79:狂乱の太陽
第一王子の名前をニーベルング(※ジークフリートがヤンチャして死ぬ歌劇)に変更しました。
いいかお前はニーベルングだお前はニーベルングだお前はニーベルングだ
第一おうじ「ハイ……!」
また貧乏令嬢二巻の発売も決定しましたー!
一巻もよろしく買ってね!
「断るわ」
「ほう……」
王都に来いと誘ってきた第二王子・バルムンク。そんな彼の言葉を、私はにべもなく拒絶した。
「一応聞いておくが、なぜだ女王よ? セイファート王国は栄華を極めた一大国家だ。玉座に就けば山ほどの財宝と数えきれないほどの下僕が手に入るが?」
「そんなものは必要ないわ。私には人並みの幸せがあって、数えきれるくらいの仲間がいればそれでいい。ジークフリートも言っていたというように、私は女王の器なんかじゃないのよ。身に余る立場を勝手に押しつけるな」
双剣を握りながらきっぱりと言い切ってやる。
当たり前だ。ぶっちゃけると財宝は欲しいところではあるが、領主としての仕事すらいっぱいいっぱいだというのに、国を治めることなんて出来るか。
しかも父親殺しのクズ王子から与えられた玉座など、気持ちが悪くて座れるわけがない。
「ニーベルングに伝えなさい。見当違いの期待はやめろ、この節穴野郎ってね」
「ふむ……」
私の言葉に、バルムンクは小さく頷いた。
その雰囲気は相変わらず空虚だ。一応は第一王子の部下になったという話なのに、ヤツを罵るようなことを言われても顔色一つ変えやしない。本当にこの白髪の美丈夫は何を考えているんだろうか?
ともかく誘いを断った以上、無理やりにでも私のことを連れていくかもしれない。
そう覚悟し、全身から魔力を滾らせた……その時、
「そちらの意見は理解した。――兄者よ、見当違いの期待はやめろこのクズ野郎とのことだが」
『おいおい、クズ野郎とは言ってないだろうが弟よ! 冗談キツいぞまったく~~~ッ!』
清々しいほど明るい声が、シリウスの空より響き渡る――!
驚いて上を見上げると、そこには陽炎のごとくゆらゆらと蠢く、半透明の男の虚像が存在していた!
って、コイツはまさかッ!?
『ハッハッハッハ! はじめましてだなぁソフィアさんッ!
――俺の名はニーベルング。独裁の戦王・ジークフリートを滅ぼし、この国を新たな領域に導こうと決めた反逆者だ。好きなタイプは優しくて強い女性だぞ!』
「っ……はじめまして、ソフィア・グレイシアよ。嫌いなタイプは上から見下ろしてくる人ね」
『おっと、それは失礼した。おいバルムンクよ、投影位置を下げるぞ』
「ああ」
返事と共に、王子二人は同時に魔力のきらめきを放つ。
すると吹き抜けた熱風と共に、ニーベルングの虚像が私の目の前にまで降りてきたのだった。
なるほど……近くの空気を熱することで蜃気楼を生み出す『ファイアミラージュ』という高難易度炎魔法に、バルムンク王子の風魔法を組み合わせることで、遠方への投影術を生み出したというわけか。互いの声も同じように届けているのだろう。
要するに熱した空気を風で遠くに運んでいるというだけだが、王都からここまでどれだけの距離があると思っているのか。
反発する魔力を合わせて爆発を起こしているだけの私と違い、正統かつとても高度な混合術式だ。王都からこの街にまで風を吹かせる第二王子も、風によって霧散することなく蜃気楼を維持する第一王子もやばすぎる。
『さて、断るという話だったな。おぉい……おいおいおいおいおいソフィアさん、俺はとっても悲しいぞ! アナタのように優しさを力に変えられる本物の聖女が王になったら、きっと民衆も成長してくれるというのに!』
頭に手を当て『あぁ悲しい!』とニーベルングは激しく嘆く。
はぁ、何が聖女よ。私もアンタと同じく、仮面を被っていただけの俗物だっつの。ただアンタと違って能力も運も恵まれなかったから、必死で役を演じていたらたまたま本物っぽく見えただけだっつーのッ!
そう叫んでやりたいところだが、どうせこの男は信じないだろう。
なぜなら私に対する思い込みを原動力に、コイツはすでに家族をその手にかけているのだから。もはや暴走は始まっている。
『ソフィアさんッ! ああ、誰かのためなら死すら選べる本当の優しさを持つ人よッ! 俺はこの国の未来を照らしたいッ!
もしも国民全てがアナタのように何かのためなら死ぬ気になれる人間になれば、セイファート王国はもっと強くなれるはずなんだ!
選ばれた天才だけが輝く時代はもう終わった! 国を、家族を、愛する人を守るために全国民が総出で火の玉になれたら、どんな国家にも負けない最強の理想郷が出来るはずなんだーーーッ!』
明るい瞳……いや、あまりにも明るすぎて吐き気のする瞳をしながら、ニーベルングは狂った理想を高らかに叫ぶ。
なんだコイツは、本当に危なすぎる……! そもそもさっきから優しさをどうたらだの、何を言っているんだこの男は。
「ニーベルング……優しさを力に変えられる聖女だとか、誰かのためなら死すら選べる優しい人だとか、アナタはずいぶん私の人格を買ってくれているようね?
じゃあ聞くけど、力に変えられない優しさは偽物なの? 誰かのために死ねない人間は優しくないの?」
『は? 当たり前だろうがそんなもの』
私の質問に、ニーベルングは一瞬で答えた。
まったく一切思考することなく、当然のことだとコイツは断言しやがった……!
『ちょっとした優しさに何の価値がある? なんなら俺は雨の中、転んだ子供を抱き起すために地面に片膝をつくことだって出来るぞ? ズボンなどどうせメイドが洗ってくれるからな。民衆から好かれるメリットを考えれば、デメリットなど存在しないのも同然だ。
はぁ……思うに俺はな、デメリットよりもメリットのほうが大きい善行など優しさではないと思っている。そんなもの、ただ媚びているだけではないか』
朗々と語るニーベルング。
民衆たちに笑顔を振りまく太陽のような王子と呼ばれていた男の口から、あまりにも冷めた持論が流れ出す。
噂では、街をパトロールする衛兵たちともとても仲が良かったり、怪我した者を見かけたら躊躇なく高級なハンカチを破いて傷口に当ててやったという逸話もあるのに。
なのにこの男は、心底どうでもよさそうに語り続ける。
『そう、今まで俺はずっとずっと媚び続けてきた。
民衆どもに笑顔を振りまくことも表情筋を少し釣り上げるだけの作業だ。兵士の肩を友人のように気安く叩くこともあとで手を洗えば済む作業だ。怪我した者に対してハンカチを破いて傷口を縛ってやったことも優しさなどでは断じてない。だってあのハンカチ、あいつらの税金から買ったものだしな。デメリットなんて存在しない』
底冷えするほどに冷めた口調。ジークフリートから観察眼や優れた頭脳を継承したという第一王子は、悲しいほどに現実を見据えてしまっていた。
あぁそうか……実際に会話して少しだけ理解した。
コイツは情熱的な性格だから暴走したというわけではなく、冷たすぎるから馬鹿になってしまったんだ。
もしも民衆に良いことをして「あぁ、俺は本当に善良だな~」と心が満たされる程度の普通の青年であったならそれで済む話だが、冷徹で頭のいいコイツは、自分自身の行動を『所詮は人気取り』だと見下してしまっていた。そしてその上で、熱くなるほど追い求めたい理想を探していた。
そして、そんな時だ。
ニーベルングは知ってしまったんだ。
出会ったばかりのウォルフくんのために王族に喧嘩を売り、来たばかりの街を守るために違法組織と対決し、そして亜人種の管理でいっぱいいっぱいなところに貧民の集団まで受け入れた、傍から見たら命の危険まみれの優しさを振りまく『聖女ソフィア』という存在を――!
『あぁ――ソフィア・グレイシアーーーーーーッ! そんな時だッ、そんな時にアナタは俺の前に現れてくれたッッッ!
この感動を天に向かって叫びたいッ! アナタという存在の希少さを、尊さを、素晴らしさをッ、全国民へと伝えてやりたいッ! そのためなら俺は絶対にアナタを女王にするぞッ! 女王にするぞッ! 女王にするぞーーーーーッ!』
握りしめた両手を掲げてニーベルングは燃え上がる。
本当にダメだ……コイツは完全に壊れてしまっていた。私を女王にするためなら、この暴走した才能の塊はどんなことでもやらかすだろう。
そう確信しながら、私は最後の問いを投げる。
「改めて、断ると言ったら?」
『決まっているだろう』
そう言って彼は魔力を放ち、自身だけではなく部屋全体を投影させる……!
そこには、獅子の頭や蝙蝠の羽などを人間に無理やり繋ぎ合わせた人工モンスター共――『キマイラ』の軍勢がひしめいてた!
「なっ、そいつらはハオと一緒に倒したはずじゃ!?」
『すまんなぁ。ヤツの秘密基地から資料を奪い去り、罪人どもを素材として量産していたのだ。
ソフィア・グレイシア。もしもアナタが女王にならないと言うなら、この俺自身が「魔王」となって、コイツらと共に王都の民衆を殺害しよう』
王都の人たちを、殺害ッ!?
正気じゃない……こいつは自分で何を言っているのかわかっているの!?
「お前はもはや、王子ですらない人でなしよ……!」
『フハハハハハッ! 人でなしで結構ッ! それでこそアナタの敵が務まるというものだ!
さぁ聖女よ、俺から民衆を救ってみせろ。その名誉さえあれば、きっとみんなは喜んでアナタを女王に選んでくれるだろう! どうあがいても俺はアナタをこの国のシンボルにしてみせるッ!』
哄笑を上げる『魔王・ニーベルング』。こいつは地位や名誉すら捨て、文字通りデメリットまみれの優しさで私を指導者にしようとしていた。
そんな狂った男を前に、もはや私は絶句するしかないのであった……。
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