57:騒乱の気配
エルフ族のシルフィードさんと獣人族のガンツさんに仕事を言い終えた後のこと。
私は「ドンとこいっ!」という表情をしている褐色三(十)歳児こと、ドワーフ族のドルチェさんを見下ろした。
「ふははは! それでソフィア殿よ、ドワーフ族は何をすればよいのじゃ!?」
「えっ、ドワーフ族は適当にモノ作ってればなんでもいいけど……」
「ってなにーーー!? ワシらには何かないのか!? 仲間外れかー!?」
なぜか驚いた表情をするドルチェさん。っていやいやいやいやどうしてよ……!
「昨日言ったでしょう? 特に命令する気はないって。
思うままに役立ちそうなモノを作って、それを私に見せてくれたらそれでいいから」
「はっ、そういえばそうだったな!? ワシが望んだことだった!」
納得がいったとポンと手を叩く。本当にこの人はノリで生きているようだ。
そんな彼に「必要な素材があったらここに書いて届けてね」と注文票を手渡し、私は領主邸の中へと戻っていく。
「およっ、どうしたソフィア殿? みんなに仕事をさせておいて二度寝か~!?」
「ってそんなわけないでしょう。このシリウスの領主として、街の様子や赴任してから起きたことなんかをレポートにまとめて定期的に提出しないといけないの。
というわけで、お昼にはレポートを受け取りに兵士さんがやってくる予定だから、くれぐれも変なトラップを作ったりしてイタズラしないでね?」
「むっ……フフフフフ、おいおいソフィア殿よ。このドルチェ三十歳・おとめ座の男、『やっちゃダメ!』と言われたことは率先してやりたくなるタチでな……!」
「飛び蹴りするよ?」
「ぶぇっ!? は……はい、おとなしくしま~す……!」
ちょっと涙目になりながら頷くドルチェさん。ノリで生きている彼だろうが、さすがに昨日の今日で死にかけるような目には合いたくないようだ。「もう全身バキグチャにされるのは嫌じゃ……!」と呟きながら去っていく。
そんな彼の小さな後ろ姿に苦笑しつつ、私は執務室へと向かって行った。
◆ ◇ ◆
「――ふははははっ! これはこれは、予想以上に適任だったようだ……!」
かくして数日後。
ソフィア・グレイシアの提出したレポートは、国王ジークフリートの手に渡っていた。
多くの大臣などが集う会議の席で、国王はその内容に大いに満足する。
「到着から一日でエルフ族を味方につけ、二日目には獣人族とドワーフ族と対話して、三大亜人種全てを動かせる状態にしたと。
そして三日目の朝にはさっそく仕事に従事させ、今はその働きぶりを様子見中と……いや結構! 流石は私に正面から食ってかかっただけはある!
大臣らよ、諸君らも彼女のことを見習いたまえ。」
『はっ、ははぁーーーーッ!』
冷や汗を流しながら頭を下げる大臣たち。彼らの心中は『堪ったものではない』という気持ちでいっぱいだった。
国王ジークフリートは超有能かつ厄介な男だ。
たとえば今回のソフィア・部下の一人が優秀な成績を出せば、それを大いに褒める反面、他の者たちに対して『諸君らも見習って頑張りたまえ。彼は出来たぞ? ならば他の者も出来るはずだ』――などと、周囲にも同じ功績を求めてくるのだ。
「フフッ。多少の武力衝突はあったようだが、死者もゼロ人で平和的な結果に終わったそうだ。
実際に密かに兵士に亜人種たちの監視をさせたのだが、誰もが暴力によって無理やり働かされているような表情ではなく、むしろ楽しげに仕事に従事しているらしい。
あぁ、それでこそ最大効率で亜人種たちを利用できるというもの……特区『シリウス』は理想的な形に向かいつつある。素晴らしいぞ、ソフィアくん!」
愉快げに笑いながら、レポートの向こうにいる少女を褒め讃えるジークフリート。
彼の言う通り、ソフィア・グレイシアは見事な働きぶりをしてくれたと大臣たちは評価していた。
流石は例のパーティーの場で、恐ろしき王に啖呵を切っただけはある。能力もさることながら、人格面でもとても優れているのだろう。
ヒト族を憎んでいる亜人種の群れをわずか二日で手懐けてしまうなど、心からの友好を願う清らかな『聖女』か、あるいは必死こいて平和を求める超絶ビビりな『臆病者』くらいだろう。
もちろん前者だと大臣たちは信じている。
そんな少女が国にいるのは誇らしいことだ。だがしかし、
「どうした大臣たちよ。何を黙っている? 頑張っているソフィアくんに対して思うところはないのかね?」
「いっ、いえ……素晴らしい少女だと思っております! 我々も見習わなくてはなりませんなぁッ!」
会議室に響く乾いた声。彼らは複雑な思いだった。
称賛の気持ちはたしかにあるが、それと同時にソフィアに対して『あまり頑張らないでくれ』とも思ってしまう。
目の前にいる金髪の王は、超有能であるがゆえに『出来ない者』の気持ちが分からないのだ。
優秀な部下が上げた大戦果を、平気で凡庸な者たちに対しても押し付けてくる。
その神経に吐き気がすると多くの者たちは思っていた。
“大臣の地位にまで上り詰めたのに、どうしてこんな疲れる思いをしなければいけないのか。この国王についていって、我々に未来はあるのか……?”
口々にソフィアを褒め讃えつつも、心の奥でそのようなことを考えてしまう大臣たち。
――そんな時だった。
「失礼するぞ、我が父上よ! どうやら会議の時間が予定よりも長引かれている様子。それでは大臣たちが可哀想だっ!」
快活な声が響くのと同時に、会議室の扉がバンッと開かれた。
誰もが一斉にそちらを見ると、そこには国王ジークフリートとよく似た顔付きをした青年が。
突如現れた彼に対し、ジークフリートは困った笑みを浮かべる。
「こらこら、会議の席に乱入するのはやめたまえ……我が子とはいえ無礼だぞ?」
「ハッハッハ、すまないなぁ父上! だが休憩を入れたほうが話し合いも進むというものだろう!
――というわけで大臣諸君。使用人たちに甘いデザートを作らせたのだが、これからみんなで食べないか?」
そう言ってニカッと微笑む若きプリンス。その太陽のごとき明るい雰囲気に、暗くなっていた心が晴れていく思いだった。
かくして大臣たちは、王位継承権第一位――『ニーベルング・フォン・セイファート』の後に続いて行ったのだった。
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