、気のせいじゃないと思いたい。
かくして動乱の夜は明け、太陽が彼方に浮かび上がる。
その輝きを受けながら、私はみんなに吼え叫んだ――!
「ウォルフくん、ヴィンセントくん、ウェイバーさん、それからシンくんにシリウスの街のみんなもッ!
私たちも一緒に戦いましょうッ、全力で暴れまくって私たちの強さを見せてやるのよッ!」
『オォォォォオオオオオオーーーーーーーーーーッ!』
疲れも忘れて腕を掲げる仲間たち。
私も元気を絞り出し、ボロボロになった剣を掲げてみんなを率いて駆け出した。
せいぜい地獄で見ていなさい、ニーベルング。今日だけはアンタへの弔い代わりに、理想の聖女になって戦ってあげるわ!
「さぁみんな、希望を胸に!」
希望なんてあんまりないけどッ!
「燃えるような勇気を力に!」
勇気なんてもっとないけどッ!
それでも、
「望んだ未来を掴むために、止まることなく進み続けましょうッ! 私たちの戦いは、これからよーーーーーーーーッ!」
平凡で平和でちょっとお金持ちなお嫁さんになるのが私の夢なんだからっ!
そんな理想を叶えるために、私は今日も戦うのだった――!
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