73:ソフィアちゃんを寝かそう!
冒険者ギルドの設立が決まってからそこそこの日数が経った。その間に『シリウス』の街は住民総出で大忙しだ。
なにせこれからは多くの冒険者さんたちやギルドの職員さんたちが出入りすることになるんだからね。それに合わせてモンスターの素材をギルドから仕入れにくる行商人さんたちなんかもやって来ることになるだろうから、彼らを満足させるためには街の店舗を充実させる必要があったのだ。
食堂だとか飲み屋だとか宿だとか娯楽施設だとか、とにかく色々用意しないといけないからね~。
そこでジークフリートのアホに手紙で相談した結果、『友好を持ついい機会だ、貧民たちを亜人種たちと一緒に働かせたまえ。ちなみにこれは命令だ』という素敵なお返事が。
――ってトラブルになったらどうするんじゃいアホーッ!
そりゃぁいつかは領民同士、人間も亜人種も普通に交流できるようになって欲しいって思ってたけどさァ。でもそこそこの距離を置いてじっ~くり仲良くさせようとしていたのに、いきなり同じ職場に放り込めってどういうことよ。
本当にあの王様はブラック上司なんだから……! いざ喧嘩とかが起きたら仲裁しないといけないのは私なんだっつの! 現場任せはやめなさーい!
……そんなわけで、ここしばらくの間は大変だった。
毎日毎日街中を回って、開店の準備を進めている全店舗をチェックし続けた。
少しでも貧民たちと亜人種たちの間に不穏な空気が流れていたらすかさず割って入り、仲を取り持ち続けたものだ。本当に辛かった。おかげでどちらの方角にマイナス感情が爆発しそうな人がいるとか、空気だけで感知できるようになった気がする。
はぁーあ、これまでも住民たちのトラブルを防ぐために巡回したり相談に乗ったりだとかはやってきたけど、やっぱり同じ街に住むのと同じ建物の中で作業するのじゃ諍いが起きる頻度が違うよ。いきなりソーシャルディスタンスめっちゃ縮めることになったわけだからね。
シルフィードさんをはじめとした族長たちやウォルフくんは『領民想いなのは良いことだが、そんなに頑張らなくてもいいのでは?』って言ってくれるけど、これでいざ一つの喧嘩をきっかけに差別意識から内戦でも起きたら堪ったものじゃないもん。そうなったら責任取るのは私だよぉ。
というわけで領民想いとかじゃなくて自己保身のためだけに頑張ってますハイ。
――そんな事情があり、今日も必死こいて街中を見て回ろうとしていたのだが……、
「ケホッ、ケホッ……!」
……私は風邪をひいてしまい、朝から診療所のベッドでダウンしていた。
領主邸でぐったりしているところをウォルフくんに発見されたときは大変だったものだ。
彼ってば「ソフィア~~~死ぬな~~~~ッ!」って泣き叫びながら私を背負って街を爆走していくんだもん、これ絶対街中で噂になってるよ……!
医者のシンくん曰く、どう考えても疲労から来る体調不良らしい。今日は大人しく寝てろとのことだ。
はぁ、そういうことなら仕方ないかぁ。でも不安だから、少しだけ眠って歩けるようになったら巡回に行くことにしよう。
そうと決めたらさっさと寝なきゃね。そうして私が日差しを遮るために、窓枠のカーテンに手を伸ばそうとした――その時、
「「「じ~~~~~~ッ……!」」」
「ってわぁっ!?」
気づいた瞬間叫んでしまう。
なんと族長の三人が、窓の下側からちょこっとだけ顔を出して私のことを見ていたのだった! ビビビビックリしたぁッ!
「ちょっ、三人とも何やってるの……!?」
「おぉっと気付かれてしまいましたか……顔だけ見たら帰るつもりだったのですがねぇ。
あ、申し訳ありませんがソフィア様、あまり大きな声は出さないでくれます? あのシンという少年に気付かれてしまいますので……」
そう言ってきたのはエルフ族の族長・シルフィードさんだった。
一見すれば高慢そうな印象を受ける細目の容貌が特徴的だが、今日の彼は心なしか顔が青かった。い、一体どうしたんだろう?
疑問が顔に出ていたのか、獣人族の族長であるガンツさんが事情を説明してくれる。
「うむ……実は我ら三人、ソフィア殿が倒れられたと聞いて急いで飛んできたのだが、あのシンという小僧に『面会謝絶だ』と追い払われてしまってな。しかしせめて一目だけでもソフィア殿の顔が見たいと押し入ろうとしたところ、凄まじいほどに殺気が込められた眼差しで睨みつけられてだな……うぅう……!」
武人然とした筋肉モリモリの身体でガクガク震えるガンツさん。未熟なウォルフくんに代わって獣人族を纏めているしっかり者なのだが、今日は頭のイヌ耳もへたれこんでいた。
あ~なるほど……だってシンくんの正体は最強クラスの魔法使い、ハオ・シンランなんだもんね。機嫌を損ねたらそりゃ怖いだろうねぇ……。
ちなみにシンくんが元テロリストのハオだということは誰にも伝えていない。余計な混乱を招くことになっちゃうし、もしもシンくん自身にその話が届いちゃったら一気に記憶を思い出すことになるかもだからね。
まぁウォルフくんはハオとシンくんの容姿が似ていたり匂いがほぼ同じなことに驚いていたけど、『実は彼、ハオ・シンランの生き別れの弟みたいなの。もしもお兄さんがテロリストになってるって知ったらショックを受けるだろうから、伝えないであげて!』――などと嘘八百を言ったらあっさり信じてくれた。ごめんねウォルフくん、騙しちゃって……!
私に対して信頼百億パーセントな彼に心の中で謝っていたところ、「ワッハッハッハッハ!」という甲高い笑い声が響いた。
「ふふ~ん、しかしあの小僧も詰めが甘いのぉ。少し脅された程度ですごすご帰るほど、ワシらの領主殿に対する想いはヤワヤワではないわいっ!
というわけで領主殿、窓からこそっとお見舞いにきたぞ~! リンゴいるか、リンゴ!?」
カラッとした笑みでそう言ってきたのは、ドワーフ族の族長・ドルチェさんだった。
見た目は褐色の三歳児にしか見えない彼だが、実年齢は三十歳らしい。種族の違いってすごいね~……。
――って、この人たち族長の仕事はどうしたわけ!?
街で働くことになっているのはあくまでも余った人員であり、亜人種のみんなには引き続き『霊草の栽培』『猛獣の軍用化調教』『爆薬の製造』をやってもらっている。
それでこの三人には、族長として監督作業を任せているのだけど……、
「あのっ、三人とも仕事のほうは……」
「あ~そんなもんホッポリ出してきたわい。今や誰もがこの街での仕事に慣れてきおったし、別に小一時間くらい目を放しても大丈夫じゃって。ワシよく作業場を抜けて飲みに行っとるし」
んな適当な……!
ドルチェさんの不真面目っぷりに溜め息が出そうになるが、シルフィードさんとガンツさんも彼の言葉にうなずいていた。
「まぁドルチェのように堂々とサボるのはどうかと思いますが、気を張りすぎるのもいけませんよソフィア様」
「シルフィードの言う通りだ。統率者たる者、常に万全の状態でなくてはならない。力を抜くことも大切だ」
そう語る統率者としての先輩たち。
いやぁでも、やっぱり不安だしなぁ……! もしも暴動とかが起きて街が機能しなくなったら、ジークフリートのヤツは容赦なく私に制裁を加えてくるだろう。
たとえば借金をめちゃくちゃ背負わせるとか……うううううううっ、そうなったらもう結婚できないよーーーっ! 私の夢は今でも、平凡な相手と平凡に結ばれて波乱のない平凡な人生を送ることなのにーッ!
領地を潰した悪評や借金なんて付いちゃったら、もう二度と平和に生きれないよ……!
「ごめんなさい三人とも、やっぱり私……街の様子が気になって……」
そうして私が(※自己保身から)街に繰り出そうとした時だった。
ドルチェさんが窓から身を乗り出し、「させるかーっ!」と叫びながらお腹の上に飛び乗ってきたのだ! ってげふぅー!?
思わず呻いてしまう私だが、他の二人もそれを止めようとはしなかった。
――彼らは敬意と情愛が篭った声で、私にこう言ってくる。
「告白しましょう……ソフィア様。アナタが人間と亜人種の仲を取り持ち、一日でも早く領民たちの心に平穏を与えようと尽力していた姿、種族を纏める立場として我らは実に感動しました……!」
ってふえぇっ!? シルフィードさん何言ってるの!?
別にみんなの心に平穏を与えたいとかじゃなくて、自分の心に平穏を与えるために頑張ってただけなんですけどッ!?
そう動揺する私に、今度はガンツさんが言葉を続ける。
「ウォルフ王子が惚れ込んでいるのも頷ける。人々の平和のために身を粉にするその精神……アナタこそまさに『聖女』と呼べる人格者なのだろう。我ら三人はもちろんのこと、今では領民のほとんどがアナタのことを想っている。
ああ――だからこそ、どうか無理はされないでくれ! 敬愛するアナタの身に万が一のことがあったら、我らは悔やんでも悔やみきれないッ!」
ってガンツさーーーんッ!? 私なんかが聖女とか、正気で言ってるのーっ!?
い、いやいやいやいやいや……たしかに好かれるようには振る舞ってきたつもりだけど、せめて族長であるアナタたちくらいは私の薄汚さに感づいておこうよッ!? 『あ、こいつ実は自分の安全と名誉が第一なクズ女だな』とか察しておこうよッ! 敬愛される資格とかないからーーーーっ!
「シ、シルフィードさん、ガンツさん……私、あの……!」
「ふっ、そういうことじゃ領主殿っ! さぁ、ワシらの気持ちが伝わったのなら休め休め~!」
私、みんなに慕われるような女じゃないんです――という言葉を遮り、無理やりベッドに押し付けてくるドルチェさん。彼だけはいつも通りのハイテンションに見えるが、その瞳は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
まるで、私に対して「どうか本当に休んでくれ」と訴えてきているかのように――。
ふっ、ふぉおおおおおおッ、良心が痛いぃいいいい!!!
ちゃらんぽらんなドルチェさんまでこんなクズ女のことを心配してくれるなんて、もう申し訳なさで死にそうになるぅううーーーーーーーーーーッ!
――こうして私は三人の族長に見守られながら、心労で意識を手放していったのだった……!
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