8:便利な女・ソフィアちゃん!
「ウォルフくん、そっちにモンスター行ったよ!」
「了解ッ! 抹殺パンチオラァッ!」
うーん、もう少し技名考えたほうがいいんじゃないかな~ウォルフくん?
彼との出会いから一週間。私たちは自然とパーティーを組むようになっていた。
今日もダンジョンの奥地でモンスターをしばき倒す一日だ。なぜか最近ほかの冒険者さんが休みがちだから、今の内に稼いでおかないとね!
「よ~し、ここらのモンスターは片付けたな! ……てか返り血まみれで気持ちわりぃぜ。ソフィア、お湯出してくれるか?」
「しょうがないなぁ」
素材もあらかた取り終えた後、私の前で胡坐を組むウォルフくん。最近定番になってきている『かけてくれ』のサインである。
うーん本当は魔力の無駄遣いなんだけど、今日はそろそろ帰るつもりだったしね。
火と水の魔法を上手く併用してあったかいシャワーを手から出してあげると、彼はすっごく気持ちよさそうにした。
「かーっ、やっぱりたまんねぇなコリャ! ただの水魔法使いならこんなこと出来ねぇだろ? お前ってすごく便利な女だよな!」
「はーい無邪気に最低発言をする子には温度急上昇でーす」
「ってアチチチ!? わ、悪かったってッ!」
あははっ、まぁ実際はほとんど気にしてないんだけどね。
一週間ほどの付き合いでわかったのだが、このイヌ耳王子様にはデリカシーというものが絶無なのだ。
ごく自然な口調で『お前っていい匂いするよな』『お前の胸って柔らかそうだよな』『お前って舐めたら甘そうだよな』などと言われた時には何だこの変な犬ってビビったけど、後で聞いてみれば、幼少期に戦争で負けて国王陛下の奴隷になってから、女性との付き合いがほとんどなかったんだとか。
つまりウォルフくんは変な犬じゃなくて、可哀想な犬なのだ……!
今だって適温に戻してあげたシャワーで顔を洗った後、コートや上着を遠慮なく脱ぎ捨てて、上半身まで洗い始めてるしね。
一応は女性である私の前で、引き締まった腹筋や硬い胸板を平気で晒しているあたり、常識人への道はかなり険しそうである。
「いやぁースッキリしたぜー! ソフィア、お前って本当に便利……じゃなくて、えーと……お前って気持ちいい女だよなッ!」
「……そうだね、よしよしよし」
「ってなんでめちゃくちゃ優しい目で撫でてくるんだよッ!? 俺のほうが年上だぞオラァッ!」
イヌ耳を尖らせて怒るウォルフくんだが、撫でる手を止めようとはしなかった。
ツンツンの黒髪を優しく手で梳いてあげると「ふぐぅ……!」なんて息を漏らすあたり、かなり気持ちいいらしい。
「じゃあ帰ろっかウォルフくん。足元暗いけど大丈夫? お姉ちゃんが手を繋いであげよっか?」
「だから俺のほうが年上だっつのー!」
ふふーん。悪いけどウォルフくん、精神的には私のほうが年上なんだよね~。
コロコロと表情を変える王子様と愉快にお話ししつつ、私たちはダンジョンを後にするのだった。
◆ ◇ ◆
「――へーっ。それで、流行り病で税も払えない領民たちを助けるためにも、冒険者になって金を稼ぎにきたってか? 立派だなぁお前」
「ふふっ、ありがとね」
素材を換金してもらって今日もガッポリ儲けた後、私とウォルフくんは夕焼けに照らされた『ステラ』の街を歩いていた。
あちこちの露店で買い食いしつつ話しているのは、私がどうして冒険者になったかについてだ。
「お前みたいなのが何でモンスターと戦ってんだと思ったけど、そんな事情があったんだなぁ」
「お、お前みたいなのって……」
お前みたいに弱そうなのがって意味だろうか? 相変わらず口が悪いなぁウォルフくんは。
彼はハグハグと串焼きを食べ終えると、何やら腕を組んで唸り始める。
「民衆のために働いてるお前は本当に立派だと思うぜ、ソフィア。俺も昔は王子だったからよ」
「うん……この国との戦争に負けて、国王陛下に捕まっちゃったんだよね」
「そうだ。地位も名誉も奪われ、獣人の国は植民地に成り下がった。……だけど俺は諦めねーぞ。いつか絶対に自由を手にして、民衆どものためにも国を取り戻してやる……!」
鋭い瞳に決意の光を輝かせ、ウォルフくんは強く宣言したのだった。
……うーん、立派なのは彼のほうだと思うなぁ。私がお父様や領民たちのために働いてるのは、気まずい罪悪感からだからね。
幼いころから狩りをして、魔法の技術も鍛えて強くなった私だけど、やっぱりモンスターと戦うのはまだまだ怖い。闘争心に充ち溢れまくったウォルフくんと一緒じゃなかったら、ほぼ一日中ダンジョンに潜るなんて真似は出来ないだろう。
おかげでたくさん稼げるようになったし、そこのところは本当に感謝している。
「……つーわけでソフィア! いつか俺が国を取り戻したら、世話になった礼としてお前を一生食わせてやるぜ! 貧乏だっていうグレイシア領だって、俺が買い取って豊かにしてやるから安心しろよ!」
「あははっ、ありがとうねウォルフくん! じゃあ明日からもお金稼ぎを頑張ろっか!」
「おうよ! ……あっ、そうだ。今日は俺が借りてる宿に泊まってけよ。一緒に寝ようぜ」
うん! ……って、はぁぁああッ!? いきなり何言ってるのこの人!?
驚く私に、ウォルフくんはキョトンとした顔で首をかしげてくる。
「なんだよソフィア、たしかこの前教えてくれただろ? 『一緒に寝ていいのは愛してる相手とだけだ』って。じゃあいいじゃねーか、俺お前のこと愛してるし」
「あ、ありがとう……っていやいやいや!? あのね、ウォルフくん? 『愛』っていう感情には二種類あってね、親愛と熱愛はまた別のもので……!」
「そうなのか! じゃあ俺のお前を愛してるって気持ちはどっちなんだ?」
いや知らねーよッ!? てか人通りも多い道の真ん中で『お前を愛してる』とか言うなぁーッ!
うわぁ~、気付いたらみんな私たちのほうをチラチラ見てるよ……! ウォルフくん、顔はいいからね。ワイルドな美形さんがヘラヘラしてる女を口説きまくってたら、そりゃ悪目立ちするっての……!
「……とりあえずウォルフくん、めちゃくちゃ人に見られてるからちょっと路地裏にいこっか? 詳しい説明はそこでするから」
「いいぜソフィア! 路地裏で愛を教えてくれるんだな!」
「って間違ってないけど言いかた気を付けろーッ!」
はぁ、この調子だと常識人になってくれるまでどれくらいかかることやら……!
楽しそうに笑う変な犬の王子様を前に、私は顔を真っ赤に染めるのだった。
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