86:奇跡の復活!(「帰れ」※一部の声)
「すまないソフィア、無様なところを見せてしまったな……。みんなにも、馬鹿な兄様が迷惑をかけた」
魔王ニーベルングを倒してから数分。ヴィンセントくんは私の胸から顔を上げると、ウォルフくんをはじめとした仲間たちに頭を下げた。
そして力強く涙を拭うと、凛とした表情で彼方を向く。
もはや弱みは見せられない……彼の視線の先には、魔王が倒れたと知ってこちらに駆けてくる、避難していた民衆たちがいたからだ。
家族の遺灰に突き立った剣を振り上げ、ヴィンセントくんは高らかに吼える。
「民衆たちよ――魔王ニーベルングは僕の手で討ち取ったッ! 王都の平和は取り戻されたのだーーーーッ!」
『オッ、オォオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!?』
夜明け前の空に響き渡る勝利宣言。それを耳にした瞬間、大いに沸き立つ何万人もの民衆たち。
生き残った歓びを胸に、王国を救った若き王子に栄光あれと喝采する。
「さぁ人々よ、腕を掲げて声を張れッ! 悲しみの夜は終わったのだッ! 僕と共に戦ってくれた『聖女ソフィア』とその仲間たちに、どうか目一杯の賞賛をーーーーーーーッ!」
『うおォォオオオッ! 万歳ァァァァアアアアイイッ! ヴィンセント王子万歳ッ! 聖女ソフィア万歳ッッッ!』
諸手を上げて狂ったように人々は叫ぶ。誰もが涙を流しながら、心からの感謝を私たちへと送ってくれた。
もちろん私やウォルフくんたちだけでなく、シリウスの街から駆けつけてくれた亜人種たちや元貧民たちにも一緒にだ。
もはや差別意識など関係ない。王都の民衆たちにとっては、誰もが命を救ってくれた英雄たちなのだから。
見た目三歳児のドルチェさんを集団で高い高いしたり、筋肉ムキムキの人たちが男泣きしながらガンツさんに抱きついて顔面を真っ青にさせていたり、全方位から向けられる真っ直ぐな感謝に皮肉屋のシルフィードがあわあわと赤面して慌てていたりと、空気は途端にお祭り騒ぎだ。
避難誘導やお年寄りなどの搬送に当たっていた元貧民の人たちも、みんなから感謝されてボロボロと泣いていた。
「ありがとうなぁ、亜人種の人たち……! 今まで馬鹿にしてて、本当にすまなかったッ!」
「アンタたちのおかげで国は救われたっ!」
「聖女ソフィア様ッ、魔王との戦いは見ていました! ボクもなりたい……アナタのような輝ける人にッ!」
感謝の言葉を口にしながら、周りを囲んで涙ながらに手を握ってくる民衆たち。そんな彼らの想いがこそばゆい。
う~~~~ん、チヤホヤされるのは好きだけど、やっぱり聖女扱いはちょっと恥ずかしいなーーーー!
でもニーベルングの思惑通りに行っていたら新たな国の指導者にーとかガチ面倒くさいことになってたんだけどねぇ、それに比べたらまぁいっか!
というわけでみんな、どんどん私のことをチヤホヤしまくってねー! ムッフッフッフッフゥ~!
――かくして、私たちが疲れも忘れてみんなで騒いでいた時だ。
やがて昇りくる朝日と共に、王国の新たな歴史が始まると思っていた……その瞬間、
「フゥンッ、まったくノンキな愚民たちだッ! これからは一匹残らず奴隷になるとも知らずになーーーーッ!」
キザッたらしい声と共に、全方位から無数の魔法弾が放たれた!
それらは王都の中心で騒いでいた私たちの足元に打ち付けられ、歓喜の中にいた人々が悲鳴を上げる。
「なっ、これは一体……ッ!?」
追い立てられた家畜のようにひと塊にされながら、私たちは周囲を見渡す。
そして、絶句した。なぜなら全方位より軍靴の音を響かせながら、数万を超える軍人たちが姿を現したからだ……!
困惑する民衆たちをよそに、彼らは瞬く間に包囲を狭めて人垣の檻を形成する。
「フッフッフッ、お疲れのところ悪いなぁ王国民たちよ。これよりこの国とお前たちの命は、我が『オリオン帝国』の所有物となるのだ」
そう言ったのは、ひときわ豪奢な軍服を纏った茶髪の青年だった。
顔立ちは、どことなくギルド職員のレイジさんを思わせるような優男風だが、その口元には下卑た嘲りの笑みが張り付けられていた。
「アナタは、一体……?」
「おぉっと! これは美しき聖女様、うっかり申し遅れてしまった。オレの名はリオネル・ライネス・ジュニオール・ジ・オリオン。偉大なる大帝国の皇子であるッッッ!」
リ、リオ……? なんとかんとかオリオンがそう叫ぶと、周囲を取り囲んでいた軍勢が一斉に喝采を上げた。
なんか知らないけどとりあえず偉い人らしい。
……というかオリオン帝国って、遠く海を越えた先にある大国家のことだよね。
え……そこの皇子様と大軍勢に取り囲まれてる状況って、まさか……?
「ねぇヴィンセントくん……これって、その、」
「ああ――どうやら僕らは、内部抗争の隙を見事に突かれてしまったらしい。要するに、王都陥落……セイファート王国は終わりだよ」
って…………えええええええええええええええええええええええええええええええええッ!? 王国救ったと思ったら数分で終わったーーーーーーーーッ!?
なななななななななんじゃそりゃーーーーッ!? もうソフィアちゃんついていけないんですけどーーーッ!?
ていうかヴィンセントくん、なに暗い顔してるの!? ここは王族として戦おうよ!
みんなで手伝ってあげるから――って、あああああああ……もう私たち、魔力も体力もカラッポだったぁぁあああ……! どっか馬鹿魔王相手に全力出しまくったせいで、誰一人余力なんて残ってないよぉおおお……!
あまりにも詰んでいる現実を前に、ヴィンセントくんと同じく絶望する。
ああ、というかガッツリ民衆を人質にされた時点で反攻なんて即座に選べるわけないよね。ニーベルングが巨大キマイラを放った時には横っ面から援軍が奇襲をかけてくれたからよかったけど、もうこっちには隠し玉なんてない。
戦車みたいな秘密兵器もないし、シリウスから駆けつけてくれた人たちもこぞって人質の仲間入りだ。
しかも誰一人として別の街に助けを呼びに行けないよう完全包囲されちゃってるし、もう完全におしまいだ。それこそ死人でも蘇ってあのニヤケ面の皇子をブン殴るなんてことにならない限り、敵軍の意表は突けないだろう。
うん――これはもう、ダメだ。
オリオン帝国の電撃作戦は、まるでニーベルングの暴走を予期していたかのように見事に突き刺さってしまったのだった。
「ハハハハハッ、もはや誰一人憎まれ口も叩けないようだなぁ! あ、ちなみに妙な真似をしたら皆殺しにするから全員動くなよ~!」
愉快愉快と笑いながらこちらに歩み寄ってくるリオ……なんとか皇子。
彼は私の前に立つと、顎を指先で跳ね上げながら顔を近づけてきやがった! って何なのよぉっ!?
「ほほう、これはたしかに美しい。報告通り、磨き上げた真珠のような美貌の少女だ!
よし決めた、ソフィア姫。お前は今日からオレの妾だッ! オレと一緒に幸せになろう!!!」
って……いやーーーーーーーーーーーッ!? そんな出会って数秒での告白なんてソフィアちゃん受け入れられないよぉーーーっ! しかも本妻じゃなくて妾かよ死ねッ!
「というわけでお近づきのキスを……」
「なぁっ!?」
腰に手を添えてリオなんとかは私を抱き寄せてくる!
い、い、いやーーーーーーー! こんな何万人も見てる中でファーストキスを奪われたくないーーーッ!
ていうかどっかの国王も私にキスしようとしてきたよね!? なんなの、私の唇呪われてるの!?
「ソ、ソフィアッ!」
「貴様ァッ!?」
私の窮地に叫ぶ仲間たち。だが、人質に取られた民衆たちの存在がちらつき、リオなんとかに伸ばそうとした手がわずかに鈍る。
かくして、数瞬後には突然のキスと共に帝国令嬢のソフィアちゃんが爆誕しそうになった……その時、
「『やめろクソ野郎、俺の女に手を出すな』――そう言ったウォルフの気持ちがよくわかったよ」
瞬間、空から飛来した人物がリオなんとかの頭頂部へと拳骨を叩き付けたッ!
その破壊力は流星のごとく凄まじく、リオなんとかは「ゲガァアアアアアアッ!?」と謎の絶叫を上げながら頭蓋骨を陥没させて地面に沈む。
さらには周囲を取り囲んでいた帝国軍の数万人がいきなり大地に倒れ伏し、ミシミシミシミシッと音を立てながら石畳に陥没していった。まるで、何百倍にもなった『重力』に押さえつけられているように。
「ぎゃあああああああああああ何だこれはーーーーーーッ!?」
「かッ、身体が重いッ!? うごけなぃぃいいいいいッ!?」
「痛い痛い痛い痛い潰れるぅううううーーーーーーーーッ!」
途端に溢れる軍人たちの大絶叫。悲痛な空気に包まれていた王都に、たちまち敵軍の叫びが溢れかえる。
そうして誰もが困惑する中、空から舞い降りた『金髪の美丈夫』は、私の頭を優しく撫でたのだった。
「いやすまない、助けに来るのが遅れてしまった。――私のお気に入りに手を出すとは、まったく命知らずもいたものだ」
「っ……アナタは、」
そのあり得ない人物の笑顔を前に、私を含めた全民衆が驚きの声を張り上げる――!
「「「アナタはっ、ジークフリート国王陛下ッ! どうして生きてたんですかーーーッ!?」」」
「……なんだかそう言われると、生きてちゃダメだったって言われてる気がするね……」
苦笑を浮かべる我らが国王。まぁ実際、ウォルフくんとかパワハラに苦しめられた人たちはそんな風に思っているのだから仕方ない。この人の支持率微妙だしね。
こうして誰も予期していなかった最大の窮地に、国王ジークフリートは奇跡の参戦を果たしたのだった。
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