56:ボコられたことでちょっとトラウマになってるよ、ガンツさん!
「じゃあ次は、ガンツさん率いる獣人族の人たちね」
エルフの族長・シルフィードさんに仕事内容を伝え終えたあと、私は獣人の長であるガンツさんに向き直った。
腕を組みながら微動だにしないガンツさん。堂々とした雰囲気に山嵐のようにボサボサとした黒い長髪は、まるで東の国の騎士だという『武士』みたいな感じだ。
「うむ……獣人の王族以外から命令を聞く気はないのだが、まぁ働かざる者食うべからずと言うしな。
それにソフィア殿はウォルフ王子とずいぶん親しい様子。未来の妃からの命令であれば、従うのもよしか」
「って私とウォルフくんはそんな仲じゃないから!? ……とにかく獣人族のみんなには、『シリウス』の領内で狩りをしてもらいます。食料品は注文すれば本国から取り寄せることが出来るけど、自分たちで賄える部分はどうにかしていかないとね。ガンツさんもあまり王国の世話にはなりたくないでしょう?」
さらっとそう聞く私だが……うん、ぶっちゃけると節約のためだ。
いちいち食料を送ってもらっていたら、購入代や輸送料などであっという間に私は借金まみれになってしまう……! 貧乏は嫌いだッ、貧乏は嫌だー!
そんな私の内心も知らず、ガンツさんは深く頷く。
「フッ、応ともよ。我ら誇り高き獣人族は、ヒト族の飼い犬に成り下がるつもりなど一切ない。メシの用意くらい自分たちでするつもりだ。流石はソフィア殿はわかっているな」
いやなんもわかってないんだけどね。ただ遠回しに節約してくれってだけだから。
ちなみに私だったらタダでご飯が食べられるなら喜んでいただきます、ハイ!
「それで、我らの仕事は食糧調達のみか?」
「ううん、実は食糧調達と合わせて一つやって欲しいことがあるの。たぶんもうすぐ来るはずなんだけど……」
私がそう呟いた時だった。「ワォンワォンッ!」という鳴き声が朝の街に響き渡る。
そちらを見ると、ウォルフくんが複数の狼たちに無理やり首輪を繋いで引っぱってきていた。
「どうどう、お前ら落ち着けって! よぉソフィア、命令通り捕まえてきたぜー」
「うん、ありがとうねウォルフくん。怪我はない?」
「おうよっ!」
ニカっと笑って元気なことをアピールするウォルフくん。かわいい。
そう、彼には早朝から一つお願いをしていたのだ。近隣の森から狼を何匹か捕まえてきてってね。
あ~なつかしいな~狼。グレイシア領にいたときは、狼の支配する森に潜って食糧調達していたものだ。何度か獲物をめぐってバトルになって、最終的には絶滅させたんだったね。
そんな幼少期を思い出しながら狼たちの頭を撫でてやる。
「よーしよしよし、怖がらなくていいからね~!」
「グゥウウッ、ワォーンッ!」
「うるさい」
「ギャウウンッ!?」
撫でていた手に軽く力を込めるだけで大人しくなる狼たち。
どうやらシリウス領の子たちは臆病な性格のようだ。頭蓋骨がミシっと音を立てただけで、すっかりビクついて身を低くしてしまった。弱肉強食の関係にあることを理解できたようで何よりだ。
震えている狼たちを撫でながら、なぜか一緒にビクビクしているガンツさんに向き直る。
「ガンツさん」
「はっ、はい! あ、そうじゃなくてうむっ! そそっ、それでその、そいつらは一体……!?」
「うん。実は獣人族のみんなには食糧調達をしつつ、狼たちを躾けて欲しいの。誰の命令でもよく聞くようになって、狩りの手伝いが出来るようになったら上々かな。最終的には軍で扱うつもりだから」
私の言葉にガンツさんは「なに……犬ではなく、狼を躾けろと……?」と目を丸くする。
そう、国王陛下から依頼されたお仕事の一つに『野獣の軍用化』というのがあった。
一応、衛兵に同伴して悪人を追いかけたりする軍犬っていうのがいるんだけど……その子たち、育てるのにめちゃくちゃ手間がかかる割に弱いのだ。
だって悪人が少し強力な魔法を使えたら一発で死亡だからね。居住圏に入ってきたモンスターと相対したら三秒で食べられちゃうもん。ぶっちゃけかなり使えない。
「魔法を使える者が多いヒト族の国では、軍犬は戦力不足になりつつあるからね。人口が増えればそれだけ魔力を持つ者が増えるし、ダンジョンは世界中にポコポコ出来てモンスターを生み出しまくっていくし。
だからこそ、そんな状況に対応するために『野獣の軍用化』を図りたいってわけ。それで、とりあえず犬に近い狼から始めてみましょうってね」
「なるほどな……理解した。我ら獣人族の間でも、野犬を躾けて狩りの供にさせる文化がある。そもそも犬という生き物は、扱いやすいように狼を品種改良して生まれたそうだからな。
その依頼、引き受けよう。セイファート王国を助けるのは癪だが、野獣を味方に出来る調教法が確立されれば、獣人族にとっても戦力アップに繋がるからな」
腕を組みながら狼たちを見るガンツさん。引き受けてくれるようで何よりだ。
獣人族はその名の通り、獣の因子を身体に秘めているというからね。私たちヒト族よりも動物に懐かれやすいと聞く。犬よりも凶暴で強靭な狼を軍用化できる可能性は高い。
そうしたらさぞかし高く本国に買い取ってもらえることだろう……私は未来の高級商品たちを優しく撫でる。
「よしよ~し、イイ子ちゃんに育つんですよ~? じゃないと食べちゃうからね~!」
「キャッ、キャゥゥウウンッ……!?」
半分冗談で言った脅しに震え上がる狼たち(とついでにガンツさん)。うんうんっ、この調子なら早く躾けられそうだねー!
・狼たち(ひえっ、この女絶対に食べるつもりだ……!)
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