85:狂乱終結
『グハッガハハハハッ! さぁもっとだッ、もっとやろうかソフィア・グレイシアーーーッ!』
「フッ、いいわよ。燃え尽きるまで付き合ってあげるわッ!」
――ってもうイヤーーーーーーーーーッ! もういい加減に死になさいよコイツッ!
双剣を手にガッキンガッキンぶつかり合いながら、私は内心涙目になってきていた。
だってコイツ、斬っても斬っても元気に再生してくるんだもんッ! 放射能で遺伝子まで焼き尽くしてやってるはずなのに、『巨大鳥の遺伝子を破壊されたし竜の足でも生やすか~』って感じで別の生物の身体を生やすとかどういうことよ……!
一体どれだけの生物の因子を詰め込んだのかは知らないが、これだけ身体をいじりまくって平気でいられるわけがない。
私は激しく斬り合いながら、笑うニーベルングに問いかける。
「ハオ・シンランを超えるバケモノぶりね……人はそんな身体になってまで生きれるものかしら?」
『フッ、おいおい何を言うんだ我が聖女よ。こんなの当然、死ぬに決まっているだろうが!
アナタとの決戦を前に、何十だが何百だかの生物の因子を限界を超えて取り込んだからなぁ。おそらくはあと数時間もしない内に、俺の身体は崩壊するだろうよ』
っ……やっぱりね。
私を女王にするために地位をブン投げて魔王になった男なのだ。当然、命までもとっくに投げ捨てていいたか。その馬鹿っぷりにもはや溜め息しか出てこない。
「はぁ、とんだ王子様がいたものね……」
『グハハハハッ! あぁ――ああ、そうか、俺は王子様だったのか……。
いやすまない、崩壊の予兆なのか記憶がどんどん壊れていってなぁ!そもそも俺は、どうして戦っているんだろうか!? そこのお嬢さん教えてくれぇ!』
「なっ!?」
文字通り頭のぶっ飛んでしまった言葉を吐きながら、魔王ニーベルングはその背中より巨大なサソリの尻尾を生やして私に突き立ててきた!
どうにか双剣を盾にして串刺しだけは避けるものの、その衝撃で私は半壊してしまった城にまで堕とされる……!
そこにヤツの追撃が降り注ぐ――!
『なんだこれはッ、街や城がボロボロではないかッ!? まさかお前がやったのかッ!
さてはお前――もうすぐ王都に我が憧れのソフィアさんが来ると知って、襲撃しに来た悪人だなッ!? 許さないぞソフィアさんッ、聖女のためにもお前を殺す! そしてお前を女王にするのだーーーッ!』
支離滅裂な言葉を吐きながらニーベルングは燃え上がる。
ヤツは胸骨が爆散するほど息を大きく吸い込むと、顎が外れるくらいまで口を大きく開け――、
『死ねーーーーーーーーーッ!』
その大口から、巨大な牛を私に向かって射出してきた!
さらに牛に続くように獅子や狼からゴブリンやドラゴンまでもが魔王の口から出現し、獄炎を纏いながら私に降り注いできたのだ――!
もはや意味が分からない。私は泣きそうな気分になりながら、燃える双剣を振るってそれらを斬り払っていく。
「ハァァアアアアーーーッ!」
斬滅していく魔の百鬼夜行。収束された核融合の炎はどんな相手も焼き尽くすが、だがそのたびに着実に私の魔力と体力は減少していった。
流石はジークフリートの血をもっとも色濃く継いだ天才王子というべきか……頭がおかしくなっていながら、物量攻撃に切り替える判断は実に正しい。
さらにその攻防の間にも、ニーベルングは人間を卒業していく――!
『アハハハハハハハハハッ! 強いなぁ貴様はッ! 殺そうとしても死なない相手がジークフリート以外にもいるなんて思わなかったッ!
あぁよし、ならば俺も強くなろうッ! ちょうどお前の術式をあらかた観察し終えたところだしなぁ――!』
「なんですって!?」
そう言うや、ニーベルングはその背に獄炎の魔法陣を出現させた。
轟々と燃えるその輝きを見た瞬間、私は頭がおかしくなりそうになる。
だってソレは、私と同じ魔の光――『放射線』を放つ最強最悪の炎だったのだから。
『ククククッ、学ばせてもらったぞ強き女よ。お前と違って魔力コントロールを極限まで極めるなんてことは出来なかったからなあ、ゆえに俺用に術式を改造してみた!』
滅びの炎を後光としながらガハガハ笑うニーベルング。
意味の分からないことに、全身の皮膚が赤く染まり、ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクッッッ! と狂ったようにヤツの心臓部が暴れ始めていた。
その心拍はさらにさらにさらにさらにと加速度的に速く激しくなっていき、ついに鼓動の音は聴覚の認識領域を超えるような超音波速度に到達。
そして空気が激しく鳴動して彼を中心に衝撃波が生まれ始めた……頭がおかしくなりそうだった。
だがそんな心臓の動きに全身の血管が絶えられるわけがなく、身体のあちこちから湯気の上がった血液が噴射。それらは足元の建物に散らばった途端、ジュゥーーーーーーーーーーーーッ! という音を立てながら建物の屋根を溶かしてしまったのだった……!
「意味のわからないくらい上げまくった血圧に、マグマと化した血液に、そしてその炎……いや、まさか、そんな……」
あぁなるほど……未来の術式をモノにした私だからこそわかってしまった。
私の場合、極めた魔力コントロールによって水素分子核を生み出し、それらを完全に制御下において圧縮することで『核融合水爆術式』は完成するのだが――ヤツは原理がまるで違う。
魔法の使い方を極めることで超常現象を起こした私とは違い、ニーベルングは内臓の使い方を極めることで超常現象へと到達したのだ。
そう――あろうことかヤツは心拍速度を音速を超えて光速に迫る勢いにまで上昇させることで、血液は超臨界流体と化して血中電子核は崩壊を開始。
いわば自身を『炉心』と化し、超常物質と化した血液を燃料に炎の術式を展開することで、『核分裂』と呼ぶべき最悪の原子崩壊現象を起こしているわけだ……!
――もう全世界に叫びたいッ! アイツ絶対に頭おかしいわッッッ!!!
『ワーハッハッハッハ! 名付けるならば「核分裂原爆術式」といったところか! どうだ見たかよすごいだろうッ!?』
「ええ、すごすぎて吐き気がするわね……!」
もはや乾いた笑みすら出ない。人間離れした肉体と再生力を持っていなければ使えない、自身の命を燃料に変えた禁断の奥義だ。というか再生すらも追いつかな過ぎてニーベルングは加速度的に死に続けている。
音速の新陳代謝により体温は数千度以上にまで上昇し、全身が末端から消し炭へと変化。
さらにゲボゲボと口から燃えカスになった内臓を吐き散らしているというのに――ヤツは笑顔を浮かべ続ける……!
発狂するほど苦しいはずなのに、太陽のような輝かしい瞳で「信じているぞ」と私を射抜く。
『さぁ、名も知らぬ美しき人よッ! どうかこの魔王ニーベルングを超えてくれッ!
俺は見つけたいんだよッ、この国を新たな未来に導いてくれるような、聖女のごとき指導者をなーーーッ!』
全身から灰を散らしながら、ニーベルングは腕を突き出した!
そして放たれる世界終焉の超熱閃。炸裂したら最後、国家そのものを吹き飛ばすほどの輝きが私に迫る――ッ!
『聖女ソフィアよ、未来のために死に果てろォオオオオーーーーーーッ! 「ハイパークリア・ジェノサイドストリーム」ッッッ!』
回避なんて出来るわけがない。あんなものを地上に叩き込まれたら終わりだ!
「ッ、させるものですか! 『ハイパークリア・バーストストリーム』ッッッ!!!」
残る魔力のほとんどを費やし、滅びの光に対してこちらも熱閃を解き放つ!
獄炎の輝きと蒼炎の輝きがぶつかり合い、王都の夜空を光で照らし尽くしていく。
『ワギャハハハハハハハッ! 未来のために死ねーーーーッ! 未来の国家が輝くために今の国家よ消え果てろォーーーーーーーッ!』
ニーベルングの放つ輝きはさらにさらにと勢いを増し、迫る熱量によって私は抑え込まれていく。
こうなるのも当然か……なにせ向こうは命を燃料に変えているのだ。瞬発的な火力だったらこちらが負けるのも当たり前だろう。
「ぐぅううう……アツ、い……ッ!」
今はどうにか相殺出来ていることで放射線に焼かれることだけは避けているものの、余熱によってドレスは焦げて穴が開き、私は急激に疲弊していった。
対するニーベルングは相変わらず身体を燃やしながらも元気そうだ。
人を超えた技術を手にしただけの私と、肉体からして人を辞めた魔王……その差がここで現れてしまう。
そうしてついに、苦しさから私の膝が折れそうになった――その瞬間、
「大丈夫だソフィア、お前には俺が付いているッ!」
力強い腕が肩に回され、倒れそうになる私を支えてくれた……!
「ッ、ウォルフくん……!」
「おう、数千匹のキマイラどもなら全部片づけてやったぜぇ! 残った敵はコイツだけだ!」
あちこちに怪我を負いながらも、ニッと笑う彼の笑顔が頼もしい。
さらに漆黒の魔力を纏った彼に支えられた瞬間、まるで空間がねじ曲がったように敵の攻撃から受ける熱風が逸れていったのである……!
風魔法では断じてない、熱量そのものの遮断だった。その意味の分からない現象を前にニーベルングが目を見開く。
『なッ――それはまさかッ、重力魔法だとォーーーッ!? この世でただ一人、ジークフリートしか使えなかったはずのソレを、どうして貴様がッ!?』
「へーっ、俺の魔法の正体って重力を操ってたのかよ。教えてくれてありがとうな!
つーか記憶がグチャグチャになってるくせにジークフリートのことはしっかり覚えてるとか、お前あいつのこと好きだったのか?」
『なんだと貴様ァーーッ!?』
ってウォルフくんナチュラルに煽らないでよッ! 熱閃の勢いがちょっと上がっちゃったんですけどッ!?
彼の言動にニーベルングがブチキレて焦った時だ。
さらに私に手が差し伸べられる――!
「凍て付きなさいッ、『アイシクル・バースト』!」
「消し飛ぶがいいッ、『荷電粒子砲』!」
私の左右にウェイバーさんとシンくんが並び立ち、絶対零度の波動と極雷の閃光をニーベルングに向かって放った!
それらは私の『ハイパークリア・バーストストリーム』と並び、魔王の熱閃に対抗する――ッ!
「二人とも、来てくれたのね!」
「もちろんですともソフィア嬢。……それにしてもシンでしたか、まさか『この者』と共闘することになるとは……」
「む、貴殿はたしかウェイバーと言ったな。こんな状況だがよろしく頼むぞ、共に彼女を守り抜こう!」
「え、ええ……」
怪訝な顔をして元ハオ・シンランを見るウェイバーさんに対し、当のシンくんはめちゃくちゃ真面目に協力を求めた。
これにはウェイバーさんも頷くしかなく、小さな声で「彼は本当にハオなんですかね……?」と聞いてくる。うん、私もあんまり信じられません。
まぁその問題は置いておくとして――これで形勢は逆転だ。
ウォルフくんに加えて最上級魔法使い二人が駆け付けたことで、核分裂の光を徐々に押し返していく。
『グォォオオオオオッ!? くッ、国のためにも……負けるかァァッーーーーー!』
国の未来を想いながら、国を吹き飛ばしてしまうような光を放つニーベルング。
たとえ記憶が曖昧になろうが愛国心だけは忘れない姿に、いっそ哀れささえ感じてしまう。
きっと少しでも冷静さがあったら、彼は立派な指導者になれたことだろう。
最強の王ジークフリートを上回る力を持ちながら、万民の心が分かる素晴らしい国王になれていたかもしれない。
だが、彼はそうはならなかった。
暴走を重ねた果てに魔王となり、未来のためと謳って平気で国民を傷付けるような暗君となってしまった。
それが現実ですべての事実だ。ゆえに私は容赦しない。
国のことなどこれっぽっちも考えていない私の手で、今からお前を終わらせる!
「三人とも、全力で行くよ!」
「「「おうッ!」」」
私の声に応える三王子。
文字通り全力全開の命懸けだ。ウェイバーさんの放つ波動がさらに強さと冷たさを増し、シンくんの粒子砲が狂ったように雷鳴を上げ、ウォルフくんの重力魔法が私たちの魔法を力ずくで収束し、一つの究極奥義にまで変貌させていく――!
さぁ魔王よ、教えてあげるわ!
たとえ野望や大望なんかなかろうが、幸せに生きたいと願うだけで人はどこまでも強くなれるってねーーーッ!
「「「「浄化の炎よッ、冷たき波動と破滅の雷華を御元に従え、万象滅する輝きとなれッ! 『ハイパースフィア・バーストストリーム』ッ!!!」」」」
そして生まれる、全てを葬る『漆黒の光』。その内部構造はまさに地獄だ。
無理やり収束された核融合の炎と絶対零度の魔力が絶えず反発し合うことで超常規模の水素爆発を連続で起こし、超加速した電子がプラズマとなって吹き荒れる擬似的な太陽現象が爆誕したのである――!
ウォルフくんが重力魔法を解こうものなら、数億度のプロミネンスが地表を焼き尽くして一瞬で人類は消え果てしまうことだろう。その光によって核分裂の熱閃は焼き尽くされ、ニーベルングは絶叫をあげる。
『うぉおおおおおおお何だそれはーーーーッ!? まッ、まだまだまだまだ死んでなるものかーーーーッッッッッ!』
ああ……それでもやはり、魔王は悲しいくらいに諦めない……!
直撃する寸前で上半身と下半身を真っ二つに切り、傷口から爆炎を吹き上げて夜空に飛んでいったのである。
……その刹那、彼の断面から覗いた体内はもうカラッポだった。
核分裂を起こすのに必要な心臓以外は、全て燃料として焼き尽くしてしまったのだろう。もはや再生すらも行われない。
それでも魔王は叫び続ける、もっともっと戦わなければと。
『まだだ、もっとだ、もっとやらなきゃ駄目なんだ! さらに強大な敵となって立ちふさがり、聖女伝を彩るのだッ!
さぁ、我が聖女ソフィア・グレイシアよーーーーッ! もっともっと輝いて俺を打倒してくれぇ! お前が輝けば輝くほどに、王国の未来は明るくなると信じているからッッッ!』
脳髄すらも残っているかわからないのに、それでもヤツは私の名前をしっかりと叫び、国の未来を託し続ける。
そんなニーベルングの狂乱の瞳を、私は真っ直ぐに見つめ返した。
再び彼は鼓動を高めて核融合の炎を出現させようとしているが、決して目を背けない。こちらはとっくに魔力ゼロで数秒後には死ぬ状況だろうが、最期まで前を向きながら、真摯に彼の想いを断る。
「ごめんなさい、ニーベルング。アナタの理想には付き合えないわ」
『なにッ!?』
だって私は本物の聖女なんかじゃないからね。
取り繕うのが少し上手いだけの普通の人間だ、とてもじゃないが国の未来なんて背負えない。
そう……私は聖女などではなく、ただの人間にしか過ぎないからこそ……、
「アナタを倒すのは私じゃない――そうでしょう、王子様ッ!」
魔王を弱らせる役目はきっちり果たした上で、頼れる仲間に後を託した!
その瞬間、半壊した王城の天辺より一迅の影が舞い降りる。それは暴風を背中に纏った傷だらけの第三王子、ヴィンセントくんだった!
そう、彼はこの瞬間まで残った魔力と体力を温存させていたのだ。
全ては、魔王と化した家族を止めるために――!
「うぉおおおおおおおおおおッ! 我が名はッ、第三王子ヴィンセントッ! みんなの未来を守るために、今からお前をこの手で殺すーーーッ!」
王国全土に響き渡るほどの大声で、ヴィンセントくんは吼え叫ぶ。
かくして彼は流星のごとく魔王へと翔け、その心臓に手にした刃を突き立てたのだった。
『がはぁーーーッ!? なッ、馬鹿、な……ッ!?』
――今度こそ魔王は蘇らない。
反逆の王子はその身を灰へと変えながら、胸を貫いた弟と共に地上に向かって堕ちていく。
それでも魂だけは諦めずに、『嫌だ!』『なぜだ!?』『どうして聖女ではなく、こんなヤツに殺されなければならないのだ!』と喚きながら。
だけど、最期に。
「あぁ――民衆のために、家族を殺すか。うん……そんな覚悟がある男になら、後を任せてもまぁいいか……」
“頑張れ弟、聖女や仲間と仲良くな”
柔らかな声でそう言い残し、彼は消滅したのだった。
最後の最後で核分裂の術式を解き、残った魔力を熱風に変えて弟の落下速度を落としてやりながら。
「ッ、兄様ぁ……兄様ーーーーーーーーーーーッ!」
地面に降り立ったヴィンセントくんは、散らばった兄の遺灰の上で泣き崩れた。
私は無言で傍へと駆け寄り、膝をついて彼の頭を抱き締める。
「うぅぅうう……ソフィアぁ、僕は……ぼくは……ッ!」
「よしよし……頑張ったわね、ヴィンセントくん……」
かくして、セイファート王国は救われた。
歴史に残る大事件を起こした災厄の魔王は、この勇敢なる金髪の王子――ヴィンセント・フォン・セイファートの手により討伐されたのだった。




