77:夜空に浮かぶ地獄の太陽
「ヴィンセントくんっ、ウェイバーさん……!」
「うぅ……ソフィア……」
「ソフィア嬢……お恥ずかしい姿を見せてしまい、申し訳ありません……」
二人が逃げ込んできたという情報を知ってから数時間後。私は診療所にて、半死半生で横たわる彼らに寄り添っていた。
今からほんの数分前に意識を取り戻したところだ。医者であるシンくん曰く、一時期は本当に危ないところだったらしい。
「二人とも、一体何があったの……? 第一王子のニーベルングって人が反逆を起こしたって聞いたけど、私を女王にしたいってどういうこと……?」
未だに事態が理解できずに戸惑っている。
いやだって、私だよ!? 私みたいなクズザコ女を女王にしたいって意味わかんないんですけどッ! そんなの国が終わっちゃうってーーー!
そして負担で私の胃袋も爆発しちゃうよッ! 胃袋バースト・フレアボムとか嫌だよ絶対ッ!
そんな暗黒の未来に顔を青くする私に、ヴィンセントくんが弱弱しく語り始める。
「昨夜のことだ……この地に貧民の集団を押しかけさせたのはニーベルング兄様だったと突き止めた父上は、僕とウェイバーを引き連れて彼を詰問しに行った。兄様が言うには『ソフィアさんが本当に聖女なのか確かめたかった』とのことだ」
え、なにそれ気持ち悪い!?
ていうか私聖女じゃないから! ただのクズ女だからっ!
「それで、兄様は君の行動を見て『彼女こそ聖女に間違いない!』と満足したらしい」
って満足しちゃったのッ!? いやいやいやいやニーベルングお兄様、ちょっと目玉が腐りすぎてませんッ!?
なんか噂だと誰に対しても明るくて気安い太陽みたいな王子様って言われてた気がするけど、頭までポッカポカとか聞いてないんですけどぉおお……!
流石はあの変態国王の息子と言ったところか。あまりのトンチキっぷりに思わず溜め息が出てしまう。
「はぁ、そうなの……それで?」
「ああ。それで一時は『要するにこいつ、厄介なファンになっただけか』と父上も含めて呆れる程度で終わりだったのだが……それが油断となってしまった。彼は何の予兆もなく、僕らに対して上級魔法をブチ込んできたんだよ。君をセイファート王国の指導者とすべく、王を殺して玉座を空けるために。
それによって僕とウェイバーはこの通りの有り様にされてしまったが、父上だけは攻撃を防いでね。あとはもう血みどろの戦いさ」
焼け爛れた手のひらを見つめるヴィンセントくん。その表情はとても痛々しくて見ていられなかった……自分の家族が殺し合いを始めたのだからそれも当然か。
そうして彼はポツポツと語り始める。王子ニーベルングと国王ジークフリートの決戦と、その顛末を。
◆ ◇ ◆
「――死んでくれぇ父上ーーーーッ!」
「断らせてもらうッ!」
死にかけているヴィンセントが見上げる中、二人の男は超常の決戦を繰り広げていた。
全身から炎を噴出して空を翔け、ニーベルングは摂氏数千度の熱閃を放ち続ける。
それに対し、ジークフリートは音もなく飛翔しながら触れただけで炎を掻き消していた。まるで見えない壁に叩き落されているかのように。
それもそのはず――国王ジークフリートは『重力』を操ることの出来るこの世で唯一の魔法使いなのだ。
その希少かつ圧倒的な才能を以って、徐々にニーベルングを追い詰めていく。
「フハハハハッ、さすがは父上! 強いなぁ、強すぎるッ!」
王が放った無数の重力弾を回避するニーベルング。彼の代わりに背後にあった城壁に攻撃が当たった瞬間、バキバキバキバキバキィッッッッ! という音を立て、着弾部分が一瞬にして消滅する――!
これが重力魔法の恐ろしさだ。攻撃の当たった箇所に数千倍の圧力をかけ、万物を塵へと変えてしまうのだ。
よってニーベルングは死に物狂いだ。掠りでもしたらおしまいである、柔らかな人体など刹那の内に磨り潰されてしまうことだろう。
だがしかし、そんな状況にも関わらず反逆の王子は笑っていた。
あぁ怖い怖いと冷や汗を流しながらも、父親のことを嘲るような視線で射抜き続ける。
「本当に頭のおかしくなるような戦闘力だ! しかも戦うことだけが唯一の才能というわけではなく、芸術だろうが料理だろうが音楽だろうが、どんなことをやっても人間離れした結果を出すというのだから恐れ入る。まぁ、育児の才能は壊滅的だったみたいだがな」
「フフッ、言うじゃないかニーベルング。そういう君も何をやらせても一流な頭のいい息子だと思っていたのだがねぇ、数分前までは」
空を高速で飛翔しながら攻撃と皮肉をぶつけ合う二人。もはや親子喧嘩などという域をとっくに飛び越え、戦闘の余波は城や周辺の建物を消し飛ばすほどに激化していた。
「はぁ、ゆえにまったく理解できんよ。ソフィアくんを指導者にしたいとは何を言ってるんだ君は?
兄弟の中で私の血をもっとも濃く引き、優秀な観察眼を身に付けた君ならわかるはずだ。――ソフィア・グレイシアという少女は、肉体的にとっくに成長限界を迎えていると」
それが、『彼女を指導者とする』という言い分に対してジークフリートが首を捻る理由の一つだった。
そう、すでにソフィアという少女は全ての才能を開花させつくしていたのだ。
本来ならばありえない。どれだけ鍛えようがあの若さならばまだまだ成長途中のはずか、あるいは自分の限界を見誤った修練をして身体を壊してしまっているはずだ。
だというのにソフィアは完全に成長しきっていた。
まるで幼少期から自分の基礎性能というものを完全に把握し、身体が壊れないギリギリのラインを見極めていたかのように。
だがそれゆえに、
「とても素晴らしいと私も思うさ。自分の可能性を極めようともしない多くの愚劣な部下たちとは違って、ソフィアくんはよくやり切ったものだよ。
しかし、悲しいことに彼女は所詮『一流止まり』なんだ。とてもじゃないがこの国を率いる女王にはなりきれない」
現国王はきっぱりと言い切る。
そう、このセイファート王国はいくつもの国を傘下に収めた超大国である。ジークフリートの指揮の下、数えきれないほどの侵略戦争をしかけ、そしてその全てに勝利し続けた結果、今や世界最強の国としてその名を轟かせていた。
だが、最強と『無敵』は大きく違う。ジークフリートが健在な今は周辺各国も鳴りを潜めているところだが、もしも老化などによってその力に陰りが出れば、たちまち多くの国や民族から責め立てられることになってしまうだろう。
ゆえに、後継者にはジークフリートに並び立つほどの圧倒的な戦闘力が必要なのだ。
「諦めたまえニーベルング。ただ優しくて美しいだけではこの国のトップは務まらないのだよ。彼女のような人材は、せいぜい民衆たちのアイドルにするのが適任といったところで、」
「――いいやできるさ、彼女ならッ!」
冷めた声で諭す国王に対し、反逆の王子は堂々と異を唱えた。
彼は足元から最大火力の爆炎を放つと、音速でジークフリートに突撃を果たす――!
「うぉおおおおおおおおーーーーーッ!」
咆哮を上げながら夜空を翔けるニーベルング。その様に王は「狂ったかコイツ」と呆れ返った。
一瞬の内に人間離れした頭脳が計算を終える。あれほどまでの速度ならばもはや曲がることも不可能だろう。ならば、音速を上回る超音速の域で術式を構築すればおしまいだ。
「重力の光に消え去るがいい――『グラビティ・レーザー』、最大出力ッ!」
そして放たれる超重力の大閃光。それは接触した対象に百万倍の圧力をかける、人が手にしてはいけない禁断の奥義だった。
かくしてジークフリートの必滅魔法は次元すらも歪めながらニーベルングへと直進。刹那の内に彼を飲み込み、この戦いに決着をつける――はずだったのだが、
「舐めるなァアアアアッ!」
「なにッ!?」
現実は、国王の予想を上回った。絶対的な頭脳と観察眼から『避けられるわけがない』と結論付けた一撃を、ニーベルングは直角に曲がりながら回避したのである――!
それはもはや慣性の法則を無視した軌道だった。現に人体が破裂するほどのGによってニーベルングはいくつもの内臓を空にブチ撒けたが、身体にまとった炎で一瞬の内に傷を塞いで国王へと特攻。ついにその眼前へと迫りッ――!
「俺の聖女をッ、馬鹿にするなーーーーーーーッ!」
そして炸裂する絶殺の炎拳ッ! それはジークフリートの腹へと深々と刺さり、彼を城へと殴り飛ばした――!
「ぐがはァァアアアッッッーーーッ!?」
ドゴォオオオオオオオオオオンッ! という音を立て、己が王城に叩き付けられるジークフリート。
まるで磔にされた罪人のごとく壁に身体をめり込ませながら、呆然とした表情で空に浮かんだ息子を見上げる。
「どういう、ことだ……!? 私の予想は、完璧だったはず……!」
「アンタの予想なんてクソ食らえですよ、父上」
全身から血を撒き散らしながらも、ニーベルングは勝ち誇った表情で父に告げる。
たしかに彼の言う通り、先ほどの状況は完全に詰みだった。父親から受け継いだ最高峰の頭脳と観察眼を持っているからよくわかる。あそこから逆転できる可能性は皆無だった。
――だがそれならば、自分の限界を超えてしまえばいいのだ。
気合を滾らせ、命を削り、生命力すら放つ魔力に変換し、そして内臓が五個や六個は消し飛ぶ覚悟を決めればこの通り。最強の国王を超越し、勝利を掴み取ることが出来たのである。
代償として寿命が数十年ほど削れた上に明日から流動食の始まりだが、そんなものは関係ない。
全盛期の父親には勝てないだろうという親子共通の予想を、こうして覆すことが出来たのだから。人間の可能性は無限大なのだ。
「クククッ……ねぇ父上。俺はずっと冷めた気持ちで人生を送ってきましたよ。アンタから受け継いだ頭と目玉のおかげで、他人どころか自分の性能限界までもが嫌というほどわかってしまう。その上、目の前にはアンタっていう一生越えられない存在がいるんだからもう最悪だった。
ですがねぇ――ソフィアさんの噂を聞き付け、あの炎上した商業都市でみんなのために戦う彼女の姿を見た瞬間、予想なんてどうでもよくなってしまいましたよ」
「なんだと……?」
そう、ハオ・シンランに燃やされた『商業都市レグルス』にて、ニーベルングは実際にソフィアの活躍する姿を見ていた。
それは完全に偶然だった。ヴィンセントを半殺しにした彼女が商業都市に向かっているというから、はてどれほどのものかと見に行ったのだ。
優秀すぎる観察眼は一瞬で人の性能を見抜く。昼間に見かけたソフィア・グレイシアのステータスは、たしかに優秀だが限界点を迎えていた。
貧民の少年から高額で魔晶石を買い取ってあげる姿には建物の影からウルウル涙を流したものだが、この時点では『なるほど、噂通り聖女かもしれない』と思うだけで、彼女のことを女王にしようなどとはまったく思っていなかった。まだ彼の脳髄に冷静さが残っていた頃である。
しかしその夜、彼は見てしまった。
逃げ惑っていた多くの民衆を取りまとめ、絶望を切り払っていく彼女の姿を。
そして、ハオ・シンランという性能的には絶対に勝てないはずの相手を前に、混合術式という命削りの技術を創り上げて見事に勝利を収めた姿を。
「そうッ、彼女は民衆を想う心を武器に、自分の限界を突破したのだッ!
その優しさを力に変えて、破滅の運命を乗り越えたのだーーーーッ!」
その瞬間――ソフィア・グレイシアは彼にとって、真なる意味で『聖女』となった。
ただ心から優しいというだけではない。くだらない予想など及びもつかない、新たなる人の可能性――彼女こそ『聖なる女神』であると、ニーベルングは信仰を打ち立てたのだった。
ああ、そんな人物がトップに立ったらどうなる?
天才であるがゆえに人間の可能性を見極め尽くしてしまっているジークフリートとは違い、鍛え続けた凡人であるがゆえに部下の心がよくわかり、そして誰かを守るためなら死に物狂いで限界を超えられる少女が指導者になったら、いつか誰もが彼女や自分のように人としての可能性を突破できるんじゃないだろうか!?
そう思うと、ニーベルングは胸がワクワクして止まらない!
「ジークフリートよ、もはやお前というつまらない天才が支配する時代は終わったッ!
これよりセイファート王国は、誰もが輝きを放てるようになる理想の国家に生まれ変わるのだッ! あぁ、未来は明るいなァーッ! きっとみんなも彼女の優しさに魅せられ、俺のように成長できるはずだッ! ハーッハッハッハッハーーーーッ!」
――月のない夜空の下、全身から獄炎を放ちながら高笑いする反逆の王子。その光が、その狂笑が、夜の王都を染め上げていく。
そんな地獄の太陽を見上げながら、半死半生のヴィンセントとウェイバーは背筋を凍り付かせる。
二人は思った。ダメだコイツ……これならジークフリートのほうがまだまともだと。
あの国王はたしかに善良とは言い難い。五億稼いで来いと言われたウォルフのように、部下に対して無茶な要求をすることはたまにある。
だがしかし――人間の可能性を見極めている分、無茶ではあっても『無理』な命令をすることは決してなかった。
実際にウォルフが戦闘力を大幅に上げてどれくらいでも稼げるような戦士になったように、あくまでも本人の限界を見極めた要求をするのだ。
しかし、ニーベルングは何と言った?
あくまでも死の直前に新たな奥義を身に付けたソフィアを見習い、成長限界を超えられるようになれと?
内臓をボロボロとこぼしながら王に勝った自分のようになれと? なんだそれは地獄すぎる。
ああ、ダメだコイツは……こんなやつに担ぎ上げられたら、ソフィアの身がどうなるかわかったものではない。
そう確信した二人は、死にかけの身体を押して少女の下に走っていったのだった。
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