62:理想の上司、ソフィアちゃん!
「どどっどどど、どうしてこうなったぁ……!」
――放置していたドルチェさんが新爆薬を作ってしまった事件から一週間後。
私は領主邸の執務室にて、王国から届いた新聞紙を手に絶句していた。
そこには一面に私の肖像画(※美少女度四割り増しくらいで描かれている)と一緒に、こういう文章が記されていた。
“美しき少女領主ソフィア・グレイシア、亜人種たちと共に新爆薬『ニトロ』の開発に成功! 時代は新たなるステージへ!”――と。
……どうやら私は知らない間に、新しい時代への扉を開いてしまっていたらしい。
「って、違うからーーーーーーー!? 私、開発に一切かかわってないからーーーっ!」
私は新聞紙を机に叩きつけて突っ伏した。
うぎぎぎぎぎ……真実は違う。本当は、『亜人種を放置してたらヤバい爆弾を作っちゃったなんて言えないから、私が開発を主導したことにしーよっと!』ということにしただけなのだ……!
だって監督不届きとかで責任問題にされたくないもんッ! ヘタすりゃ裁判沙汰になっちゃうもんッ!
だから考えなしに私が責任者になったわけだけど……、
「ま、まさかこんな大騒ぎになるなんて思わなかったよぉ……!
王国からの指示書や物資を持ってきた兵士さん、私のことをキラキラした目で見ながら『おぉ、アナタがソフィア様ですか!? 紙面に勝る美しさ……! アナタのおかげで、魔法の使えぬ我ら一般兵の価値が上がりました!』なーんて感謝されちゃうし……」
まぁ、そりゃぁ感謝されるよね……。
今までの一般兵士さんの多くは、敵国の魔法使いから自国の魔法使いを庇う肉壁みたいなものだったから。
国王陛下が火薬と銃を開発したことでそれなりには活躍できるようになったけど、高位の魔法使い相手にはやはり分が悪かった。
――そこで私が開発を主導したことになっている『ニトロ』の登場だ。
携帯火力が中級魔法使いクラス以上に上がったことで、彼らの価値もうなぎ上りというわけだ。
うへぇー……冷静に考えたら大騒ぎになるに決まってるじゃん、一週間前の私アホかぁ……!
「はぁ……まぁ国王陛下からは『よくやってくれた! 報酬は期待せよッ!』って手紙を貰ったからいいんだけどね。おかげで病気の流行ってるグレイシア領のほうにいっぱい仕送り出来そうだから、その問題は解決ってわけだし。
でもなぁ……私の最終目標は、普通に結婚して平和な生活を送ることなんだよなぁ……!」
そう考えたら今回の件は最悪だ。
新爆薬を開発して自国から一目置かれるようになったということは、逆に言えば敵国からめちゃくちゃ狙われる存在になってしまったということなんだから!
あと、さらに問題が一つ。
「次の陛下からの指示は、ニトロを安全に調合するための『計量器』の開発をして欲しい、かぁ」
高級な羊毛紙の指示書を手に私はぼやいた。
これまで使われていた黒色火薬と違い、調合の難易度も失敗した時の危険性も非常に高いそうだ。
ドルチェさん曰く、ドワーフ族の感覚の鋭い指先だから正確に作れるものらしいけど、それじゃあ困るというわけだ。誰でも作ることが出来て、安全に量産できなきゃ意味がないもんね。
だけど簡素な天秤みたいな計量器では精度が足りないから、今回の指示を出してきたらしい。
ああ、でもなぁ~……、
「ドルチェさん、受けてくれるかなぁ。命令はしないって宣言しちゃった上に、ニトロの件で彼の功績を横取りしちゃったようなもんだし……!」
怒ってるよねぇドルチェさん……!
もちろん報告書には『私の主導だけどあくまで直接作業したのはドワーフのドルチェである』と記しておいたけど、新聞紙にはまるで私が作り上げたように書かれていた。彼の名前なんて文章の中に一つか二つかあったかってくらいだ。完全に開発助手くらいの扱い方をされていた。
まぁ、亜人種が開発したって報じるより自国民が開発したって思われるほうが、世間の盛り上がりも違うわけだけどさぁー……!
そうして私が憂鬱な気分になっていた時だ。突如、執務室の扉がバーンッと開けられ、褐色三歳児(※三十歳)のドルチェさんが飛び込んできた!
「ド、ドルチェさん!?」
「領主殿ぉ、新聞を見たぞ~ッ!」
そう言いながら私の顔が書かれた紙面を突き付けてくるドルチェさん。
ひぇっ、やっぱり怒ってる!? 爆破しに来たーーーッ!?
咄嗟に私が頭を下げようとした、その時。
「――いやぁ、ありがとうのぉ領主殿! おかげで助かったわ!」
「えっ?」
なんと彼は満面の笑みで私に感謝してきたのだ。え、どゆことぉ!?
「その、怒ってないのドルチェさん……?」
「怒る? あぁ、ワシの名前がほとんど出ず、領主殿が開発したように書かれていることか。
いいんじゃよいいんじゃよッ! 材料を好きなだけ取りそろえると宣言してくれた上、『指示しないから自由にやれ』という指示を出したわけじゃろ?
じゃあソフィア殿が開発を主導したという捉え方で問題ないわい。以前ワシをコキ使っていた領主のように雁字搦めだったら、新爆薬なんて絶対に作れんかったしの~」
続けてドルチェさんはピンと小さな指を立てると、
「――なによりそなたは、ワシのことを守ってくれたんじゃろう?」
えっ……えええええええッ!? そ、そんなこといっっっさいないんだけどッ!?
ただ自己保身のためにああいう報告をすることになっただけなんですけど!?
「え、ドルチェさん、それは……!」
「ああ、語らずともわかっておるとも!
簡単なことじゃ。我ら亜人種たちと友好を築きたがっていたソフィア殿が、人の手柄を横取りしようとするわけがない。
ならば答えは一つじゃ! 新爆薬の開発主任となることで、世の魔の手からワシのことを庇おうとしてくれたんじゃろう?
なにせワシは亜人種じゃ……そんなワシが新爆薬を一から発案したとなれば、敵国からはもちろん、この国からも危険視される存在になってしまうことじゃろう。ヘタをすれば身柄を抑えられ、城の研究室で一生監視されながら働かされることになったかもしれん。そんなのは嫌じゃ」
って、違うよドルチェさん!? 私そんなことまったく考えてなかったよ!?
まぁたしかに、今考えてみたらそうなる可能性は大だったけどね。もしも新爆薬を開発できるような存在が敵国に逃げたら大問題だもん。
私は監督不届きで領主を辞めさせられた上、ドルチェさんはドルチェさんで束縛の身になっていたことだろう。
そう考えたら、私は最善の選択をしたことになるけど……いやいやいや、本当に考えなしだったからね、私ー……!
そんな私の思いも知らず、ドルチェさんは満面の笑みを浮かべる。
「あらためて感謝じゃよ、領主殿っ! そなたの願いなら何でも聞いてやろう!
さぁ、どんどんワシに頼るがいい~っ!」
……勘違いからすっかり信頼しきった表情をするドルチェさんを前に、私の良心はキリキリと痛んでいくのだった……!
・差別階級にある部下を守るために矢面に立つなんて……!(※実際は考えなし)
※正式発表します! 6月2日より、ついに『貧乏令嬢の勘違い聖女伝』のほうが一迅社ノベルスより発売となります!
もうソフィアちゃんが可愛すぎるし王子様たちもカッコよすぎるのでぜひぜひ手に取って見てくださいませ~!
チャイナ服のハオさんめっちゃエロいです……!
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