6:はじめての共闘!
前回のあらすじ:変な犬をぶっ飛ばした。
「――それでね、ウォルフくん。安全地帯がほとんどないダンジョンの中では、体力を温存するためにも出来るだけ戦闘を避けるようにするのがセオリーでね」
「アァン!? セオリーなんかに流されてんじゃねぇよ! 俺はガンガン戦っていくぜぇッ!」
「あはは、元気が余り過ぎてるねーウォルフくんは」
「おうサンキューな!」
褒めてねぇよ。そんなんだからトラブル起こしまくって死ぬんだよお前。
……薄暗いダンジョンの中、私は心の中で何度目かの溜め息を吐いた。
原因はもちろん、ウキウキと隣を歩く黒髪のチンピラ王子様・ウォルフくんだ。
ダンジョン侵入未遂の罪で冒険者ギルドに拘束された彼だったのだが、あの後すぐに国王陛下の執事だという人がやってきて、ギルドにこう話してきた。
『国王陛下は、彼が冒険者となってどのような末路を迎えるのかを大変楽しみにしております。だというのにスタートからコケてしまって終わりでは忍びない。ここはひとつ、王のためにも一度だけ不問にしていただけないでしょうか?』
……そう言って金貨の詰まった袋を懐から出す執事さん。これでなかったことにしてくれということだろう。
こうなってはギルドのほうは断りづらい。最大権力者である国王陛下のご意向とあらば、無視するわけにはいかないからね。
そうしてウォルフくんは解放されることになったのだが……ここからがちょっとおかしかった。
執事さんは、事の成り行きを見ていた私を急に呼び止め、
『見た目からは信じられないことですが……話によれば貴女がそこの狂犬を一発で撃退したそうですね。その実力を買ってお願いがあります。今日一日だけでいいので、ダンジョンでのルールやセオリーを彼に教えてあげてくれませんでしょうか? 逆らうようならぶっ飛ばしても構いませんので』
そう言って私にも金貨を握らせてくる執事さん……って、貧乏令嬢にそれはズルすぎるよぉッ!?
チンピラ王子のお世話なんて御免だけど、お金を渡されちゃったらなぁ……うぐぐぐぐぐ!
こうして金貨の重さに負けた私は、狂犬ウォルフくんと一緒にパーティを組むことになったのだった。
だーけーどー……、
「あ、ゴブリン発見! 先手必勝パンチッ!」
「ゴブゥッ!?」
「こらーっ!」
何度か教えたはずの“戦闘は出来るだけ避ける”というセオリーはどこへやら。緑色の猿みたいな魔物『ゴブリン』を元気に殴り飛ばすウォルフくん。
身体能力に優れている獣人族なだけあって、剣や魔法も使わずに出くわした魔物全てをパンチとキックで仕留めていた。
てか強いなぁこの人。前世でもトラブルを起こしまくる冒険者として有名だったけど、それと同時に実力者としても名を馳せていたしね。
それと……なんだろう。目を輝かせながらダンジョンのあちこちを見渡し、「光る石があるぞ!? 変な草が生えてるぞ!」と楽しそうにするウォルフくんを見てたら、なんというか私もウズウズしてきたというか……!
「ん、おい女! あっちにデカいゴリラみてぇなモンスターがいるぞ! あれが今回の目当ての『トロール』ってヤツじゃねぇか?」
「あ、ホントだね。数は……うわぁ、十匹以上いるなぁ」
曲がり角から二人して顔を覗かせると、棍棒を持った人型のモンスター・トロールの群れが徘徊していた。
うーん、流石にあれは数が多すぎるかな。何体かおびき出して、分断を図ったほうがいいかも。
少し考えた末、ウォルフくんにそう指示しようとしたんだけど、
「あいつらモチモチした身体してんなぁ、お前の胸みてぇだ。――よっしゃ、さっそく倒してくるぜぇ!」
「えっ、なぜそこでセクハラ!? って、ウォルフくーん!」
ボロボロのコートをはためかせ、ウォルフくんは駆け出していってしまった!
そうしてトロールの一体に向かって飛び掛かると、拳を振り上げて吼え叫ぶ。
「先手必勝パーンチッ!!!」
「グゴォッ!?」
彼の拳を顔面に受けたトロールは、勢いよく吹き飛んでそのまま動かなくなった。
さらに動揺しているほかのトロールにも殴りかかっていき、次々と倒していく。
ああ、だけど……!
「テメェも死ねオラァッ! ……って、なに!?」
「グゴゴゴゴォッ!」
邪悪な笑みを浮かべるトロール。ウォルフくんが放った拳は、トロールの分厚い脂肪に挟み込まれていた……!
さらに動揺するウォルフくんへと別のトロールが接近し、棍棒を振るって彼の身体を壁際にまで吹き飛ばした!
「がはぁッ!?」
「ウォ、ウォルフくん!」
咄嗟に駆け寄り、倒れ伏した彼を抱き起こす。……どうやら骨は折れていないらしい。引き締まった筋肉が身体を守ってくれたみたいだ。
「グゴゴゴゴ……! オマエ、ラ、コロシテ食ウ……!」
「っ!?」
ズシリズシリと足音を立て、トロールの群れがにじり寄ってくる。ウォルフくんが最初に殴り飛ばしたヤツ以外、まだまだ戦えるみたいだ。
私は思い悩む。向こうとは逆に、こっちは仲間が戦闘不能の状態だ。彼を背負いながら逃げるのは難しいし、かばいながら戦うのもまたキツい。
「どうする……どうすればいい……!」
じりじりと迫ってくるトロールたちを前に、本当にどうすればいいのか考え込んでいた――その時。ふと私の頭に、傷跡だらけの武骨な手が優しく乗せられた。
「っ、ウォルフくん……!」
「へへっ、わりぃな……迷惑かけちまったみたいだ。女……じゃなくて、ソフィアだったか。今度からはもう少し話を聞くことにするぜ……!」
そう言って彼は立ち上がると、トロールの群れに対して再び拳を構える。
かなりの深手を負ったというのに、彼の闘志は死んでいなかった。むしろ先ほどまでよりも熱く燃え上がり、全身から熱気が感じられるほどだ。
ああ、そうか……彼はこんな状況すらも楽しんでいるのだ。
怪我をした痛みから動けなくなり、そのまま死んだ前世の私とは違って――狂犬ウォルフは獰猛な笑みすら浮かべていた。
改めてわかった。この人は馬鹿だ。根暗で臆病だった私とはまるで価値観が違う、ノリと勢いだけで突き進む冒険馬鹿だ。
――そんな彼の横に、気付けば私も立っていた。
「って、おいソフィア!? お前もやる気なのかよ!」
「当たり前でしょ、元々こいつらを狩りにきたんだから。……それと、打撃攻撃は厚い脂肪に吸収されちゃうから、ブン殴るのなら頭を狙って。そこなら奴らも防ぎようがないからね」
「……了解したぜ。そんじゃ、派手に行くとするかァッ!!!」
十体以上のトロールどもに対し、私とウォルフくんは同時に駆けていった!
前世の私なら絶対に敵わない相手だけど、今の私は違う! あれから十五年……お金のために徹底的に自分を鍛えてきたんだから!
私は腰に差した二本の剣を引き抜くと、疾走しながら術式を発動させる。
「猛き炎よ、我が刃に宿れッ! 『ファイアエンチャント』!」
その瞬間、両手に握られた二刀の刃より激しき炎が噴き出した。十五年の修行の中で会得した中級魔法の技だ。
さらに私は両足の底に魔力を込め、新たな術式を紡ぎ上げる――!
「激しき水よ、我が道を切り開け! 『アクアスプラッシュ』!」
激流を放つ水属性の中級魔法。それを私は足元から噴き出すことで、トロールどもを目掛けて一気に加速していった!
「はぁぁぁああああッ!!!」
「グォオオオオオッ!?」
激しく燃える剣を振るい、トロールの首を一閃で跳ねる!
超高熱の刃の前には、分厚い脂肪などまるで無意味だ。私は再び水魔法により加速すると、動揺している他のトロールどもを仕留めていった。
「へっ、やっぱり強かったんだなぁお前! こりゃあ男として負けてられねぇぜッ!」
「ふふっ、今度はヘマしないでよねウォルフくんッ!」
「う、うるせぇっ!」
頬を赤らめながらトロールを殴り飛ばすウォルフくん。どうやらこのチンピラ王子様、わりと本気で反省しているらしい。けっこう可愛いところもあるものだ。
私たちは背中合わせになって、周囲のトロールどもを睨みつける。
「グゴガァァアアッ! 貴様ラァァアッ!!」
いよいよ奴らも本気になったのだろう。棍棒を振り上げ、一斉に攻めてくるトロールども。
だけど負ける気はしなかった。気付けば私もウォルフくんと同じ笑みを浮かべ、刃を強く握り込んでいた。
「シャァ行くぜぇ! 死ぬなよソフィアッ!」
「そっちもね、ウォルフくん!」
お互いの存在を感じ合いながら、私たちはトロールどもへと飛び掛かっていった。
――かくして数分後。激闘の末に全ての獲物を仕留めた私と彼は、笑顔でハイタッチを交わし合うのだった。
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