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81:浄滅の刃




「どうして、こうなった……!」

 

 ――数分前まで、セイファート王国の大臣たちの気持ちは晴れやかだった。

 彼らは以前から『優しいニーベルング王子』に鞍替えしていたのだ。国王ジークフリートの死も事故として扱い、ニーベルングが王位に就く準備を瞬く間に整えてみせた。


 ああ、これでようやく幸せになれる。天才であるがゆえに周囲にも難題を強いてきた戦王の時代は終わった。

 これからは誰に対しても優しくて温かい、太陽王の治世が幕を開けるのだ。頑張って頑張って大臣になったのにさらなる努力を求められて堪るか。これからは優しき王の下、緩やかな政治を行っていくのだ。


 そう思っていたのだが、しかし――、



「――国民たちよッ、父上を殺したのはこの俺だッ!」



 ……王位就任を宣言するため何万人もの民衆たちを城の前へと集めた王子は、あろうことか隠蔽した罪を暴露したのだ!

 これには思わず大臣たちも泡を喰った。近くにいた一人が「な、何を言っているのですかニーベルング様ッ!?」と駆け寄ったが、次の瞬間、


「黙れ、『魔王』に逆らう気か」


 そう言ってニーベルングは凶暴に笑うと、手のひらより灼熱魔法を放出して大臣の一人を焼死させたのだった。

 肉が焦げる匂いと死に際の断末魔が響き渡り、それを見ていた人々は一斉に大絶叫を張り上げた――!


「うっ、ウワアアアアーーーーーーーーーッ!? 人がッ、人が死んだッ!?」


「何をやっているんですかニーベルング様ァッ!?」


「なんだこれはっ、何が起きているんだッ!」


 一瞬でパニックに陥る民衆たち。それを嘲笑うようにニーベルングは転がっている焼死体を掴み上げ、彼らに向かって蹴りつけた!

 これによって加速する大混乱。隣人と肩が触れ合うほどに密集した中、砕け散った死体の炭を避けるために多くの人が動き回ったことで、あちらこちらで将棋倒しが発生したのだ。

 何人もの人間が踏み倒され、押し潰され、絶叫は慟哭へと変わっていった。


 そんな民衆たちを前に、ニーベルングはやれやれと首を振る。


「あぁ嘆かわしいッ! どいつもこいつも惑ってばかりのクズばかりか!? 誰か一人くらいはソフィア・グレイシアのように、混乱する人々を纏めることくらいは出来ないのかッ! 彼女は街が燃え上がり、さらにはモンスターどもが跋扈ばっこする中でそれをやり遂げてみせたんだぞッ!? これくらい乗り越えろ!」


 一握りの傑物を例に出し、民衆に無理を強いるニーベルング。

 その姿に大臣たちは前王ジークフリートの影を見た。


 ……いや、考えたくもないがジークフリートのほうが億倍マシだろう。

 自分自身で大混乱を巻き起こしておいて、これくらい乗り越えろ? 何を言っているんだこの人は。一体どうしてしまったのだ……!


 突然の凶行に大臣たちすらも困惑する中、ニーベルングは大きく溜め息を吐き、戸惑う民衆たちを強く睨む。


「前々から思っていたのだが、お前たちセイファート国民はあまりにも脆弱すぎるッ! 『最強国家の民衆』という肩書を得て調子に乗った結果がコレだ。前王ジークフリートは国を極限まで大きくしたが、それによってお前たちの心に贅肉が付いてしまった。これではいつ足元をすくわれるか分かったものではないッ!」


 拳を握って「あぁ情けない!」と第一王子は嘆きに震える。

 その姿は国の行く末を真剣に憂いているように見え、周囲はますますニーベルングの人間性が分からなくなる。

 

 だが、それもここまでだ。

 民衆や大臣たちは知ることになる。まるで太陽のように温かいと称された理想の王子の、その危険すぎる本性を。


「よってこれより、俺は新たな王として――全国民の『生存選別試験』を開始するッ! ルールは簡単、数千匹の魔物どもを解き放つからどうか頑張って生き残ってくれッ! お前たちの輝きをどうか俺に見せてくれーーーーッ!」


 そう言うや、王城の窓が全て砕け散った!

 雨のように舞う硝子ガラス片が昇り始めた月の光を受けて輝く中、『ソレら』は一斉に咆哮を上げる。

 人間の身体に獣のパーツを無理やり融合させた禁断生物『キマイラ』の群れが――!


「――グガギャァアアアアアアアァッッッ!!!」

 

「ひぃいいっ!? な、なんだコイツらぁあああッ!?」


 一目散に駆け出そうとする民衆たちだがもう遅い。キマイラの軍勢は彼らに向かって飛び掛かるや、文字通り獣じみた身体能力をって次々と人々を虐殺していった。

 爪が、牙が、角が振るわれるたび、壮麗なる王城の石畳は国民の血しぶきで染まっていく。


「さぁほら戦えッ! 女子供も死に物狂いで頑張れよッ! 家族を、友を、隣人を守るために、優しさを力に変えて戦うのだーーーーッ!」


 頑張れッ頑張れッと全力で応援するニーベルング。

 幼い少女が角で腹部を貫かれようが、立っているのもやっとな老人が絶叫を上げながら噛み砕かれようが、彼は笑顔で被害者たちに熱い声援を送り続けた。

 そして命を尽きた瞬間、まるで一瞬で興味が尽きたように他のもがいている者たちのほうに視線を向けて応援を再開するのだった。


 そんな彼の異常な姿に、大臣たちは顔を青くしてへたれこむ。


「なっ、何なんだ王子よ……()()は一体何なのだ……!」


 驚愕と恐怖、そして死にたくなるほどの後悔が彼らの心を染め上げる。

 本当にこんな話があって堪るか。能力主義者のジークフリートを裏切って優しい王子様に鞍替えしてみた結果、弱者は死んでも仕方ないという最低最悪の結果主義者だっただと? なんだそれはふざけるな。


 ああ……思えば彼が国王を抹殺した時点で気付くべきだった。

 本当に優しい人間は、父親殺しなんて大罪は犯さないはずだと。しかし、


「だッ、誰か助けてくれーーーーーーッ!」


「いやぁああああああああ食べないでぇええーーーーーーーッ!?」


 ……そんな当然の事実に目をそむけた結果がコレだ。

 すでに数百人を超える人々が死傷し、セイファート王国の歴史に残る大事件となってしまったのは明らかだった。

 おだやかな政治家生活を夢見たはずが、『魔王』を祭り上げた政治犯どもとして一生国の歴史書に名前を晒されてしまう事態になってしまったのである。もはや大臣たちの心には絶望しかなかった。


 そうして泣き震える彼らとは違い、当のニーベルングはとてつもないほど上機嫌であった。

 人が死ぬたびに心が震える。そのたびに残りの民衆は怒りと悲しみを胸に抱き、強くなってくれると信じているからだ。

 さぁ、一人を犠牲に十人が強くなれ。十人を犠牲に百人が、千人を犠牲に一万人が強くなれ!

 そして十万人も犠牲にすれば、民衆たちは嫌でも思い知るだろう。どれだけ最強の国に生まれようが自分たちは弱い存在なのだと。ゆえに強く生きなければならないのだと!


「さぁ人々よ、涙を拭って立ち上がれッ! 絶望なんかに負けるんじゃないッ、人間としての力を見せてくれ!

 家族を、友を、隣の誰かを守るために、優しさを力に変えて立ち向かうのだーーーッ! お前たちが強くなってくれることを、この魔王ニーベルングは信じているぞッ!」


 両手を広げて金髪の魔王は吼え叫ぶ。

 だがそんな勝手な期待を受けて即座に強くなれる者がいるか。人々は数千体のキマイラたちから逃げ惑いながら、ただひたすらに助けを求めた。


「誰か……ボクたちを助けて……ッ!」

 

 迫りくるキマイラたちを前に、死にかけの母親を抱いた子供が呟く。

 それは、王都に住まう何万人もの民衆の願いであった。

 誰もが必死に求め続ける。この惨劇を止めてくれるような、物語の英雄のごとき存在を。

 魔を滅ぼし、災禍を断ち、自分たちを導いてくれるような救世主の存在を!

 燃え上がる商業都市を救ったという、『聖女』のごとき人を――!


「お願いだから……誰か助けてぇええええーーーーッ!」


 ついに魔物たちが飛び掛からんとする中、母を抱いた少年が泣き叫んだ――その時、



「――そこまでよ」



 凛と響いた声と共に、あおき千刃が魔物たちへと降り注いだ――ッ!


 それは炎によって構成された飛翔する斬撃であった。恐るべき熱量である……その火に触れた瞬間、キマイラの群れは絶叫を上げながら灰へと姿を変えていく。

 魔物たちが次々と浄滅していく中、人々は目を見開いて空を見上げる。

 そこには、『蒼炎』の燃える魔法陣を翼のように背に展開した少女が浮かび上がっていた。


「彼女、は……!」


 誰もが茫然と息を飲む。

 恐怖していた者はその美しさに魅入られ、死にかけていた者は純白のドレスを風になびかせた姿から天使と見間違い、また実力のある魔法使いは――彼女の展開した術式の異常さに絶句した。

 その背に燃える蒼き魔法陣。そこでは絶えず水の魔力と炎の魔力が混ざり合い、しかし一切反発せずに、完全なる融合を果たしていた。


「おぉっ、おぉぉお……ッ!」


 群衆に紛れていた魔法分野の老学者は、窮地であることも忘れて膝を折って祈りを捧げた。


「ぁっ、アレこそは、混合術式の完成形……ッ!

 水蒸気爆発という現象から、水の中にも空気のように炎の強さを高めるガス性分子核――『水素』というものがあるかもしれんと睨み続け、しかしついぞ取り出すことが出来なかったモノを、あの少女は……オォオォオオ……ッ!」


 水素の存在を知らねば不可能なことといい、アレはもはや『未来』の魔法技術としか思えなかった。

 そう、名付けるのならば――、


「――核融合水爆術式ハイパークリア・バーストスペルッ! 相反する力と力を重ね合わせた、究極の攻撃魔法じゃぁーーーーッ!」


 その完成を夢に見ていた老学者は、歓喜の咆哮を張り上げた――!

 それと同時に彼女もまた剣を掲げ、民衆たちへと吼え叫ぶ!


「――我が名はソフィア・グレイシアッ! 魔王ニーベルングを討ち取るべく参上したわ!

 さぁ人々よ、怒りを胸に立ち上がりなさい! アナタたちには、この私がついている!」


 狂乱の魔王と同じような言葉をソフィアは民衆たちに放つ。

 だがしかし、勝手な期待を押し付けてくるだけの魔王とは違い、そこには『共に戦おう』という熱き意思があった。

 青き瞳を輝かせた彼女の姿に、絶望していた人たちの胸に次々と炎が灯り始める。


 それは、ニーベルングに対する殺意だった。

 自分たちを傷付けた魔物どもを滅ぼしたいという、当たり前の激情だった。


「許せねぇ……そうだ、許せねぇ……ッ!」


「どうしてオレたちがこんな目に合わなきゃいけねぇんだぁーーッ!」


「魔王ニーベルングッ、殺すッ!!!」


 次々と立ち上がっていく民衆たち。彼らは燃え尽きたキマイラの灰を踏み付けにすると、一斉に前を睨みつけた。

 そんな沸き立っていく人々の想いを汲み取り、ソフィアは魔王に言い放つ――!


「覚悟しなさいニーベルングッ! お前の悪行はここで終わりよ!」


「――ッッッ!」


 民衆と共に激情を燃やすソフィアの姿に、ニーベルングは尊すぎて腰が抜けそうになった。


 ああ……これだ! この光景を自分は求めていたのだッ!

 何やら予想を五倍も上回るほど意味の分からない術式を身に付けてきたことといい、あまりにも素晴らしすぎて全身が震える!


 そう、彼女こそ――、


「フッ、フハハハハッ、ガハハハハハハハッ! あぁいいだろうッ! 見事に俺を討ち取ってみせるがいい、『聖女ソフィア』よーーーーッ!」


 狂笑を上げて全身に炎を纏うニーベルング。

 かくして月の照らす中、偽の聖女と偽の魔王を主役とした大決戦が幕を開けるのだった――!



『面白い』『更新早くしろ』『止まるんじゃねぇぞ』『死んでもエタるな』




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― 新着の感想 ―
[一言] がんばれ♡がんばれ♡
[一言] ああ...期待に答えてしまったか聖女よ
[一言] 自分は正義では無いと葛藤し、それでも立ち上がり魔王と対峙する 今時珍しいくらいの王道主人公だね、やはりソフィアこそ真の聖女だ!(背中に背負ってる核融合から目を逸らしながら)
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