61:天才少女、ソフィアちゃん!
白いドロドロを急いで洗い落とした私に、ドルチェさんはふと言ってきた。
「ありがとうのぉ、ソフィアよ。おぬしのおかげで楽しい思いが出来ておるわ」
え、いきなり何のこと……?
首を傾げる私に、彼は言葉を続ける。
「前の領主のやつも、それなりにはワシらドワーフ族を重宝してくれたのだがなぁ……流石に危険な薬品類には触らせてはくれなかった。火薬類なんて触ろうものなら処刑すると言われておったわ。
まぁ所詮は異種族だからの。反逆を起こす可能性がある奴隷に、危険物を与えるご主人様などおるわけがない」
だが、とドルチェさんは言葉を区切って私を見つめる。
「おぬしは文字通りワシのことを自由にさせてくれたのぉ。
おかげでこの一週間、思う存分に創作欲を解放出来たわ。改めて礼を言うぞ、我らが領主様よ」
信じてくれてありがとうとニカっと笑うドルチェさん。
三歳児ほどの幼い容姿も相まって、まるで無邪気な妖精のような笑みだった。
う……うん、喜んでいただけているようで何よりだけど……私、別にドルチェさんを信頼してたわけじゃないからねッ!?
むしろ逆だよ逆! 抑圧したらそれはそれで暴走しそうだから、あえて自由にさせてただけだよ! 完全に危険人物扱いだよ!
んでっ、その結果が何なのよもうーーーーーーッ!?
ちょっと武器をいじるくらいかと思いきや、新しい爆薬の開発とか予想もしてなかったんですけど!?
そもそも薬品類があるなんてことも知らなかったわよぉ……だって私、異種族のみんなよりもこの街に来たの遅いし……!
そんな領主としては情けなさすぎることを言うわけにはいかず、私はいつもの作り笑いでドルチェさんの肩を優しく叩いた。
「――ふふっ、信じるなんて当たり前でしょう? 私はこの街の王様なんだから。みんなのことを信頼し、そして信頼される存在を目指しているんだもの」
「ほほほっ、そうかそうか! いやぁ~、そなたのような懐の大きい主君を得られて幸せじゃわいっ! それと胸も大きいしの~!」
カラカラと笑いながらセクハラをかましてくる天才褐色三歳児(※30歳)。
いつもならデコピンでもするところだけど、流石に今回は怒るような気力も残ってはいなかった。
ああ、王国への報告書はどうしよう……『亜人種をほったらかしにしてたらなんかヤバい火力の爆薬を作っちゃいました』なんて書けないしね。領主を首になるどころか頭ポアポアの危険人物扱いされちゃうよ。
うん、仕方がない――私の意志の下で新たなる爆薬を開発させましたってことにしておこう!
これで全部解決するはずだよね、うんっ!
爆発に巻き込まれたこともあって心身ともに疲れていた私は、深く考えることもなくそう決意してしまったのだった。
◆ ◇ ◆
――かくして数日後。セイファート王国の城内は、ソフィア・グレイシアより送られてきた特区『シリウス』での研究成果に沸き上がっていた。
霊草の安全な量産や猛獣の軍用化の目途が立っているだけでも素晴らしいというのに、特に諸侯たちの目を引いたのは、新たなる爆薬『ニトログリセリン』の開発だった。
粘液であるために既存の黒色火薬と違って風の影響も受けづらく、また爆発力は数倍以上だ。中級炎魔法使いの火力すらも凌駕するだろう。
これは間違いなく歴史が変わる――そう沸き立った諸侯たち以上に、国王ジークフリートは研究書を手にガッツポーズを取っていた!
「すッばらしぃいいいいッッッ! ソフィアくんッ、君は見事に私の予想を上回ってくれた!
あぁ、これで時代は変わるとも! 魔法の使えない一般の兵が、一騎当千の猛者へと変わる! この爆薬を投げつけるだけで、数えきれないほど多くの敵兵を滅ぼせるようになるだろう!
わははははははっ、流石は私にワインをぶっかけただけはあるなぁ――!」
豪快に笑うジークフリート。澄ました態度もかなぐり捨て、今回ばかりは彼も上機嫌だった。
そんな国王と共に大臣たちも笑うのだったが……ここでふと思ってしまった。
今回、新たなる爆薬の開発を主導したソフィア・グレイシア……彼女のジークフリートに対する思いは、決して良くないだろうことに。
絶対的な国王が一人の少女と三人の男に盾突かれたあのパーティーの一件は、国中で噂になっている。
最後はジークフリートが謝ることで決着したが、ソフィアからの印象は未だに悪いままだろう。
実際、あのとき彼女が言っていたように、大臣たちでさえ国王ジークフリートの悪辣な人格に辟易しているのだ。
ソフィアが言及していた『ハオ・シンランの組織を野放しにせず、もっと捕縛に力を注いでいれば商業都市は炎上しなかった』という件についての責任問題もうやむやなままだ。
ああ……もしもこのままこの男が国のトップだったら、ソフィアという素晴らしき少女は国に愛想を尽かしてしまうんじゃないか?
もしかしたら、その才覚や王子や亜人種たちから好かれるほどの人望を活かし、反逆の可能性だってありえるんじゃないか……?
「さぁ、どうした諸君!? 諸君らも我が愛おしきソフィア姫に負けぬよう、結果を出したまえ!」
本当に、こんな『強いだけの男』がトップのままでいいのか。
そのような思いが、大臣たちの中でさらに渦を巻いていくのだった。
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