72:敬意の無駄遣いだよ、冒険者-ズッ!
――ソフィアとレイジが今後についての話し合いをしている頃。他の冒険者たちは夜の酒場にて探索の苦労を労い合っていた。
最初はエルフ族の店員が出す酒に変なものでも混ざってないかと警戒していたが、酔いが進んでくればそんなことはどうでもよくなる。特に今日の彼らは疲れ切っていたため、浴びるように酒を飲んで疲労を忘れたい気分だった。
「ングッングッ――カァ~~~~ッ! エルフ族の酒もイケるもんだなぁ。果実の漬け込み具合がいいのかねぇ、さっぱりしてて飲みやすいわ」
「ハハッ、常駐する街の酒がうめぇってのはいいことだな。なんせこれからオレたち、あのやべーダンジョンの間引きをやってかなきゃいけないんだからよぉ。いつ死ぬかわかんねーからなぁ」
「ちげーねぇ! 最期に飲んだのがマズい酒じゃあ成仏も出来ねぇからな!」
ワハハハッと豪快に笑いながら冗談にもならない冗談を言い合う男たち。
ここに集まっているのはギルド本部からの要請を受けた一級冒険者たちだけあって、死生観については誰もが達観しているところがあった。
身体を資本とする職業についている以上、警戒は常に怠らない。――だがどんなに気を付けようが死ぬときは死ぬ。それが冒険者であると理解しているのだ。
彼らは獣人族のシェフが作った豪快な牛の丸焼きなどをバクバクと食べながら、今回の探索を振り返る。
「出てくるモンスターはどいつもこいつもやべーやつばっかだったけどよ、何よりもやばいのは……」
「ああ、あの領主様だわなぁ」
誰もが乾いた笑いを漏らす。
一級冒険者である彼らが呆れるほどに、かの美しき領主ソフィア・グレイシアの実力は圧倒的だった。
ああ、これでまだ馬鹿みたいな魔力量を生まれ持った大天才だったというなら呆れもせずに納得がいく。
冒険者界の中には恵まれた魔力量で魔法を乱発して何でも力づくで解決する者も少なくはない。もしもソフィアがその手の類いのバケモノだったら“ラクそうでいいなぁ”と羨む程度で終わりだった。
だがしかし、一目見ただけで他者の魔力量がある程度わかってしまうほど感覚を鍛え上げた彼らだからこそ、理解してしまったのだ。
あのソフィア・グレイシアという少女のスペックは、『凡人』の領域であると。
「……驚いたぜぇ、そこそこ程度の魔力量ですげー爆発をバンバン起こすんだからよぉ。それでまったく魔力切れする様子がないから二度驚いたわ」
「ああ、その魔法はなんなんだと聞いてみたらあっさり答えてくれたぜ。あの領主様、反発し合う『火』と『水』の魔力を無理やり混ぜ合わせて大暴走させてるんだってよ。それで発生する爆発を攻撃に転用しているらしい」
「うへぇ~。そりゃ理論上は可能だが、そんなの一歩間違えたら自分の身体が吹っ飛んじまうじゃねぇか。なんて恐れ知らずな……」
彼女の扱う混合術式。アレはとてもじゃないが利用できるようなものではなかった。
なにせ魔法を使う上で絶対にやってはいけないという鉄則をあえて無視しているのだ。
――鉄則とは、これまで何人もの人間がそれで死んで来たからこそ鉄則なのである。生半可な覚悟で破っていいものではない。
「一体どういう経緯で身に付けたのかねぇ。あんなもん、強力さよりも死ぬリスクのほうが高い禁術だ。よっぽど力を欲する状況じゃなけりゃあ思いつきもしないだろうに」
「お姫様みたいなツラして、よっぽどの修羅場を潜ってきたんだろうなぁ。
あの領主様、戦闘中に何度か未来を先読みしたかのように攻撃をさばいていたからわかるぜ。ありゃあ反射神経が優れてるってレベルじゃなかった……何度も死ぬような思いを味わわないと身に付けられないはずの、『死への感知』を体得してやがる」
――『死への感知』。それはいくつもの死闘を乗り越えた者だけが身に付けられるという第六感の俗称だ。
一級冒険者の中にはそれらしい感覚を会得した者もそこそこいるが、さすがにソフィアほどの年齢で、しかもあれほど完全に修めた者はいない。
冒険者たちは思う。彼女はあの若さと美しさで、本当に死ぬようなたくさんの苦難を経験をしてきたんだろうと。
「この亜人種だらけの危険な街を任されているのもよくわかる……あのお嬢ちゃんは傑物だな」
「ああ。しかもお前ら覚えているかよ? あのお嬢ちゃん、お姫様みたいに囲ってやった時に『領民の平和のために私も戦わせてくれ』って訴えてきてただろ?
そんときは使命感だか強がりで言ってるんじゃないかと思ったが――今ならばわかる。一級の戦士は口先だけでそんなことは言わねぇ。あれはこの街を守る者として、確かなプライドを持って口にした言葉だったってな」
当初はどこかの国のお姫様にしか見えなかったソフィアを色物として扱ってきた冒険者たちだが、今では戦う者として強い敬意を持っていた。
隔絶したスペックを持つ天才ならばまた違っただろうが、ソフィア・グレイシアという少女は苦い経験やたくさんの努力を積んで生まれた強者だ。ゆえに共感もしやすかった。
それに加えて明るく礼儀正しい態度に、亜人種だろうが領民を守りたいという強い思いを持った美人領主とあれば、嫌う要素などどこにあろうか。
「オレぁ決めたぜ、しばらくはこの街にいようってな。なんかの機会でソフィアちゃんの戦いがまた見れるかもしれないし、そんときは参考にさせてもらうぜ」
「んだな。この街のダンジョンで出るモンスターとの戦いもいい修行になるし、素材をギルドにうっぱらえばアホほど稼げるしよ」
ダンジョンの間引きをするためにギルドから一か月ほどの滞在を命じられている冒険者たち。
それからどうするかは自由なのだが、ほとんどの者はしばらくここを拠点にするのもいいかもしれないと思っていた。
「街の雰囲気も思っていたよりずっといいしなぁ。亜人種たちから敵意を向けられることも今のところないしよ」
「ああ、ソフィアちゃん――じゃなくて、領主ソフィア様が頑張ってきた証拠だな。あのウォルフとかいう獣人族の兄ちゃんもあの子にはデレデレだったしよ」
「ちげーねぇ!」
大好きオーラ全開だったイヌ耳青年の姿を思い出して冒険者たちはガハガハと笑う。
こうして勇ましき領主ソフィアの下、彼らの警戒心は徐々に解けていったのだった。
――なお、
「――あ~~~~~~~、明日からダンジョンの間引きは他の人たちがやってくれるからラクチンだわ~~~~」
……レイジとの打ち合わせも終わり、自室のベットでゴロゴロと転がるソフィア・グレイシア。
だらけきったその顔付きや発言からは、街を守る者としてのプライドなんてこれっぽっちも感じられなかった。
そう、全ては冒険者たちの勘違いである。
この女の心に勇ましさなどは絶無であり、ラクできるのならそれで万事オッケーなのだ。『死への感知』だって実際に一度死んだからこそ体得しているだけで、冒険者たちが考えているほど潜った修羅場は多くなかったりする。
「はぁ、これでようやく街の巡回をしたり適当に相談に乗るだけの生活に戻れるわぁ~……剣なんかポイポーイッ!」
腰に差した愛刀(※セールで買った安物)をクッソ雑に床に投げ捨て、そのままグースカ寝始めるソフィア。その姿には戦士としての矜持なんて一切なかった。
かくして外面をよく見せることに才能を全振りしたこの女は、ひさびさに訪れた平穏を味わいながら夢の中へと落ちていくのだった。
――なお、朝になってからハオ・シンランの問題がまったく解決していないことを思い出して少し泣くことになったという……!
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