5:変な犬
「おはようございまーす!」
翌日、私は朝から冒険者ギルドに来ていた。
ダンジョンの入り口を取り囲むように作られた建物であり、内部に素材の鑑定所から治療所や売店、さらには酒場まである大規模複合施設だ。
年季は入っているものの三階建ての立派な建物で、ぶっちゃけ実家の屋敷よりも大きいのが泣けるところなんだよね~……。
そんな気持ちを作り笑いで押し隠し、さっそく受付の一人に声をかける。
「おはようございます、レイジさん! 今日もいい天気ですね~!」
「やぁ、おはようソフィア嬢。いやぁたしかに太陽が眩しいけど、キミの笑顔のほうがもっと輝いてるよ?」
「またまたご冗談を! それでレイジさん、本日はどんな素材の需要が上がってるんですか?」
「いや、あの、冗談じゃないんだけどね……」
相変わらずキミはガードが堅いな~と肩をすくめるレイジさん。
いきなり心にもない口説き文句を言ってきた通り、絵に描いたようなチャラ男として有名な人なのだ。
実際に夜は女性向けの高級バーでウェイターをしていて、そのため他の受付係よりも情報通だったりする。
「今日はマンドラゴラの根が足りないところかな。……それと実は今夜、急に貴族の大宴会が決まったらしくてね。お昼までに新鮮なトロールの胸肉を取ってきてもらうと、高く査定してもらえそうだよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「いいさいいさ。……男の冒険者どもは僕のことを目の敵にしていて、よっぽど混んでない限りは他の受付に行っちゃうからね。話す相手もほとんどない情報だし、よければ役に立ててくれ」
そう言うとレイジさんは、ちょっぴり疲れた笑顔を浮かべるのだった。
まぁ男性冒険者って腕っぷしだけでのし上がってやるぜーって感じの人ばかりだし、顔で稼いでるレイジさんみたいなタイプはすごく嫌いそうだもんね。冒険者のほとんどが男性だし、ギルドの職員も冒険者上がりの人が多いから、結構大変な思いをしてるのかも。
……でも、キザに見えていい人なんだけどなぁレイジさん。
社交辞令だろうけど、前世の暗くてガリガリだった私にもいつも話しかけてくれた人だし。
「ほらソフィア嬢、ダンジョンへの通行許可書だ。怪我がないよう気を付けて行っておいで」
「はい、頑張ってきます!」
ダンジョンは資源採掘場みたいなものだから、勝手に入ると重罪を受けちゃうんだよね。
私はさっそくレイジさんから許可書をもらうと、受付場の横にあるダンジョンの入り口に向かった。
よーし稼ぐぞ稼ぐぞー! 一刻も早く大金を実家に納めて、平和な人生を手に入れるのだー!
そんな思いを胸に、ダンジョンに入ろうとした――その時、
「――ダンジョンがあるってのは、ここかァァァアアアッ!!!」
獣のような大声が、建物内に響き渡った!
私や職員さんたちが一斉に入り口のほうを見ると、そこにはボロボロのコートを羽織った、目も髪も黒い凶悪そうな男の人が立っていた。その首には犬のような輪が付けられており、さらに彼の頭には狼の耳まで……!
――ってこの人、『近づくとヤバい冒険者』の中でもトップに入る人物、『狂犬ウォルフ』じゃんッ!?
かつては獣人国の王子様だったのだが、ウチの国との戦争に負けて捕まり、国王陛下のペットにされたという屈辱に塗れた経歴の持ち主だ。
だけどある日、国王陛下にこう言われたらしい。『ウォルフよ。自由になりたければ五億の金を稼いできなさい。出来なければ、君は一生負け犬のままだ』――と。
そうして所有者の許可がなければ外せない呪いの首輪を付けられた彼は、お金を稼ぐために冒険者となってトラブルを起こしまくり……一年くらいで野垂れ死ぬことになったのだった。
それが、前世で知る限りの『狂犬ウォルフ』の記録だ。
「……そっか。そういえば彼って私と同期だったんだ……」
今に至るまで気付かなかった。前世で十五歳の頃といえば、無理やり冒険者にさせられたばかりで心の余裕がまったくなかったからなぁ。
いつもピリピリしてて喧嘩っ早い危険人物なんて近づこうとも思わなかったし、まじまじと姿を見るのはこれが初めてかもしれない。
困惑する私や職員さんたちをよそに、ウォルフはダンジョンの入り口を見ると、ニタァと笑って犬歯を剥き出しにした。
「あそこかぁ……! よぉし、さっそくモンスターをぶっ殺しまくって稼ぎまくってやるぜぇ! 待ってろダンジョンッ!!!」
そう言って物凄い速さで駆け出すウォルフ――って待て待て待て待て待てッ!? 受付を通さずにダンジョンに入るつもり!? 許可書がなかったら重罪になっちゃうっての!
え、この人そんなことも知らずに冒険者ギルドに来たの!? そりゃトラブル起こしまくって野垂れ死ぬわ!
「オラァッ! そこの女どけやーッ!」
ってギャア!? こっちきたー! ……あっ、私って入り口のほぼ真ん前にいるんだから当たり前か。
う~ん、根暗だったころの私なら半泣きになりながら避けるところだけど、そんな自分を改めるって決めたのだ! ここは勇気を出して、重罪を犯そうとしている同期くんを止めてあげよう!
私は両手を広げてダンジョンの前に立ちふさがる!
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 許可書を貰わないと大変なことに、」
「知るかオラァァァアアッ! 一刻も早く自由になって、国王の野郎をブン殴ってやるんだよぉ!!!」
ひぇええっ、この人ぜんぜん減速しない!? このままじゃぶつかっちゃうってッ!?
あーもう、しょうがないッ!
「水よ、我が敵を討てッ! 『アクアボール』!」
「ってぐえーッ!?」
咄嗟に放った私の水弾を腹に受け、派手に吹き飛んでいく狂犬ウォルフ。
彼は壁にビターンってぶつかると、そのまま気絶して動かなくなるのだった。
……って、しまったあああああッ!? やりすぎたーーーーッ!!!
「ぉ……お手柄だよソフィア嬢ッ! よーしみんな、ダンジョン侵入未遂の変な犬を確保だー!」
「「「おぉおおおおおッ!」」」
ぐったりと気絶したまま、レイジさんたちギルドの職員らにグルグル巻きにされていくウォルフ。
私はそんな彼を見つめながら、「ごめんなさい……!」と小さく呟くのだった。
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