34:きたねぇ英雄、ソフィアちゃん!
――『復讐の王子』ハオ・シンランの討伐から三日後。商業都市レグルスは復興の最中にあった。
やり手の商人さんたちが集まる街というだけあって、みんなすっごく元気だ。身体のあちこちに包帯を巻いているのに、瓦礫の撤去に勤しんでいる人たちの姿がたくさんあった。
そんな光景を病室の窓から覗きながら……私は目の前で取っ組みあってる男二人に溜め息を吐いた。
「オラァァァァくたばれやウェイバーッ! ソフィアの番犬に相応しいのはこの俺だぁぁあああッ!」
「えぇい黙れウォルフッ! ソフィア嬢の従者には私こそがふさわしいに決まってるだろうがッ!」
そんなことを叫びながら、部屋をゴロゴロと転がりまくるウォルフくんとウェイバーさん。
死んでもおかしくはないほどの重傷を負い、つい先ほどまで眠り込んでいた二人なのだが、目が覚めたとたんにこの調子だ。
こちらは未だにベッドから出れないというのに、どうなってるんだろうか……? あと私の病室で暴れるのやめろ!
「もう二人ともっ、病院に迷惑がかかっちゃうでしょ!? ストップストップ!」
「おうっ!」「ハッ!」
ってうわぁ一瞬で止まったッ!?
えぇえええええ……二人からの忠誠心が重すぎるんですけど……!? とてもじゃないけど私、獣人国の王子様だとか国王直属の一級執事さんなんて配下に出来ないからね!?
ショボい領地の貧乏令嬢がそんなVIP二人を連れ歩いてたら、絶対周りからおかしな目で見られまくるから! そしたら間違いなく私の胃袋がストレスで破裂しちゃうってッ!?
……小心者な元根暗女として、それだけは避けたいと思っていた時だ。
不意に、病室のドアがガラリと開けられた――!
「は、はい……!?」
「ヌハハハハッ! 失礼しようッ!」
ノックもなしに入ってきたのは、ダンディなお髭のオジサマだった。
って、誰この人!? なんか知らない人がやってきたんですけど!?
「えーと……どちら様でしょうか……?」
「あぁ、申し遅れた! 我輩の名はダーニック。商会連合の会長にして、ここら一帯を治める大公でもある男だ。まぁ要するに、むちゃくちゃ偉い人ということだな!」
へ~、大公様であらせられましたか……って、たたたたたた、大公様ぁぁああああッ!?
それって貴族の中でもいっっっっっちばん偉い人じゃんッ!? 限りなく王族に近い……てか、王族の分家とかそのへんの血筋じゃないとなれない立場の人じゃんッ!? ぶっちゃけほとんど王族じゃんッ!?
そそそそそそそっ、そんな人がどうして私の病室に!?
と、とりあえず落ち着けー……よく考えろ私。大公と言っても、所詮はガチの王族よりも立場は下なんだ。つまり、私が半殺しにしてやったアホ王子のヴィンセントよりも下の存在って考えろ!
……あっ、そう考えたら本当に落ち着いてきた!!! アホに感謝!
よーし、こっちも固まってないで挨拶しないと!
「……お初にお目にかかります。グレイシア家の息女、ソフィアと申します。療養中の身ゆえ、横になったまま挨拶を返す御無礼をお許しください」
「ほほぉ、流石は肝が据わってるな……! 大抵の者は急に話しかけると固まってしまってつまらないものだが」
そう言って興味深そうな目で私を見るダーニック様。
って、そら固まるわ……! 大公といったらそこらの貴族を一言でお家おとり潰しに出来るくらい偉いんだから、そんな人がラフに話しかけにこないでっての……!
はぁ……ちょっとウェイバーさん、この人になんか言ってあげてよ? 国王陛下の執事なんだから面識くらいはあるんじゃないの?
そんな思いをウェイバーさんに飛ばすと、どうやら意思が通じたらしい。彼は眼鏡をくいっと上げて、ダーニック様に向かい……、
「えー、僭越ながらダーニック様……ここは我が主君ッ、ソフィア嬢のお部屋です!!! ノックもなしに入ってくるとは何事ですかッ!!? 恥を知りなさい!!!」
「ひぃごめんッ!?」
ってンなことどうでもいいんだよ!? てか執事が大公を怒鳴っちゃダメでしょ!? あとダーニック様も謝らなくていいから!?
も~ウェイバーさんってば会ったときは冷静そうな人だったのに、一体どうしちゃったわけ……?
逆にウォルフくんなんて、空気を読むことを覚えたのか静かにしてるのに! ねーウォルフくん?
「……なぁソフィア、腹減ったしメシ行かねぇか? 話があるんなら、そこのオッサンもついてきていいぞ~」
ってオッサンって呼んじゃ駄目でしょ!? 大人しくしてると思ったら、お腹空いてただけかーい……!
自称従者二人の自由っぷりに頭を痛めていると、「ヌハハハハ!」とダーニック様が高笑いを上げた。
「……『氷の執事』と呼ばれていたウェイバーにここまで熱く慕われ、荒れ狂っていた『狂犬ウォルフ』をこうも穏やかにするとは。
流石は街の救世主、ソフィア・グレイシア殿と言ったところか。……まったくもって、そなたには頭が上がらんなぁ」
そう言ってダーニック様は、私に対して深々と頭を下げるのだった。……って、
「ちょっ、ダーニック様!?」
「ソフィア殿、そして彼女の従者たちよ! そなたらの活躍により、商業都市は全滅を免れた! 本当に……本当にありがとう……!
この地を守る大公として……商人たちの代表として、心からの感謝を送ろうッ!」
っいやいやいやいやいやいやいや!? 私がハオと戦うことになったのは、完全になりゆきからだから!? なんか気付いたら結果的に街を守ることになっちゃっただけで、そんな雲の上の人からお礼なんてされたら良心が壊れちゃうからッ!?
「いやっ、あのですねダーニック様っ!? そこまで感謝しなくてもですね……!」
「あぁ、謙遜されるなソフィア殿!!! 特にそなたには感謝しておるッ! 聞けば、心の折れかけていた商人たちやスラムの者たちをそなたは励まし、武器を執らせたそうではないかッ!
おかげで誰もが『被害者』ではなく、勝利を掴んだ『戦士』のごとき顔付きで、日々精力的に復興活動に勤しんでおるわ! それに戦いを共にしたことで、貧民たちと商人たちの確執もなくなってなぁ! まさにそなたはこの街の聖女だッ!」
って違うんですぅうううううううううッ!? 私がみんなを戦いに巻き込んじゃったのは、『もうやってらんねーから数の力で解決じゃぁぁあああ!』ってヤケクソになっただけなんですぅううう!
みんなのこととかまっっっったく考えてませんでしたから!? もうラクに戦いが終わるならそれでヨシって気持ちだけでしたから!
もう、本当に正義感なんてこれっぽっちもないメスブタなんです……! だからどうかこれ以上褒めないでぇ……!
ズキンズキンとストレスで痛む胃袋を抑えながら、涙目でダーニック様に訴えかける。
しかし彼は口を止めるどころか……!
「――そこでソフィア殿ッ! 国王陛下にそなたの功績を伝えまくった結果、直々に勲章が贈られることになったぞぉッ!
喜ぶといいッ! そなたはこの『セイファート王国』の、新たなる英雄となったのだぁぁああッ!」
ぐはぁあああああああああああああああああッ!? なッ、なんじゃそりゃぁぁあああああああッ!?
ダーニック様の爆弾発言を受け、ついに私の両目から涙が溢れ出したのだった……!
※感動の涙だと思い込まれました。
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